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3章: 幽子先輩と、僕の話
3-4 狂人と2人きり
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まず一歩、中に入ってみると、中はひんやり涼しかった。冷えた空気が、ここまでの道のりですっかり熱くなった僕の体には心地良い。
一歩ずつ歩みを進めるごとに、僕達2人の砂利を踏む足音がトンネル内で反響する。
「やっぱここ狭いですよね。僕ちょっと虫とかムリなんですけど。もう少しそっちよってくださいよ。」
2人並んで歩くと道幅の狭さゆえに、必然的に壁の近くを歩くことになる。こういう暗くじめじめしたところには絶対虫やらイモリやらがいる。なるべく壁の近くを歩きたく無い。
「じゃあ私の前か後ろを歩けば良いだろ。」
「じゃあ後ろ歩きますね。」
「まったく君はビビりだな。私の堂々たる態度を見習ったらどうだ。」
彼女は呆れたようにそう言った。
こういう場所に居ても平気な方がどうかしている。彼女は肝が座っているというより、頭のネジが外れているだけだ。
先輩から前もって受け取っていた懐中電灯で、周囲の壁を照らしてみる。
至る所に黒や赤のスプレーで落書きがされていた。心霊スポットと呼ばれる場所ならよくある事だろう。それにしても何故彼等は、こういう場所にわざわざ落書きをしていくのだろうか。どの落書きも「俺達はこんな場所怖くないぜ!」とでも言いたげで自己主張が激しい。
中には「呪われている」だの「来るな」だのといったノリの良い落書きまでされていた。
入ってみてわかったが、このトンネルはそう長くない。恐らく100m程度だろう。先にある出口の向こう側の景色が、ここからでも見える。何ということはない、今までと同じような山の中の景色である。とてもあれがあの世とは思えない。今回は、本当にトンネルが崩落する以外特にトラブルが起こりそうな気配は無い。僕はホッと一安心した。
暫く歩いて暗闇にも、このトンネルの雰囲気にも慣れてきた僕は言う。
「なんも無いですね。ただ穴が続いてるだけ。せめて何かしらの骨でも見つかれば雰囲気出るんですけどねえ。」
「よく言うよ。散々トラブルの可能性を潰して来たクセに。」
何も起こりそうに無いからか、心なしか先輩の機嫌が少し悪いように見える。だがそんなのは関係ない。僕の安全以上に優先すべきことなど存在しないのだから。
先ほどから続くのは、同じような落書きがされた壁と、少し先に見える出口だけ。何か落ちてないかと下を見ながら歩いてみても、あるのは砂利だけ。
「ちょっと退屈ですね。なんかすいませんね、僕のせいでこんな感じになっちゃって。」
あくび混じりに僕は言う。
「・・・・・・あぁ・・・。」
彼女は俯きながら答えた。僕は少し心配になった。
(ん?反応悪いな・・・やっぱ体調悪いのかな・・・。それとも本当に怒ったか?)
僕は先輩の顔を後ろから覗き込もうとする。
「幽子先輩ーーーー」
「ねぇ。」
僕の呼びかけを遮る形で、彼女は僕に問いかける。
「私たちがこのトンネルに入ってから、何分経った?」
僕はスマートフォンの画面を確認する。
「さぁ、2、30分は経ってるんじゃないですか?」
「その間、私達の目の前に見えるあの出口は、近づいているように見える?」
予想だにしなかった彼女の質問の意図を、僕はまったく理解できずにいた。そして、彼女の表情も後ろからでは窺い知ることができない。彼女は今一体何を考えているのだろうか。
「何を、言ってるんですか?質問の意図がよくわからないんですけど。」
「・・・ちょっと走ろうか。」
唐突に、彼女はそう言うと走り出した。
「えっ・・・ちょっと!」
僕も慌てて彼女を追いかける。いつも彼女はこうだ。こうして僕の予想外で突発的な行動を彼女はよくする。
走る彼女の背中を追いかけながら考える。彼女は言った。「出口が近づいているように見えるか?」と。
僕は彼女を走って追いかけながら、当然近づいてくるであろう出口を見つめる。
「・・・・・・・・あれ?」
首筋がヒヤリとする。
出口は外からの強い日差しが差し込み、眩しく輝いており、すぐ近くにあるように見える。
そう、近く見える「だけ」
いくら走っていても、もうすぐ手が届きそうなトンネルの出口に、一向に近づく気配が無いのだ。いやいやそんなはずはない、とよく目を凝らしてみても、出口に近づいているという実感が無い。出口は、もうすぐそこなのに。外の景色も遠目からだが、よく見える。なのに走っても走っても、壁や地面がいくら後ろに流れていこうとも、光が差し込む出口は近づいてこない。
突然走るのを止め、振り返る先輩。今度は後ろを指差す。
「じゃあまた聞くけど、ここまでトンネルを移動してきて、あの入り口が離れているように見える?」
息を切らしながら、僕は彼女が指差した方向を振り返る。
ーーーーーー離れていない。
入ってきた時に見えた出口から入り口までの距離を、僕達の移動した距離は間違いなく超えている。仮にそれが気のせいだとしても、必ず僕達はトンネル内の3分の2以上の場所に居なくてはならない。でなくては、移動した距離と目で見えるトンネルの距離との辻褄が明らかに合わない。だが僕達は今、トンネルのちょうど真ん中に位置しているように見える。
突如として湧き出る不安感を掻き消すように、僕は入り口に向かって走り出した。
心の奥底から突き出る衝動が、僕の体を突き動かす。
そんな筈はない。そんな怪談じみたことが、本当に起きるはずがない。あの世とこの世を繋ぐトンネル?そんなのは馬鹿げている。トンネルの怪談にありがちな、どこかで聞いたような、何の捻りもないくだらない話だ。
走りながら、そんなくだらない現象を否定する思考が加速度的に増えていく。しかしそれとは対照的に、少し先にあるはずの入り口はずっと静止したままだった。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
走り疲れた僕は、膝に手をつき、肩で呼吸をする。顔から流れ出る汗がぽたぽたと数滴、トンネルの地面に落ちて吸い込まれた。
入り口は、そんな僕を嘲笑うかのようにその場で僕を静観している。
「こんな・・・こんなことがあり得るのか・・・」
ふと、そう呟く幽子先輩の顔を僕は見上げた。流石の彼女でもこれは動揺せざる負えないのだろう、と、思ったのだが。
ーーーーー彼女は、笑っていた。
僕が今まで見てきた彼女の笑顔の中で、1番酷い笑顔だった。ユウレイちゃんというあだ名を付けられて然るべき顔だ。
もう、彼女を諌める言葉も出てこない。彼女に対する怒りも呆れも、もう僕には無い。ただあるのは、この狂人と2人で、今からこの不可解な状況を脱さなくてはならないという、絶望だけだった。
一歩ずつ歩みを進めるごとに、僕達2人の砂利を踏む足音がトンネル内で反響する。
「やっぱここ狭いですよね。僕ちょっと虫とかムリなんですけど。もう少しそっちよってくださいよ。」
2人並んで歩くと道幅の狭さゆえに、必然的に壁の近くを歩くことになる。こういう暗くじめじめしたところには絶対虫やらイモリやらがいる。なるべく壁の近くを歩きたく無い。
「じゃあ私の前か後ろを歩けば良いだろ。」
「じゃあ後ろ歩きますね。」
「まったく君はビビりだな。私の堂々たる態度を見習ったらどうだ。」
彼女は呆れたようにそう言った。
こういう場所に居ても平気な方がどうかしている。彼女は肝が座っているというより、頭のネジが外れているだけだ。
先輩から前もって受け取っていた懐中電灯で、周囲の壁を照らしてみる。
至る所に黒や赤のスプレーで落書きがされていた。心霊スポットと呼ばれる場所ならよくある事だろう。それにしても何故彼等は、こういう場所にわざわざ落書きをしていくのだろうか。どの落書きも「俺達はこんな場所怖くないぜ!」とでも言いたげで自己主張が激しい。
中には「呪われている」だの「来るな」だのといったノリの良い落書きまでされていた。
入ってみてわかったが、このトンネルはそう長くない。恐らく100m程度だろう。先にある出口の向こう側の景色が、ここからでも見える。何ということはない、今までと同じような山の中の景色である。とてもあれがあの世とは思えない。今回は、本当にトンネルが崩落する以外特にトラブルが起こりそうな気配は無い。僕はホッと一安心した。
暫く歩いて暗闇にも、このトンネルの雰囲気にも慣れてきた僕は言う。
「なんも無いですね。ただ穴が続いてるだけ。せめて何かしらの骨でも見つかれば雰囲気出るんですけどねえ。」
「よく言うよ。散々トラブルの可能性を潰して来たクセに。」
何も起こりそうに無いからか、心なしか先輩の機嫌が少し悪いように見える。だがそんなのは関係ない。僕の安全以上に優先すべきことなど存在しないのだから。
先ほどから続くのは、同じような落書きがされた壁と、少し先に見える出口だけ。何か落ちてないかと下を見ながら歩いてみても、あるのは砂利だけ。
「ちょっと退屈ですね。なんかすいませんね、僕のせいでこんな感じになっちゃって。」
あくび混じりに僕は言う。
「・・・・・・あぁ・・・。」
彼女は俯きながら答えた。僕は少し心配になった。
(ん?反応悪いな・・・やっぱ体調悪いのかな・・・。それとも本当に怒ったか?)
僕は先輩の顔を後ろから覗き込もうとする。
「幽子先輩ーーーー」
「ねぇ。」
僕の呼びかけを遮る形で、彼女は僕に問いかける。
「私たちがこのトンネルに入ってから、何分経った?」
僕はスマートフォンの画面を確認する。
「さぁ、2、30分は経ってるんじゃないですか?」
「その間、私達の目の前に見えるあの出口は、近づいているように見える?」
予想だにしなかった彼女の質問の意図を、僕はまったく理解できずにいた。そして、彼女の表情も後ろからでは窺い知ることができない。彼女は今一体何を考えているのだろうか。
「何を、言ってるんですか?質問の意図がよくわからないんですけど。」
「・・・ちょっと走ろうか。」
唐突に、彼女はそう言うと走り出した。
「えっ・・・ちょっと!」
僕も慌てて彼女を追いかける。いつも彼女はこうだ。こうして僕の予想外で突発的な行動を彼女はよくする。
走る彼女の背中を追いかけながら考える。彼女は言った。「出口が近づいているように見えるか?」と。
僕は彼女を走って追いかけながら、当然近づいてくるであろう出口を見つめる。
「・・・・・・・・あれ?」
首筋がヒヤリとする。
出口は外からの強い日差しが差し込み、眩しく輝いており、すぐ近くにあるように見える。
そう、近く見える「だけ」
いくら走っていても、もうすぐ手が届きそうなトンネルの出口に、一向に近づく気配が無いのだ。いやいやそんなはずはない、とよく目を凝らしてみても、出口に近づいているという実感が無い。出口は、もうすぐそこなのに。外の景色も遠目からだが、よく見える。なのに走っても走っても、壁や地面がいくら後ろに流れていこうとも、光が差し込む出口は近づいてこない。
突然走るのを止め、振り返る先輩。今度は後ろを指差す。
「じゃあまた聞くけど、ここまでトンネルを移動してきて、あの入り口が離れているように見える?」
息を切らしながら、僕は彼女が指差した方向を振り返る。
ーーーーーー離れていない。
入ってきた時に見えた出口から入り口までの距離を、僕達の移動した距離は間違いなく超えている。仮にそれが気のせいだとしても、必ず僕達はトンネル内の3分の2以上の場所に居なくてはならない。でなくては、移動した距離と目で見えるトンネルの距離との辻褄が明らかに合わない。だが僕達は今、トンネルのちょうど真ん中に位置しているように見える。
突如として湧き出る不安感を掻き消すように、僕は入り口に向かって走り出した。
心の奥底から突き出る衝動が、僕の体を突き動かす。
そんな筈はない。そんな怪談じみたことが、本当に起きるはずがない。あの世とこの世を繋ぐトンネル?そんなのは馬鹿げている。トンネルの怪談にありがちな、どこかで聞いたような、何の捻りもないくだらない話だ。
走りながら、そんなくだらない現象を否定する思考が加速度的に増えていく。しかしそれとは対照的に、少し先にあるはずの入り口はずっと静止したままだった。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
走り疲れた僕は、膝に手をつき、肩で呼吸をする。顔から流れ出る汗がぽたぽたと数滴、トンネルの地面に落ちて吸い込まれた。
入り口は、そんな僕を嘲笑うかのようにその場で僕を静観している。
「こんな・・・こんなことがあり得るのか・・・」
ふと、そう呟く幽子先輩の顔を僕は見上げた。流石の彼女でもこれは動揺せざる負えないのだろう、と、思ったのだが。
ーーーーー彼女は、笑っていた。
僕が今まで見てきた彼女の笑顔の中で、1番酷い笑顔だった。ユウレイちゃんというあだ名を付けられて然るべき顔だ。
もう、彼女を諌める言葉も出てこない。彼女に対する怒りも呆れも、もう僕には無い。ただあるのは、この狂人と2人で、今からこの不可解な状況を脱さなくてはならないという、絶望だけだった。
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