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第2話 女神はうっかり死なせちゃいます

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 舞台は現実世界や異世界などを見守る女神達のいる女神界。その内の登場人物に該当する一人の女性に、ディレクタは恐る恐る話しかける。

 彼女は自分に用があるというディレクタを見てすぐに悟った。自分に何か役目が来たのだと理解した女神フィリアは、台本を受け取り目を通し始めた。しかし常に冷静沈着で定評のあった彼女は、台本の冒頭を読んだだけでそのキャラが崩れる事となった。
 
「『ごめんなさ~い! 貴方の事、間違って死なせちゃいました♪』……って! 何なんですかこのセリフはっ!?」

 台本に目を通した女神フィリアは腕をワナワナとさせて激昂していた。今読み上げた台詞が書いてあるページをバシバシと叩き、ディレクタに鋭い視線を向ける。『聖母の慈悲を主人公に与える女神役』の彼女に、ディレクタは申し訳なさそうに説明を始める。

「この物語はうっかり主人公を死なせちゃった女神様と、その対象となってしまった主人公の会話から始まるのです。そのためには、フィリア様にそう言っていただく必要があるのです」
「そんなミスは普通ありえません! 人の命をなんだと思ってるんですか!?」
「私に言われましても、致し方ないと申しますか……」

 女神たちは人の命を軽視する事なかれ、という決まりがある。どんな理由があっても人々に慈しみを持つ女神にとって、台本にあるセリフは絶対に出てこない言葉なのだ。
 
「それにあと数日のうちにあなたはうっかりミスをします、なんて言われたらミスしないように気を付けちゃいますよ!?」
「心配ありません。あなたは必ずミスをするようになっていますので」
「ますます意味が解りかねます!」

 フィリアは長年女神として現世を見守り続けてきているが、一人の人間を誤って死なせるなどという事は一度も犯していない。絶対に人を死なせてしまうミスをすると言われてしまったフィリアは、すっかり落ち込んでしまった。

「はぁ、人の魂を見守り続けて幾数千年の私がそんな重大なミスを犯してしまうだなんて……。私ももう落ち目なのかもしれませんね……」
「いえ、そんな事はありませんよ。……実はですね、『うっかり』というのは貴女自身の考えついた建前なのです」
「……どういう事ですか?」

 怪訝な目を向けるフィリアに、ディレクタは台本を開いて彼女に見せる。重要な部分を抜粋して彼女に説明を始めた。
 
「貴女は彼が虐待やいじめにあっている現場を目撃します。気になって彼の事を調べた結果、彼には味方が誰一人としていない状態だと知ります」
「だから現実から敢えて抜け出させる事で彼を助ける、という事ですか。……確かに私の考えそうな事ですね」

 サクーシャはフィリアの行動に整合性を付けていたのである。登場人物の行動と性格があっていなければ、どこかでほつれが出てしまうからだとサクーシャは考えている。フィリアも何処か納得のいった様子だった。
 
「これから始まる物語はサクーシャ様の気分で生み出された物、ですが登場人物の意思を無視した話に捻じ曲げようとしている訳では無く、あくまで彼に焦点が当たっています」
「……そうですね。物語を良いものに出来るかどうかは、それこそ主人公である彼次第。女神に世界を変える程の力は実は無いのと似ているのかもしれませんね」

 女神から人に干渉できる事は、あまり無い。直接手を加える事は出来ないため、ただ見守るだけな事が多いのである。しかしフィリアは時々、人の窮地をバレないように力を使って助けているのである。サクーシャはそんなフィリアのキャラクターを見て登場人物に選んだのだった。

 台本を一通り読み終えたフィリアは、本を閉じて大きく頷いた。
 
「わかりました。彼が報われるように一芝居打たせていただきましょう」
「ええ、よろしくお願いいたします」

 サクーシャの筋書きに、フィリアは了承した。今回は怒鳴られずに済みそうかと安心していたディレクタだったが、ただ……というフィリアの呟きによって空気が変わった。

「ですが、やはり私はあんな浮ついたセリフをどうしても言いたく無いのです。いっそ正直に話してしまうほうが私自身も納得がいくのですが……」
「あー……。サクーシャ様によると、『今どきの女神様はそういう芸風でやってもらうほうがきっとウケる!』と仰っておりまして……」
「思いっきり私の意思を捻じ曲げているじゃないですか!」
「ちなみに、貴女が選ばれた理由は一番胸が大きくて主人公が好きそうだから、だそうです」
「それ言う必要ありました!? 物凄くやる気が無くなってきたのですけれど!?」

 また余計な事を言ってしまったか、と身に危険を感じたディレクタはさっさと退散した。


 こうして女神フィリアは自分のキャリアとプライドに傷をつけてしまったものの、自身の行動に後悔はなかった。別世界に無事転生出来た主人公も、報われなかった人生を払拭できる程の幸せを手に入れたのであった。
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