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第五章:足止め

5-27茶碗蒸し

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 茶碗蒸しを初めて食べたのは何時だっただろうか?


 記憶の中にあるそれはプルプルとしてとても熱くて母親にふぅーふぅーとふいてもらい冷まして食べた思い出がある。

 あの時は中の銀杏が苦手ではじいて食べたっけ。
 あ、三つ葉や鶏肉もなんか嫌だった。

 そんな事を思い出しながらうどん用とはまた別に作っただし汁を冷ましたものを加えながら更に卵をよくかき混ぜる。


「うどんの汁なんか入れるの?」

「ちょっと違いますね。うどんの汁と違いお砂糖は入れないし、魚醤もそこまで入れてませんよ」

 覗き込むカリナさんにそう言いながらだし汁を見せる。
 それはほんのりと茶色がかっているけど透明に近い。

 それを卵に入れながら掻き回すと黄色が少し茶色に近くなってくる。


「さてと、後は具材ですね。一応全て混ぜただし汁と同じもので軽く煮てあるので下味は大丈夫ですね。これをこうして~」

 私は味付けの終わった具材を蓋つきの陶器の器に入れる。
 鶏肉やタケノコ、エビにホタテっぽい貝等々。
 そしてそこへ作っておいた溶き卵をお玉で少しずつ加えて行く。


「へぇ~、茶わん蒸しってこうやって作るんだ~」

「ルラのに家では作った事無いの? 結構簡単だからうちではよく作ってたよ?」

「うぅ~ん、回るお寿司でしか食べた事無い」


 うーん生前のルラの家って自分ではあまりお料理しなかったのかな?
 まあ、茶わん蒸しなんてスーパーやコンビニでも真空パックで売ってたしなぁ。


「プリンとは違い魚介類などを入れるのですか?」

「ああ、これってデザートともおかずともとれる食べ物なので」

 作業を進めているとリュックスさんが聞いてくる。
 プリンとは違い茶碗蒸しってご飯と一緒に食べても別に問題無い。
 なので立ち位置としてはおかずになるのだろうか?
 でも、最初熱いからみんな冷める頃に食べる人が多いから食事の終盤って人が多いような気もする。
 だとするとデザートあつかい?


 うーん、謎な料理だ。


 私はそんなどうでもいい事を考えながら最後にふたを閉めて蒸し機に並べ始める。
 そして中火でコトコトと蒸し始める。


「さてと、後はこれも見栄えでつけましょうか」

 言いながら食材の中にあったさやえんどうっぽい野菜を軽く煮る。
 煮る時に少し塩を入れておくと茹で上がった時に鮮やかな緑色になるのは豆知識ね。
 昔お母さんにそんな事教わりながら夕食の手伝いをさせられたっけ。

 茹でがったさやえんどうをざるにあげて一つつまんでみる。


 ぱくっ!


「んっ、美味しい。柔らかいし少し甘みがある」

 本当にこのジマの国は小さい国なのに食材が豊かだ。
 なんか日本っぽい所もあるのでやたらと和む。


「へぇ、この豆って皮剥かないで食べられるんだ?」

「ええ、そうみたいですね。前にお料理で出ていたので試してみました」


 コクさんと王族の方々と食事した時に出て来てはいたけどカリナさんは緊張してほとんど手を出していなかったからこのさやえんどうに気付いていなかった様だ。
 
 でもこれで見た目も奇麗になる。


「お姉ちゃん、茶わん蒸しまだぁ~?」

「焦らない、焦らない。もうちょっとのはずだから」

 私は砂時計を見ながら記憶の中にある蒸時間を思い出している。
 ここがポイントで、蒸し過ぎると硬くなるし、早いとまだ固まっていないから一番いい状態で仕上げたい。


「ふむ、プリンとは違い中が見れないので砂時計で時間を計りますか? なるほど。しかしそれほど時間が重要なのですか?」

 リュックスさんは砂時計を見ながら私に聞いてくる。

「はい、ここがこの料理の一番のポイントですね。早くてもだめ、遅くてもだめなので重要な所です」

 びっと人差し指を立てて私はそう言う。
 まあ、本当は早すぎた時だけはもうちょっと蒸せばいいのだけど。

 そんな説明をしていると砂時計の砂が落ち切った。

「おっと、時間だ。さあどうかなぁ?」

 蒸し器の蓋を開け手に布を持って蓋つきの瀬戸物の蓋を上げてみる。
 するとそこには良い感じに固まった茶碗蒸しが有った。

「よっし、それじゃぁこのさやえんどうを軽く刻んだものを乗せてっと」 

 もう一度蓋を閉め直して、鍋掴みで熱々の蓋つき瀬戸物を取り出す。
 そして火傷しないように平たいお皿の上にそれを乗せて皆さんの前に出す。


「さあ、出来ましたよ『茶碗蒸し』です!
 

 おおぉ~。


 皆さんは声を上げ早速それを見るけど、まだ蓋が閉まっている。 
 
「ああ、そうだ蓋はまだ熱いので……」


「あちっ!」

「あちちちっ!」

「ちょっとザラス、私のも蓋取ってよ!」

「ここは【念動魔法】で」


 まだ熱いから注意するように言おうとしたら茶わん蒸しあるあるをやっている。
 あれって出来たてはまだ蓋が熱いのよねぇ~。

 私は火傷しないようにナプキンで蓋をつまみ上げる。

 すると茶黄色の上に緑の色が鮮やかな茶碗蒸しが現れる。


「茶碗蒸しだぁ~! いただきま~す!!」


 ルラはそう言って早速スプーンでそれをすくい上げる。
 そして口にれると熱くて騒ぎ出す。


「はふっ、はふっ!! はふぅひぃ~!!」

「ほらほら、口開けて、ふぅーふぅー」


 やっぱり茶わん蒸しあるあるをやるルラ。
 仕方ないので口を開かせそこへふーふーと風を送り込んでやる。

「ふぅぃ~、熱かった。ありがとお姉ちゃん」

「どういたしまして。まだ熱いから気をつけるのよ?」

 そんな事言いながらカリナさんたちを見ているとトーイさんもザラスさんもネッドさんまでルラと同じことやって期待してカリナさんを見ている。


「はひぃっ!」

「はふはふっ!」

「はふっ、ひゃ、ひゃりな、はひゃくっ!」


「甘えるんじゃない! ほら水!」


 しかしカリナさんは頬を赤らませてみんなにふーふーしてあげないでコップの水を手渡す。
 うーん、流石に大の男相手には出来ないか。


「ふむ、これはまた何とも美味い。基本はうどんと似ているも卵がこうも柔らかく味わい深いとは」

 リュックスさんはそう言いながら茶碗蒸しを口に運ぶ。
 流石に皆さんの様子を見ていたので注意しながら食べている様だ。

「このえんどう豆の刻んだものも良い歯ごたえだし、中に入っている鶏肉にエビやタケノコ、そしてホタテなどの具材も良いアクセントでとても美味い。なるほど、下味をつけているのでこれらの具材の味が薄いと言う事はなのですね?」

「どうですか? プリンとはまた違った味わいでしょう?」

 リュックスさんにそう言いながら私もいよいよ茶碗蒸しをすくって口に運んでみる。


 ぱくっ!


「んっ、出汁が効いてて美味しい。苦手な銀杏とか無いから安心して食べられる~」

 既に私のは程よく冷めていたのでパクパクいける。

 素朴な味のさやえんどうも出汁の効いた卵の部分と食べると食感も味わいもとてもよく合う。
 うどん汁とは違う甘みの無い出汁だけど多めに入れているからにじみ出るだし汁が良い感じ。
 それに下味をつけておいたエビやホタテが美味しい。
 鶏肉なんかまとった皮からにじみ出る少量の脂がまたいい味を出しているし、タケノコもざくざくとした食感が良いアクセントになっている。

 なんだかんだ言って茶碗蒸しはあっさりと無くなってしまった。


「ああ、なんかもっと食べたいわね?」

「これって量少なくないか?」

「食い足りねえぁ」

「確かに、美味しいのでもう少し欲しいですね?」


 カリナさんたちも食べ終わってそんな事言っている。

「お姉ちゃん、茶わん蒸しもうないの?」

「うーんあるけど、これって食べ足りない位が一番おいしいのよねぇ」

 昔ジャンボ茶碗蒸しなどと言うのがお店であって面白半分に頼んだ時は地獄を見た。
 やはり卵の大量摂取は良く無い。
 後で気持ち悪くなるのだもの。


「ふう、美味しかったですよリルさん。しかし確かに少し足らなく感じますが?」

「卵料理でもあるし、あまりたくさん食べるとよくありませんからね。足らないくらいが一番美味しく感じるものですよ」

 私がそう言うとリュックスさんは頷き言う。

「確かに、味を楽しむと言う観点から見ればこれは素晴らしい。また食べたくなっていただけるのであれば料理人冥利に尽きると言うモノ。リルさん、これほどの素晴らしい料理、そしてその概念、本当にありがとうございます」

「いえいえ、お役に立てれば光栄です。これでコクさんたちの要求はもう大丈夫ですね?」

 にっこりとそう言う私にリュックスさんは残念そうに言う。

「ええ、そうなりますが、出来ればリルさんにはもうしばらくここへ残っていただきもっとたくさんの料理を教えていただきたいものです」

 残念ながらそれはご勘弁願いたい。
 確かにここジマの国はイージム大陸であることを忘れるくらい海の幸、山の幸が豊富で居心地も良い。
 でも私たちはあのエルフの村に帰らなければならない。

 リュックスさんもそれは分かっているのだろう、そっと私の前に手を出す。
 私は彼の大きな手に自分の手を差し出し握手をする。


「もし次にまたこのジマの国に来られる事が有れば是非に立ち寄ってください。私もまだまだ料理に精進しますから」

「はい、必ず!」



 こうしてジマの国での私のやるべき事は全て終わるのだった。

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