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第十六章:破滅の妖精たち

16-28事実改変

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 私はナディアさんとアインさんに向かって言う。


「試して、試してみたい事があります。上手くいくかどうか分からないけど……」


 それは本当に思い付きだった。
 しかし、エルハイミさんも言っていた。
 「あのお方」は時間さえも自由に操れると。

 つまり、私のチートスキル「消し去る」ならもしかしてその時間さえも消せるのではないだろうか?


「リル、試したい事とは一体何だ?」

「何か、何かいい方法があるの?」


 アインさんもナディアさんも私の次の言葉を待つ。
 
 確証はない。
 でもなぜかできそうな気がした。


「私は向こうの世界からこちらの世界に転生する時に駄女がぁ…… いえ、『あのお方』からスキルをもらいました。それは何でも消せる力、『消し去る』と言う力です。現に一度はエルハイミさんの女神様の力を消し去った事があります」


 私がそう言うと、アディアさんは大いに驚く。

「それは本当なの? エルハイミの力を消せるだなんて……」

「ああ、どうやら本当らしい」

 驚くナディアさんにアインさんはそう告げる。
 そしてまた私を見て次の言葉を待つ。

 私は頷き話を続ける。

「あの時は私も正常じゃなくて、ジュメルに洗脳されていたから事の重大さを理解してませんでした。しかしそれでもエルハイミさんは慌てる事無くまた『あのお方』を呼び出しすぐに女神様の力を取り戻しました。そして私のスキルはエルハイミさんに対してだけはもう使えなくなりました」

 そこまで言うと何故かナディアさんは安堵の息を吐く。
 まあ、なんだかんだ言ってエルハイミさんの事は好きなんだものね、気にはなるか。

「でも、私の力自体がなくなったわけではなく、この世界では私が望めば何でも消せます。それはもしかしたら記憶だけでなく今まで起こってきたこと自体も……」

 やった事はない。
 勿論できる保証もない。

 そしてもし出来たとすると、私たち全ての人たちはこの三年近くの時間の記憶を一切失うかもしれない。
 いや、もしかしたらそれすら気付かない事になるかもしれない。


「今まで起こって来た事を『消し去る』と言うのか?」

「はい、出来るかどうかわかりません。でもナディアさんのティアナ姫としての覚醒自体を『消し去る』と言う事は、多分覚醒する前まで全ての事実を『消し去る』と言う事です。それは歴史を変えると言う事です。そしてそれを認識する事は私たちにはできない、全てなかったことになるから……」

 そう、もし出来たとするとすべてが無かったことになる。
 そして私もルラもずっとエルフの村で過ごしてきたことになるかもしれない。

 もしかしたらトランさんの人生も変えられるかもしれない……

 私は無意識に左頭の上につけられている髪飾りに手を触れていた。
 大切な思い出だけど、もしかしたらトランさんは死なずに済んだかもしれない。

 そう思うとたとえ大切な思い出でも消えてもいいかもしれないと思う。


「出来るのか、リル?」

「それは分かりません、でも今の状態を変えるにはそこまでしなければきっとエルハイミさんはあきらめないでしょう。ティアナ姫が覚醒しなければ手を出してこないのでしょう?」


 私がそう言うとアインさんもナディアさんも暫し黙って頷く。

「確かに女神様は覚醒する前のティアナ姫には決して無理な事をさせなかった。シェル様の話では無理矢理覚醒をさせると魂が崩壊する恐れがあるからだそうだ」

「以前、一度エルハイミに関係を迫られて覚醒する前の私に襲いかかって来た事があるけど、その時はその当時の転生者の私と魂が剥離してしまいそうになり、死ぬ寸前だったわ。あの時無理矢理にされていたら魂と心、体が完全に分離してしまい魂自体も消滅しそうだったから、それ以来エルハイミは決して無理矢理に私を覚醒させることはなかった……」


 あー、エルハイミさんも昔はかなり強引な事してたんだ……
 あの人畜無害そうな外見からは想像できない肉食系な所があるんだ。

 あんな可愛い女の子に迫られたら……

 い、いやいや!
 私にそんな趣味はないっ!!


 一瞬自分が襲われる事を想像して焦ってしまうも、どうやら覚醒さえしていなければエルハイミさんはティアナ姫の転生者に無理矢理襲いかかる事は無いようだ。
 だとすると、私が思いついた事はやはりかなりの有効打になるはず。


「うーん、じゃあ、お姉ちゃんと今まで一緒に旅した事とかもあたし全部忘れちゃうの?」

「忘れると言うより、無かったことになるの。だからあの時の私たちに戻るだけ。何も始まらない、あの時の私たちにね」

 そう、なにも分からない、右も左も分からないあの頃に。


「しかし、そうするとリルたちの目的は達成できなくなるぞ? リルたちは友人の魂をこの村に転生させるかどうか見極める為に来たんじゃないか?」

「うっ、確かにそれも重要ですけど…… 事の根源が無くなればまた全てがやり直し出来ると言う訳ですし、そもそもやっぱりエルハイミさんって我が儘だと思います!」


 この村での時間はまだ長くはない。
 そして十分理解したとは言えない。
 でもこの村の人々はこの村で転生を繰り返すこと自体を嫌がっていない。

 それに何だか幸せそうにも見える。

 そんなせっかく安定した所をいくら好きだからって無理矢理ナディアさんと関係を迫ろうとするエルハイミさんは我が儘だと思う。
 もう何度もティアナ姫の転生者とは愛し合てきたのだから、この人生くらい待ってあげても良いんじゃないだろうか?

 私は向こうの籠の中ですやすやと眠る赤ちゃんを見ながらそう思う。

 この子だってこれからの人生があるんだ。
 もし誰かの転生者だとしても。


「ふむ、ナディアはどう思う?」

「私は…… 確かに覚醒する前ならエルハイミは手を出さないでしょう。私もバックとエルハイミを同時に愛してしまうと言う苦しみも無くなるし…… でも、もしそれをするとしても、やはりエルハイミの承諾を得たい。次の人生は必ずエルハイミに全てをあげるから……」


 ナディアさんはそう、もの悲しそうな顔で言う。
 一体どんな気持ちなのだろうか?

 私の提案は出来る出来ないの確証がないまま行ってしまえば、上手くいくと誰一人として今までの事が分からなくなるからすべてやり直しになるだけだ。
 対象がナディアさんのティアナ姫が覚醒する事を「消し去る」から覚醒後の世界が変わるだけ……
 無かったことになるだけ。


「確かに、リルの手はありかもしれない。しかしいきなり女神様に話してもまた錯乱しそうだな。これはシェル様とコク様に先に話をした方が言いな」

「シェルとコクに先に話を……ふう、確かにそうかもしれないわね」

 アインさんはしばし考えこんでいたけど、シェルさんとコクさんに相談した方が良いと判断したようだった。
 ナディアさんもそれには同意した様で、あの二人に先ずは話をする方針になった。


 ……コクさんはまだしも、シェルさんはちょっと不安がある。
 でも、まずはあの二人に話をしてエルハイミさんの我が儘を押さえる必要がある。


「では、まずはあの二人に会いに行くとしよう。明日、朝一で神殿に向かうとしよう。それで良いかなリル、ルラ?」

「はい、お願いします」





 私はそう言ってアインさんに頷くのだった。

 
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