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学園編-学園武術会

落ちる

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 「ヨウマ=カスミ……」
 ツキヨがその名を呼ぶ。
 白色の床につきそうな長い髪……
 フードのついたマントをリングの外に投げ捨てリングへ上がる。

 だるそうに、眠そうに……薄めでこちらを見ている。

 カスミ家……
 シラヌイ家やハーモニー家のようにその名が、
 世に知られることはなかった……

 それでも、ヨウマの母……
 フウマ=カスミはクレイの師であり、
 そんなクレイに憧れ、その後に続いたツキヨの師でもある。


 そんな実の娘のヨウマ……
 産まれつき病弱で剣術の才能も極めて自分より低かった。

 そんな跡取りにフウマはクレイ……
 そして、私を選んだ。

 実の娘を出来損ないとまで呼んでいた……


 「久しぶりだね……クレイちゃん、ツキヨちゃん」
 昔ながらののんびりしたような口調で……
 全く能力もこんな場所に立つほどには……
 はっきり言って……
 カスミ家に入門してすぐに、クレイも私も、
 その実力はとっくに越している。

 学園がどうやって人間の内なる力を引き出しているのかは知らないが……
 とても彼女が……

 「イザヨイちゃん……あなたはそこで見ていて……」
 そう……相変わらずの薄目をイザヨイに向ける。

 「あぁんっ」
 同じ2学年……舐めた口を聞くヨウマにそう悪態つく。

 「これは……わたしとクレイちゃんとツキヨちゃんの問題だから……」
 そうヨウマが言うと黒い触手のようなものがイザヨイにまとわりつく。

 「……なんだ、これ」
 自分の黒縄《こくじょう》と少し似ているが……
 イザヨイの実力でほどけない訳はない……
 だが、こうまでされて共闘するつもりもさらさらない。
 自分とて、できるなら一人で二人と戦いたいくらいだ。

 人数あわせに居合わせたに過ぎない自分にとっては、
 この勝敗などどうでもよい……

 あの副会長との勝負《さいせん》も……別の機会でよい。

 「勝手にしろ」
 イザヨイはどかりとその場に座り込む。


 ・・・なんのつもりだ、一人でわたしたちとやりあうつもり?

 「それじゃ……カスミ流……最強の座は返してもらうね」
 そう刀に手をかける……

 クレイも無名刀を手にする。

 「咲けっ……初桜っ」
 ツキヨもその桃色の刀を抜き取る。

 「睡れっ……睡蓮っ」
 ヨウマも鞘から刀を抜く……青白い刀……

 クレイと……そしてツキヨとその刀を数回ぶつかりあわせる。

 ……何もない……思わず拍子抜けしてしまいそうに……

 「ヨウマは何をねらって……」
 そうツキヨがクレイに尋ねる。
 少なくとも、私よりかは彼女のことを知っているはずだ……

 「さてね……わからないけど、さっさと終わらせてあげるさっ」
 そう言って、左手のひらを刃を握りゆっくりと引く。

 「名を叫べ……紅桜っ」
 銀色の刃が紅色に変化する。

 「舞い散れっ残桜《ざんおう》っ」
 ヨウマの手にする刀が力強くその一撃に弾き飛ばされる。
 あっけなく刀はリングに突き刺さり……
 がくりとヨウマはその場に立ちひざをつくように俯いた。

 「ヤメロ……ヤメロヤメロ……ミルナ……ソンナメデ……ミルナ……」

 「ドウシテ……ナンデ……サイノウ?……ジツリョク?……ドリョク?……ナニガタリナイノ……オカアサン……ネェ……ホラ……ワタシネ……ガンバッタヨ……」
 ぶつぶつと俯きながらしゃべり続ける……

 「ワタシハ……シッパイサクジャナイ……ワタシハ……ネェ……オカアサントチガウ……ワタシハ……サワリオチナンテ……シナイカラ……ワタシハシッパイサクジャナイ……アンタトハ……チガウ」
 ぶつぶつと何かをつぶやき続ける。

 何かにとりつかれた様に……急に何かに引っ張り上げられるように頭をあげる。

 「……ヨウマ……あんたまさかっ……」
 何かに気がついたように……

 薄めだった目を開く……
 眼球の強膜が黒く変色し瞳が真っ赤に染め上がる。

 「なっ…」
 黙って様子を見ていたイザヨイもさすがにその光景に戸惑う。

 障《さわり》落《お》ち……の一歩手前……
 
 「妖魔状態《デーモンモード》……」
 髪の色が薄い紫色に変色し……
 身体に黒い影のようなものがまとわりついていく。

 「解けっ!一歩間違えば……障落ちしてしまうだろっ」
 クレイが必死にヨウマに呼びかける。

 「……お母さんも辿り着けなかった……そこに私は到達した……私は出来損ないなんかじゃないよ……だから、私をそんな目でみるなーーーっ」
 スイレンが黒く変色しヨウマに取り込まれるように刀を握る。

 「睡れ散れっ 睡閃《すいせん》」
 ヨウマはその場で軽く刀を横に振るう。

 「!?」
 放たれた黒い刃がクレイを捕らえる。
 目で捉えることなど不可能なスピード。

 クレイが遥か後方に弾き飛ばされる。

 「なっ!?」

 全く反応が追いつかなかった。
 
 障落するギリギリまで能力を引き出し、
 個の持つ潜在している力を最大限に引き出させる。
 それが、学園《こいつら》のやろうとしている事なのか……

 「これが……あんたが望んだ完成体って訳か……」
 誰かを睨みつけるようにクレイがその身体をゆっくりと起き上がらせる。

 いったい誰のことを言っているのか……

 「そうさせないためにも……私がこの力を完全に極めるつもりだったんだけどな」
 そう、自分に言い聞かせるように……
 転がった刀を手にする。
 刃に左手を添える。
 この世界の人が持つ能力、魔力とされるその力は体全体に宿っている。
 斬撃を打撃のようなダメージに変換するため、
 先ほどのような体を真っ二つにしかねない攻撃も強い衝撃に変わる。

 そして、それに耐える能力、体力的なものも個々に差はあるものの、
 こうして、彼女は抗っている。

 だが……彼女の能力、そして、その刀は……
 そんな法則を無視し、体に切り口を入れその血を吸い取る。

 それもまた……悪魔にでも契約したような能力だ。

 左手のひらに刃をゆっくりとひく。
 「その名を叫べ……紅桜」
 「★◇×○■ーーーーーっ」
 刀から不快な音が鳴り響く。

 「……散れっ、徒桜《あだざくら》ッ」
 自分の生き血を啜り魔力を増した刀から紅色の刀風が飛ぶ。

 「無駄っ」
 ヨウマの身体から黒い風が周囲に飛び散るとクレイの技をあっさりと無力化する。

 「舞い散れっ残桜っ《ざんおう》」
 ツキヨはその隙をつくように突進する。

 「くっ」
 その一撃をヨウマは軽く受け止める。

 「その名を叫べ……紅桜」
 再びクレイがその血を刀に捧げる。

 彼女の刀と魔力を吸い上げているのだろう……
 果たしてその限界値は何処か?
 
 以前にツキヨと彼女と対峙した時を思い出す。
 恐らく、その能力は彼女の魔力《いきち》を吸い尽くすことなど用意だろう。
 だが、どんなにその刀《のうりょく》が強大な力をつけようと、
 彼女自身の魔力が尽きてしまえば意味もない。

 それに……その能力が一定以上彼女との魔力を上回りつり合いが取れなくなれば……

 「やめろ、あんたも障落ちする……」
 ツキヨがそうクレイに言う。

 「悔しいけど、私には能力《これ》しかないからね……」
 ……そうクレイが返す。

 「……わたしも……人の事、言えないか……」
 そうツキヨもその言葉に独り言で返すと、
 手にした刀を一度、鞘に戻す。

 障り……
 多分……私のこの能力もまた……

 「呪えっ……まさむねっ!」
 桃色の刀は紫色の瘴気を宿る刀に変色し鞘から抜き取られる。

 「この乗っ取られるような感覚……好きじゃないんだ」
 そう……この感覚に完全に乗っ取られれば……
 きっと落ちてしまう……

 その障りという瘴気が漂っている……
 さすがのイザヨイもそのリングの空気に完全に押されている。

 その二人の瘴気が合わさり自分の瘴気に近づいたことをヨウマは察知すると……

 「ジャマ…ジャマ…ワタシハ……ココハ……ワタシノバショ……」
 さらにその瘴気を取り込んでいく。

 「呪い咲けっダリアッ!」
 凶悪な瘴気を放つ深い黒い刀……


 「……すべて……無駄だったって事か」
 クレイはその刀からの脅威はもちろん……
 それを目にして……これまでの自分の行動……時間が全て無駄だったことを思い知らされる。


 あの日……あの時……
 妖刀に魅入られた師を……

 その障りに触れ、取り込まれた師を……

 その障りの一部をこうして……引き取ったつもりだった。
 
 彼女《ふたり》を守ったつもりでいた……

 学園の闇に足を踏み入れてまで……
 足りない部分は彼女《ふたり》ではなく……
 他人《リルト》に負担させようとさえした……

 最低だと罵られたっていい……

 あの……3人が散り散りとなった……あの日……

 例えその関係が修復できなくてもいい……

 わたしは二人《それ》を守ろうと思った……


 「そりゃ……ずっと憧れでありたかったさ……」
 そう……過去の誰《ツキヨ》かの眼差しに……
 紅桜の刃を自分の首下に添える。

 「その名を語り、妖魔《おに》の首を刈れ……鬼丸国綱《オニマルクニツナ》」
 まるで、自害でもするように首の血をその刀に捧げる……

 あの日……あの時……
 やはり私は間違えていたのか?

 そして……今日も……

 障りに落ちるのは一人《わたし》だけでいい……


 「ヨウマ……今、そこから引っ張り出してあげるから」
 かなり深い所まで彼女が落ちてしまったなら……
 私がそれより深い場所から彼女を押し上げてあげればいい……

 「だから、それまで壊れるな……」
 そう、クレイは自分に語りかける。
 

 
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