1 / 5
1
しおりを挟む
マルクセラ王国の貴族子女は王都の王立学園に入学し、貴族として必要な知識・行儀作法を三年間学ぶ義務がある。
田舎領地の貧乏子爵令嬢であるハンナもその義務を果たすべく、十五才になる年に学園へと入学した。
それからあっと言う間に一年が経ち、ハンナは三ヵ月前に二年生に進級した。
ハンナは幼い頃からの読書好きである。
それは学園生徒となった今も変わらず、いつも放課後は学園の図書室に足を向け、時間の許す限り読書を楽しむことにしている。
図書室にはハンナを含め、読書を趣味とする者がいつも集っている。常連生徒の多くは物静かで大人しく、学園でも目立たないタイプの生徒ばかりだ。
その常連の中に、今年からハンナと同じクラスになった男子生徒が一人いる。伯爵令息のカレヴィである。
昨年はクラスが違った上に二人は友人でもないため、これまで一度もプライベートで会話をしたことがない。しかし、図書室では毎日のように顔を合わせている顔見知りだった。
今年はクラスメイトだが家格に差があるし、性別も異なる二人が親しくなることは今後もないだろう。
けれど、ハンナの心の中ですでにカレヴィは「読書という同じ趣味を持つ同志」として認識している特別な生徒の内の一人だった。
ところがここ最近、これまでハンナがカレヴィに対して持っていた仲間意識という名の好意が、木っ端微塵に崩れ去ろうとしていた。その理由は、図書室愛好家の敵とも言える「騒音を出す人間」を、カレヴィが図書室に連れてくるようになったからだ。
「ねえねえ、カレヴィ様ぁ。こんな図書室なんて陰気でつまらない場所ぉ、いても全然楽しくなぁ~い! もうこんな面白くないところは早く出て、新しくできた人気のカフェに行きましょう~?」
静かな図書室内に、少女の甘ったるい男に媚びる不快な声が響き渡る。
それを耳にした読書大好き人間たちのこめかみに、ビキッと青筋が浮かんだ。その耳障りな声はもちろんのこと、図書室をバカにされたことに怒りを覚えたからだ。
ハンナにしてもそれは同じで、視線は手元の本に向けたまま素知らぬ顔をしているものの、頭の中では騒音の主である女生徒に呪詛の言葉を吐きかけていた。
この騒がしい女生徒が図書館に来るようになって、もう三ヵ月になる。
知りたくもないのに勝手に耳に入ってくる二人の会話から察するに、どうやら女生徒は今年の新入生らしい。名をリリシアという侯爵家のご令嬢で、カレヴィの婚約者でもあるという。
婚約者のことが大好きなリリシアは、いつでもなによりもカレヴィに自分のことを最優先に考えて欲しいという、そんな恋する乙女らしい思考の持ち主であるようだ。
まあ、それはいい。
婚約者のことを心から愛し、相手にも同様に自分を愛して欲しいと望む気持ちは、ハンナにも分からなくはない。
でも甘えたり騒いだりするのなら、図書室以外の場所でやってもらいたい。別の場所でなら、いくらでもベタベタイチャイチャしてくれてかまわないのだから。
だから頼むから、お願いだから他所でやってくれよ!
図書室の常連生徒たちの思いは、その一点に尽きるのだった。
カレヴィは中性的な美しさを持つ、線の細い儚げな美青年である。
図書室で本を読む彼はいかにも文学青年といった繊細さがあり、さすがは侯爵令嬢に熱愛されるだけのことはある見目麗しい品ある貴族令息だ。
ハンナがカレヴィと同じクラスになって数ヵ月になるが、これまで彼のはしゃぐ声を聞いたことがない。友人たちとの会話もいつだって物静かであり、ゆったりと穏やかに言葉を紡いでいる。
そんな控えめで温和で大人しいカレヴィには、図書室でのリリシアの迷惑行為を厳しく注意することなど到底不可能に違いない。
それにカレヴィは伯爵令息であり、リリシアは侯爵令嬢な上に一人娘で嫡子だ。婿養子に入る予定のカルヴィがリリシアに物申すのはかなり難しいだろうことは、想像に難しくなかった。
それにカレヴィも最初の頃は「リリシア、図書館では静かにしなくてはいけないよ」と、小さな声で必死に注意していたことを知っている。完全に無視されていたが。
でも、できることなら、その後もあきらめずにリリシアに注意し続けて欲しかった。そうしたら、リリシアもいつかは自分の悪行に気付いてくれるかもしれないから……いや、無理かもしれないが。
ともかく。
リリシアが図書室に現れるようになり、カレヴィの側で騒ぎ始めてからすでに三ヵ月。静かな読書タイムを至福とするハンナには、これ以上黙っていることができなかった。
もう我慢の限界だったのである。
だからハンナはカレヴィに文句……というかお願いというか、とにかく平穏な図書室での時間を取り戻すべく、なにかひとこと言ってやることにしたのだった。
田舎領地の貧乏子爵令嬢であるハンナもその義務を果たすべく、十五才になる年に学園へと入学した。
それからあっと言う間に一年が経ち、ハンナは三ヵ月前に二年生に進級した。
ハンナは幼い頃からの読書好きである。
それは学園生徒となった今も変わらず、いつも放課後は学園の図書室に足を向け、時間の許す限り読書を楽しむことにしている。
図書室にはハンナを含め、読書を趣味とする者がいつも集っている。常連生徒の多くは物静かで大人しく、学園でも目立たないタイプの生徒ばかりだ。
その常連の中に、今年からハンナと同じクラスになった男子生徒が一人いる。伯爵令息のカレヴィである。
昨年はクラスが違った上に二人は友人でもないため、これまで一度もプライベートで会話をしたことがない。しかし、図書室では毎日のように顔を合わせている顔見知りだった。
今年はクラスメイトだが家格に差があるし、性別も異なる二人が親しくなることは今後もないだろう。
けれど、ハンナの心の中ですでにカレヴィは「読書という同じ趣味を持つ同志」として認識している特別な生徒の内の一人だった。
ところがここ最近、これまでハンナがカレヴィに対して持っていた仲間意識という名の好意が、木っ端微塵に崩れ去ろうとしていた。その理由は、図書室愛好家の敵とも言える「騒音を出す人間」を、カレヴィが図書室に連れてくるようになったからだ。
「ねえねえ、カレヴィ様ぁ。こんな図書室なんて陰気でつまらない場所ぉ、いても全然楽しくなぁ~い! もうこんな面白くないところは早く出て、新しくできた人気のカフェに行きましょう~?」
静かな図書室内に、少女の甘ったるい男に媚びる不快な声が響き渡る。
それを耳にした読書大好き人間たちのこめかみに、ビキッと青筋が浮かんだ。その耳障りな声はもちろんのこと、図書室をバカにされたことに怒りを覚えたからだ。
ハンナにしてもそれは同じで、視線は手元の本に向けたまま素知らぬ顔をしているものの、頭の中では騒音の主である女生徒に呪詛の言葉を吐きかけていた。
この騒がしい女生徒が図書館に来るようになって、もう三ヵ月になる。
知りたくもないのに勝手に耳に入ってくる二人の会話から察するに、どうやら女生徒は今年の新入生らしい。名をリリシアという侯爵家のご令嬢で、カレヴィの婚約者でもあるという。
婚約者のことが大好きなリリシアは、いつでもなによりもカレヴィに自分のことを最優先に考えて欲しいという、そんな恋する乙女らしい思考の持ち主であるようだ。
まあ、それはいい。
婚約者のことを心から愛し、相手にも同様に自分を愛して欲しいと望む気持ちは、ハンナにも分からなくはない。
でも甘えたり騒いだりするのなら、図書室以外の場所でやってもらいたい。別の場所でなら、いくらでもベタベタイチャイチャしてくれてかまわないのだから。
だから頼むから、お願いだから他所でやってくれよ!
図書室の常連生徒たちの思いは、その一点に尽きるのだった。
カレヴィは中性的な美しさを持つ、線の細い儚げな美青年である。
図書室で本を読む彼はいかにも文学青年といった繊細さがあり、さすがは侯爵令嬢に熱愛されるだけのことはある見目麗しい品ある貴族令息だ。
ハンナがカレヴィと同じクラスになって数ヵ月になるが、これまで彼のはしゃぐ声を聞いたことがない。友人たちとの会話もいつだって物静かであり、ゆったりと穏やかに言葉を紡いでいる。
そんな控えめで温和で大人しいカレヴィには、図書室でのリリシアの迷惑行為を厳しく注意することなど到底不可能に違いない。
それにカレヴィは伯爵令息であり、リリシアは侯爵令嬢な上に一人娘で嫡子だ。婿養子に入る予定のカルヴィがリリシアに物申すのはかなり難しいだろうことは、想像に難しくなかった。
それにカレヴィも最初の頃は「リリシア、図書館では静かにしなくてはいけないよ」と、小さな声で必死に注意していたことを知っている。完全に無視されていたが。
でも、できることなら、その後もあきらめずにリリシアに注意し続けて欲しかった。そうしたら、リリシアもいつかは自分の悪行に気付いてくれるかもしれないから……いや、無理かもしれないが。
ともかく。
リリシアが図書室に現れるようになり、カレヴィの側で騒ぎ始めてからすでに三ヵ月。静かな読書タイムを至福とするハンナには、これ以上黙っていることができなかった。
もう我慢の限界だったのである。
だからハンナはカレヴィに文句……というかお願いというか、とにかく平穏な図書室での時間を取り戻すべく、なにかひとこと言ってやることにしたのだった。
12
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
ダンスパーティーで婚約者から断罪された挙句に婚約破棄された私に、奇跡が起きた。
ねお
恋愛
ブランス侯爵家で開催されたダンスパーティー。
そこで、クリスティーナ・ヤーロイ伯爵令嬢は、婚約者であるグスタフ・ブランス侯爵令息によって、貴族子女の出揃っている前で、身に覚えのない罪を、公開で断罪されてしまう。
「そんなこと、私はしておりません!」
そう口にしようとするも、まったく相手にされないどころか、悪の化身のごとく非難を浴びて、婚約破棄まで言い渡されてしまう。
そして、グスタフの横には小さく可憐な令嬢が歩いてきて・・・。グスタフは、その令嬢との結婚を高らかに宣言する。
そんな、クリスティーナにとって絶望しかない状況の中、一人の貴公子が、その舞台に歩み出てくるのであった。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。
朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。
そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。
だけど、他の生徒は知らないのだ。
スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。
真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?
樋口紗夕
恋愛
「すまない、エリザベス。どうか俺との婚約を解消して欲しい」
エリザベスは婚約者であるギルベルトから別れを切り出された。
他に好きな女ができた、と彼は言う。
でも、それって本当ですか?
エリザベス一筋なはずのギルベルトが愛した女性とは、いったい何者なのか?
【完結】こんな所で言う事!?まぁいいですけどね。私はあなたに気持ちはありませんもの。
まりぃべる
恋愛
私はアイリーン=トゥブァルクと申します。お父様は辺境伯爵を賜っておりますわ。
私には、14歳の時に決められた、婚約者がおりますの。
お相手は、ガブリエル=ドミニク伯爵令息。彼も同じ歳ですわ。
けれど、彼に言われましたの。
「泥臭いお前とはこれ以上一緒に居たくない。婚約破棄だ!俺は、伯爵令息だぞ!ソニア男爵令嬢と結婚する!」
そうですか。男に二言はありませんね?
読んでいただけたら嬉しいです。
婚約者に好きな人がいると言われました
みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり――――――
🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる