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 わたくしが王立学園に入学してから一年と半年が過ぎた。

 昼休み、高位貴族とその婚約者のみが立ち入りを許されるサロンにて、昼食後のこの時間、いつものようにわたくしはお茶を楽しんでいた。

 同じテーブルについているのは、この国の王太子である一学年上のハインツ殿下と、その婚約者である黒髪と碧の瞳が美しいクラネルト公爵令嬢アリア様。そしてもう一人、今年になって入学してきた一才年下の第二王子ラファリック殿下である。

 二人の殿下はわたくしの従兄弟にあたる。亡くなったお母様が現国王陛下の妹だったのだ。だから実をいうと、わたくしも王位継承権を持っている。順位が低いのであまり意味はないのだけれど。

 この国の王家の持つ色は銀の髪と紫の瞳。二人の殿下は当然その色を持っている。わたくしが似た色の髪と瞳を持っているのは、一応王族の血が流れているからだ。

 わたくしと従兄弟たちとアリア様とは、幼い頃からずっと交流を深めてきていた。国王陛下御夫妻は早くに母を亡くしたわたくしを不憫がられ、頻繁に王宮へと招いてくれていたからだ。
 おかげで王族の方々やその婚約者たちとは、幼馴染のような関係を築いている。

 今目の前にいる三人は、幼馴染の中でも特に仲良くしている兄弟姉妹のような存在だ。年が近いのでいつも四人で遊んでいたし、貴族教育すら四人一緒に王宮で受けていたほどである。

 おかげで幼い頃から今に至るまで、わたくしの記憶のほとんどは、酸いも甘いも三人と共有しているものばかりだ。婚約者のヴィルバルト様を心から慕っていることも、当然のごとく知られている。
 貴族教育が終わっての午後のひと時、ヴィルバルト様と下町を探索した翌日など、どうやって楽しく過ごしたか、事細かく自慢げに三人に話して聞かせたものだ。

 わたしのことを誰よりも良く知っていてくれている三人の幼馴染たち。だからこそ、ここしばらく元気のないわたくしを見て、ハインツ殿下とアリア様は心配そうにしているし、ラファリック殿下は怒ってばかりいるのだ。

 三人の気持ちはありがたい。優しさに身が染みる。
 けれどもわたくしは、カラ元気を出す気力さえ持ち合わせていなかった。それほど打ちひしがれているのだが、その原因となっているのが愛する婚約者、ヴィルバルト様なのだった。

 彼は今、恋をしている。相手はわたくしではない。入学式の日に迷子になっていた平民の特別奨学生、キャリリン嬢がそのお相手だ。

「エレオノーラ、元気を出して。大丈夫よ、婚約者はあなたなのだから。いずれはあなたの元へきっと戻ってくるわ」
「その通りだ。低位とはいえヤツも貴族の端くれ。そなたを捨てて平民の娘を選ぶことなどあるはずがない」

 ハインツ殿下とアリア様のわたくしを思いやる優しい言葉に、我慢できずに涙が零れ落ちた。心配かけたくないのに、わたくしは本当に情けない。
 そんな不甲斐ないわたくしを見て、ラファリック殿下が強く拳を握りしめた。

「あいつ、こんなにエレオノーラを傷つけて……ダメだ、俺はどうしても許せない!」

 鬼の形相で立ち上がったラファリック殿下に嫌な予感がして、わたくしは彼の腕を慌てて掴んだ。

「ど、どこにいらっしゃいますの?」
「決まってる。ヴィルバルトを殴ってくる。王家の血を引くエレオノーラをこんなに悲しませて……不敬だ! たかが子爵令息風情が許せん!」
「だ、だめですわ、そんなことをしては! お、お願いですから落ち着いて! ほら、ね、一度座って下さいませ」

 必死になって縋りつくと、ラファリック殿下は渋々ながらも椅子に腰を下ろしてくれた。ホッと息を漏らしたところで、今度はハインツ殿下が不満げな声を上げる。

「殴るのはやり過ぎだとしても、わたしもラファリックと気持ちは同じだ。エレオノーラ、どうして婚約者にはっきりと浮気をやめるように言わない? ベッケル子爵家とそなたの家との関係を考えれば、そもそも浮気などヤツに許されることではないのだ。そなたが一言言えば、奴もすぐに浮気などやめるだろうに」
「言うのは簡単です。でも、それでは意味がないのです……」

 殿下二人が首を傾げているのに対し、アリア様だけは「分かってる」という顔をして、黙ってわたくしの手を強く握ってくれた。アリア様の優しさが本当に有難い。

 わたくし一人のために、せっかくのお昼のティータイムをこれ以上陰気な雰囲気にしてはいけない。午後は教室移動があるから先に失礼すると断りをいれて、わたくしはサロンを後にした。

 教室へと歩きながら考える。
 殴ってどうにかなるものなら、家格の違いで脅せばどうにかなるのなら、わたくしだってそうしている。泣きわめいて縋りつけば、そうすればヴィルバルト様が本気でわたくしを好きになってくれるというのなら、高位貴族令嬢の矜持など投げ捨てて、あの方の前で地面に膝をついてもかまわない。

 けれどもダメなのだ。
 そんなことをしても、ヴィルバルト様はわたくしを好きになりはしない。なぜなら、あの方は別の女性に恋をしているのだから。

 わたくしも恋をしているから分かる。
 恋をしてしまったら、恋に落ちてしまったら、もう自分では気持ちをコントロールすることなど不可能なのだ。今すぐ別の人間に恋しなければ殺すと脅されてさえ、わたくしはきっと別の人に恋心を向けることはできないだろう。

 ヴィルバルト様も同じだ。あれほど誠実で優しい人なのだ。自分が婚約者以外の人間に惹かれ、好きになってしまったことに苦しんでいない筈がない。誰よりも苦しんでいるかもしれない人を責めるなど、わたくしにできる筈がなかった。

 ふと廊下の窓から外を見ると、茂る木々の向こうに中庭の噴水が見えた。その奥には、上手く隠れてほとんど見えないものの、憩いのためのスペースとして小さなベンチが設置されている。
 そこでは今、とある生徒が二人、仲良くランチタイムを楽しんでいるはずだ。

 わたくしは知っている。従兄弟やその婚約者とわたくしがサロンにいる時、そのわずかな隙をつくようにして、ヴィルバルト様とキャリリン嬢が密かに逢瀬を重ねていることを。

 教えてくれたのは、お父様がわたくしに付けてくれた陰の者だ。以後、このことはお父様含め他言無用とし、二人の逢瀬が他の生徒や学校関係者に見つからないよう取り計らうよう、陰には命じてある。

 毎日上がってくる報告書には、いかに二人が仲睦まじく過ごしているのか、詳細に記されている。目を通すたびに胸が苦しくなって、わたくしの瞳からは涙が溢れて止まらなくなった。


 ヴィルバルト様とキャリリン嬢の密かな関係について、気付いている者は今はまだわずかしかいない。陰を持つ高位貴族子弟か、偶然二人の逢瀬を見てしまった者以外、まだ誰も知らない筈だ。


 早くなんとかしなければならない。
 二人の関係が多くの人に知られる前に、早くなんとか……。
 醜聞が広がれば、それはヴィルバルト様の将来に陰を落とすことになる。

 それはなんとしてでも避けなければならない。

 どうすればいい?
 ヴィルバルト様の幸せのために、わたくしにできることはなに?



 わたしくしは必死になって頭を回転させたのだった。



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