上 下
6 / 15

6

しおりを挟む
 遠目に見える栗色の髪をしたその令嬢は、確か茶会の参加者だったとランドルフは思い出す。伯爵家の令嬢で、名前はリリアーナだった気がする。

 茶会の席から離れた場所で令嬢と侍女がなにを話しているのか気になり、ランドルフはこっそり近付いてみた。
 見るとリリアーナはハンカチに包んだ小さいものを手に持っていて、侍女になにかを必死に訴えている。

「お願い、どこか人目につかないお庭の片隅でいいの。この子を埋めさせて下さい」
「そんなこと言われても……わたくしに決定権はございませんし、鳥とはいえ城内に死骸を埋めるなんて、病気の心配もあれば不吉でもありますから、おそらく埋める許可はでないでしょう。処分でよければ、わたくしの方でやっておきますが」
「処分って……まさかゴミとして捨てるの?! そんな可哀想なことできないわ!」

 二人の会話を盗み聞きしたところによると、どうやらリリアーナはこの庭のどこかで木から落ちた小鳥のヒナの死骸を見つけたらしい。それを埋めて墓を作る許可が欲しいと、通りがかりの城の侍女に声をかけ、頼んでいる最中のようだった。

 リリアーナの必死な様子を見ていたランドルフは、半年ほど前のある出来事を思い出した。それは城に遊びにきたセリーヌを王妃の命令で仕方なくエスコートして、嫌々ながらも庭園を散歩していた時のことだった。

 美しい花の咲く木の下で立ち止まった二人は、そこで野鳥の死骸を見つけた。城で飼われている猫にでもなぶられたのか、かなり悲惨な有様だった。

「可哀想に……」

 そう呟いたランドルフの隣で、セリーヌが金切り声を上げた。

「いやーっ、汚いっ、気持ち悪いですわっ!! ここの掃除を任されているのは誰ですの?! こんな汚いものをわたくしに見せるなんて、ランドルフ様、その者を鞭打ちにしてやって下さいませ!!」

 喚きたてるセリーヌの心根の悪さに、ランドルフは本気で引いた。鳥の死を悼む気持ちを持てないセリーヌに、嫌悪感しか湧かなかった。

 それと比べて、リリアーナというあの令嬢はなんて優しい子なんだろう。同じ年頃の令嬢でもまったく違う。

 そんなことを思いながら、ランドルフは木の陰からリリアーナを熱心に見つめた。見た目の平凡さなどまったく気にならないほど、リリアーナの優しさに惹かれたのだった。

 ランドルフはリリアーナと話している侍女の元へ侍従を向かわせた。そして、可哀想な鳥のヒナを、庭内にある大きな木の根元に埋めることを許可することを伝えさせたのである。

 木の根元ならば、滅多なことで人に踏まれることもなく、土を掘り返される心配もないし、ヒナは安らかに眠ることができるだろう。あの心優しいリリアーナも安心できるに違いない。

 その後、休憩を終えて茶会に戻ったランドルフは、他の令嬢たちや王妃にバレないようにリリアーナを見つめ続けた。自分の伴侶にはぜひ彼女になってもらいたいと、密かにそう思いながら。



 茶会の翌日。
 ランドルフは自らの婚約者を決定するため、国王夫妻と宰相の前でくじ箱の中に手を入れて一枚の紙を引いた。

 その紙にはリリアーナの名が書かれてあった。

 実を言うとこの時、ランドルフは箱に手を入れる前からリリアーナの名が書かれた紙を隠し持っていた。それをさも箱の中身から選んで引いたように見せかけたのである。

 見ると王妃がものすごく驚いた顔をしていたことから、くじ箱の中身にはなんらかの不正が行われていたに違いない。たとえば、セリーヌの名が書かれたくじしか入っていなかったとか。

 そもそも、ランドルフがくじで妃を決めようと提案した時に王妃がすぐに承諾したのも、不正をすれば確実にセリーヌを選ぶことができると考えたからだったのかもしれない。

 王妃の行った不正がバレることを防ぐためか、箱の中に残ったくじの確認作業が行われることなく、おかげでランドルフのイカサマがバレることもなかった。


 こうしてリリアーナはランドルフの婚約者に決定したのである。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。

田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。 結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。 だからもう離婚を考えてもいいと思う。 夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

処理中です...