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「ちっ、違う! これは……そう、カテリーネはおまえの妹だから親切にしていただけだ! それを邪推するおまえの心こそ醜悪ではないか! 人のことより自分の反省をしろ」
「婚約して十年。わたくしはこれまで、あなたからプレゼントどころかカード一枚いただいたことがごぜいません」
わたくしがそう言うと、エドモンド様が後ろめたい顔になった。
そう、わたくしはこれまで、エドモンド様からどんな贈り物もしていただいたことがない。そのくせカテリーネにはドレスに靴にアクセサリー、花束などのプレゼントを、彼が公爵邸を訪れるたびに渡していた。
「それだけじゃありません。わたくしとのお茶会の後、エドモンド様は必ずカテリーネの私室に入り、二人だけで過ごしてましたわね? 未婚の男女が密室で二人きり、一体なにをしていらっしゃったのやら」
これには周囲も大いにザワついた。
特に女性は不愉快さを隠そうとせず、あからさまに蔑むような目をエドモンド様とカテリーネに向けている。
すっかり顔色を悪くして黙り込んだエドモンド様の代わりに、今度はお父様が怒鳴り声を上げた。
「婚約破棄は認めない! 確かにこれまで多少の行き違いがあったかもしれんが、それを広い心で許してやるのも妻となるものの務めだ。とにかく婚約は続行する。異論は許さん!」
「そうよ。一度や二度の過ちくらい許しておやりなさいな。そもそも、婚約者が浮気をするのは、あなたの努力が足りないからでしょう? エドモンド様ばかりを責めず、自分の悪いところを反省なさいな」
派手なドレスとお化粧に身を包んだお継母様が、わたくしを小馬鹿にするように見下しながらそんなことを言う。わたくしはそれににこやかな笑顔を返した。
「まあ! さすが、わたくしのお母様が存命の頃からお父様と不倫していて、恥知らずにも子供までもうけた人の言葉は違いますわね」
我が国は一夫一婦制を布いた国である。とはいえ愛人を持つ貴族はそれなりにいる。
けれども、その愛人との間に子をもうけたとなると、話は違ってくる。それは完全なルール違反になるからだ。
お父様とお継母様は真っ青になって周囲を見回した。当然、二人を見る貴族たちの視線は、ゴミ以下を見るかのような蔑みの色を含んでいる。
針のムシロとなって縮こまってしまったお父様、お継母様、エドモンド様とは違い、空気の読めないカテリーネは笑顔でこんなことを言い出した。
「もういいじゃない。お父様の言うことを聞かないお姉様なんて、家から追い出せばいいのよ。そして、わたしとエド様が結婚して公爵家を継げばいいんだわ」
「リーネ、無理だ。それができるなら最初からおまえを俺の婚約者にしている」
エドモンド様から小声で諭されるが、納得できないカテリーネは拗ねたように頬を膨らませた。
「どうしてぇ? なんで無理なのぉ? 結婚後はお姉様を地下に監禁して、実際の新婚生活はわたしと送るなんて言ってたけど、だったら最初からお姉様なんて放っといて、わたしと結婚すればいいじゃない。わたしのお腹の中にはもうエド様の子供もいることだし、ちょうどいいわ!」
そんな爆弾発言をした後、カテリーネは勝ち誇ったような意地悪な顔でわたくしに話しかけてきた。
「お姉様も今日から成人でしょう? 家を出て一人で生きていけばぁ? だって仕方がないわよ、当主であるお父様の言うことが聞けないって言うんだもん。そんな悪い子は平民にでもなって、惨めに生きていけばいいのよ」
にやにや品なく笑っているカテリーネを見て、わたしは呆れたようなため息をついた。
どうやらカテリーネは自分の立場について、正しく理解できていないらしい。もしかすると、お継母様も同じかもしれない。こればすべて、正しい知識を自分の妻と娘に与えなかったお父様の責任である。
では正しい知識とはなにか。
それは、お父様が実は公爵という爵位を持っているわけではなく、あくまでも公爵代理という立場でしかないということだ。しかも、それもわたくしが成人する前の昨日までのことであり、今日からは「公爵の父親」という立場の平民となってしまう。
なぜなら公爵の血筋はわたくしの母方のものであり、父はただ公爵家に婿入りしただけの伯爵家の三男にすぎないからだ。
亡きお母様とお父様は学生の頃に自由恋愛で心を通わし、結婚に至ったと聞いている。お母様、どうやら男を見る目はなかったらしい。浮気はするし仕事はできないし金遣いは荒いし。正直、顔以外に良いところがない。お母様は面食いだったに違いない。
ともかく、わたくしが成人した以上、この公爵家の有するすべての財産は、今日からすべてわたくしのものとなる。お父様とお継母様との子であるカテリーネには、公爵家の財産に対してどんな権利も持っていない。そもそも、カテリーネは貴族ですらないのだ。
そのことを、継母とカテリーネは知らなかったのだろう。だからわたくしに成人したから家を出ていけ、などと頓珍漢なことを言えたのだ。
けれど、カテリーネもそろそろ本当のことを知るべきだ。
わたくしは姉である者の責任として、正しい知識を妹に与えてやることにした。
「カテリーネの言う通り、確かにわたくしは今日から成人。つまり、わたくし自身が女公爵としてこの家の頂点に立ったということ。当然、婚約破棄もお父様の許可を必要としません。家長であるわたくし自身が、自分の責任においてすべてを決めますわ」
わたくしは改めてエドモンド様との婚約破棄を宣言すると、お父様とお継母様そしてカテリーネに向かって三日以内に公爵邸を出て行くように命じたのだった。
「婚約して十年。わたくしはこれまで、あなたからプレゼントどころかカード一枚いただいたことがごぜいません」
わたくしがそう言うと、エドモンド様が後ろめたい顔になった。
そう、わたくしはこれまで、エドモンド様からどんな贈り物もしていただいたことがない。そのくせカテリーネにはドレスに靴にアクセサリー、花束などのプレゼントを、彼が公爵邸を訪れるたびに渡していた。
「それだけじゃありません。わたくしとのお茶会の後、エドモンド様は必ずカテリーネの私室に入り、二人だけで過ごしてましたわね? 未婚の男女が密室で二人きり、一体なにをしていらっしゃったのやら」
これには周囲も大いにザワついた。
特に女性は不愉快さを隠そうとせず、あからさまに蔑むような目をエドモンド様とカテリーネに向けている。
すっかり顔色を悪くして黙り込んだエドモンド様の代わりに、今度はお父様が怒鳴り声を上げた。
「婚約破棄は認めない! 確かにこれまで多少の行き違いがあったかもしれんが、それを広い心で許してやるのも妻となるものの務めだ。とにかく婚約は続行する。異論は許さん!」
「そうよ。一度や二度の過ちくらい許しておやりなさいな。そもそも、婚約者が浮気をするのは、あなたの努力が足りないからでしょう? エドモンド様ばかりを責めず、自分の悪いところを反省なさいな」
派手なドレスとお化粧に身を包んだお継母様が、わたくしを小馬鹿にするように見下しながらそんなことを言う。わたくしはそれににこやかな笑顔を返した。
「まあ! さすが、わたくしのお母様が存命の頃からお父様と不倫していて、恥知らずにも子供までもうけた人の言葉は違いますわね」
我が国は一夫一婦制を布いた国である。とはいえ愛人を持つ貴族はそれなりにいる。
けれども、その愛人との間に子をもうけたとなると、話は違ってくる。それは完全なルール違反になるからだ。
お父様とお継母様は真っ青になって周囲を見回した。当然、二人を見る貴族たちの視線は、ゴミ以下を見るかのような蔑みの色を含んでいる。
針のムシロとなって縮こまってしまったお父様、お継母様、エドモンド様とは違い、空気の読めないカテリーネは笑顔でこんなことを言い出した。
「もういいじゃない。お父様の言うことを聞かないお姉様なんて、家から追い出せばいいのよ。そして、わたしとエド様が結婚して公爵家を継げばいいんだわ」
「リーネ、無理だ。それができるなら最初からおまえを俺の婚約者にしている」
エドモンド様から小声で諭されるが、納得できないカテリーネは拗ねたように頬を膨らませた。
「どうしてぇ? なんで無理なのぉ? 結婚後はお姉様を地下に監禁して、実際の新婚生活はわたしと送るなんて言ってたけど、だったら最初からお姉様なんて放っといて、わたしと結婚すればいいじゃない。わたしのお腹の中にはもうエド様の子供もいることだし、ちょうどいいわ!」
そんな爆弾発言をした後、カテリーネは勝ち誇ったような意地悪な顔でわたくしに話しかけてきた。
「お姉様も今日から成人でしょう? 家を出て一人で生きていけばぁ? だって仕方がないわよ、当主であるお父様の言うことが聞けないって言うんだもん。そんな悪い子は平民にでもなって、惨めに生きていけばいいのよ」
にやにや品なく笑っているカテリーネを見て、わたしは呆れたようなため息をついた。
どうやらカテリーネは自分の立場について、正しく理解できていないらしい。もしかすると、お継母様も同じかもしれない。こればすべて、正しい知識を自分の妻と娘に与えなかったお父様の責任である。
では正しい知識とはなにか。
それは、お父様が実は公爵という爵位を持っているわけではなく、あくまでも公爵代理という立場でしかないということだ。しかも、それもわたくしが成人する前の昨日までのことであり、今日からは「公爵の父親」という立場の平民となってしまう。
なぜなら公爵の血筋はわたくしの母方のものであり、父はただ公爵家に婿入りしただけの伯爵家の三男にすぎないからだ。
亡きお母様とお父様は学生の頃に自由恋愛で心を通わし、結婚に至ったと聞いている。お母様、どうやら男を見る目はなかったらしい。浮気はするし仕事はできないし金遣いは荒いし。正直、顔以外に良いところがない。お母様は面食いだったに違いない。
ともかく、わたくしが成人した以上、この公爵家の有するすべての財産は、今日からすべてわたくしのものとなる。お父様とお継母様との子であるカテリーネには、公爵家の財産に対してどんな権利も持っていない。そもそも、カテリーネは貴族ですらないのだ。
そのことを、継母とカテリーネは知らなかったのだろう。だからわたくしに成人したから家を出ていけ、などと頓珍漢なことを言えたのだ。
けれど、カテリーネもそろそろ本当のことを知るべきだ。
わたくしは姉である者の責任として、正しい知識を妹に与えてやることにした。
「カテリーネの言う通り、確かにわたくしは今日から成人。つまり、わたくし自身が女公爵としてこの家の頂点に立ったということ。当然、婚約破棄もお父様の許可を必要としません。家長であるわたくし自身が、自分の責任においてすべてを決めますわ」
わたくしは改めてエドモンド様との婚約破棄を宣言すると、お父様とお継母様そしてカテリーネに向かって三日以内に公爵邸を出て行くように命じたのだった。
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