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第二章
獣人の国と少年 (十九)
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久しぶりに獣姿でシャンプーをして欲しい、とシルヴァンに頼まれ、夜宵は獣化したシルヴァンの体を丁寧に洗う。
気持ちよさそうにじっとしているシルヴァンに、夜宵も無意識に笑顔になる。
洗い終わり泡をしっかり流しきると、シルヴァンは体をブルブルさせて全身の水を飛ばした。
その水は当然夜宵にもかかり、うわっ!と声をあげた。
足を伸ばしてもまだまだ人が入れるであろう広い浴槽で二人一緒に湯に浸かる。
浴場は人払いを済ませており、夜宵とシルヴァンの二人きりだ。
その広さのなかで、シルヴァンは頑として後ろから抱きしめるようにする姿勢を曲げようとしなかったため、夜宵はシルヴァンを背もたれにするようにして湯に浸かっている。
顔は見えない。しかしピッタリくっついていることで温もりを感じて安心する。
夜宵は大きく息を吸った。
「あのねみそら、僕話したいことがあるんだ。聞いてもらえる?」
「もちろんだ」
「これを聞いてもし僕と番になるのを辞めたいと思ったらちゃんと言ってね」
そんなことにはならない、とシルヴァンは言ったが、夜宵は苦く笑うことしか出来なかった。
「前に僕がレンにいた時の生活は……みそらも見てたと思うんだけど、実はあの生活を始めたのはだいたい三年前くらいからなんだ。それよりももっと前の話をするね」
夜宵が産まれたとき、傍には母親と父親がいた。森の中、木々と茂みの隙間に小さく作られた家で両親に愛されてすくすく育っていった。
夜宵が三歳になる頃だろうか、言葉も二単語、三単語繋げて話せるようになった頃夜宵の父親は居なくなった。
母親は夜宵に何を説明する訳でもなくただただ山道を走って何かから逃げていた。
「おとしゃんどこ?ねえかかしゃん、おとしゃんは?」
そう問いかけるも、逃げるのに必死な母親は答えてくれず、そのうち森が騒がしくなっていることに気が付いたのだ。
動物の逃げ回る足音、鳥の危機感のある甲高い声と羽音、それからヒトの言葉と聞き慣れない爆発音。
「早く、逃げないと……!」
そう言ってさらに走ろうとした夜宵の母親の体力は限界で、結局ヒトの男たちに見つかり捕まってしまったのである。
当時この辺りで獣人が出た、と噂が広まり散策してい銃を持ったヒト族達が森を荒らしていた。
獣人は、見つかれば売り飛ばされるかその場で殺処分して毛皮として売るか、どちらにせよ安全に暮らせる未来など用意されていない。
しかしここでの出会いが夜宵の命運を大きく分けたのである。
この時夜宵と夜宵の母を見つけたのは正雄に一時的に雇われた者たちであり、身柄を届けられた先で夜宵は正雄に容姿を気に入られ、命を奪われることを回避したのだ。
母親と生きるために課せられた条件はただひとつ、夜宵を人々の見世物とすること。その代わりとして母と子二人が住まう家は正雄が用意するというもので、他に選択肢が残されていなかった夜宵の母はその条件を飲み、正雄のいる村で暮らす決断をしたのである。
用意された家はそれなりのものであり、二人で暮らしていく分には何も不自由しない程度のものであり、獣人の子供がいる家だからと危険が及ぶこともなかった。
母と子は貧しいながらも表面上は幸せに暮らしていた。
事件が起きたのは夜宵が十二歳になる頃、周りの同年代の子供達は初等教育も終わり、家業の手伝いをしたり更に多くのことを学ぶためにこの村を出て街に行くなどするようになったころ、夜宵はある話を正雄から持ちかけられていた。
見世物としてだけでなくその体を売ってもっと稼がないか、と。
夜宵の容姿は男児にしてはかなり可愛く、幼さ故か無邪気な笑みを浮かべることがある、と話題であり時折見世物小屋に来た客で「抱かせてはくれないか」と声をかけてくる客はいた。ただ当時の夜宵にはその意味が理解できず断る他なかった。
そんなある日、昨日まで元気だったはずの夜宵の母親が突如として床に臥せってしまったのだ。
村の人々は口々に獣人の子がヒト族である母親の体に害をなしていたのだ、全てこの子供の羽が悪い、と言いふらし始めたのだ。
それから程なくして夜宵の母は「生きて」とだけ遺言を残して息を引き取った。
最愛の母を亡くした夜宵の心は真っ暗な闇に飲み込まれてしまい、見世物小屋でも表情をなくし客足も徐々に減っていった。
母を亡くしてから一週間後、いつものように家へ帰ると家の中から不思議な臭いが漂っていた。
戸を開けてみると玄関には腐った野菜や魚、肉などが放り投げられていた。
よく見れば家の前にも張り紙がされており、字の読み書きをまともに習っていない夜宵が読めるはずもなかったが、筆跡の粗さから悪口が書かれているであろうことは察することができた。
いっそのこと母の後を追ってしまおうか、とも考えた。
しかし母が残した最後の願いは夜宵が生きることである。
ひとしきり涙を流し尽くし、生きる道として夜宵は正雄の提案を受けることに決めた。
その矢先、翌朝夜宵がいつものように正雄のいる見世物小屋へ向かう途中で、村の住人達が家から出て夜宵に視線を送っていることに気付く。
「やい!化け物!」
村の大人たちに気を取られているうちに夜宵の周りを村の子供達が取り囲んでいた。
「お前のせいで俺らの母ちゃんたちが病気になったらどうするんだよ!」
「この村から出てけ!」
その光景を目にしても誰一人として助けてくれず、時間になっても見世物小屋に夜宵が来ないを不審に思った正雄が村に来たことで夜宵は発見され、その時は既に夜宵の両腕は血まみれになっており、その日を境に夜宵が見世物小屋に来ることはなくなり、村から離れた場所で一人暮らすことになったのだ。
気持ちよさそうにじっとしているシルヴァンに、夜宵も無意識に笑顔になる。
洗い終わり泡をしっかり流しきると、シルヴァンは体をブルブルさせて全身の水を飛ばした。
その水は当然夜宵にもかかり、うわっ!と声をあげた。
足を伸ばしてもまだまだ人が入れるであろう広い浴槽で二人一緒に湯に浸かる。
浴場は人払いを済ませており、夜宵とシルヴァンの二人きりだ。
その広さのなかで、シルヴァンは頑として後ろから抱きしめるようにする姿勢を曲げようとしなかったため、夜宵はシルヴァンを背もたれにするようにして湯に浸かっている。
顔は見えない。しかしピッタリくっついていることで温もりを感じて安心する。
夜宵は大きく息を吸った。
「あのねみそら、僕話したいことがあるんだ。聞いてもらえる?」
「もちろんだ」
「これを聞いてもし僕と番になるのを辞めたいと思ったらちゃんと言ってね」
そんなことにはならない、とシルヴァンは言ったが、夜宵は苦く笑うことしか出来なかった。
「前に僕がレンにいた時の生活は……みそらも見てたと思うんだけど、実はあの生活を始めたのはだいたい三年前くらいからなんだ。それよりももっと前の話をするね」
夜宵が産まれたとき、傍には母親と父親がいた。森の中、木々と茂みの隙間に小さく作られた家で両親に愛されてすくすく育っていった。
夜宵が三歳になる頃だろうか、言葉も二単語、三単語繋げて話せるようになった頃夜宵の父親は居なくなった。
母親は夜宵に何を説明する訳でもなくただただ山道を走って何かから逃げていた。
「おとしゃんどこ?ねえかかしゃん、おとしゃんは?」
そう問いかけるも、逃げるのに必死な母親は答えてくれず、そのうち森が騒がしくなっていることに気が付いたのだ。
動物の逃げ回る足音、鳥の危機感のある甲高い声と羽音、それからヒトの言葉と聞き慣れない爆発音。
「早く、逃げないと……!」
そう言ってさらに走ろうとした夜宵の母親の体力は限界で、結局ヒトの男たちに見つかり捕まってしまったのである。
当時この辺りで獣人が出た、と噂が広まり散策してい銃を持ったヒト族達が森を荒らしていた。
獣人は、見つかれば売り飛ばされるかその場で殺処分して毛皮として売るか、どちらにせよ安全に暮らせる未来など用意されていない。
しかしここでの出会いが夜宵の命運を大きく分けたのである。
この時夜宵と夜宵の母を見つけたのは正雄に一時的に雇われた者たちであり、身柄を届けられた先で夜宵は正雄に容姿を気に入られ、命を奪われることを回避したのだ。
母親と生きるために課せられた条件はただひとつ、夜宵を人々の見世物とすること。その代わりとして母と子二人が住まう家は正雄が用意するというもので、他に選択肢が残されていなかった夜宵の母はその条件を飲み、正雄のいる村で暮らす決断をしたのである。
用意された家はそれなりのものであり、二人で暮らしていく分には何も不自由しない程度のものであり、獣人の子供がいる家だからと危険が及ぶこともなかった。
母と子は貧しいながらも表面上は幸せに暮らしていた。
事件が起きたのは夜宵が十二歳になる頃、周りの同年代の子供達は初等教育も終わり、家業の手伝いをしたり更に多くのことを学ぶためにこの村を出て街に行くなどするようになったころ、夜宵はある話を正雄から持ちかけられていた。
見世物としてだけでなくその体を売ってもっと稼がないか、と。
夜宵の容姿は男児にしてはかなり可愛く、幼さ故か無邪気な笑みを浮かべることがある、と話題であり時折見世物小屋に来た客で「抱かせてはくれないか」と声をかけてくる客はいた。ただ当時の夜宵にはその意味が理解できず断る他なかった。
そんなある日、昨日まで元気だったはずの夜宵の母親が突如として床に臥せってしまったのだ。
村の人々は口々に獣人の子がヒト族である母親の体に害をなしていたのだ、全てこの子供の羽が悪い、と言いふらし始めたのだ。
それから程なくして夜宵の母は「生きて」とだけ遺言を残して息を引き取った。
最愛の母を亡くした夜宵の心は真っ暗な闇に飲み込まれてしまい、見世物小屋でも表情をなくし客足も徐々に減っていった。
母を亡くしてから一週間後、いつものように家へ帰ると家の中から不思議な臭いが漂っていた。
戸を開けてみると玄関には腐った野菜や魚、肉などが放り投げられていた。
よく見れば家の前にも張り紙がされており、字の読み書きをまともに習っていない夜宵が読めるはずもなかったが、筆跡の粗さから悪口が書かれているであろうことは察することができた。
いっそのこと母の後を追ってしまおうか、とも考えた。
しかし母が残した最後の願いは夜宵が生きることである。
ひとしきり涙を流し尽くし、生きる道として夜宵は正雄の提案を受けることに決めた。
その矢先、翌朝夜宵がいつものように正雄のいる見世物小屋へ向かう途中で、村の住人達が家から出て夜宵に視線を送っていることに気付く。
「やい!化け物!」
村の大人たちに気を取られているうちに夜宵の周りを村の子供達が取り囲んでいた。
「お前のせいで俺らの母ちゃんたちが病気になったらどうするんだよ!」
「この村から出てけ!」
その光景を目にしても誰一人として助けてくれず、時間になっても見世物小屋に夜宵が来ないを不審に思った正雄が村に来たことで夜宵は発見され、その時は既に夜宵の両腕は血まみれになっており、その日を境に夜宵が見世物小屋に来ることはなくなり、村から離れた場所で一人暮らすことになったのだ。
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