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第三章:新しい生活

3-10テイスティング

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 真剣な顔のおかみさんに押されて私はまかない飯のはずのミートソーススパゲティーを今この場で作る事となった。


「あのぉ~、仕込みはいいんですか?」

「そんなのはレナとアスタリアにやらせとくよ、それよりリル早くそのミートソーススパゲティーとやらを作っておくれ!」

 おかみさんのプレッシャーが凄い。
 私は仕方なしに鍋に多めの水を張り沸かし始める。

 そして沸騰して来たら塩を入れて味見してみる。
 大体お味噌汁くらいの塩加減になっていたらパスタを一人前放り込む。
 そして砂時計をひっくり返ししばし。

 毎回毎回麺の茹で加減を見るのは面倒なので大体ゆで上がる時間を覚えておきたかった。
 確かこの砂時計、全部落ちると三分くらいのはず。
 生前の時のように早ゆでパスタなんか無いだろうから多分七分から九分くらいかかると思う。

 二回目の砂時計の砂が落ちた頃に面を一本すくい上げ茹で具合を見る。
 

「はむっ! もにゅもにゅ。 うーんまだ芯が残っているなぁ、やっぱりもう少しか」


 言いながら三度目の砂時計をひっくり返して大体一分くらいしたら麺をもう一度すくい上げかじってみる。

「はむっ! んっ、いい感じかな?」

 嚙み切った麺の断面を見るとうっすらと中心部だけがまだ色が濃い。
 これが髪の毛の太さ位になっていれば最高の茹で上がり、アルデンテになっている証拠だ。
 
 見た感じはちょうどいいので早速全ての麺をすくい上げ、お皿に盛りつける。
 そしてあのミートソースをかければ完成!


「出来ました、おかみさん! これがミートソーススパゲティーです!!」

「おおぉ~本当だ、ミートソーススパゲティーだ!!」

「へぇ、こうやって食べるんだ」


 ルラもアスタリアちゃんも出来あがったミートソーススパゲティーを見て騒いでいる。
 私はおかみさんの前にそれを持って行きフォークとスプーンを手渡す。

「えーと、麺を食べる時はこのフォークで巻き取ってソースを付けながら食べると食べやすいです」

「なるほどね、確かにフォークを使えば巻き取れるね。どれ」

 おかみさんはそう言いながら麺にフォークを突き立てくるくると巻き取る。
 一口大位に成ったらそれにミートソースをつけて口に運ぶ。


 ぱくっ!

 もごもごもご……
 ごくんっ!


「リル……」

「は、はい?」


 な、なんなおよぉ~。
 なんかおかみさんがいつもと違う。
 もしかしてこう言った食べ物ってこの世界ではヤバいの?
 いけない何か宗教的なものでもあるの??
 
 ちゃんとパスタは折らずに茹でていると言うのにぃ~!!


「凄いじゃないか!! なんだいこれは!! 麺とか言うのも良い歯ごたえで前に海鮮スープに入れた時とは全くの別もんじゃないか! それになんだいこのソース! 麺に絡まって濃厚で肉の旨味も十分に出ていて、トマトベースのようだけど複雑な味がしてとても合う。エルフってのはこんなに美味い料理をいつも食べているのかい!?」


「あ、いえ、その、それはぁ……」


 い、言えない。
 いつもはエルフ豆の塩茹でとか、芋をふかしたものに塩付けただけのもの食べているとか、あまつさえはお父さんが好きなさなぎの油揚げなんか言ったら私たちまでえんがちょーっ! ってなちゃう!!


「え、えーと、その、何時もはもっと素朴なものを食べているのですが…… そ、そうだ! これは外の世界のエルフに教わったんです、ええ、シェルさんに教わったんですよ!!」

 思わず口から出まかせを言う。
 だって、シーナ商会でもシェルさんがこのパスタ食べているって聞いたから。
 
 ……そう言えば、何でシェルさんはパスタなんか知っていたのだろう?
 シェルさんが好きな人が指切りとか教えてくれたって事は、もしかしてあのエルハイミさんて私たちと同じ転生者!?


「リ、リル…… いま、なんて言ったんだい?」

「リ、リルちゃん今『シェル』って言わなかった……」


 私が別の事を考えているとおかみさんとアスタリアちゃんがわなわなと震えている。
 一体どう言う事だろう?
 首をかしげておかみさんに聞いてみる。

「えっと、どうしたんですか?」


「リル! 今『シェル』って言ったよね? それってあの『女神の伴侶シェル』なのかい!?」


 思わず立ち上がり私にずいっと顔を寄せて聞いてくるおかみさん。
 アスタリアちゃんなんか涙目になって頭を押さえてしゃがみ込んでぶるぶると震えている!?

「え、えっと、そのシェルさんで間違いないかと……」


「な、何だってぇっ! リルはあの『女神の伴侶シェル』と知り合いなのかい!?」


 なんなんだなんなんだ!?
 トランさんもそうだったけどシェルさんって一体何っ!?


 おかみさんはわなわなとしながらそれでも私の両腕を掴んで慎重に確認するかの如く聞いてくる。

「もしかして彼女が今このレッドゲイルにいるんじゃないだろうね?」

「い、いえ、いませんよ。異空間ではぐれてしまって私たちはここへ飛ばされましたけど。シェルさんが何処にいるかは分かりませんよ」

 私がそう言うとおかみさんは掴んでいた手を離し大きく息を吐きながら椅子に座る。
 その様子は大きく安堵していたようだった。

「あのぉ~、シェルさんがどうかしたんですか?」

「ああ、彼女が現れるとこのレッドゲイルに災いが訪れるという言い伝えがあってね。リルたちには悪いけど、エルフの中でも彼女が現れるとそこには必ず災いが訪れるという話だ。ちょうど十五年前の『鋼鉄の鎧騎士祭』に彼女が現れた時にはここにあった『鋼鉄の鎧騎士』が全て破壊されるという大騒ぎが有ったんだよ。おかげで魔獣の駆除に支障が出てレッドゲイルに首都ブルーゲイルから増援の『鋼鉄の鎧騎士』が到着するまで街の外には危なくて一歩も出られない事が有ったんだよ。あの時はシーナ商会が支援物資として食料の運搬をどこからかしてくれたのでなんとかなったけどね……」

「『鋼鉄の鎧騎士』って、確かもの凄い強いやつだよね? シェルさんがそれをやっつけちゃったの?」

 おかみさんの説明にルラは興味を持って聞いてくる。
 するとおかみさんは首を振る。

「あの時は真っ黒な髪の毛の少女と言い合いになってその子が実は黒龍様の化身だったからそのお怒りを受けて街で暴れまわる黒龍様を押さえようとして『鋼鉄の鎧騎士』が全滅したんだよ。幸い死人だけは出なかったみたいだけど、その時に女神様が降臨されてどうにか黒龍様とシェルは引き取られていって被害はそれで済んだのだけどね……」


 ちょとマテ、何そのトンデモ話!
 シェルさん、あんた黒龍とか言う化け物にケンカ売ったの!?
 しかも最後は女神様が降臨して回収されたって……


 おかみさんはそこまで言って近くに有ったコップの水を飲み干す。
 そしてミートソーススパゲティーを見てつぶやく。


「『女神の伴侶シェル』が教えてくれた料理か、確かにこれは天上の味なのかもしれないね……」


「いやいやいや、普通にシーナ商会に食材売ってますって! それにシーナ商会でもシェルさんがこれ好きだって言ってましたよ?」

「確かにこの味は破壊的だね……」

 そう言いながらおかみさんはもう一口パスタを口にする。
 アスタリアちゃんはまだふるふると震えているけどルラに引き起こされシェルさんが近くにはいないと聞かされるとルラに抱き付いたままきょろきょろと周りを見ている。


 シェルさん、あんたって人は……


「ふう、確かに美味しい料理だ。リル、これの作り方を教えてくれないか? 今後うちのメニューに増やしたいんだけどね」

「はぁ、それは別に構いませんがひき肉作るのが手間ですよ?」

「そこは何とかするさ。さてもったいないから全部食べちまおうか」

 そう言って残りを食べようとして私は思い出す。

「そうだ、おかみさんこれかけるともっとおいしいですよ?」

 言いながらパルメザンチーズもナイフでカンナ掛けするように削ってかける。
 おかみさんはミートソースの上に雪のようにかかったそれが熱でじんわりと溶け始めたのを見て聞いてくる。

「これはチーズかい? こんな使い方は初めて見るね」

「これかけるともっとまろやかになっておいしいんですよ~」

 それを聞きおかみさんは巻き取ったパスタにチーズの振りかかったソースをつけて食べる。


「!?」


 そして驚きに目を見開く。


「これは旨いっ! なんだいこれは、更にうまみが増してコクも増え、まろやかさが増したよ!!」

「ははははは、それは良かったです」


 そんなに驚くモノかと思ったけど、ルラなんかよだれ垂らしている。
 ぶるぶる震えていたアスタリアちゃんも、もの凄く興味を持ってごくりと唾を飲み込んでいる。

 私は頭の後ろをかきながら聞いてみる。


「えーと、今まかいない飯食べちゃう?」




 私の問いにみんな大きく首を縦に振るのだった。 

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