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一方。
ランドルフの執務室を出た後のリリアーナがどこにいるのかというと。
王城の広い中庭で咲き誇る薔薇に囲まれていた……のではなく、その中庭の隅に立つ大きな木の根元に 蹲っていた。声を押し殺し、大粒の涙をボロボロと零して、一人泣いていたのである。
そのすぐ側には、六年前にリリアーナが鳥のヒナのために石を重ねて作った小さな墓があった。
ランドルフの婚約者となり、王子妃教育のために登城するようになって以来、リリアーナは三日と開けずにこの墓に来ては祈りを捧げていた。
それだけではない。勉強が辛くて弱音を吐きたくなった時や、逆にランドルフとおしゃべりして楽しかった時など、リリアーナは人には言えない自分の心情を、こっそりと墓の主に聞いてもらっていたのだった。
けれど、ここにはもう来れなくなる。
婚約を解消する契約書類に記名するため、リリアーナはもう一度だけ登城することになるだろう。その時にはこの墓に寄り道することはできないだろうし、王族との婚約を解消して傷物令嬢となったリリアーナは、その後は二度と城に上がれないに違いない。
「ずっと冥福を願う祈りを捧げるつもりだったけど、できなくなってしまったわ。ごめんなさい」
思えばこの墓を作った日に、初めてランドルフに会ったのだとリリアーナは思い出す。とても素敵で気品に溢れ、一度見てしまえば目が離せなくなるくらい美しくて、一瞬で恋に落ちてしまった。
その後、自分がランドルフの婚約者に選ばれたと知った時には、夢かと思うほど嬉しかった。王子妃教育のために毎日城に上がるようになり、ランドルフと頻繁に会うようになってから、その魅力にますます傾倒していった。
ランドルフは王子という身分に関わらず、傲慢なところも自己中心的なところも一切なかった。口数は少ないが、いつでも穏やかで優しくて、そのすべてがリリアーナには魅力的に見えた。
あまりに優しくて親切なものだから、もしかすると少しくらいは好意を持ってくれているかもしれない。そう考えたこともあるが、今となっては笑い話でしかない。
まさか自分がくじ引きで選ばれただけの婚約者だったとは、思ってもみなかった。
ショックだった。けれども同時に納得できた。
特に優れたところのない自分がランドルフに望まれて婚約者になったなど、そう考えたこと自体がおこがましかったのだと今なら分かる。
婚約解消を願い出る理由を重病のためとする以上、国王からの承認はすぐに得られ、その後の手続きも円滑に進むに違いない。空席になった婚約者の席には、有能で美しい令嬢がすぐに着くことになるはずだ。
それを想像すると、どうしても悲しくて苦しくて、リリアーナの涙は止まる気配もみせずに流れ続けてしまうのだった。
ずっと好きだった。もう六年もの間、ずっとずっとひたすら好きで、大好きで……。
止めどなく涙が零れる。もう嗚咽を我慢することもできないほど、リリアーナは号泣してしまった。
泣きながら墓に向かって話しかける。
「うっ……わたし……わたしね、ランドルフ殿下のこと、本当に好きだった。初めてお会いした時から、ずっと好きだった。でも、だからこそ、お別れすることにしたの。殿下にはお幸せになっていただきたいから」
涙が地面に吸い込まれていく。
胸が痛い。心が苦しくてたまらない。
「本当はねっ……うう、本当はお別れなんてしたくない。婚約解消なんて嫌っ。だって、今も殿下のことが大好きなんだもの」
「それは、本当なのか……?」
思いがけず後ろから聞こえてきた声に驚いて、リリアーナはビクリを体を震わせた。
ランドルフの執務室を出た後のリリアーナがどこにいるのかというと。
王城の広い中庭で咲き誇る薔薇に囲まれていた……のではなく、その中庭の隅に立つ大きな木の根元に 蹲っていた。声を押し殺し、大粒の涙をボロボロと零して、一人泣いていたのである。
そのすぐ側には、六年前にリリアーナが鳥のヒナのために石を重ねて作った小さな墓があった。
ランドルフの婚約者となり、王子妃教育のために登城するようになって以来、リリアーナは三日と開けずにこの墓に来ては祈りを捧げていた。
それだけではない。勉強が辛くて弱音を吐きたくなった時や、逆にランドルフとおしゃべりして楽しかった時など、リリアーナは人には言えない自分の心情を、こっそりと墓の主に聞いてもらっていたのだった。
けれど、ここにはもう来れなくなる。
婚約を解消する契約書類に記名するため、リリアーナはもう一度だけ登城することになるだろう。その時にはこの墓に寄り道することはできないだろうし、王族との婚約を解消して傷物令嬢となったリリアーナは、その後は二度と城に上がれないに違いない。
「ずっと冥福を願う祈りを捧げるつもりだったけど、できなくなってしまったわ。ごめんなさい」
思えばこの墓を作った日に、初めてランドルフに会ったのだとリリアーナは思い出す。とても素敵で気品に溢れ、一度見てしまえば目が離せなくなるくらい美しくて、一瞬で恋に落ちてしまった。
その後、自分がランドルフの婚約者に選ばれたと知った時には、夢かと思うほど嬉しかった。王子妃教育のために毎日城に上がるようになり、ランドルフと頻繁に会うようになってから、その魅力にますます傾倒していった。
ランドルフは王子という身分に関わらず、傲慢なところも自己中心的なところも一切なかった。口数は少ないが、いつでも穏やかで優しくて、そのすべてがリリアーナには魅力的に見えた。
あまりに優しくて親切なものだから、もしかすると少しくらいは好意を持ってくれているかもしれない。そう考えたこともあるが、今となっては笑い話でしかない。
まさか自分がくじ引きで選ばれただけの婚約者だったとは、思ってもみなかった。
ショックだった。けれども同時に納得できた。
特に優れたところのない自分がランドルフに望まれて婚約者になったなど、そう考えたこと自体がおこがましかったのだと今なら分かる。
婚約解消を願い出る理由を重病のためとする以上、国王からの承認はすぐに得られ、その後の手続きも円滑に進むに違いない。空席になった婚約者の席には、有能で美しい令嬢がすぐに着くことになるはずだ。
それを想像すると、どうしても悲しくて苦しくて、リリアーナの涙は止まる気配もみせずに流れ続けてしまうのだった。
ずっと好きだった。もう六年もの間、ずっとずっとひたすら好きで、大好きで……。
止めどなく涙が零れる。もう嗚咽を我慢することもできないほど、リリアーナは号泣してしまった。
泣きながら墓に向かって話しかける。
「うっ……わたし……わたしね、ランドルフ殿下のこと、本当に好きだった。初めてお会いした時から、ずっと好きだった。でも、だからこそ、お別れすることにしたの。殿下にはお幸せになっていただきたいから」
涙が地面に吸い込まれていく。
胸が痛い。心が苦しくてたまらない。
「本当はねっ……うう、本当はお別れなんてしたくない。婚約解消なんて嫌っ。だって、今も殿下のことが大好きなんだもの」
「それは、本当なのか……?」
思いがけず後ろから聞こえてきた声に驚いて、リリアーナはビクリを体を震わせた。
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