私はお兄ちゃんをそんな子に育てた覚えはないよ!?

さいとう みさき

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第一章私はお兄ちゃんをそんな子に育てた覚えはないよ!?

1-1由紀恵の企み

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 「ちょっとマテ、長澤。今なんて言った?」

 「ですから先生、私は桜川東高校を志望します」


 職員室で進路希望のアンケート用紙を見ている新島先生はもう一度用紙を見る。
 そして大きくため息をついてからあたしに向き直る。

 「いいか長澤、お前の成績なら県央高校だって推薦でいけるほどなんだぞ? その推薦をいきなり蹴ってなんで桜東なんだ?」

 「それはあの高校には私がいなければいけない理由があるのです」

 「理由って、あんな普通高校に何があるってんだ?」

 「それは秘密です。とにかく私はあの高校を志望します」


 新島先生はもう一度深くため息をついてから言う。


 「三者面談がもうじきだからそれまでに考えを直した方が良いぞ? お前の親御さんだって県央の方が良いんじゃないか?」


 むう、大人とは学力の視点でしか物事を判断しないのですか?
 私は唇を尖らせ抗議する。


 「それでも私の考えは変わりません。先生、桜東の推薦枠って残っていないのですか?」

 「あー、それだがな、既に他の子を押してしまってなぁ。今更変える訳にはいかんのだよ。だから長澤、県央の推薦受けてみないか? きっとお前なら推薦取れるぞ?」

 そう言って進路希望のアンケート用紙を返して来る。   
 それは県央を希望しろと言っているかのようだった。

 勿論私はそんなのはお断り。

 桜川東高校にはお兄ちゃんがいるのだから!

 お兄ちゃん、待っててね、最後の一年は私がフルサポートしてきっと地元の大学に合格させ私もそこへ行くからね! 
 そうすれば大学なら二年も一緒にお兄ちゃんと学校へ通える‥‥‥

 思わず笑いが顔に出そうなのをぐっと我慢してアンケート用紙を受け取り「失礼します」と挨拶だけして教室に戻る。


 * * *


 「由紀恵ちゃん、先生の所行ってきたの? 何かあったの?」

 「うん、進路の事で私が桜川東高校を希望したら考え直せって」

 「え? 由紀恵ちゃんてっきり県央高校に行くと思っていたのに?」

 小動物のように私の横で震えているのは私の幼馴染、綾瀬紫乃(あやせしの)。
 ずり落ちそうな眼鏡を直している。


 「だって、お兄ちゃんがいるんだもん‥‥‥」


 「え?」

 私のつぶやきに紫乃は反応する。

 「そう言えば最近会っていないけど、友ちゃんって桜東だったよね? わ、私も桜東高校を希望なんだ」

 私は思わず紫乃を見る。

 まさかこの子お兄ちゃん狙い!?
 
 いやいや、そんな事は無いか。
 紫乃の成績だと桜東もちょっと厳しいはずだけど?

 「そうかぁ、由紀恵ちゃんも桜東なんだ。私も頑張って受かるようにしなきゃ。そしたらまた一緒だもんね!」

 心底嬉しそうにする紫乃。
 まあ、この子は昔からこうだったもんね。

 私はふっと笑って紫乃に言う。

 「じゃあ苦手な科目でもっと点数取れるようにしなきゃね」

 紫乃は私にそう言われ少しへこむ。
 しかし事実なのだ。
 こればかりは誤魔化しが効かない。
 
 地道に問題をこなし詰め込めるだけ詰め込むしかない。

 私はその方法で今までやって来た。
 結果かなりの成績を維持できた。

 だから推薦が桜東で取れなくても大丈夫。
 来年からはお兄ちゃんと一緒に学校へ登校できるんだ。

 「うふふふふふっ」

 「由紀恵ちゃん?」

 おっと行けない。
 思わず妄想してしまった。

 私は襟を正し紫乃に言う。
 
 「それじゃあ苦手な科目を教えてあげるから覚悟なさい」

 「ふぇぇええぇぇぇっ、由紀恵ちゃんお手柔らかにぃ~」

 ピーピー言っている紫乃を横目に私は希望進路のアンケート用紙に第二、第三希望の高校も桜川東高校と書き込んだのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 

 「本当にそれで良いのか長澤?」

 「はい、一般でも構いません。私は桜東を受けます」


 担任の新島先生は私の言葉に思わず母親を見る。
 母親はもうあきらめたようで苦笑を浮かべていた。

 「当人がどうしてもと言う事を聞かないんですよ。まあ、あの高校は兄が行っているので心配は無いですからね。家からも近いですし」

 「お母さん、せっかくの県央高校推薦ですよ? 良いんですか? 由紀恵さんの成績ならまず間違いないのに?」

 「先生、ご心配なく。私の目標は地元の国立大学です。桜東からでも十分に行けます」

 「いや、それはそうだが‥‥‥ 仕方ない、分かった。ならば今の成績を維持すれば何も問題無いでしょう。お母さん、もし気が変わることがあれば県央の一般入試でも由紀恵さんなら合格できるはずです。願書提出にはまだ時間が有りますからご家族でもう一度よく考えてみて下さい」

 未練がましく新島先生はそう言うけど私の心はもう桜川東高校一択なのよ!
 それ以外も受けるつもりも無いし、来年から始まるお兄ちゃんとの学園生活と地元の大学を合格させる為の勉強をさせなきゃね!


 私は明後日の方向を見て目をキラキラさせて未来を妄想する。


 先生と母親は顔を見合わせてため息つくけどこれは私が決めた事。
 絶対にお兄ちゃんと一緒の学校に行くんだからね!


 こうして三者面談は無事終了した。

 さあ、後は紫乃の勉強見てやって一緒に桜川東に行くわよ!



 そう意気込んで私は教室へと向かうのだった。
  
 
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