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第4話 緊急は本当に緊急の時だけにしてほしい

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 偏に討伐依頼と言っても、急を要するものとそうでないもの、難易度が高いものと初心者でもできるもの等、その種類は数知れない。ギルドの依頼板は大抵が討伐依頼で埋まっている。

 特に緊急を要する依頼については最優先で依頼として貼り出される。但しギルドマスターへの許可は絶対必要であるため、どれだけ急いでも冒険者の目に留まるまでに時間がかかってしまう。これについてはギルドでも問題視されている点だった。
 
 アイシャの前に立ち、肩で息をしながらよろよろと歩いてきた軽めの鎧姿の男ボイドも、討伐依頼をしに来た一人である。鎧は傷だらけ……という事もないが、彼の顔色は悪い。アイシャは緊急依頼を覚悟しつつ書類を手に取る。男は冷や汗を垂らしながら簡潔に伝えてきた。

 
「十日前ほどからワイバーンの群れの猛攻が俺たちの村を襲ってきているんだ! どうにか村全員で力を合わせて死傷者はいないが、流石にもうもたない……どうか助けてくれ!」
「ワイバーンの群れ相手に十日間全員無事な村っておかしくね?」


 ワイバーンとは飛竜の一種で、並の冒険者数名程度では歯が立たない魔物である。増してや戦力を持たない村人ではまず蹂躙されてしまうはずなのだが、必死の形相で受付に両手をつくボイドが嘘を言っているようには見えない。

「ワイバーンって単体でもD級相当でしたよね……? 群れとなるとC級或いはB級クラスなのですが……」
「まあ、俺たちも必死だから……」
「必死だから、でどうにかなる範疇超えてんのよ」

 冒険者のランクは駆け出しがG級であり、そこから上に上がっていくと最高ランクであるA級まで存在している。ワイバーンの討伐は駆け出しの手には負えず、実力者を募らなければならない。

 その上で基本的に魔物の相手は冒険者が務めるため、戦闘経験の無い村人は戦わずに逃げるのが基本である。しかしその村だけは特殊なようで、ワイバーン達の猛攻を凌げているらしい。

「今から依頼を直ぐに登録しますが……、救援が集まるまでに恐らく半日程度はかかってしまうかと思われます」
「そんな……、まだ回復薬などの備蓄には手を付けずにいられてますが……」
「備蓄も無傷とか冒険者でも無理なんだが? その強さなら半日ぐらいもつんじゃないの? てか寧ろ倒せよ」
「いやいや、我々にワイバーンを倒すなんてとてもとても……」
「言っちゃ悪いけどフリにしか聞こえないんだわ」

 ギルドに流れてきた緊急性のある依頼は、どれだけ急いで手続きを済ませても、冒険者の目に留まるまでには時間がかかってしまう。最悪、討伐が間に合わないというケースが散見される。

 これ以上男を待たせてしまうのが段々悪いと思い始めてきたアイシャは、やれやれと立ち上がった。

「……しゃーない、アタシが今から行くよ」
「えっ!?」
「アイシャさん!?」

 アイシャの提案は依頼の手続きを踏まずに自らが達成してしまおうというものだった。ボイドとサナは大声で驚く。冒険者を期待していたボイドは、まさか受付嬢のアイシャが名乗り出るとはあまりにも予想外だった。

 サナもアイシャが何故出る準備をしているのかが理解できなかった。隣から止めようとするが、アイシャは平然と返しながら荷物に入っている武装を確認し始める。

「だいじょーぶ。冒険者の心得はあるし、引退はしてるけどワイバーン如きに引けは取らないよ」
「引退って……アイシャさん、まさか」
「受付さん、あなたは一体……?」
「そっか、サナにも言ってなかったっけ。まあいいや、実はアタシ……」

 ツインテの金髪をポニーテールに結び直し、短剣を腰に付けた彼女はキリっと二人に告白した。


「これでも元A級の冒険者だったんでね」
「えぇっ!?」
 

 二人はさっきよりも大声で驚きの声を上げた。準備を終えたアイシャは受付の机を軽い身のこなしで乗り越え、ボイドに向き直る。
 
「じゃあサナ、ちょっと行ってくるからよろー」
「あ、はい! ……後で詳しく教えてくださいね」
「お、お願いします! 馬車が控えてますのでどうぞこちらに!」
「うぃー」

 ボイドの案内でアイシャは颯爽とギルドから出発した。唖然と見送ったサナは、静かになった受付へ置いて行かれたような気分だった。
 
 (アイシャさんが元冒険者だったなんて……。しかもA級……)

 サナはアイシャがそんなとんでもない事を自分に言っていなかった事に少しだけ腹が立った。とはいえ自分もアイシャに全てを話しているわけではないため、あまり責める事も出来ないとも思った。

「アイシャさんの事……もっと、知りたいです」

 サナの小さな呟きは、受付スペースに吸い込まれて誰にも届かなかった。


 その後、依頼は翌日までに呆気なく終わったようでアイシャはトボトボと朝に出勤してきた。しかし依頼を達成したはずのアイシャは浮かない表情だった。サナが事情を聴くと、アイシャはあー、と話し出した。

「アタシが駆け付けた頃にはもう全滅してたってワケ。……ワイバーンが」
「あはは……お疲れ様でしたね、アイシャさん」
「本当に全員無傷だったし、マジでなんなのあの村……とんだ依頼詐欺かまされたわー……」

 結局、元A級の力を全く活かせず不満を抱えて帰ってきたアイシャの愚痴が、その日はしばらく止まらなかったらしい。
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