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第7話 魔王も嫌がるサクーシャの呪い

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 舞台は魔王城の応接室。部屋全体が黒っぽい中で、青白い炎が全体を明るく照らしている。魔界の空気に未だ慣れないディレクタは、目の前に足を組んで座る魔王ベルゼブブの無言の圧に耐え切れず恐る恐る口を開く。

「やっぱりこの城豪華ですよね、維持費とか……」
「間繋ぎの会話なぞ不要だ」
「あ、はい」

 ベルゼブブは、とてつもなく怒っていた。近くで控えている幹部や秘書も漏れなく震えあがっている。ディレクタとベルゼブブは既に面識がある仲なのだが、そんなディレクタも戸惑いを隠せないでいる。

 彼女は一体何に怒っているのか。台本の内容に不満があるとか、異世界から来た主人公に自分がやられてしまうシナリオになっているから等ではない。彼女の怒りはもう少し根本の箇所にあった。

「ディレクタよ」
「……はい」
「これ、何度目じゃ?」
「えっ……、と」

 冷や汗を垂らすディレクタは気まずさに口が乾きまくっている。怒りを抑えきれなくなったベルゼブブは、バンッとテーブルに右の拳を叩きつけて叫んだ。


「我の出番が来る手前で打ち切りになり、別設定で最初からやり直しになるのはこれで何度目だと聞いておるのじゃ!!!」
「は、八度目ですぅっ!!」


 なんとこの打ち合わせ自体が八回目だった。その理由はサクーシャが毎回、台本作成を最後まで終えられない事にある。良い転生を考え付いた、と産み出しても途中で飽きて投げ出してしまうのである。

 サクーシャの世界で言うところの、『打ち切り』或いは『エタる』である。

 魔王ベルゼブブという名前を序盤で出しても、転生者が実際に魔王の所へたどり着く事無く台本が終わってしまう。彼女はこれをもう七度もやられて怒り心頭だった。
 
「サクーシャの奴が『次こそは強いやつと戦わせてあげるから』と言いながら毎回毎回毎回やる気が続かぬなどと言うふざけた理由で打ち切りにしおってからに……出番詐欺の連続に我もそろそろ我慢の限界じゃぞ!」
「ひえぇ……、申し訳ありません……」
「ふぅ……。すまんな、ディレクタよ。お主が悪いわけでは無いと言うのに」
「いえ、お気持ちはお察ししておりますから……」

 いつもなら私に言われても、というスタンスのディレクタなのだが、ベルゼブブの怒濤の怒りと内容の哀れさに思わず罪悪感を抱いた。勢いが落ち着いたベルゼブブは、ディレクタに本音を漏らす。

「我は本当に楽しみにしておるのじゃ。異世界から来たチート級の猛者と戦う事をな」
「……はい。何度も仰られておりますね」
「ああ、我に対抗できる生命体が現時点でこの世界におらぬからの。正直、退屈なのじゃ。早く血湧き肉踊る戦いがしたいぞ……」
「改めて、サクーシャ様に念を押しておきます」
「頼むぞディレクタよ。何故かサクーシャ自身は我と直接会う気が無いようじゃからな」

 まあ怖いからだろうなぁ、とサクーシャの心理を察するディレクタは曖昧に頷いた。

 
「では、この流れでお願い致します。今度こそは転生者がここまでたどり着いて欲しいものですね」
「うむ。……ところで、ディレクタよ」
「何でしょうか?」
「お主は何故その仕事を続けておるのじゃ?」
「何故、ですか……」
 
 これまでディレクタはサクーシャの指示で登場人物達に話をつけて台本を手渡してきた。これから起こる未来を無粋にも伝えてしまうその役目は、人々からかなり疎まれていると言えるだろう。

 しかしディレクタはこの仕事を辞めようとは考えていなかった。そこには、彼なりの理由があるのだった。ディレクタは少し考えてからポツポツと語り始めた。
 
「最初は、気づいたらサクーシャ様の下に居たから、何となく指示に従っていただけでした。けれど、この仕事をやってみている内に感じたんです。……異世界転生とは、本人の力だけじゃ上手くいかないものなんだと」
「ほう」
「これまでの常識が一切通じず、仲間もいない中で見知らぬ世界に放り出されるケースもあります。登場人物たちの協力が無ければ、何も出来ずに死んでしまうのが現実的なオチじゃないですか」
「確かに例えいくらふざけた能力を持っていたとしても、自覚していない状態で我の前に現れたら一ひねりじゃな」
「そういう事です。それなりのお膳立てやお節介は、必要な事なのだと私は思っています」

 ディレクタはディレクタなりのやり方で転生者の手助けをする。そこに彼はやりがいを感じていた。誰かに褒められなくとも、会った人たちに嫌われようともやり遂げる、そう決心していたのである。ベルゼブブは、そんな彼の強い意思を気に入っていた。

「だから、どんなに無粋だと言われても私はこの仕事を続けます。……給料もいいですし」
「最後の一言が無ければ良い話で終わったんじゃがのぉ……。お主が嫌われがちなのは仕事柄だけじゃないと思うぞ?」
「あはは、まさかぁ」
「ほれ、そういう所じゃ」

 二人は無邪気に笑い合う。人と会うたびに嫌われていくディレクタだが、時々ベルゼブブの様に受け入れてくれる相手もいる。それが彼にとっては大事な癒しとなっている。
 
「全く……。もしもお主がサクーシャに愛想が尽きたら、我の配下にでもなるがよい。それなりの役割を与えてやると約束しよう」
「……! それじゃあ、次の台本が打ち切りになったらそうさせて貰いましょうかね」
「はっはっは! それは良い考えじゃ! サクーシャにそう伝えておくがよい!」
「ありがとうございます。……では、仕事に戻りますね」
「ああ、息災でな」

 ディレクタは立ち上がり、次の現場へと向かう。彼の仕事は、世の創作が続く限り無くならないのだろう。
 
「あ、次回は幼女系の魔王で行くそうなので姿と口調を変えておいて貰えると……」
「だからお主はいい加減に、余計な一言を言う癖を直さんかぁーっ!」

 彼の悪い癖は、当分治りそうになかった。


 
 それから台本通りに転生者が現れて、天から与えられた能力を発揮して順調に事を進めていった。ベルゼブブは今か今かと彼が自分の下へと辿り着く事を楽しみにしている。

 ……魔王ベルゼブブが転生者と戦える日が来るのを信じて。ご愛読ありがとうございました!

「おいサクーシャ!! また打ち切る気満々では無いかーっ!?」
「やれやれ……、これは転職決定ですかね……?」
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