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俺には勿体ない程綺麗な彼女

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俺の名前は田中ひろし、冴えない青少年だ。

俺が高校1年生になったばかりの頃、彼女ができた。

きっかけは些細なことだった。まるで漫画の中の話だが、街中でしつこいナンパ男に絡まれて困っている様子だった彼女を、自分が彼氏だと主張して半ば強引に手を引いてその場を離れようとした。その時たまたま警察が通りかかって、ナンパ男は慌ててどこかに行ってしまった。

偶然のおかげとはいえ、危機を救ってくれた俺に対して一目ぼれをしてしまったらしい。

「ひろし君、私あなたに惚れてしまったわ///」

この言葉で俺らは付き合うこととなった。

それからは幸せな日々だった。

彼女、白井美琴は同じ市内のお嬢様校の1年生だった。長い黒髪が似合う天然美少女だ。まさか、こんなに綺麗な彼女ができるなんて、幸運だ。

校則で男女交際を禁じられているといった事も無いようで、放課後に待ち合わせて帰り道がてら小デートを重ねた。それはそれは清いお付き合いであった。

俺も年ごろの男の子なので、勿論そういったコトにも興味はあったが、彼女を前にするとあまりの幸せに十分満足してしまった。自分の欲望に任せて、彼女が嫌がることはしたくないしな。

「俺、美琴を一生幸せにするよ」

「ひろし君…ぽっ」

といった様な、砂糖を吐きたくなる様なやりとりも、俺らはノリノリでやっていた。





今日も今日とて美琴と一緒に放課後デートを楽しんでいた。前から2人で行きたいねと話し合っていた、巷で噂のマリトッツォ専門店に来た。店は大繁盛で、休日は3時間並んでやっと席に着ける程だ。

「やっぱり平日ならそんなに混んでないな、今日は俺のおごりだぜ」

「さすがひろし君…ぽっ」

相変わらずラブラブな空気を振りまきながら、少しの待ち時間で丸テーブルへと案内される。

「ひろし君、あーんっ」

「ん、おいしいよ、美琴」

こうもあからさまなやり取りをしていると、周りの視線も集まる。

さすがにちょっと恥ずかしいな、などと感じていると店員が1人テーブルに近づいてきた。

「すみませんお客様方、別のお客様がお1人、相席になってもよろしいでしょうか?」

「?ええ、大丈夫ですよ。いいよね?美琴」

「はい、構いませんよ」

人気の店で混雑してるとこんなこともあるのか。しかしその人も空気読んでくれよな、せっかく楽しい時間を過ごしてたのに。

などと考えていると、そいつは現れた。





「あ、す、すみませんね、し、失礼します」

相席になったのは、ひろしなんかよりもよっぽど冴えない雰囲気が漂うやせ型の男だった。セリフもしどろもどろだし、1人でこの店に来るような風には見えなかった。

ひろしは美琴と付き合い始めてから、自分の身なりに気を付けるようになった。髪型やファッションを勉強し、美しい美琴の横に並んでも遜色ない男になりたかった。1か月努力を続けて、そこそこな見た目を作れるようにはなった。

ひろしは自分の努力にしみじみしながら、なるべく早く食べ終わってまた美琴と2人っきりになろうとしていたら、ふと美琴の手がジュースの入ったコップに当たった。

物理法則に逆らわずに倒れたコップから流れ出た液体は、運悪く相席になった男の方へと流れていき、何と男の下半身が水浸しになったしまった。

「ああ!ごめんなさい!」

美琴はとても育ちの良いお嬢様だ。こういう時、自分のハンカチを用いて濡れた部分を拭いてあげる優しさも当然持ち合わせている。

ただ、今回は、今回は濡れた場所が悪い。

テーブルから滴る液体は、見事に男の股間部分を直撃していた。

これに加え、美琴は男性に関する性知識が圧倒的に乏しい。これは確かめた訳ではなく勝手な憶測なのだが、美琴と話をするうちに何となく察した。だからこそひろしは、美琴とは清純なお付き合いをすると心に決めたのだ。

美琴が男のズボンを拭うべく、しゃがみこんで手と顔を近づけた瞬間、美琴は全ての動作を一時止めた。

「あ、え、えっと、あの」

一方男は美しい女性が自分の下半身に近づくというシチュエーションに、体が汗ばむ。

ここで美琴は、言いようの無い感覚に包まれた。何故かは分からない。男を目にしたときは何も感じなかった。しかし男の足元に近づいた瞬間、不思議な感覚を得る。

思考を数巡、これはかつてひろしに一目惚れした時に近いものであると悟る。男の顔を見上げてみるが、ひろしを見た時に得られる多幸感は一切感じない。

今自分に何が起こっているのかわからないが、やらなければならないことを咄嗟に思い出す。男に飲み物を零してしまったのは私だ。拭いてあげなければ。そう思い、また一歩、男の下半身に近づいた。

それが、きっかけだった。

この男は、非常に稀な体質を持っている。メスを強制的に発情させるフェロモンが汗に含まれるのだ。さらに、最も強いフェロモンが出る部位が生殖器である。

美琴はその男の発する独特な匂いを嗅いだ。その瞬間、美琴の頭はある一点に支配された。もっと匂いを嗅ぎたい。

美琴は手にしたハンカチで水気を取ることも忘れ、男の股間に顔を埋めた。ここだ、ここからこの匂いがすると言わんばかりに。

突然の奇行に男は緊張する。緊張して汗が出る。美琴が反応して一層強く顔を男の股間に擦り付ける。

丸テーブルを挟んで対岸のひろしからは、よく見えない。ひろしは彼女が他人の下半身を拭くことに悶々としながらも、美琴の優しさに関心していた。

テーブルの下で男と美琴の循環が数度行われると、美琴はバッと立ち上がる。

「私、あなた様に一目惚れしてしまったわ。私を恋人にして下さらない?」

「み、美琴!?」

突然すぎる美琴の申し出に、ひろしは愕然とする。

「え、で、でも、僕、か、彼女いるし」

「か、彼氏は俺だぞ!」

「構いませんわ!ひろし君とは別れます!」

ひろしは声も出せない。

「恋人がダメなら、下僕でも構いません!」

「げ、下僕!?お、女の子が、そ、そんなこと言っちゃ、い、いけないよ」

下僕というワード、ひろしには心当たりがあった。最近ハマっていた恋愛漫画に出てくるセリフだ。美琴にも勧めて、貸したのだ。

「なになに、どうしたの?」

「修羅場かしら?」

あまりにも日常からかけ離れた事態に、他の客が集まってきた。スイーツ専門店だけあって、集まった10数人程の全てが女性である。

「じ、じゃあ、恋人に、な、なろう」

「!ありがとうございます!」

「そ、それじゃ早速、で、デートに行こうよ」

美琴は男の腕に抱きついて、店を出ようとする。男が歩く時に男のフェロモンを吸ってしまったギャラリーの女性たちが、恍惚とした顔で男を見つめる。

「わ、私も連れて行って!」

「あ~ん、カッコイイ~」

そうして女性たちを引き連れた美琴と男は、夕暮れの街へと繰り出していった。

店内に残ったのは、食べかけのマリトッツォと、呆然とするひろしだけだった。
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