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見つめ合う二人を見ながら、マリアーナは小さくため息をついた。
あんな戯言に簡単に騙されて……。
まったく情けない。
ジョゼの嘘泣きにコロリと騙されるテイラーのことが、呆れを採り越して憐れに思えてくるマリアーナである。
とはいえ情けは禁物。婚約者に信じてもらえず、悲しみにくれる令嬢の演技をマリアーナは続行した。ぐっと力を入れて眉を八の字にすると、睫毛を震わせながらテイラーに縋るように問いかけた。
「証拠はないんですよね? ご本人以外にわたしがジョゼ様を突き落とすところを見た人はいるのですか? そもそも、階段から落ちたのはいつのことなのですか?」
「証人など必要ないだろう。被害者であるジョゼ自身が犯人を見たと、君にやられたと証言しているのだから」
当然のことのようにテイラーは言うが、それを聞いたマリアーナはポロリと涙を流した。
「わたしはやっていないと言いました。けれどもテイラー様は、婚約者であるわたしよりもジョゼ様の言い分を信じるのですね」
「当たり前だ。心優しく正直で純粋なジョゼが嘘をつくはずがない。それに比べて、君は高い身分を盾にジョゼを虐めるような心醜き女性だ。信じるられるわけがないじゃないか。ともかく、君は今すぐジョゼに謝れ」
「でも、わたしは本当にやっていないんです。テイラー様、どうか信じて下さい」
しかし、マリアーナの言葉に聞く耳を持たず、テイラーは呆れたように大きく息を吐い後にこう言った。
「ここまで言ってもまだ嘘を貫き通そうとするのか、呆れ果てたよ。もういいい。マリアーナ、君のような性根の腐った女は我がヨハンセン侯爵家の次期当主夫人として相応しくない。俺たちの婚約を今ここで破棄させてもらう」
それを聞いていたジョゼの瞳が喜びに輝く。
マリアーナは涙を流してテイラーを見つめていたが、やがて涙を指で拭いながら小さく首を横に振った。
「どうあっても、わたしのことを信じてはくれないのですね。分かりました。正式な取り決めは当主同士の話し合いになるでしょうが、わたしとしては婚約破棄に異論ありません。了承させていただきます」
もともとテイラーとの関係を見直すつもりだったマリアーナにしてみれば、婚約破棄に異論などあろうはずもない。しかも、テイラーの方から言い出した婚約破棄なわけだから、慰謝料だってたっぷりブン取れるはずだ。
いや、マリアーナに瑕疵が一切ない以上、高額な慰謝料を絶対にもぎ取ってみせる!
なんてことを思っていたマリアーナは、慌てて口元を手で隠した。そうでもしないと、我慢できずに浮かんでしまう笑みを見られてしまいそうだからだ。
いけない、気を抜いてはダメよ。
落ちつけ落ちつけ。
コホンと咳払いをすると、マリアーナは次の目的へと駒を進めることにした。それは、やってもいない虐めのせいで失墜したマリアーナの名誉を回復することである。
これはかなり重要なことだ。虐めをしたことにされたままでは、慰謝料の金額が少なくなってしまうかもしれない。下手をすれば「おまえに瑕疵あっての婚約破棄なのだから、むしろ金を払え」とだって言われかねない。
しくじるわけにはいかない、とマリアーナは心の中で気合を入れた。
神妙な顔をしてテイラーに問う。
「先ほどもお聞きしましたが、どうか教えて下さい。ジョゼ様が階段から落とされたのは、いつのことなのですか?」
テイラーがフンと不快そうに鼻息を吐く。
「自分がやったくせに白々しい。まあいいさ、教えてやろう。昨日の放課後だ。そうだな、ジョゼ?」
「はいっ!」
元気よく返事をするジョゼに、マリアーナは密かにニヤリと嗤った。しかし、表面上はショックを受けたような顔した後で唇をきゅっと噛むと、なにも言わず、ただただ静かに涙を流して見せた。
それを見て、なにを勘違いしたのかテイラーが鼻白む。
「なんだ、言い訳ひとつできないのか。ふん。泣いたからといって許されると思うなよ。ほら、早くジョゼに謝るんだ」
「早く謝って下さい。あたし、謝れば許してあげますから」
勝ち誇った顔で詰め寄ってくる二人を前に、マリアーナは呆れてしまう。この二人、どうしてこんなに愚かで単純なんだろう。
実は昨日の放課後、マリアーナは友人二人とずっと一緒にいた。片時も離れずに一緒にいた。彼女たちに見つからないようにジョゼを階段から落とすなど、できるはずがない。
毎日のことではあるが、マリアーナはその二人といつも一緒に昼食をとっている。もちろん今日も一緒だった。今もすぐそばで心配そうに事の成り行きを見守ってくれている。
大切な大切なマリアーナの大好きな友人たち。
一人は小さな体に溢れ出んばかりの元気がつまった子爵令嬢のカーラで、もう一人は豪奢な金色の巻き髪をした侯爵令嬢ジェイニーである。
マリアーナが殴られた時、二人はすぐにマリアーナに駆け寄ろうとした。が、マリアーナはそれを視線で止めた。このまましばらく様子を見ていて欲しいと、二人に表情で頼んだのである。
察しのいい二人は、すぐにマリアーナの思いに気付いてくれた。以後は口を挟むことなく、静かに成り行きを見守ってくれていた。
その二人がここにきて、満を持したと言わんばかりに動き出した。マリアーナの両隣に寄り添うようにして凛と立つ。
そして、テイラーとジョゼを思いっきり睨みつけた。
あんな戯言に簡単に騙されて……。
まったく情けない。
ジョゼの嘘泣きにコロリと騙されるテイラーのことが、呆れを採り越して憐れに思えてくるマリアーナである。
とはいえ情けは禁物。婚約者に信じてもらえず、悲しみにくれる令嬢の演技をマリアーナは続行した。ぐっと力を入れて眉を八の字にすると、睫毛を震わせながらテイラーに縋るように問いかけた。
「証拠はないんですよね? ご本人以外にわたしがジョゼ様を突き落とすところを見た人はいるのですか? そもそも、階段から落ちたのはいつのことなのですか?」
「証人など必要ないだろう。被害者であるジョゼ自身が犯人を見たと、君にやられたと証言しているのだから」
当然のことのようにテイラーは言うが、それを聞いたマリアーナはポロリと涙を流した。
「わたしはやっていないと言いました。けれどもテイラー様は、婚約者であるわたしよりもジョゼ様の言い分を信じるのですね」
「当たり前だ。心優しく正直で純粋なジョゼが嘘をつくはずがない。それに比べて、君は高い身分を盾にジョゼを虐めるような心醜き女性だ。信じるられるわけがないじゃないか。ともかく、君は今すぐジョゼに謝れ」
「でも、わたしは本当にやっていないんです。テイラー様、どうか信じて下さい」
しかし、マリアーナの言葉に聞く耳を持たず、テイラーは呆れたように大きく息を吐い後にこう言った。
「ここまで言ってもまだ嘘を貫き通そうとするのか、呆れ果てたよ。もういいい。マリアーナ、君のような性根の腐った女は我がヨハンセン侯爵家の次期当主夫人として相応しくない。俺たちの婚約を今ここで破棄させてもらう」
それを聞いていたジョゼの瞳が喜びに輝く。
マリアーナは涙を流してテイラーを見つめていたが、やがて涙を指で拭いながら小さく首を横に振った。
「どうあっても、わたしのことを信じてはくれないのですね。分かりました。正式な取り決めは当主同士の話し合いになるでしょうが、わたしとしては婚約破棄に異論ありません。了承させていただきます」
もともとテイラーとの関係を見直すつもりだったマリアーナにしてみれば、婚約破棄に異論などあろうはずもない。しかも、テイラーの方から言い出した婚約破棄なわけだから、慰謝料だってたっぷりブン取れるはずだ。
いや、マリアーナに瑕疵が一切ない以上、高額な慰謝料を絶対にもぎ取ってみせる!
なんてことを思っていたマリアーナは、慌てて口元を手で隠した。そうでもしないと、我慢できずに浮かんでしまう笑みを見られてしまいそうだからだ。
いけない、気を抜いてはダメよ。
落ちつけ落ちつけ。
コホンと咳払いをすると、マリアーナは次の目的へと駒を進めることにした。それは、やってもいない虐めのせいで失墜したマリアーナの名誉を回復することである。
これはかなり重要なことだ。虐めをしたことにされたままでは、慰謝料の金額が少なくなってしまうかもしれない。下手をすれば「おまえに瑕疵あっての婚約破棄なのだから、むしろ金を払え」とだって言われかねない。
しくじるわけにはいかない、とマリアーナは心の中で気合を入れた。
神妙な顔をしてテイラーに問う。
「先ほどもお聞きしましたが、どうか教えて下さい。ジョゼ様が階段から落とされたのは、いつのことなのですか?」
テイラーがフンと不快そうに鼻息を吐く。
「自分がやったくせに白々しい。まあいいさ、教えてやろう。昨日の放課後だ。そうだな、ジョゼ?」
「はいっ!」
元気よく返事をするジョゼに、マリアーナは密かにニヤリと嗤った。しかし、表面上はショックを受けたような顔した後で唇をきゅっと噛むと、なにも言わず、ただただ静かに涙を流して見せた。
それを見て、なにを勘違いしたのかテイラーが鼻白む。
「なんだ、言い訳ひとつできないのか。ふん。泣いたからといって許されると思うなよ。ほら、早くジョゼに謝るんだ」
「早く謝って下さい。あたし、謝れば許してあげますから」
勝ち誇った顔で詰め寄ってくる二人を前に、マリアーナは呆れてしまう。この二人、どうしてこんなに愚かで単純なんだろう。
実は昨日の放課後、マリアーナは友人二人とずっと一緒にいた。片時も離れずに一緒にいた。彼女たちに見つからないようにジョゼを階段から落とすなど、できるはずがない。
毎日のことではあるが、マリアーナはその二人といつも一緒に昼食をとっている。もちろん今日も一緒だった。今もすぐそばで心配そうに事の成り行きを見守ってくれている。
大切な大切なマリアーナの大好きな友人たち。
一人は小さな体に溢れ出んばかりの元気がつまった子爵令嬢のカーラで、もう一人は豪奢な金色の巻き髪をした侯爵令嬢ジェイニーである。
マリアーナが殴られた時、二人はすぐにマリアーナに駆け寄ろうとした。が、マリアーナはそれを視線で止めた。このまましばらく様子を見ていて欲しいと、二人に表情で頼んだのである。
察しのいい二人は、すぐにマリアーナの思いに気付いてくれた。以後は口を挟むことなく、静かに成り行きを見守ってくれていた。
その二人がここにきて、満を持したと言わんばかりに動き出した。マリアーナの両隣に寄り添うようにして凛と立つ。
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