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第二章祖国を守る為に
第五話:アルニヤ王国
しおりを挟むレベリオ王国とカーム王国の北にあるアルニヤ王国。
ここはアザリスタの元婚約者であるロディマス王子のいる国。
今この国は王族の保護を受ける代わりに国自体をキアマート帝国に明け渡していた。
「また人間鍋をやっていやがる……」
ロディマス第一王子は窓の外に見える中庭で闇の森の住人たちが城の者に決闘を挑み、負けたら人間鍋で食われる様子を見ていた。
一応は約束で王族の者にはキアマート帝国皇帝の命で手を出してはいけない事になっていたが、城の使用人や騎士たちはそうでは無い。
勝負を挑まれ勝ち残らなければ喰われてしまう。
だが魔獣や幻獣たちに普通の人間が勝つことなどできないのだ。
負けた者たちは無残にも殺され、更に鍋に入れられて煮込まれこの怪物たちのエサとなっていた。
キアマート帝国の恐ろしさは前戦を拡大して支援物資が少なくても戦線維持が出来る事だ。
それもそのはず、食料はそこに居る人間を食べればいい。
道具や武器もその国にあるものを使えばいい。
パワーこそ力。
全てはその単純な原理に基づいていた。
「ふふふふ、これはこれはロディマス殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
いつの間にかロディマスの自室にその黒い影は来ていた。
浅黒い肌に長い耳。
ダークエルフと言う種族で、暗黒神を崇拝しているエルフだ。
そのいきなり聞こえてきた声にロディマスは驚き声をあげる。
「なっ!? 何者だ?? ぶ、無礼であろうに!!」
「ふふふふ、ですからこうして挨拶に姿を現したのですよ? でなければ下等な人間風情にこの私が姿を見せる事はありません」
そう言っていやらしく笑う。
彼はソームと言い、キアマート帝国の宮廷魔術師をしている。
ロディマスはその人物が誰であったかに気付き、流れ出る汗を拭きながら言う。
「こ、これは失礼をしたソーム殿とはつゆ知らず」
「いえいえ、かまいませんよ。それよりせっかく与えたあの美女たちはお気に召しませんでしたかな?」
ソームはそう言ってベッドに縛り付けているゴブリンの雌たちを見る。
その醜悪な姿にロディマスは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「わ、我々人族はその、ゴブリンを好みませんので……」
「おやぁ、それは失礼をした。ゴブリンの雄どもは人族の女を犯していましたのでてっきり人族もゴブリンを好むと思いましたよ」
そう言って高笑いをする。
完全になめられているのを自覚しながらもロディマスは何も言えない。
「でしたらこの者をあてがいましょう、オーガ族の娘です。ちょうど今は発情期、あなたにうってつけでしょう?」
そう言って呪文を唱えると一人の見目麗しき女性が現れた。
しかし彼女の頭には角がある。
人族では無かった。
「お、おおぉ! 何と美しき娘だ、ソーム殿よろしいのですか?」
「ええ、勿論ですとも。存分にこの娘をお楽しみ下さい。ちょうど発情期、きっとロディマス殿下もお楽しみいただけるでしょう」
ロディマスは今までたまった鬱憤をその娘にぶつける気満々でいる。
すぐにゴブリンの雌たちを配下の者を呼んで追い出し、オーガの娘の手を取りベッドへ向かう。
「ふふふふ、せいぜいお楽しみください。それでは私は邪魔になるでしょうからこれで」
そう言ってソームはこの場から消え去る。
それを合図にロディマスはこの娘に襲いかかるのだが、翌朝までにはロディマスは全てを搾り取られ絶命していたのだった。
* * * * *
「カーム王国にレベリオ王国から援軍が到着したか…… レベリオ王国には魔法騎士団がいたはずだが、我がキアマート帝国に唯一対峙できる者だったな?」
丘の上の本陣からアルニヤ王国の首都であるエンデバーに自軍が入城する様を見て、キアマート皇帝ロメルはその傍らに立つ美しき女性に聞く。
薄手の黒い衣服を身にまといその体の線を惜しみも無く見せつけ、漆黒の長い髪を体にまとわりつかせ真っ赤な唇のその美女はロメル皇帝のすぐ近くまで来て言う。
「はい、ロメル陛下の仰る通りにございます。故にその力を分散させるためにカーム王国とこのアルニヤ王国を同時に攻め落す、そうすればレベリオ王国も難なく落とせるでしょう。レベリオ王国さえ堕とせればこの周辺国は我らが闇の獣たちだけで蹂躙が出来ましょう」
金色の盃に血のような色の酒を注ぎながら彼女、ラメリヤはそれを皇帝ロメルに手渡す。
ロメルはそれを受け取り少々つまらなさそうに言う。
「宰相であるお前の知略はもうよいわ、アルニヤ王国の王族どもにも失望した。戦わずして国を明け渡すとはな、おかげで退屈で仕方ないわ」
そう言って一気に酒をあおる。
そしてラメリヤに酒杯を返して立ち上がる。
「ロメル陛下どちらに?」
「レベリオ王国の魔法騎士が見たい」
それだけ言ってロメル皇帝は踵を返してカーム王国に攻め入る自軍へと向かうつもりだ。
そんなロメルの後姿を頬染めラメリヤはふらふらと着いて行く。
「流石ロメル陛下、つまらぬ国を堕とすのは下々に任せ、その恐怖を人間共に焼き付けると言うのですね? ああっ! 流石ロメル陛下、濡れますわ!!」
太ももをもじもじしながらもラメリヤは急いでロメル皇帝の後を追うのだった。
* * * * *
「アルニヤ王国が敵に回ったとなれば一度にキアマート帝国とアルニヤ王国を迎え撃たなければなりませんわね……」
アザリスタは地図を見ながらそう言う。
既に腹違いの妹、フィアーナは魔法騎士団を引き連れカーム王国へ出発している。
魔法騎士団で七百人、一般兵が二千三百と言う数は今のレベリオ王国が出せるギリギリの数だった。
残りは早急にアルニヤ王国側にあてがわなければならない。
アザリスタはもう一度地図を見る。
<地図>
→ アルニヤ王国 ベトラクス王国
キアマート帝国 ↓ ↓ ↗
→カーム王国←レベリオ王国→エンバル王国
*******************************
海
地理的にはこの様になっていた。
現在レベリオ王国はカーム王国に援軍を出しながら北東のベトラクス王国と東のエンバル王国へ使者を出し協力を要請している。
カーム王国とレベリオ王国は戦場となるだろう。
しかしここで何とかキアマート帝国の侵攻を止めなければレベリオ王国含む周辺国は全てキアマート帝国に支配されるだろう。
「負けられませんわ、絶対に……」
『とは言え、カーム王国とやらは魔法使いが少なくレベリオ王国の魔法騎士団が頼りなんだろ? これじゃ勝てないじゃん??』
雷天馬のその言葉にアザリスタはギリっと奥歯を噛む。
それだけ今の状況は不利であると言う事だ。
しかし雷天馬は聞く。
『そういや南の海から攻撃ってしないのか?』
「海ですって!? そんな恐ろしい場所など行けませんわ!!」
アザリスタは大きく驚きそう言う。
雷天馬は首をかしげながらアザリスタの記憶を読み取る。
それは意外なものだった。
この世界では海には悪魔が住み、沿岸付近で漁をする事はあっても決して沖になど行かないのが常識だった。
そして沿岸部でもタコやナマコ、ヒトデやウニのような魚類以外は全て呪われたものだとされて誰もが恐れていた。
確かにアザリスタの記憶の中には大型のクラーケンやリバイアサンと言った化け物は存在するが縄張り以外の沿岸にあらわれた事は無い。
雷天馬は言う。
『なあ、だったら海から攻撃すればキアマート帝国の連中に直接奇襲攻撃が出来るんじゃないの?』
「はいっ?」
雷天馬のその言葉にアザリスタは思わず変な声をあげるのだった。
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