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最終話
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フローラと魅了魔法に関する一連の説明をちょうど聞き終わった頃、ベルティーアとイルミナートが待つ待合室に、ピンクブロンドの髪の少女が護衛付きで現れた。
その少女を見て、ああ、彼女だわ、とベルティーアは思った。ゲームのオープニング画面でいつも見ていたあの可愛らしい少女。忘れもしない、それは紛れもなく乙女ゲームのヒロイン、フローラだった。
双方と面識があるイルミナートが間に入り、ベルティーアとフローラは挨拶を交わした。その後、少しだけ三人で雑談することになった。
実際に話をしてみて分かったことは、フローラがとても素直で優しく思いやりに溢れた素敵な少女だということだ。少し天然なところもあって、そこがまた可愛らしい。
まさに記憶にあるゲームのフローラそのものだった。
「せっかくの光属性持ちでしたのに、能力を発揮する機会を奪われる結果になったこと、とても残念でしたわね」
「んー、まあでも、あたしは少し前まで平民だったし、その時は光属性持ちだってことも知らなかったから、正直言ってどうでもいいかな。それよりも、魅了なんて怖い魔法を変な使い方してなくて、本当に良かったって思います」
心からのお悔やみのつもりでベルティーアは言ったのだが、フローラはあっけらかんとしたものだった。そして、ベルティーアにぺこりと頭を下げる。
「王太子殿下から聞きました。ベルティーア様がいてくれたから、魅了のことに気付けたんだって。大変なことになる前に気付いて下さって、すごく感謝しています」
「そんな、頭を上げて下さいませ。あなたもある意味、被害者のようなものなのですから」
「でも、下手したら歴史に名を遺す大罪人になってたかもしれない。あたしがアカデミーに入ってたら、殿下にも魅了かけちゃってたかもしれないと思うと……」
あー怖い怖い、この平民出のあたしが未来の王妃様、なんてことになってたかもしれませんよ、とフローラは楽し気に笑った。場を明るくするために、わざとお道化た態度を取ってみせるフローラの気遣いに、ベルティーアは感心するばかりである。
ああ、やっぱりヒロインだなと思った。魅了などという魔法が使えなくても、人を惹きつける真の魅力をフローラは持っている。
「フローラさん。もしよろしければ、わたくしとお友達になって下さいませんこと? とはいっても、巫女たるあなたとは、手紙のやり取りが主になってしまうでしょうが」
ベルティーアが頼むと、フローラは顔を輝かせた。
「そんなの、こっちからお願いしたいくらいですよっ。ぜひお願いします!」
「時々は神殿にも寄らせてただきたいですわ。その時にはぜひ、おしゃべりに付き合って下さいませね。お土産も持ってきます。楽しみにしてて下さいませ!」
「はい! あたしも先輩巫女たちにいじめられた話とか、ため込んでおきますから」
「ふふっ、ええ、ぜひ!」
本当に魅力的な少女だった。彼女が魅了術者でさえなかったらと、重ね重ね残念に思う。
あまり長居しても巫女修行の邪魔になるからと、二人はまた来ることを約束して神殿を辞した。その後、イルミナートは御者に命じて、町中をしばらく行先のない状態で適当に走らせた。
馬車が動きだしてからしばらくすると、黙っていたイルミナートがベルティーアに尋ねてきた。
「ティアの中にあった懸念や憂いは、これですべて払拭されただろうか」
「はい、殿下」
晴れ晴れとした笑顔のベルティーアを、イルミナートが優し気に目を細めて見つめる。
「だったら良かった」
「彼女が魅了術者だったことには驚きました。そんな魔法があったから、彼女はゲームの中で、あれほど多くの令息方に無条件に愛されましたのね……」
どう考えてもおかしな話だった。
いくら相手が魅力的だからといって、王族や高位貴族の子弟たちが婚約者を蔑ろにして自由恋愛に溺れるなど、そうそう起こることではない。
単なるゲームプレイヤーの時には深く考えることもなかったが、この世界の貴族令嬢として生きてきたベルティーアには、その異常性がよく理解できた。
しかし、だからこそ思うのだ。
フローラ自身も言っていた。もしも彼女が魅了術者だと気付かずにアカデミーに編入してきていたら、イルミナートを含めた多くの貴族令息が彼女に魅了されただろう。そして、ゲーム通りの展開になったに違いない。
「殿下、ありがとうございます」
ベルティーアはイルミナートに頭を下げた。そして、心からの感謝の気持ちを伝える。
「わたくしの言葉を信じて下さって、フローラさんの魅了魔法に気付いて下さって、本当にありがとうございます」
イルミナートからの返事はない。不思議に思い、顔を上げたベルティーアが見たのは、いつになく真剣な表情をしたイルミナートだった。
「殿下……?」
「今まで君は、わたしには他に運命の相手がいると言い続けてきた」
「……はい」
「どれだけ好きだと伝えても、わたしの愛はティアに届かなかった。とても苦しかったし、悲しかった」
辛く苦しそうな顔のイルミナートに、ベルティーアの胸がズキンと痛む。
「も、申し訳ありませんでした。心からお詫び申し上げます」
「今はもう違うね? わたしの気持ちを信じてくれるよね? 君が好きだ。君を愛している。どうか、お願いだからティア、わたしの想いをこれ以上否定しないで」
懇願するように、祈るようにそう言ったイルミナートに、彼がこれまでどれほど傷ついていたかを知ったベルティーアは愕然とした。
「あ……殿下、わ、わたくし……」
「愛しているよ、ティア。わたしの運命の相手は誰?」
「わたくしです。わたくし以外におりませんわ。お慕いしております、イルミナート様。心からあなたを愛しています」
「…………っ」
なにかを堪えるように、イルミナートはグッと唇を噛んだ。馬車の中、向かいの席からベルティーアの隣へと移動すると、そのままベルティーアを強く強く抱きしめた。
「ああ、やっとだ。やっとわたしの想いが君に伝わった」
突然の抱擁に驚いたものの、少しも嫌ではなかった。それどころか、とても嬉しかった。ベルティーアは両腕をイルミナートの背にまわすと、そっと抱きしめ返した。
前世からの記憶のせいで、自分がイルミナートに嫁ぐことはないとベルティーアは思っていた。いつかくる別れが少しでも辛くならないように、予防線としてイルミナートに素っ気ない態度を取ることが多かった。好きと言われても、軽く返すことが多かった。
そのことが彼をいかに傷つけるか、深く考えることもせずに。
けれどもそうやって傷ついてさえ、イルミナートはずっと好きでいてくれた。諦めずに愛し続けてくれたイルミナートへの感謝の気持ちと愛が、ベルティーアの心から溢れ出す。
「ごめんなさい、ずっと傷付けてごめんなさい」
「いいよ、もういいんだ」
「愛してます、心から愛しておりますわ、イルミナート様。全身全霊を持って、生涯あなただけを愛し続けることを誓います」
これまで傷つけてきた分、何倍もの愛をイルミナートに返そう。心からの愛で彼を満たし続けよう。ベルティーアは自分の心に誓った。
物心ついた頃から、前世の記憶があった。八才の時、ここが乙女ゲームの世界だと気付いた。自分がこの世界の異分子であるかのように感じていた。
どれだけ好きになっても、どれほど好きだと言われようと、イルミナートはいずれヒロインを好きになる。そのことが辛くて寂しかった。少しでも前向きに生きるために、冒険者になるという目標をたてた。
けれども、いつも心の奥に疑問があった。どうして自分は前世の記憶を持って生まれてきたのだろう。こんなことなら、記憶などない方がよほど気楽でいられたのに。
そんな長年の疑問が今解けた気がした。
「わたくし、今やっと分かりましたわ。あなたに会うために、わたくしはこの世界に生まれてきたんです。この世界に起きる筈だった歪みを正し、あなたを愛し愛されるために、わたくしは転生したのですわ」
「本当に? 冒険者になるためではなくて?」
少し揶揄うようなその口調に、ベルティーアは顔を上げてイルミナートを仰ぎ見た。そこには泣き笑いのような、けれどもとても幸せそうに微笑むイルミナートが見える。
愛する人が幸せそうに微笑む様を見ると自分も幸せになれる。そのことを、ベルティーアは今初めて知った。
「冒険者はもういいのです。だって、もっとやりたいこと見つけたんですもの。イルミナート様、あなたを心から愛し、生涯お傍でお支えさせていただくことですわ」
「ベルティーア……」
二人は揺れる馬車の中、しばらく黙って抱きしめ合い、互いの体温の心地良さを感じ続けたのだった。
結局、乙女ゲームは始まることなく、ベルティーアとイルミナートはアカデミーを卒業した。二人は数年後に結婚して、やがて二男一女をもうけた。
前世の自分が夢に見たこともなかったほど、ベルティーアは幸せだった。
前世はとても平凡な人間だった。
誰かを愛し、結婚して家庭を持ち、子供を作って育てるよりも、自分の趣味のために生きることの方が大切だった。そういう価値観を持っていた。
それはそれで悪くない。
けれど、転生したこの世界で、別の幸せもあることを知った。
人を愛し、愛されること。ただそれだけで、人はこんなにも簡単に幸せになれるのだとベルティーアは知ったのだった。
もしかすると、このことを知るためにこそ、自分は転生したのかもしれない。
ベルティーアは愛する夫と子供たちを優しく見つめながら、そんなことを思ったのだった。
End
その少女を見て、ああ、彼女だわ、とベルティーアは思った。ゲームのオープニング画面でいつも見ていたあの可愛らしい少女。忘れもしない、それは紛れもなく乙女ゲームのヒロイン、フローラだった。
双方と面識があるイルミナートが間に入り、ベルティーアとフローラは挨拶を交わした。その後、少しだけ三人で雑談することになった。
実際に話をしてみて分かったことは、フローラがとても素直で優しく思いやりに溢れた素敵な少女だということだ。少し天然なところもあって、そこがまた可愛らしい。
まさに記憶にあるゲームのフローラそのものだった。
「せっかくの光属性持ちでしたのに、能力を発揮する機会を奪われる結果になったこと、とても残念でしたわね」
「んー、まあでも、あたしは少し前まで平民だったし、その時は光属性持ちだってことも知らなかったから、正直言ってどうでもいいかな。それよりも、魅了なんて怖い魔法を変な使い方してなくて、本当に良かったって思います」
心からのお悔やみのつもりでベルティーアは言ったのだが、フローラはあっけらかんとしたものだった。そして、ベルティーアにぺこりと頭を下げる。
「王太子殿下から聞きました。ベルティーア様がいてくれたから、魅了のことに気付けたんだって。大変なことになる前に気付いて下さって、すごく感謝しています」
「そんな、頭を上げて下さいませ。あなたもある意味、被害者のようなものなのですから」
「でも、下手したら歴史に名を遺す大罪人になってたかもしれない。あたしがアカデミーに入ってたら、殿下にも魅了かけちゃってたかもしれないと思うと……」
あー怖い怖い、この平民出のあたしが未来の王妃様、なんてことになってたかもしれませんよ、とフローラは楽し気に笑った。場を明るくするために、わざとお道化た態度を取ってみせるフローラの気遣いに、ベルティーアは感心するばかりである。
ああ、やっぱりヒロインだなと思った。魅了などという魔法が使えなくても、人を惹きつける真の魅力をフローラは持っている。
「フローラさん。もしよろしければ、わたくしとお友達になって下さいませんこと? とはいっても、巫女たるあなたとは、手紙のやり取りが主になってしまうでしょうが」
ベルティーアが頼むと、フローラは顔を輝かせた。
「そんなの、こっちからお願いしたいくらいですよっ。ぜひお願いします!」
「時々は神殿にも寄らせてただきたいですわ。その時にはぜひ、おしゃべりに付き合って下さいませね。お土産も持ってきます。楽しみにしてて下さいませ!」
「はい! あたしも先輩巫女たちにいじめられた話とか、ため込んでおきますから」
「ふふっ、ええ、ぜひ!」
本当に魅力的な少女だった。彼女が魅了術者でさえなかったらと、重ね重ね残念に思う。
あまり長居しても巫女修行の邪魔になるからと、二人はまた来ることを約束して神殿を辞した。その後、イルミナートは御者に命じて、町中をしばらく行先のない状態で適当に走らせた。
馬車が動きだしてからしばらくすると、黙っていたイルミナートがベルティーアに尋ねてきた。
「ティアの中にあった懸念や憂いは、これですべて払拭されただろうか」
「はい、殿下」
晴れ晴れとした笑顔のベルティーアを、イルミナートが優し気に目を細めて見つめる。
「だったら良かった」
「彼女が魅了術者だったことには驚きました。そんな魔法があったから、彼女はゲームの中で、あれほど多くの令息方に無条件に愛されましたのね……」
どう考えてもおかしな話だった。
いくら相手が魅力的だからといって、王族や高位貴族の子弟たちが婚約者を蔑ろにして自由恋愛に溺れるなど、そうそう起こることではない。
単なるゲームプレイヤーの時には深く考えることもなかったが、この世界の貴族令嬢として生きてきたベルティーアには、その異常性がよく理解できた。
しかし、だからこそ思うのだ。
フローラ自身も言っていた。もしも彼女が魅了術者だと気付かずにアカデミーに編入してきていたら、イルミナートを含めた多くの貴族令息が彼女に魅了されただろう。そして、ゲーム通りの展開になったに違いない。
「殿下、ありがとうございます」
ベルティーアはイルミナートに頭を下げた。そして、心からの感謝の気持ちを伝える。
「わたくしの言葉を信じて下さって、フローラさんの魅了魔法に気付いて下さって、本当にありがとうございます」
イルミナートからの返事はない。不思議に思い、顔を上げたベルティーアが見たのは、いつになく真剣な表情をしたイルミナートだった。
「殿下……?」
「今まで君は、わたしには他に運命の相手がいると言い続けてきた」
「……はい」
「どれだけ好きだと伝えても、わたしの愛はティアに届かなかった。とても苦しかったし、悲しかった」
辛く苦しそうな顔のイルミナートに、ベルティーアの胸がズキンと痛む。
「も、申し訳ありませんでした。心からお詫び申し上げます」
「今はもう違うね? わたしの気持ちを信じてくれるよね? 君が好きだ。君を愛している。どうか、お願いだからティア、わたしの想いをこれ以上否定しないで」
懇願するように、祈るようにそう言ったイルミナートに、彼がこれまでどれほど傷ついていたかを知ったベルティーアは愕然とした。
「あ……殿下、わ、わたくし……」
「愛しているよ、ティア。わたしの運命の相手は誰?」
「わたくしです。わたくし以外におりませんわ。お慕いしております、イルミナート様。心からあなたを愛しています」
「…………っ」
なにかを堪えるように、イルミナートはグッと唇を噛んだ。馬車の中、向かいの席からベルティーアの隣へと移動すると、そのままベルティーアを強く強く抱きしめた。
「ああ、やっとだ。やっとわたしの想いが君に伝わった」
突然の抱擁に驚いたものの、少しも嫌ではなかった。それどころか、とても嬉しかった。ベルティーアは両腕をイルミナートの背にまわすと、そっと抱きしめ返した。
前世からの記憶のせいで、自分がイルミナートに嫁ぐことはないとベルティーアは思っていた。いつかくる別れが少しでも辛くならないように、予防線としてイルミナートに素っ気ない態度を取ることが多かった。好きと言われても、軽く返すことが多かった。
そのことが彼をいかに傷つけるか、深く考えることもせずに。
けれどもそうやって傷ついてさえ、イルミナートはずっと好きでいてくれた。諦めずに愛し続けてくれたイルミナートへの感謝の気持ちと愛が、ベルティーアの心から溢れ出す。
「ごめんなさい、ずっと傷付けてごめんなさい」
「いいよ、もういいんだ」
「愛してます、心から愛しておりますわ、イルミナート様。全身全霊を持って、生涯あなただけを愛し続けることを誓います」
これまで傷つけてきた分、何倍もの愛をイルミナートに返そう。心からの愛で彼を満たし続けよう。ベルティーアは自分の心に誓った。
物心ついた頃から、前世の記憶があった。八才の時、ここが乙女ゲームの世界だと気付いた。自分がこの世界の異分子であるかのように感じていた。
どれだけ好きになっても、どれほど好きだと言われようと、イルミナートはいずれヒロインを好きになる。そのことが辛くて寂しかった。少しでも前向きに生きるために、冒険者になるという目標をたてた。
けれども、いつも心の奥に疑問があった。どうして自分は前世の記憶を持って生まれてきたのだろう。こんなことなら、記憶などない方がよほど気楽でいられたのに。
そんな長年の疑問が今解けた気がした。
「わたくし、今やっと分かりましたわ。あなたに会うために、わたくしはこの世界に生まれてきたんです。この世界に起きる筈だった歪みを正し、あなたを愛し愛されるために、わたくしは転生したのですわ」
「本当に? 冒険者になるためではなくて?」
少し揶揄うようなその口調に、ベルティーアは顔を上げてイルミナートを仰ぎ見た。そこには泣き笑いのような、けれどもとても幸せそうに微笑むイルミナートが見える。
愛する人が幸せそうに微笑む様を見ると自分も幸せになれる。そのことを、ベルティーアは今初めて知った。
「冒険者はもういいのです。だって、もっとやりたいこと見つけたんですもの。イルミナート様、あなたを心から愛し、生涯お傍でお支えさせていただくことですわ」
「ベルティーア……」
二人は揺れる馬車の中、しばらく黙って抱きしめ合い、互いの体温の心地良さを感じ続けたのだった。
結局、乙女ゲームは始まることなく、ベルティーアとイルミナートはアカデミーを卒業した。二人は数年後に結婚して、やがて二男一女をもうけた。
前世の自分が夢に見たこともなかったほど、ベルティーアは幸せだった。
前世はとても平凡な人間だった。
誰かを愛し、結婚して家庭を持ち、子供を作って育てるよりも、自分の趣味のために生きることの方が大切だった。そういう価値観を持っていた。
それはそれで悪くない。
けれど、転生したこの世界で、別の幸せもあることを知った。
人を愛し、愛されること。ただそれだけで、人はこんなにも簡単に幸せになれるのだとベルティーアは知ったのだった。
もしかすると、このことを知るためにこそ、自分は転生したのかもしれない。
ベルティーアは愛する夫と子供たちを優しく見つめながら、そんなことを思ったのだった。
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