魔王様の小姓

さいとう みさき

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第一章:魔王様の蹂躙

閑話:ユーリィのレシピその1

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 僕はユーリィ。
 ドリガー王国の最北端にあるサルバスの村の出身だ。
 実家は農家。
 でも途中から村の食堂を経営するようになった。

 それは僕が異世界転生者だからだ。

 僕はもともと別の世界で、工藤拓馬という青年だった。
 やっとの思いで料理学校を卒業し、有名な料理店に弟子入りしたまでは良いのだけど、先輩に言われて雨の中買い出しに行って高齢者の運転するハイブリットの車にはね飛ばされて死んだ。

 気が付けばこの世界に転生していたのだけど、いまはシーラのを見逃してもらうために魔王の小姓になっている。


「んで、これで良いのかよ?」

「うん、でもよく手に入ったね?」

 魔王が肉が喰いたいというから、とんかつを作ることにした。
 魔王軍の料理人であるローゼフはあのポトフの件以来、僕の言う事を聞いてくれる。
 いや、やたらと人族の料理を教えろとうるさい。
 
 魔族は僕たちの魂を食べる。
 厳密には魂の中にある「魔素」を食べているらしいけど、人はその「魔素」を全部食べられてしまうと、魂が無くなってしまって死んでしまうらしい。
 魔族は食事をする為に近隣の人族の国を襲い、そこで人間たちを捕まえて食料としてきたのだけど、近隣に人族がいなくなってしまい、方向転換をしたらしい。
 
 つまり、人間を家畜として飼うという事だ。

 魂の中にある「魔素」は休むとだんだん回復するらしい。
 だから、魔族は家畜として人間を飼いならす事を選んだみたいだけど、僕たちに与えられる食事が酷い。

 そこで僕が人族の食事を作って魔王に食べさせたら、たいそう気に入って、僕を魔王の小姓にすると言い出した。
 そもそも魂を喰っているのに、人の食べ物が食べられるのかという疑問はあったけど、どうやら魔族も食べる事は出来るらしい。
 あまり栄養にはならないらしいけど。

 そして、僕は魔王のリクエストをかなえる代わりに捕らえられている人たちの食事もローゼフに指導して作ることになった。
 何せ、あんな残飯見たなもの食べさせられたらお腹壊して死んじゃうよ。
 捕らえられた中には僕の両親もいる。



「しっかし、こんなにいろいろ揃えないとその『とんかつ』とやらは出来ないのかよ?」

「そうだよ。あ、豚肉はちゃんと血抜きしないと臭みが強くなるからね」

 言いながら、血抜きをさせる。
 こう言うのは魔族は得意なので任せられる。
   
 その間に僕は他の物を確認する。
 食材は近隣の村から魔族たちが持って来たもの。
 まあ、皆殺しか捕らえられているんじゃ、食材もだめになっちゃう。
 だからここはありがたく使わせてもらう。

「えっと、卵に片栗粉、小麦粉にパン、塩に胡椒と……」

 大体必要な物はそろっているみたいだ。
 僕は血抜きして解体されているブタを見る。

「内臓も使うから捨てないでね」

 腸とかはソーセージに使えるから残しておきたい。
 僕はレバーやその他の内臓もちゃんと分けて洗浄してもらう。


「さてと」

 そっちはローゼフに任せて、僕はとんかつを作る準備をする。
 
 豚肉のロースの部分を適度な大きさに切り分ける。
 そして脂身とか筋に包丁を入れておく。
 更に塩コショウ、すりつぶしたニンニクを軽く塗り込みしばし放置。

 その間にパンをちぎってもみほぐす。
 パン粉を作る訳だ。

 あと、トマト、玉ねぎ、砂糖、豆の塩漬けを発酵させたもの、すった白ごま、こしょう、それとすりおろしたリンゴと少量のワインを鍋に入れてコトコトと煮えたたせる。
 全ての具材がトロトロになるまで弱火でよく煮込む。
 出来あがったものをちょっと舐めてみると、甘みのあるとんかつソースの出来上がりだ。


「そろそろ良いかな?」

 鍋に油をたっぷりと入れて火にかける。
 ちょうどいい火かげんに成ったらほんのちょっとパン粉を入れる。
 シュワシュワとパン粉に泡が立っているのでいい頃あいだ。
 
 漬け込んでおいた肉の様子を見ると、いい感じに水分が浮き出ている。
 それを拭き取ってから、片栗粉にまぶし、といておいた卵にくぐらせる。
 そして小麦粉を周りにまぶしたら、もう一度溶き卵にくぐらせてからパン粉を付ける。

 片栗粉、溶き卵、小麦粉、溶き卵、パン粉の順にロース肉をコーティングすると、中の水分と肉汁を閉じ込め、揚げ終わったときに中のお肉がふっくらとなる。
 これ、一般家庭でも出来る美味しいとんかつの作り方なんだよね~。

 パン粉のついたとんかつを油の中に入れる。


 じゅわぁ~


「おっ? なんだなんだ??」

「今とんかつを油で揚げてるの。そっちは終わった?」

 ローゼフが興味津々で覗いてくる。
 僕は内臓の処理がちゃんと出来たか聞いてみると、おざなりに頷いている。
 大丈夫なのだろうか?

 レバーは栄養価が高いから、パテにしたいし、残ったくず肉はソーセージにしたいんだけどなぁ。


「うまそうな匂いだな!」

「うん、まあいい感じかな?」

 僕はとんかつを油の中でひっくり返し、両面が薄いきつね色になるまで油で揚げる。
 そしてそれを箸で持ち上げて、良く油を切って一旦お皿の上に。
 
 そして油鍋のゴミを鉄の網ですくって、小奇麗にしながら温度を上げる。

 少し油鍋の淵から煙が立ってきたら、先ほどのとんかつをもう一度脂の中に入れる。


 じゅわあぁぁぁぁぁっ!


「お、おい、また入れるのかよ?」

「ああ、これ二度揚げって技法だよ。最初は低温で中までしっかり火を通して、最後に表面をカリッとなるように高温で揚げるんだ」

 さっと油の中で裏返して、両面が強めのきつね色になる前に引き上げる。
 良く油を切っておいて、その間にトマトとキャベツをよく洗って、サッとお酢を入れた熱湯にくぐらせ殺菌する。

 こちらの世界では生野菜を食べる習慣がない。
 果物は皮を剥いたりよく洗ったりすればいいけど、野菜は雑菌がたくさんついていたり、寄生虫の卵がついていたりする。

 だけど、とんかつにはキャベツが欲しい。 
 
 なので、殺菌をして温野菜風にすれば食べられる。
 湯煎した野菜を刻んで、ワインビネガーで作ったソースに絡ませておく。

「よしっと!」

 お皿に野菜を載せて、その半分にまな板の上で切ったとんかつを載せる。


 ざくっ!
 じゅわぁ~

 
 まな板の上で切ったとんかつは衣はサクサク、中はジューシーで切り口から肉汁があふれる。
 それを盛り付けて、作っておいたとんかつソースを小さなお椀に入れれば。


「完成! 『とんかつ』の出来上がり!」


「ほぉ! これはうまそうだな!!」

 ローゼフはよだれを垂らしながらそれを見ている。
 今回は沢山作ったから、僕たちも食べられる。

 けど、とりあえずは魔王に持って行かなきゃだ。

 僕はそれをトレーに乗せてローゼフに言う。


「出来たから、セバスジャンを呼んで魔王に持って行ってあげてよ」

「おう、分かった!」

 ローゼフはすぐにセバスジャンを呼びに行って出来立てのとんかつを魔王に持って行った。



「魔王様、ご要望の肉料理にございます」

「ん、ユーリィ、これはなんて料理だ?」


 魔王の前でセバスジャンが蓋を開けるとふわっといい香りがこの魔王の間に広がる。
 その匂いに前のめりになりながら、魔王は僕に料理名を聞いてくる。

「『とんかつ』って料理だよ。横についている茶色のソースを好みでかけて食べてみて」

 僕がそう言うと、魔王はソースをとんかつにかけてからフォークを差して口に運ぶ。


 サクっ!


「うぉっ! 周りがサクサクで中が肉汁たっぷりでうめぇっ!!」

 魔王は喜んで二切れ目を口に運ぶ。
 まあ、出来たてだしサクサクの衣のとんかつは美味しいよね?
 でもとんかつはここからが楽しみなんだよね~。

「野菜の隣にあるレモンをしぼって食べてみて」

「ん? この黄色いやつか? どれ……」

 魔王はレモンを取り上げて、それをしぼりとんかつにかける。
 そしてまたフォークで口に運ぶと……


「うめぇっ! なんだこれ、油っこいのが一気にさっぱりした感じになった!!」


「レモンの酸味が油を押さえて食べやすくなるんだよ。後、お皿の横にあるマスタードをつけてみて」

 さらにここでマスタードも追加。
 本当は練りからしが欲しい所だけど、無いからマスタードで代用。


 ぬりぬり
 さくっ!


「うほぉっ! これも良いぞ!! 肉にインパクトが加わって、すっげぇうめぇ!!」


 魔王はそう言って、どんどんとんかつを平らげて行く。
 そしておかわりを要求してくる。
 まあ、予測していたので準備は出来ている。
 おかわりを出してやると、ローゼフがよだれをだらだら出してうらやましそうに見ている。
 いや、あのセバスジャンもなんかそわそわしている。


 魔族って人間の食べ物ほとんど食べないんじゃなかったけ?


 そう首をかしげる僕だったけど、とんかつはこっちの世界に来て初めて作った。
 隠し味のニンニクが効いててきっとおいしいだろうね。


「くはぁ、美味かった! すげぇぞユーリィ、流石俺様の小姓だ!」

「美味しかったならいいけどね、僕たちも食事していいかな?」

「ああ、食え。だが、また美味いもん作ってもらうからな」

「はいはい、それじゃぁローゼフもこれを作れるようにレシピを書いておくから、次からはローゼフも頑張ってね。僕は人間たちの分の食事を作るから」

 すると、魔王はニヤリと笑って言う。

「なぁ、ユーリィ。お前のその料理を魔王城のもてなしの品にしたい。これからは毎日お前が俺様の料理を作れ。必要な物は何でも揃えてやるからな。セバスジャン、ユーリィの欲しい物をそろえてやれ!」

「御意」

 セバスジャンはそう言って深々と頭を下げているけど、良いのだろうか?
 だとすると、この世界でも色々作れそうだ……



 僕は捕らえられた身ながらちょっとワクワクし始めるのだった。 
 
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