2 / 7
第2話 女神はうっかり死なせちゃいます
しおりを挟む
舞台は現実世界や異世界などを見守る女神達のいる女神界。その内の登場人物に該当する一人の女性に、ディレクタは恐る恐る話しかける。
彼女は自分に用があるというディレクタを見てすぐに悟った。自分に何か役目が来たのだと理解した女神フィリアは、台本を受け取り目を通し始めた。しかし常に冷静沈着で定評のあった彼女は、台本の冒頭を読んだだけでそのキャラが崩れる事となった。
「『ごめんなさ~い! 貴方の事、間違って死なせちゃいました♪』……って! 何なんですかこのセリフはっ!?」
台本に目を通した女神フィリアは腕をワナワナとさせて激昂していた。今読み上げた台詞が書いてあるページをバシバシと叩き、ディレクタに鋭い視線を向ける。『聖母の慈悲を主人公に与える女神役』の彼女に、ディレクタは申し訳なさそうに説明を始める。
「この物語はうっかり主人公を死なせちゃった女神様と、その対象となってしまった主人公の会話から始まるのです。そのためには、フィリア様にそう言っていただく必要があるのです」
「そんなミスは普通ありえません! 人の命をなんだと思ってるんですか!?」
「私に言われましても、致し方ないと申しますか……」
女神たちは人の命を軽視する事なかれ、という決まりがある。どんな理由があっても人々に慈しみを持つ女神にとって、台本にあるセリフは絶対に出てこない言葉なのだ。
「それにあと数日のうちにあなたはうっかりミスをします、なんて言われたらミスしないように気を付けちゃいますよ!?」
「心配ありません。あなたは必ずミスをするようになっていますので」
「ますます意味が解りかねます!」
フィリアは長年女神として現世を見守り続けてきているが、一人の人間を誤って死なせるなどという事は一度も犯していない。絶対に人を死なせてしまうミスをすると言われてしまったフィリアは、すっかり落ち込んでしまった。
「はぁ、人の魂を見守り続けて幾数千年の私がそんな重大なミスを犯してしまうだなんて……。私ももう落ち目なのかもしれませんね……」
「いえ、そんな事はありませんよ。……実はですね、『うっかり』というのは貴女自身の考えついた建前なのです」
「……どういう事ですか?」
怪訝な目を向けるフィリアに、ディレクタは台本を開いて彼女に見せる。重要な部分を抜粋して彼女に説明を始めた。
「貴女は彼が虐待やいじめにあっている現場を目撃します。気になって彼の事を調べた結果、彼には味方が誰一人としていない状態だと知ります」
「だから現実から敢えて抜け出させる事で彼を助ける、という事ですか。……確かに私の考えそうな事ですね」
サクーシャはフィリアの行動に整合性を付けていたのである。登場人物の行動と性格があっていなければ、どこかでほつれが出てしまうからだとサクーシャは考えている。フィリアも何処か納得のいった様子だった。
「これから始まる物語はサクーシャ様の気分で生み出された物、ですが登場人物の意思を無視した話に捻じ曲げようとしている訳では無く、あくまで彼に焦点が当たっています」
「……そうですね。物語を良いものに出来るかどうかは、それこそ主人公である彼次第。女神に世界を変える程の力は実は無いのと似ているのかもしれませんね」
女神から人に干渉できる事は、あまり無い。直接手を加える事は出来ないため、ただ見守るだけな事が多いのである。しかしフィリアは時々、人の窮地をバレないように力を使って助けているのである。サクーシャはそんなフィリアのキャラクターを見て登場人物に選んだのだった。
台本を一通り読み終えたフィリアは、本を閉じて大きく頷いた。
「わかりました。彼が報われるように一芝居打たせていただきましょう」
「ええ、よろしくお願いいたします」
サクーシャの筋書きに、フィリアは了承した。今回は怒鳴られずに済みそうかと安心していたディレクタだったが、ただ……というフィリアの呟きによって空気が変わった。
「ですが、やはり私はあんな浮ついたセリフをどうしても言いたく無いのです。いっそ正直に話してしまうほうが私自身も納得がいくのですが……」
「あー……。サクーシャ様によると、『今どきの女神様はそういう芸風でやってもらうほうがきっとウケる!』と仰っておりまして……」
「思いっきり私の意思を捻じ曲げているじゃないですか!」
「ちなみに、貴女が選ばれた理由は一番胸が大きくて主人公が好きそうだから、だそうです」
「それ言う必要ありました!? 物凄くやる気が無くなってきたのですけれど!?」
また余計な事を言ってしまったか、と身に危険を感じたディレクタはさっさと退散した。
こうして女神フィリアは自分のキャリアとプライドに傷をつけてしまったものの、自身の行動に後悔はなかった。別世界に無事転生出来た主人公も、報われなかった人生を払拭できる程の幸せを手に入れたのであった。
彼女は自分に用があるというディレクタを見てすぐに悟った。自分に何か役目が来たのだと理解した女神フィリアは、台本を受け取り目を通し始めた。しかし常に冷静沈着で定評のあった彼女は、台本の冒頭を読んだだけでそのキャラが崩れる事となった。
「『ごめんなさ~い! 貴方の事、間違って死なせちゃいました♪』……って! 何なんですかこのセリフはっ!?」
台本に目を通した女神フィリアは腕をワナワナとさせて激昂していた。今読み上げた台詞が書いてあるページをバシバシと叩き、ディレクタに鋭い視線を向ける。『聖母の慈悲を主人公に与える女神役』の彼女に、ディレクタは申し訳なさそうに説明を始める。
「この物語はうっかり主人公を死なせちゃった女神様と、その対象となってしまった主人公の会話から始まるのです。そのためには、フィリア様にそう言っていただく必要があるのです」
「そんなミスは普通ありえません! 人の命をなんだと思ってるんですか!?」
「私に言われましても、致し方ないと申しますか……」
女神たちは人の命を軽視する事なかれ、という決まりがある。どんな理由があっても人々に慈しみを持つ女神にとって、台本にあるセリフは絶対に出てこない言葉なのだ。
「それにあと数日のうちにあなたはうっかりミスをします、なんて言われたらミスしないように気を付けちゃいますよ!?」
「心配ありません。あなたは必ずミスをするようになっていますので」
「ますます意味が解りかねます!」
フィリアは長年女神として現世を見守り続けてきているが、一人の人間を誤って死なせるなどという事は一度も犯していない。絶対に人を死なせてしまうミスをすると言われてしまったフィリアは、すっかり落ち込んでしまった。
「はぁ、人の魂を見守り続けて幾数千年の私がそんな重大なミスを犯してしまうだなんて……。私ももう落ち目なのかもしれませんね……」
「いえ、そんな事はありませんよ。……実はですね、『うっかり』というのは貴女自身の考えついた建前なのです」
「……どういう事ですか?」
怪訝な目を向けるフィリアに、ディレクタは台本を開いて彼女に見せる。重要な部分を抜粋して彼女に説明を始めた。
「貴女は彼が虐待やいじめにあっている現場を目撃します。気になって彼の事を調べた結果、彼には味方が誰一人としていない状態だと知ります」
「だから現実から敢えて抜け出させる事で彼を助ける、という事ですか。……確かに私の考えそうな事ですね」
サクーシャはフィリアの行動に整合性を付けていたのである。登場人物の行動と性格があっていなければ、どこかでほつれが出てしまうからだとサクーシャは考えている。フィリアも何処か納得のいった様子だった。
「これから始まる物語はサクーシャ様の気分で生み出された物、ですが登場人物の意思を無視した話に捻じ曲げようとしている訳では無く、あくまで彼に焦点が当たっています」
「……そうですね。物語を良いものに出来るかどうかは、それこそ主人公である彼次第。女神に世界を変える程の力は実は無いのと似ているのかもしれませんね」
女神から人に干渉できる事は、あまり無い。直接手を加える事は出来ないため、ただ見守るだけな事が多いのである。しかしフィリアは時々、人の窮地をバレないように力を使って助けているのである。サクーシャはそんなフィリアのキャラクターを見て登場人物に選んだのだった。
台本を一通り読み終えたフィリアは、本を閉じて大きく頷いた。
「わかりました。彼が報われるように一芝居打たせていただきましょう」
「ええ、よろしくお願いいたします」
サクーシャの筋書きに、フィリアは了承した。今回は怒鳴られずに済みそうかと安心していたディレクタだったが、ただ……というフィリアの呟きによって空気が変わった。
「ですが、やはり私はあんな浮ついたセリフをどうしても言いたく無いのです。いっそ正直に話してしまうほうが私自身も納得がいくのですが……」
「あー……。サクーシャ様によると、『今どきの女神様はそういう芸風でやってもらうほうがきっとウケる!』と仰っておりまして……」
「思いっきり私の意思を捻じ曲げているじゃないですか!」
「ちなみに、貴女が選ばれた理由は一番胸が大きくて主人公が好きそうだから、だそうです」
「それ言う必要ありました!? 物凄くやる気が無くなってきたのですけれど!?」
また余計な事を言ってしまったか、と身に危険を感じたディレクタはさっさと退散した。
こうして女神フィリアは自分のキャリアとプライドに傷をつけてしまったものの、自身の行動に後悔はなかった。別世界に無事転生出来た主人公も、報われなかった人生を払拭できる程の幸せを手に入れたのであった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
俺の娘、チョロインじゃん!
ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ?
乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……?
男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?
アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね?
ざまぁされること必至じゃね?
でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん!
「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」
余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた!
え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ!
【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?
最恐魔女の姉に溺愛されている追放令嬢はどん底から成り上がる
盛平
ファンタジー
幼い頃に、貴族である両親から、魔力が少ないとう理由で捨てられたプリシラ。召喚士養成学校を卒業し、霊獣と契約して晴れて召喚士になった。学業を終えたプリシラにはやらなければいけない事があった。それはひとり立ちだ。自分の手で仕事をし、働かなければいけない。さもないと、プリシラの事を溺愛してやまない姉のエスメラルダが現れてしまうからだ。エスメラルダは優秀な魔女だが、重度のシスコンで、プリシラの周りの人々に多大なる迷惑をかけてしまうのだ。姉のエスメラルダは美しい笑顔でプリシラに言うのだ。「プリシラ、誰かにいじめられたら、お姉ちゃんに言いなさい?そいつを攻撃魔法でギッタギッタにしてあげるから」プリシラは冷や汗をかきながら、決して危険な目にあってはいけないと心に誓うのだ。だがなぜかプリシラの行く先々で厄介ごとがふりかかる。プリシラは平穏な生活を送るため、唯一使える風魔法を駆使して、就職活動に奮闘する。ざまぁもあります。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
魅了アイテムを使ったヒロインの末路
クラッベ
恋愛
乙女ゲームの世界に主人公として転生したのはいいものの、何故か問題を起こさない悪役令嬢にヤキモキする日々を送っているヒロイン。
何をやっても振り向いてくれない攻略対象達に、ついにヒロインは課金アイテムである「魅惑のコロン」に手を出して…
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??
シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。
何とかお姉様を救わなくては!
日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする!
小説家になろうで日間総合1位を取れました~
転載防止のためにこちらでも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる