枢要悪の宴

夏草

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第1章 出会い

4話 悪魔との約束

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「……」
 不審者の襲撃から一夜明け、テオファンは自室で目を覚ました。
 あの後の事後処理は、簡単なものだった。
 動揺してうまく喋れない灰色の髪の男を捕縛し、そのまま牢屋へと入れる。テオファンは「夜間の見回り中、たまたまバイヤーと男の喧嘩に巻き込まれた被害者」としてふるまい、事なきを得た。
 想定外の乱入者に驚きはしたものの、逆に面倒な処理を押し付けることができて好都合ではある。名前も知らぬ怪しい男より、街の為に日々働いている"優しい司祭様"の方をスラヴレンの住民は信用するのは、火を見るよりも明らかであった。
 あの灰色の髪の男への申し訳なさなど一寸もない。むしろ、あんな派手なことをやらかしたほうが悪いのだ。
「ふぁ……」
 テオファンは欠伸をひとつすると、ベッドの上で軽くストレッチをし、体を起こした。先日の怪我は、自分が被害者となるためにあえて出血するように自傷したものである。見た目こそ怪我をしているようだが、実際のところ大したものではない。
 それでも妙な感染症にならぬようにと、寝る前には沁みるのを耐えて徹底的に消毒を施した。緩く巻いた包帯を外してみれば、腕や足の切り傷はすでに細い赤の線になっている。
 これくらいならばわざわざ神聖術で治療することもなく、自然治癒で十分だろう。己の体の弱さには少々不安なことがあるが、傷や病気の悪化の前兆はなんとなく理解できる。それがなく、面倒なことがひとつ減るのはとても良い事だ。
 少し目を閉じて今日の計画を頭の中で巡らせると、部屋のカーテンを開けて陽光を浴びた。
 
 
 カソックへ着替え礼拝堂の方へ向かうと、祝賀会のような騒がしさはなく、穏やかで静寂な空気が漂っていた。あの聖職者たちは早朝にさっさと元の教会へ旅立っていったようだ。一足先に起きて掃除をしていた司助がテオファンに気が付くと、軽く会釈をして挨拶をしてくれた。
(ああ、やはりこういう朝がいい。うるさい老人も、バカな金髪も、目障りな髭もいない……)
 余計なストレスを感じさせない教会に安堵のため息をついていると、司助が不安そうな目でこちらを窺っていることに気が付いた。
 この司助はこうして相手の顔色をすぐに気にする癖がある。本人も悪い癖だと自覚はしているようで、何度か相談にはのったことがあるが、改善される気配はなかった。
「テオファン司祭、昨夜は……大丈夫でしたか?」
「……おやおや、心配してくださったんですか。見ての通り、問題ございません。少し疲れてますが……」
 どうやら司助はテオファンがひどく疲れているように見えたようだった。実際重たい疲労感を覚えていることには変わりがないので、仕方ないことなのだが。
「ところで、朝ご飯はちゃんと済ませましたか?私は窓を開けたら食べに行こうと思いますが」
「あ、まだです」
「ちゃんと食べないと頭が働きませんよ。一緒に行きましょう」
 テオファンの提案に司助は素直に頷くと、持っていた箒をいそいそと片付け始める。テオファンも聖務日誌を軽く開いて本日の予定を確認すると、手早く朝の支度を始めた。
 まずは祭壇へ祈りを捧げ、簡易的にだが、主に『目覚め』の感謝を伝える。そして夜の間は閉めきっていた窓をあけ、籠った空気を清純な朝の風と入れ替える。その後、香炉に火をつけて軽く振れば、朝の準備は簡潔にだが終了する。
 この教会に来てから約十年間。すっかり一連の動作は癖になってしまっていた。
「さて……食堂の方へ行きましょう、軽く朝食を作りますから」
 見れば司助の方も掃除の片づけが終わったようだったので、手招きをして二人で礼拝堂の奥へ歩いていく。朝食は適当にパンとスープで済ませればいいだろう。
 
 
 太陽が頭の上にくる頃合い。予定していた午前中の洗礼も終え、まとまった時間ができたテオファンは、灰色の髪の男が投獄されている牢屋の方へ来ていた。
 すでに街の役人とは話を通しており、自分は被害者である為面会は難なく許可された。その上、自分は罪人の懺悔を聞く司祭という身として、二人きりで話し合う時間も設けられている。
 このようなある種の横暴が効くあたり、つくづく聖職者という身分は恵まれていると思う。いや、ここまでの信頼と権力を手にするまでに、テオファンは並々ならぬ忍耐と努力を行ってきたのは事実ではあるが。それにしても、今日食うものすら無く飢えて死ぬ農民がいる一方で、ただの推薦状という紙に無駄金をかけてくる『神の下僕』がいる世の中は随分と不公平である。
 ――それをどうにかしようと動くのは、また別の次元の話だが。
 そんな世の不平等を少しばかり考えていると、件の男が拘束されているという牢が近くなってきた。この牢獄は、暢気なスラヴレンらしくほとんど使用されることがない施設であり、他の牢屋は殆どが空室であった。頼りない光に照らされている滑る石床に注意をしながら、テオファンはほのかな灯りのついた牢屋の前で足を止めた。
「こんにちは」
 鉄格子越しに見える牢屋はいたってシンプルな構造で、一番手前に置いてある小さな木製のテーブルの上には、息を吹きかければ消えそうな蝋燭が置いてある。
「……」
 わずかなシルエットだけが見える薄闇の中、テオファンの声に反応してもぞりと何かが動いた気がした。明確な殺意や敵意は感じない為、さらに一歩鉄格子に近づき、手に持ったランプを掲げる。
 近づけばわかる、錆びた鉄格子の鈍い臭いと動物の糞の臭い。それに閉所特有の湿り気が混ざったものが鼻につき、廊下以上に牢屋内はひどい状況であることが察せられた。
(ここに入るくらいなら死んだほうがマシだな)
 あまりグダグダと時間を浪費するのは面会的にも精神的にも良くないと、未だ沈黙を守っている男に向かって軽く鉄格子を蹴る。カツン、と硬質な靴の底と鉄のぶつかる音が響いた。
 それに多少は驚いたのか、びくりと影が震える。
「喧嘩をしに来たわけではありません。話をしに来たんです。この場には私と貴方しかいません故、ご安心を」
「……」
 しばしの間の後。ごそごそと布が擦れ合う音と、ペタペタと素足が石を叩く音がして、男が姿を現した。
「おやおや……」
 先日はあまりにも急だっためその姿をじっくりと観察する時間もなかったが、こうしてみるとさらに妙ないでたちである。
 右目付近にはうっすらと切り傷の痕が残り、布を合わせたような衣服には返り血であるどす黒いものが大量にこびりついている。緩い帯で縛っているせいか胸元あたりは大きくはだけ、そこから覗く体は見るからに鍛え上げられた戦士のものだった。
 背はテオファンよりずいぶんと高く、真正面で向き合えば必然的にテオファンが男に見下されるような形になる。
 ともすれば殺人鬼のような威圧感を出す男に、テオファンは全く動じないようにくすりと笑い、ランプを高く掲げた。こうすれば相手の顔も目もよく見える。
「お名前を。私はテオファン・クニャーゼフ。このスラヴレンの司祭をしております」
 まともに意思疎通ができるかどうかは怪しかったが、昨日のやりとりで少なくとも言葉が通じることは確認している。凛とした声で問えば、男は猫背のまま視線を彷徨わせた。しかし、すぐにテオファンの方を見ると口を開く。
「……俺は、百目鬼」
「ドーメキ?変わったお名前ですね」
 聞き慣れない名前のイントネーションに首を傾げたテオファンに、"ドウメキ"と名乗った男は「違う、ドウメキ……」と小声で訂正をする。テオファンは何度か「ドーメキ、ドメキ、ド……」と名前を復唱していたが、ふむ、と諦めたように息を吐きだした。
「そう、ドウメキ。ドウメキさんですね」
「……そうだ」
 少しだけ不満そうに口を尖らせたドウメキには気をかけず、テオファンは「本題ですが」と話を切り出した。
「貴方、殺し屋なんですって?」
「そうだ」
「あっさりと認めるんですね」
 出会った時の調子から何も変わらないドウメキに、テオファンは若干の頭痛を覚えつつも、ここで無碍な態度はとれまいと冷静な表情を作る。
 あくまで冷静に、しかし情にかけるように。それがテオファン・クニャーゼフという男の交渉術のやり方であった。
「では殺し屋のドウメキさん。今回の依頼はあのバイヤーの男だったわけですね」
「……」
 ドウメキは何も答えなかったが、視線は露骨にテオファンから逸れた。どうやら嘘や隠し事がひどく苦手なようだ。こいつが相手なら簡単に尋問できるだろうと、テオファンはランプの絞りを開き、光をさらに強くした。
「だとしたら、先日の私の無礼を詫びます。アレは私の街でもとんだ不純物、私がどうにか対処をしようとしたところに貴方が駆け込みで来てくださったので」
「……?」
 ドウメキの視線が再びテオファンに戻る。きちんと彼がこちらを"見た"ことを確認すると、テオファンはふわりとほほ笑んだ。
「ありがとうございますドウメキさん。私は誤解をしておりました」
「ありがとう……ございます?」
「ええ。感謝しております」
 ドウメキを殺した男は自分とは全くの無関係で、たまたま遭遇した。喧嘩になりそうなところを、ドウメキが運よく始末した。テオファンは描いた脚本をつらつらと語っていく。それに対し、目の前の赤毛の司祭が何を言っているのかわからないという風に何度も瞬きをするドウメキ。
 話の締めとして、テオファンは再度「ありがとうございます」と言えば簡単に祈りを切った。ドウメキはその指先の一挙一動をまるで珍獣を見るかのようにじっと眺める。どうやら、祈りの意味を理解していないようだった。
「俺に、感謝?」
「そうです。貴方は命の恩人ですから」
「でも昨日は、死ねって」
「それは貴方が殺し屋だと突然名乗ったからでしょう?私も殺し屋なんて相手にしたら恐ろしくて足が竦みます」
 あの時の様子からしてそんな感じは全く見られなかったのだが、ドウメキは「そうなのか」と顎に手を当てて無理に納得した。実際、今目の前にいるのはドウメキより若く小柄で細い腕をした、陽だまりのような笑顔の青年だった。
 まさかこの人が殺しをするようには見えない。ドウメキが今まで相手にしてきたのは、あのバイヤーのような下品で小汚く、口が悪いものばかりであった。ましてや、「ありがとうございます」などと朗らかな言葉をかけてくれる人間などいなかった。
 一方のテオファンはドウメキをつぶさに観察していた。呼吸、体温、視線、声色、言葉……彼から発せられるすべてが感じ取れるように、ありとあらゆる『糸』を張り巡らせて、彼が本当に利用価値のある人間かどうかを値踏みする。
 最終的に導き出された結論はひとつ。
(こいつ、使えるな)
 司祭であることを名乗れば、普通の人間は怯えるか許しを乞うものだった。なぜなら、司祭からの情状酌量によって罪人の刑は大きく変わることがあるからである。それでも反応をしない者は開き直っている者か、あるいは司祭という存在が何かを知らぬ者に限られるだろう。ドウメキの話し方からして、前者である可能性は非常に低い。
 そして、殺し屋というもの的外れな嘘ではないことは先日の時点で確信している。鍛え上げられた体、常に武器をもっていたと見られる掌。その上、この牢屋の薄闇の中で息を完全に殺すことができる気配の取り方。
 ――常人ではない。
「ドウメキさん」
「テオファン」
 思考から現実に返った二人が口を開いたのは、ほぼ同時だった。
「あ、いや、先に……」
「そうですか?ありがとうございます。……貴方は殺し屋である。が、依頼をされない限り殺しをしない……そうですか?」
 テオファンの問いかけに、ドウメキは無言で首を縦に振った。
「では貴方の正直を信じましょう。ここから貴方を出してあげます。いくつかの条件付きでね」
「!」
 ドウメキは口をぽかんと開いたまま固まった。ここの看守からどんな説明を受けたのかは知らないが、よほど雑なことを言われたのだろう。どうせ明日には死刑だのなんだのと言われたのに決まっている。
 これだからバカは困ると内心思いつつも、テオファンは大げさに肩を竦めた。
「嫌ですか?」
「……いや、出たい。感謝……する」
「こちらこそ、貴方には感謝しております。どうやら貴方は死刑にされると聞いたので、お話ができて良かった」
「死……!?」
 死刑宣言に露骨にドウメキの大きな体が震えたのを見て、どうやら死刑の法螺は吹かれていなかったようだ。それでもここまで動揺してくれるなら都合がいいと、テオファンは続ける。
「おやおや。知らなかったのですか?ちなみに、条件付きというのは、罪への自覚が出来ていて、かつ私の監視下であるならば……ということです。ご安心を」
「う、うむ……」
 くしゃりと顔を歪めて、首から下げている飾りを握りしめるドウメキ。まるで飼い主に叱られた犬のようだな、とテオファンは思った。
「監視下というのは、簡単に言えば私の近くにいて、他は……約束を守ることですね」
「……近くにいるのは、たぶん……問題ない。あと……約束とは?」
「簡単なことです。貴方は不要な殺しをしない。殺し屋ではありますが、依頼された殺し以外はしないのでしょう?」
「ああ」
 "不要な"殺しをしない。その含みにはドウメキは何も疑問を持たず、こくりと頷いた。
 もしここでドウメキが普通の倫理観をもつ人間だったのならば、その言葉の違和感に気付くことが出来ただろう。だが、ドウメキにはテオファンの言葉の歪みに気づけるほどの観察力も倫理観もなかった。その上、テオファン・クニャーゼフという男はその判断の鈍さを見越して彼を『手元に置いておく』と判断したのだ。
「ではお約束。私が許可した時以外――つまるところ、不要な殺しをしないこと。そして私の傍にいること。この二つを守ってくれれば、貴方をここから出します。死刑も行いません」
「!……ああ、約束しよう。テオファン、テオファン・クニャーゼフ。俺は、百目鬼セイル」
 鉄格子の間から差し出された黒い手袋をはめた手に、ドウメキは力強く握手をした。



 
 
***

「テオファン……その、俺をどうやって出したんだ」
「え?まぁ、貴方の誠実性を認めてもらっただけです」
「そうか……」
 牢獄からドウメキを出して、教会に連れてきた後。
 取り急ぎ置いておく場所もない為、テオファンの部屋に彼を座らせていると、ドウメキが不思議そうな顔をしてそう聞いてきた。
 実際のところ、聖職者お得意の「悪魔に憑かれていた為、それを祓って楽にしてやる」という理由で彼を外に出したのだが、それをまた説明するのが面倒なので適用にはぐらかしておく。
 ちなみに、テオファンが受けた傷も悪魔の為だと言っておいた。こういった時に理由として使われる悪魔は可哀相だとは思うが、聖職者としては常套手段である為、良心は全く痛まない。
「そんな、もんなのか」
 ぶつぶつと呟いて、納得があまりいっていない顔をするドウメキを部屋に置いたまま、テオファンは礼拝堂の方へ歩いていった。
 
 
 戻った先の礼拝堂では司助がひとり、長椅子に座って聖書を黙読していた。だが、テオファンがやってくるなり、立ち上がって肩に掴まんとするような勢いで声を荒げてきた。
「テオファン司祭!お怪我は!?」
「ええ、大丈夫ですよ。落ち着いて」
 テオファンより少し歳上というのにまだ落ち着きがない司助に苦笑いをしながらも、彼の振り上げた腕に軽く触れて鎮めようとする。司助としては、尊敬する上司が身元の知らぬ殺人鬼と長時間話をし、挙句の果てに部屋に連れて帰ったのだから、気が気ではないのだろう。掌にはじっとりと汗をかいており、鼻の穴は膨らんでいた。
「あいつが悪魔憑きというのは本当ですか?」
「はい。どうやら根が深いようで……少し沈静化はしましたが、まだ……」
「私が悪魔を祓えば……」
「いえ、無理はさせられません。ここは私に任せてください」
 親切心故か、自ら悪魔祓いを志願してきた司助の言葉をやんわりと断ると、とりあえず座って欲しいとテオファンは椅子を指さした。司助も自分の取り乱し様を恥じたのか、頭を緩く掻くと長椅子に腰をかける。
 テオファンも司助の隣に腰を下ろした。冷たくも温もりのある木製の椅子が二人分の重みで僅かに軋む。
「ルイス司助」
「はい」
 ルイス司助の手に自分の手を重ね、まっすぐ彼の眼を覗き込む。ルイスは突然司祭に覗き込まれ動揺したのか、ひゅうと息を呑んだが視線は逸らさなかった。
「私は、あのドウメキという青年を連れて聖都へ行きます」
「……聖都へ!?」
「ええ。先ほど申した通り、彼の心には根深い何かがある。それを祓うには、やはり聖都へ向かうのが最善と考えました。主のお導きか、偶然にも私はキュリアキ枢機卿より聖典封解儀の推薦を頂いております。聖都へ行く理由もある」
 しかし、と口ごもるルイス司助。おそらく彼は、聖典封解儀の『付き人』には己が選ばれるものとばかり思っていたのだろう。それをポンと出の、どこの馬の骨ともわからぬ男に立場を奪われたのだ。
 付き人になれば、昇進の機会はぐっと増える。テオファンとしては、このルイス司助を置いてドウメキを連れて行くのは、扱いやすい駒が増えただけではない。体のいい断りの理由と下からのし上がろうとする者の邪魔、加えて二つの利益をもたらすことを意味していた。
 ――フィンドル司教の死の後こそ計画を外れたが、このドウメキのおかげでずいぶんとうまい具合に事は運んでいた。
「不安ですか?」
「勿論。司祭に、あんな男を……」
「ルイス」
 黒い手袋越しにルイス司助の掌をたどる。指の股をなぞり、手の甲の骨ばった部分をなぞり、カソックとシャツの袖に隠された手首に触れる。そして長く細い指を手首の柔い内側の皮膚に滑らせると、わずかに指先を食い込ませた。
「ルイス。不安なお気持ちはわかります。けれど、これも主の思し召し。私は彼と行かなければいけません」
「……」
 手首には触れたままで、片方の手でルイスの髪を撫でる。黒い髪をゆっくりと耳の後ろに撫でつけ、耳殻に沿わせるようにして流した。
 まるで子猫や子犬に触れるかのような手つきでありながら、どことなく"秘めた何か"の意味を孕ませる声色。ルイス司助は、緊張とも高揚とも言えぬ熱く煮えるようなものが、喉の奥を通ったような気がした。外気温は普通であるというのに、異常なまでの汗が流れている。
 そしてテオファンは司助の唇に触れると、耳元で囁いた。
「ご不安でしたら、今晩私の部屋に来てください」
「……ッ!」
 どくり、と司助の心臓が跳ね、立ち上がりそうになった時にはすでにテオファンは椅子から離れていた。そしてルイス司助に微笑を向けると、唇をちらと舐める。
「私が不在の間はよろしくお願いしますね、司助」
 そう言葉を残し、テオファンは礼拝堂から立ち去っていった。
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