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 え?
 な、なに?
 今一体、殿下はなんと……?

 何度か瞬きをしながら、リリアーナはランドルフの言葉を心の中で反芻した。

 婚約者でいることが嫌だったから婚約を解消する?

 違う、そんなワケない!
 そんなことある筈がないっ!!

 驚いた表情のまま、リリアーナはランドルフを見つめた。
 少し前までは無表情だったランドルフが、今はなぜか苦痛に満ちた顔をしている。そのことが更にリリアーナを困惑させる。

 リリアーナの知るランドルフは、口数が少ないながらも穏やかで楽し気な表情をしていることが多かった。それなのに、今はなぜあんなにも苦しそうなのか。

 どうしたんだろう、婚約解消すれば喜んでくれると思っていたのに……と考えたところで、はっ、とリリアーナはあることに気付く。

 いくら婚約解消が喜ばしいとはいえ、身分の低いリリアーナの方から婚約解消を言い出されたことは、ランドルフにとって不快なことに違いない。なぜならその行為はあまりにも不敬であり、王族を軽視する態度に他ならないからだ。

 慌ててリリアーナは説明を加える。

「わたしは重い病にかかり、領地にて療養することになる予定です。もう二度と王都に出てくることもなく、殿下のお目汚しをすることもありません。理由が理由なだけに、国王陛下も婚約解消をすぐにお認め下さるでしょう」

 この理由ならば、リリアーナが王子妃としての務めを果たせないが故での婚約解消になるため、ランドルフに傷がつくことはない。咎はリリアーナ側にのみ発生することになる。

「わたしとの婚約解消は、決して殿下の不名誉にはなりません」

 だからどうかご安心下さい、と、そう言おうとしたところで、リリアーナの瞳に涙が滲んできた。がんばって笑顔を作っていたけれど、もう限界だった。これ以上は平気な顔をしていられそうにない。
 きっとすぐに自分たちの婚約は解消されることになる。そう思うと悲してたまらなくなってしまったのだ。

 けれど、ここでは泣けない。涙など見せてしまえば、優しいランドルフを困らせてしまう。もうこれ以上、迷惑をかけたくはない。ランドルフは後顧の憂いなく自由になるべきなのだから。

 リリアーナは滲む涙を見られないよう即座に立ち上がると、そのまま扉の前まで急いで移動した。そこで振り返り、長年の婚約者だったランドルフを感慨深く見つめる。

「殿下、長い間ありがとうございました。婚約者として共に過ごせた時間、わたしはとても幸せでした」
「リリアーナ……?」

 戸惑う様子のランドルフに、リリアーナは自分にできる最高に美しカーテシーを披露した。

 好きでした。とてもとても好きでした。
 隣に立つあなた様に恥をかかせないよう、何度も何度も練習したカーテシーでした。

 堪えきれず、リリアーナの瞳から涙が零れ落ちる。泣き顔を見せないよう、リリアーナは顔を上げるのと同時にランドルフに背を向けた。

「殿下のお幸せを、心よりお祈りしております」

 背中を向けるなど、最後に少し不敬な態度をとってしまったけれど、どうかそれくらいは許して欲しい。

 執務室を出たリリアーナの瞳からは、まるで堤防が決壊したかのように大粒の涙が零れ落ちた。少しの時間でいいから一人になりたくて、リリアーナは嗚咽が漏れないよう口元を手で押さえながら、驚く侍女をその場に残して走り出したのだった。
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