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 わたくし、こと公爵令嬢クラリッサには十年来の婚約者がいる。お相手は今目の前にいる一才年上のエドモンド様。伯爵家のご令息だ。

 わたくしたちの婚約は政略的なもので、七才の時に両家の当主間で取り決められた。とはいえ、わたしはエドモンド様のことをずっとお慕いしてきた。

 エドモンド様は艶やかな黒髪に濃い碧の瞳が印象的な美男子である。騎士学校に通っていただけあって鍛え抜かれた美しい肉体の持ち主で、社交界では多くの貴族女性たちの心を鷲掴みにしているのだった。

 対してわたくしはというと、燃えるような赤い髪にエメラルドの瞳をした、まあそれなりに人目を惹く美しい容姿の女であると言える。ただし、性格は少し内向的で話術も不得意。自分で言うのもなんだけど、口数の少ない面白味のない性格をしている。

 そういった陰気なところが気に食わなかったのだろう、幼い頃からわたくしはエドモンド様に嫌われていた。

 そしてそれは、婚約して十年経った今も変わらない。

 今日、エドモンド様が当家を訪れているのは、週に一度のわたくしとのお茶会のためである。このお茶会は婚約者同士の親交を深めるために行われているのだけれど、エドモント様はいつもわたくしを無視する。視線を向けようともしないし、話しかけても無視されてばかりだ。

 ホント、徹底して嫌われている。

 このお茶会をやる意味が本当にあるのだろうか。回を重ねるたびに、二人の間にある壁が薄くなるどころか、寧ろ厚くなっている気がする。

 つまらないお茶会。息が詰まるばかりの時間。
 それでもエドモンド様は週に一度、必ず公爵邸を訪れてわたくしと一緒にお茶を飲む。実を言うとその理由は、わたくしと仲良くなることを目的としていない。エドモンド様には別の理由があって、毎週ここにやって来るのだった。

「エド様!」

 とその時、わたくしたちがお茶をしていた客室の扉がノックもなく開き、そこから可愛らしい声と共に一人の少女が駆け込んできた。貴族の令嬢とは思えない不躾な態度のその少女は、わたくしの妹のカテリーネである。

 カテリーネはわたくしを無視したまま、弾けるような笑顔でエドモンド様に抱きついた。エドモンド様も先ほどまでとは別人のように、優しい笑みを浮かべ、逞しい腕でカテリーネを大切そうに抱きしめた。

「リーネ、一週間ぶりだな、元気だったか?」
「はい、もちろんです!」

 誰がどう見ても、姉の婚約者とその妹、とういうだけの関係には見えない二人。けれどもわたくしは、目の前で展開される実妹と婚約者との異常な光景に、表情を崩すことなくただ黙って手元のカップに口を付けた。

 そう、この二才年下のわたくしの妹こそが、エドモンド様が週一で当家に足を運ぶ目的なのである。淡い金髪に空色の瞳をしたカテリーネは、庇護欲をそそるタイプの甘い香りがしそうな美少女だった。

 エドモンド様は初めて会ったその時から、ずっとカテリーネに夢中だ。おそらく、カテリーネも同じ思いなのだろう。婚約してすぐの頃はわたくしに対する遠慮も見られたが、今ではわたくしが目の前にいても気にも止めず、二人でイチャつき始めてしまう。

「エド様、ここに来るのが遅くなってごめんなさい。仕立屋が来ていて、新しいドレスのための採寸をしていたんです。お、怒ってます?」
「怒ってなどいないさ。こうしてリーネに会えたのだから、嬉しいばかりだ」
「ふふっ、わたしも会えて嬉しいです。エド様、大好き!」

 こんな風に、エドモンド様とカテリーネの仲睦まじい様子を見せつけられても、わたくしが動じることは一切ない。不実な婚約者の冷たい態度に枕を濡らす夜を過ごしていたのは、もう何年も前までの話だ。

 勿論、心の中は怒り狂っている。あまりにも失礼な二人の態度に、わたくしに対する配慮を少しは見せろと怒鳴りつけてやりたい思いが、今にも爆破しそうなほどだ。

 しかし、そういった心情はおくびにも出さず、わたくしは静かにお茶を飲む。これも淑女教育の賜物である。

 やがて手にしていたカップのお茶を飲み干すと、わたくしはカテリーネに声をかけた。

「カテリーネ、ちょうど良かったわ。申し訳ないのだけれど、この後エドモンド様のお相手をお願いできるかしら。少し体調が優れなくて、ベッドで横になりたいの」

 それを聞いたカテリーネが、途端に心配そうな顔をこっちに向けた。ただし、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。

「まあ、大丈夫ですか?! ええ、後はわたしに任せて下さい。お姉様の代わりに、わたしがエド様のお相手をしっかり務めますから」
「エドモンド様も申し訳ありませんが、そういうことですので、わたくしは失礼させていただきます」
「体調管理すらできないとは、まったく嘆かわしいな。もういい、早くけ。その辛気臭い顔を見ているだけで、こっちまで気分が悪くなる」

 邪魔そうに手を二度ほど振られ、わたしはイラつきながらも表情には出さず、美しいカーテシーを披露してから客室を後にした。近い内に絶対に婚約を解消してやると、そう心に誓いながら。


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