今度は絶対死なないように

溯蓮

文字の大きさ
上 下
15 / 70

14話

しおりを挟む
 教室に入った瞬間に目に飛び込んできた光景に、アリアはいよいよ、今すぐ帰りたいという気持ちを吐き出しそうになった。しかし、それをすんでのところで止めて、目の前の無慈悲な光景が嘘であることを願いながら目を向けた。しかし、何度見ても目の前の光景は変わらなかった。

「自分が一体何をしたのか、理解しているのか。」

 その言葉をそっくりそのまま返したい。アリアはそう思ったし、その場にヴィノスがいたら、どの口がと言っていただろう。アリアの目の前には、宝物を守る子供のように、リリーの肩を抱いたヴィルヘルムと、ずいぶんと顔を真っ青にしたリリー、そして、それ以上に顔色をなくした数人の令嬢が立っていた。双方の間には、水浸しになったノートが破られた状態で散らばっており、ノートとしては機能しなさそうだ。

「人の努力をこうして踏みにじり、挙句の果てに笑いものにする。自分が一体どれだけ愚かなことをしたかわかっているのか!」

「ち、違います、王太子殿下…」
「何が違う、言ってみろ!」

 声を荒げるほどのヴィルヘルムの怒りに、思わずアリアの身が強張る。身の底から湧き上がってくる、自分が死んでいるのではないのかと思わせるほどの恐怖と断罪時のフラッシュバック。明らかに自分は関係のない事象なのに、まるで自分すらも、あの怒りの瞳ににらまれる彼女たちの一人のように錯覚した。しかしその時、ヴィルヘルムの腕の中にかばわれたリリーと目が合った。その瞬間、アリアの混乱した脳内は一気にクリアとなった。漠然と、それでも確信的に、ここが自分の命の分岐点なのではないのか、と思ったのだ。

「で、殿下…一体これは何事でしょうか。神聖な学び舎で、朝から何やら芳しくない空気ですわね。」

「……アリアか。」

「く、クラレンス様!!」

 まるで助けが来た、というような視線を向けてくる令嬢たちに、アリアは内心、冗談じゃないと叫びたかった。今アリアがこの逃げ出したくなるような空気の中声をかけたのは、リリーと目が合ったからだ。リリーの目が、アリアのことを敵なのか味方なのかを見極めるかのようにみてきたからだ。ここで選択を間違えれば、きっとこの先彼女が王太子妃になったとき、私はそのままこの命を奪われることになるだろう。

「そ、それが…殿下が、何か勘違いをなさっておりまして…」

「これは事故なんです!!」

 彼女たちは必死にアリアに訴える。しかし、アリアにとってそれが事実かどうかなんて、正直どっちでもよかった。ただ、どうしてもリリーに敵として認識だけはされたくなかった。だからこそ、令嬢たちに冷めた視線を向けた後、アリアはゆっくりとリリーに視線を向ける。それから隠すようにヴィルヘルムはリリーを庇うが、それすら無視して、アリアは前にこの世の何よりも憎んだ少女に話しかけた。

「リリー様、事実を教えてくださいませ。」

「……朝、早めに来て予習をしていたら、彼女たちが来てノートを取り上げ、落とした挙句に水に濡らし、踏みつけにしました。」

「クラレンス様!まさか、庶民の言葉を真に受けるおつもりですか!?」

 アリアの行動に納得のいかない令嬢が、今度は正気を疑う勢いで令嬢たちが詰め寄る。しかし、それを冷たい視線で一蹴する。すると、それに怯んだ令嬢たちがまるで肉食動物を前にした草食動物のように黙り込んだことをいいことに、アリアは床に打ち捨てられたノートに視線を向けた。そのノートには、しっかりとリリーの名前が書いてあった。

「勘違いであろうとなかろうと、このノートの持ち主は間違いなくリリー様で、ノートの状態がこうなった時点でリリー様は被害者ですわ。本人の過失である場合を除けば、あなた方がするべきなのはいいわけではなく謝罪ではなくて?」

「なっ!?」

「それができなくとも、自分たちの過失で何か相手に損害を出してしまったのであれば、それ相応の対応が必要だわ。それぐらいの対応、貴族であるならば習っていると思っていたけれど、公爵家と他とでは、教育がそこまで違うのかしら?」

 頬に手を添え、首を傾げれば、一気に令嬢たちの表情が青ざめていく。リリーの顔色を窺えば、先ほどまでの青さはなくなり、どちらかというと戸惑いが勝っているようだった。ゆっくりとまた、リリーと目が合う。その瞳には、まだ疑うような視線ではあれど、先ほどの視線ほど警戒心はなかった。

「そろそろ授業が始まりますわ。お話合いも冷静でなければ成り立たないもの。皆様席についてはどうかしら。」

 アリアは安心して、全員にそう促した。しかし、それに合わせて自分も席に着けば、自分の目の前をヴィルヘルムが通る。その視線は、まるで余計なことをしやがって、と言っているような気がした。その視線は断罪時というよりは、それよりも前、まだ必死にアリアがヴィルヘルムに付きまとっていた時の視線に似ていた。アリアはなぜ助けたのにそんな視線を向けられなければならないのかと、そのまま視線を返す。

「助けたつもりか。」

「…え?」

「お前の助けなど不要だった。いまさらそのようなことをされたって、私がお前に対する考えを変えることはない。」

 それだけ言ってヴィルヘルムは自分の席に着いた。アリアは理解ができないとばかりに目をむく。確かに助けたと思っていた。けれど、それが調子に乗った考えだとしても、どうしてそこまで言われなければならないのか、アリアには理解ができなかった。これがまだヴィルヘルムに想いを向けていた時のアリアならば悲しんだり、憎んだりしたであろう。しかし、気持ちが冷めた今の彼女からしてみれば、随分と不躾で、そしてあきれた行動のように思えた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。

百谷シカ
恋愛
「君には『華』というものがない。そんな妻は必要ない」 いるんだかいないんだかわからない、存在感のない私。 ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイスは婚約を破棄された。 「無難な妻を選んだつもりが、こうも無能な娘を生むとは」 父も私を見放し、母は意気消沈。 唯一の望みは、年末に控えた王家主催の舞踏会。 第1王子フランシス殿下と第2王子ピーター殿下の花嫁選びが行われる。 高望みはしない。 でも多くの貴族が集う舞踏会にはチャンスがある……はず。 「これで結果を出せなければお前を修道院に入れて離婚する」 父は無慈悲で母は絶望。 そんな私の推薦人となったのは、ゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。 「ローズマリー、君は可愛い。君は君であれば完璧なんだ」 メルー侯爵令息でもありピーター殿下の親友でもあるゼント伯爵。 彼は私に勇気をくれた。希望をくれた。 初めて私自身を見て、褒めてくれる人だった。 3ヶ月の準備期間を経て迎える王家主催の舞踏会。 華がないという理由で婚約破棄された私は、私のままだった。 でも最有力候補と噂されたレーテルカルノ伯爵令嬢と共に注目の的。 そして親友が推薦した花嫁候補にピーター殿下はとても好意的だった。 でも、私の心は…… =================== (他「エブリスタ」様に投稿)

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

八年目の婚約破棄から始まる真実の愛

hana
恋愛
伯爵令嬢コハクが九歳の時、第一王子であるアレンとの婚約が決まった。しかしそれから八年後、パーティー会場で王子は婚約破棄を告げる。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

処理中です...