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第13話 悪役令嬢、エマ・フィール

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 ユークリウッド家の応接室で、僕と兄さんは向かい合って座っていた。これまで食事の席では長いテーブルの端と端という距離があったが、今は互いが腕を伸ばせば届くほどに近くなっていた。

「それで、どんなことがあったの?」
「ああ、順を追って話す」

 シリウスが突然『学園であった事について相談がしたい』という話を持ち掛けてきた。どうもリリアが関係している話らしい。関係がやや修復しつつある僕にとっては断る理由もなく、相談を聞くことにした。
 
「どうも彼女を敵視しているような目線を送っている者が数名いるらしい」
「あ、そうか」

 リリアがシリウスのルートを進めていく上で大きな障害となるキャラクターのことを思い出す。腰の高さまで伸ばした派手な金髪、ややつり目で高圧的な態度が印象強い御令嬢。そんな彼女の名はエマ・フィール、リリアのライバル的存在である。リリアがシリウスと関係を深めるのを何かと妨害してくる所謂敵役だ。

 実際に兄が聞いた限りでもリリアとエマの間にこんなやり取りがあったらしい。

「貴女、リリアという名前だったかしら?」
「は、はい。私に何か……」
「ふん!気に入らないわ!」
「え?」
「まさか貴女、シリウス様の事を狙っているのではなくて?」
「狙う、ですか? いえ、そのようなことは……」
「ふん! どうだか!」
「えっと……」

 そこに偶然居合わせたシリウスが近づくと、それに気づいたエマはシリウスに素っ気なく挨拶をしてから足早にその場を去っていった。

「リリアさん、大丈夫だったの?」
「ああ、挨拶時のやり取り以外では特に何もなかったそうだが……学園内の警備を警戒しておくべきかもしれん」
「あー……そこまでしなくてもいいんじゃないかなー……?」

 理由はゲーム内でエマ自身が散々言っていたから良く知っている。エマはシリウスのことが大好きで、シリウスに近づいているリリアを敵視しているということだ。

(確か、シリウスの前だとガチガチになっちゃう癒しキャラとか言われてたくらい危険性は無いんだよね……)

 シリウスに対して素っ気ない挨拶だったというのは、シリウス相手に緊張してしまっていたからだ。僕も人と話す時に緊張しがちなので、気持ちはちょっとだけわかる。

「リリアさんの近くにいてあげたらいいんじゃない?」
「そう出来たら良いのだが……授業以外はやることが多くてな」
「そっかー……」
「やはり警備を強化しておくか?」
「……まだ実害はほぼ無いみたいだし、様子見でいい気がするよ」
「む……そうか」
 
 悪役令嬢という肩書になってはいるが、正直エマは悪役という感じではなくただのライバル役という方が正しい。普通の悪役なら暴行を加えたりでっち上げで名誉を傷つけたりするのだが、エマは全然そういう事を全然しない。ただ主人公の前に現れては張り合ってくるだけなのである。

「エマさん以外は大丈夫なの?」
「相談はもう一つある。エマが去った後にリリアが私に別の頼み事をしてきてな」
「頼み事?」
「ああ。お前ともっとよく話がしたい、と言っていた」
「え? 僕と?」

 彼女とは図書室の一件以来会っていない。その理由は、元々中等部と高等部では見かける機会がほとんど無いというのもあるが、僕が意図的にリリアとの接触を避けていたのだ。会わなければリリアに迷惑をかけることもない、と思っているのだが、どうもリリアは会えない事を気にしているらしい。

「……何で?」
「私にはわからぬが、本人に直接聞いたら良いのではないか?」
「うーん……」
「彼女と会うのが嫌なのか?」
「そうじゃないんだけど……」
 
 ……きっと、リリアは僕の評判をもう知っただろうから。

「ほら、僕の評判ってまだまだ悪いでしょ?」
「そうだな、学園の歴代でも一番悪いらしいぞ」
「……」

 自分で言い出したしその通りなのだけれど、バッサリと即答されるのはちょっと喉に詰まるものがある。あと歴代でも一番という情報は別に知りたくなかった。
 
「僕と一緒にいたら、リリアさんの評判も下がりそうだから」
「お前が他人の評判まで気にするとはな」
「……。これまで迷惑かけすぎちゃったから取り戻さないと。リリアさんに会ったら、そう言っておいて欲しいな」

 直接自分で言いに行く、という行動はどうもとりづらいと思った。これまでハルトとして如何に周りに迷惑をかけてきたかと考えると、人と関わっていくことに後ろめたさを感じてしまう。そもそも主人公であるリリアとわざわざ話をするのも良くないだろう。

 ここは断っておこう。彼女には僕の事を気にせず学園生活を謳歌してもらいたい。しかし、僕の思惑は空回りをしてしまうことになる。

「いや、その必要はない」
「え? どういうこと?」

 相談をされているのに伝える必要がない、とは一体どういうことだろう。首を傾げていると応接室の扉から控えめなノック音が聞こえて、シリウスが入室を促す。そこにいたのは……。

「……ハルト君」
「ええ!? リリアさん!?」

 なんと、話の当事者であるリリアだった。今の僕たちの会話を聞かれていた、というか何故ユークリウッドの屋敷にいたのだろうか。思い当たる節を考えた結果、僕は彼に目を向ける。

「……兄さん?」
「私が家に招待したのだ。お前と話せる場を設けるためにな」
「えー……今度会ったときにっていう流れじゃなかったの……?」

 せっかくシリウスとの関係が良くなって気まずさが減ってきたのに、また妙な沈黙が流れることになってしまっていた。
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