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 学園東校舎の一階奥にある会議室。そこには学園の生徒、六人が集まっていた。
 集めたのはわたくし、アクス侯爵家嫡子エレオノーラである。

 六人の内、当事者としてこの場にいるのが、まずはわたくしエレオノーラ。その婚約者であるベッケル子爵家三男ヴィルバルト様。更にその恋人であるキャリリン嬢に、最後はわたくしの次期婚約者予定である第二王子であるラファリック殿下である。 

 残りの二人、王太子ハインツ殿下とその婚約者であるクラネルト公爵令嬢アリア様には、これからこの場で取り決められることについて、証人になってもらうためにご足労いただいている。

 全員が挨拶と自己紹介を済ませると、わたくしたちは椅子に腰を下ろした。

 四角いテーブルの上座にあたる席に座ったのがハインツ殿下とアリア様、彼らから見て右側の面にラファリック殿下とわたくし、その向かいの席にヴィルバルト様とキャリリン嬢が座っている。

 見ると、ヴィルバルト様とキャリリン嬢が非常に居心地悪そうにしている。王族二人と未来の王妃様が同席しているのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 貴族とはいえ、ヴィルバルト様は所詮は下位貴族子爵家のご令息でしかないし、キャリリン嬢に至っては貴族ですらない。本来であれば、目を合わせることもないような高貴なる方々なのだから。

 それに、自分たちの関係がわたくしに知られていないと思っていたのなら、ここに今二人揃って呼ばれたことで、冷や汗をかきまくっていることだろう。

 時間が惜しいので、わたくしは婚約解消の流れについて、お二人に簡潔に分かりやすく説明した。見ていると、話を聞いて理解が進む内に、なぜか二人の顔が今まで以上に青褪めていく。

 どうしたことだろう。
 わたくしとの婚約を解消して愛する人と結ばれるのだから、大喜びされると思っていたのに。

「……というワケで、婚約を解消することになった理由を、わたくしに好きな人ができたためだと報告します。しかも、その相手はラファリック殿下であると。なので、ヴィルバルト様が責められることはございませんのでご安心を。普通ならば、アクス侯爵家からベッケル子爵家に対して違約金や慰謝料が発生するところでしょうが、これはヴィルバルト様が子爵様を説得なさって下さい」
「この理由であれば、本当の理由、つまりお前たちの浮気を知ったアクス侯爵が怒り狂い、ベッケル子爵との取引を中止するなど言い出すこともないだろう。むしろ、娘の身勝手で婚約を解消するのだから、今後は更に子爵家に対して便宜を図ろうとするかもしれないな」

 わたくしからの話の後、ラファリック殿下が続けて説明を重ねてくれた。その表情はかなり不機嫌そう。

 今回の計画、わたくしが一番の悪者というか、身勝手な我儘娘という役割を受け持つことで損をすることになる。殿下はそれが気に入らないらしい。けれども、そのおかげでわたくしと婚約できることになったのだからと、なんとか我慢しているのだそうだ。

 つい先日、初めて殿下のお心を知った。まさか、ずっとわたくしを想って下さっていたなんて、考えたこともなかったものから、ものすごく驚いた。とても嬉しかったし、有難くもあったけれど、でも、やはりわたくしはヴィルバルト様をお慕いしている。ラファリック殿下から愛を告白されたからといって、気持ちがすぐに切り替わることはない。

 だから、愛するヴィルバルト様との婚約解消は本当に辛い。ずっとずっと好きだった。初めて会った時からずっと想ってきた。婚約者になれた時は、喜びのあまりお父様に抱きついてしまったほどだ。学園に入学するまで、ヴィルバルト様の妻になれることを疑ったこともなかった。とても幸せだと思っていた。

 けれどもあの日、わたくしは見てしまった。
 ヴィルバルト様とキャリリン嬢が一目で惹かれ合い、恋に落ちる様を。

 その後も彼らは学園の至る所で、人目を忍んでの逢瀬を続けた。陰の者から上がってくる報告から、彼らがいかに互いを想い合っているか、愛し合っているのかが詳細に伝わってきて、それを読むたびにわたくしの心は悲しみに打ちひしがれた。

 それでもまだ、最初の半年くらいは希望を捨てていなかった。
 もしかすると、キャリリン嬢とのことは魔が差しただけの、ちょっとした浮気に過ぎないのかもしれない。いずれはわたくしを愛してくれるかもしれない。

 そう思い続けたけれど……。

 学園の放課後、王都の町中で待ち合わせをした二人が、商店街を楽しそうに手を繋いで仲睦まじく歩く様子。キャリリン嬢の手作りのお弁当を幸せそうに食べるヴィルバルト様の表情や、その時に発した感謝と愛の言葉。わたくしには誕生日にのみ送られるプレゼントを、キャリリン嬢には自ら商店で選んでまでして、頻繁に渡しているという事実。

 それらが記された報告書に目を通すたび、わたくしは少しずつあきらめざるを得なかった。

「キャル、誰よりも君だけを愛している」
「まあ、バルトったら。それはあたしだって同じ気持ちだわ」
「君と結婚したい。けれど、父や兄、領民のことを考えると、わたしはエレオノーラと結婚しないわけにはいかないんだ」
「バルト……」

 この後、愛称で互いを呼び合う二人は抱きしめ合い、口づけを交わしたのだそうだ。長い年月婚約者だったわたくしは、いまだに彼から愛称で呼ぶことを許されていない。そして、どんなに願っても、彼がわたくしを愛称で呼んでくれることは一度もなかった。

 本当に好きだった。ヴィルバルト様の優し気な見目麗しい容姿も、誠実で思いやりのある心根も、すべてを愛おしく想っていた。

 けれど、彼はわたくしを愛さない。愛せないのだ。
 ヴィルバルト様自身も思っているかもしれない。わたくしを愛することができたなら、どれほど幸せだったか、と。

 わたくしは心からヴィルバルト様を愛している。誰に聞かれても胸を張って答えられる真剣な恋だった。けれどもその想いが、今は誰よりもヴィルバルト様を苦しめている。

 愛する人には誰よりも幸せになってもらいたい。そう思うからこそ、わたくしは自分が悪者になってさえ、ヴィルバルト様との婚約を解消する決意をしたのだ。彼や彼の家に害が及ばないよう体裁を整えるため、ラファリック殿下に協力を頼んだのだった。

 お優しいラファリック殿下。
 酷い頼みごとをするわたくしに笑顔を見せ、広いお心で受け入れてくれた殿下。
 本当に本当に申し訳ありません。
 生涯添い遂げ、生きている限り殿下に尽くすことを誓います。
 愛するよう努力することを誓います。

 わたくしは零れ落ちそうになる涙を懸命に堪えた。泣くわけにはいかなかった。ラファリック殿下に失礼だし、ヴィルバルト様にも気を使わせてしまう。

 必死に笑顔を作り、ヴィルバルト様に声をかけた。

「わたくしのことはお気になさらず、婚約解消後はお二人で幸せになって下さいませ」

 すると、それを聞いたヴィルバルト様がこんなことを言った。

「は? なにを言っているんだ、エレオノーラ。わたしは君と婚約解消などするつもりはない」
「え?」

 驚きに目を大きく見開いたわたくしに、彼は小さく笑ってみせた。

「わたしは君と結婚して侯爵になるよ。決まっているじゃないか。愛しているのはキャルだけど、彼女には市井に家を買って囲う予定だから問題はない。君とは政略結婚なのだし、愛人を持つことくらい許してくれるだろう?」

 わたしくは衝撃のあまり、雷に打たれたかのごとく動けなくなってしまった。

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