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14話
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教室に入った瞬間に目に飛び込んできた光景に、アリアはいよいよ、今すぐ帰りたいという気持ちを吐き出しそうになった。しかし、それをすんでのところで止めて、目の前の無慈悲な光景が嘘であることを願いながら目を向けた。しかし、何度見ても目の前の光景は変わらなかった。
「自分が一体何をしたのか、理解しているのか。」
その言葉をそっくりそのまま返したい。アリアはそう思ったし、その場にヴィノスがいたら、どの口がと言っていただろう。アリアの目の前には、宝物を守る子供のように、リリーの肩を抱いたヴィルヘルムと、ずいぶんと顔を真っ青にしたリリー、そして、それ以上に顔色をなくした数人の令嬢が立っていた。双方の間には、水浸しになったノートが破られた状態で散らばっており、ノートとしては機能しなさそうだ。
「人の努力をこうして踏みにじり、挙句の果てに笑いものにする。自分が一体どれだけ愚かなことをしたかわかっているのか!」
「ち、違います、王太子殿下…」
「何が違う、言ってみろ!」
声を荒げるほどのヴィルヘルムの怒りに、思わずアリアの身が強張る。身の底から湧き上がってくる、自分が死んでいるのではないのかと思わせるほどの恐怖と断罪時のフラッシュバック。明らかに自分は関係のない事象なのに、まるで自分すらも、あの怒りの瞳ににらまれる彼女たちの一人のように錯覚した。しかしその時、ヴィルヘルムの腕の中にかばわれたリリーと目が合った。その瞬間、アリアの混乱した脳内は一気にクリアとなった。漠然と、それでも確信的に、ここが自分の命の分岐点なのではないのか、と思ったのだ。
「で、殿下…一体これは何事でしょうか。神聖な学び舎で、朝から何やら芳しくない空気ですわね。」
「……アリアか。」
「く、クラレンス様!!」
まるで助けが来た、というような視線を向けてくる令嬢たちに、アリアは内心、冗談じゃないと叫びたかった。今アリアがこの逃げ出したくなるような空気の中声をかけたのは、リリーと目が合ったからだ。リリーの目が、アリアのことを敵なのか味方なのかを見極めるかのようにみてきたからだ。ここで選択を間違えれば、きっとこの先彼女が王太子妃になったとき、私はそのままこの命を奪われることになるだろう。
「そ、それが…殿下が、何か勘違いをなさっておりまして…」
「これは事故なんです!!」
彼女たちは必死にアリアに訴える。しかし、アリアにとってそれが事実かどうかなんて、正直どっちでもよかった。ただ、どうしてもリリーに敵として認識だけはされたくなかった。だからこそ、令嬢たちに冷めた視線を向けた後、アリアはゆっくりとリリーに視線を向ける。それから隠すようにヴィルヘルムはリリーを庇うが、それすら無視して、アリアは前にこの世の何よりも憎んだ少女に話しかけた。
「リリー様、事実を教えてくださいませ。」
「……朝、早めに来て予習をしていたら、彼女たちが来てノートを取り上げ、落とした挙句に水に濡らし、踏みつけにしました。」
「クラレンス様!まさか、庶民の言葉を真に受けるおつもりですか!?」
アリアの行動に納得のいかない令嬢が、今度は正気を疑う勢いで令嬢たちが詰め寄る。しかし、それを冷たい視線で一蹴する。すると、それに怯んだ令嬢たちがまるで肉食動物を前にした草食動物のように黙り込んだことをいいことに、アリアは床に打ち捨てられたノートに視線を向けた。そのノートには、しっかりとリリーの名前が書いてあった。
「勘違いであろうとなかろうと、このノートの持ち主は間違いなくリリー様で、ノートの状態がこうなった時点でリリー様は被害者ですわ。本人の過失である場合を除けば、あなた方がするべきなのはいいわけではなく謝罪ではなくて?」
「なっ!?」
「それができなくとも、自分たちの過失で何か相手に損害を出してしまったのであれば、それ相応の対応が必要だわ。それぐらいの対応、貴族であるならば習っていると思っていたけれど、公爵家と他とでは、教育がそこまで違うのかしら?」
頬に手を添え、首を傾げれば、一気に令嬢たちの表情が青ざめていく。リリーの顔色を窺えば、先ほどまでの青さはなくなり、どちらかというと戸惑いが勝っているようだった。ゆっくりとまた、リリーと目が合う。その瞳には、まだ疑うような視線ではあれど、先ほどの視線ほど警戒心はなかった。
「そろそろ授業が始まりますわ。お話合いも冷静でなければ成り立たないもの。皆様席についてはどうかしら。」
アリアは安心して、全員にそう促した。しかし、それに合わせて自分も席に着けば、自分の目の前をヴィルヘルムが通る。その視線は、まるで余計なことをしやがって、と言っているような気がした。その視線は断罪時というよりは、それよりも前、まだ必死にアリアがヴィルヘルムに付きまとっていた時の視線に似ていた。アリアはなぜ助けたのにそんな視線を向けられなければならないのかと、そのまま視線を返す。
「助けたつもりか。」
「…え?」
「お前の助けなど不要だった。いまさらそのようなことをされたって、私がお前に対する考えを変えることはない。」
それだけ言ってヴィルヘルムは自分の席に着いた。アリアは理解ができないとばかりに目をむく。確かに助けたと思っていた。けれど、それが調子に乗った考えだとしても、どうしてそこまで言われなければならないのか、アリアには理解ができなかった。これがまだヴィルヘルムに想いを向けていた時のアリアならば悲しんだり、憎んだりしたであろう。しかし、気持ちが冷めた今の彼女からしてみれば、随分と不躾で、そしてあきれた行動のように思えた。
「自分が一体何をしたのか、理解しているのか。」
その言葉をそっくりそのまま返したい。アリアはそう思ったし、その場にヴィノスがいたら、どの口がと言っていただろう。アリアの目の前には、宝物を守る子供のように、リリーの肩を抱いたヴィルヘルムと、ずいぶんと顔を真っ青にしたリリー、そして、それ以上に顔色をなくした数人の令嬢が立っていた。双方の間には、水浸しになったノートが破られた状態で散らばっており、ノートとしては機能しなさそうだ。
「人の努力をこうして踏みにじり、挙句の果てに笑いものにする。自分が一体どれだけ愚かなことをしたかわかっているのか!」
「ち、違います、王太子殿下…」
「何が違う、言ってみろ!」
声を荒げるほどのヴィルヘルムの怒りに、思わずアリアの身が強張る。身の底から湧き上がってくる、自分が死んでいるのではないのかと思わせるほどの恐怖と断罪時のフラッシュバック。明らかに自分は関係のない事象なのに、まるで自分すらも、あの怒りの瞳ににらまれる彼女たちの一人のように錯覚した。しかしその時、ヴィルヘルムの腕の中にかばわれたリリーと目が合った。その瞬間、アリアの混乱した脳内は一気にクリアとなった。漠然と、それでも確信的に、ここが自分の命の分岐点なのではないのか、と思ったのだ。
「で、殿下…一体これは何事でしょうか。神聖な学び舎で、朝から何やら芳しくない空気ですわね。」
「……アリアか。」
「く、クラレンス様!!」
まるで助けが来た、というような視線を向けてくる令嬢たちに、アリアは内心、冗談じゃないと叫びたかった。今アリアがこの逃げ出したくなるような空気の中声をかけたのは、リリーと目が合ったからだ。リリーの目が、アリアのことを敵なのか味方なのかを見極めるかのようにみてきたからだ。ここで選択を間違えれば、きっとこの先彼女が王太子妃になったとき、私はそのままこの命を奪われることになるだろう。
「そ、それが…殿下が、何か勘違いをなさっておりまして…」
「これは事故なんです!!」
彼女たちは必死にアリアに訴える。しかし、アリアにとってそれが事実かどうかなんて、正直どっちでもよかった。ただ、どうしてもリリーに敵として認識だけはされたくなかった。だからこそ、令嬢たちに冷めた視線を向けた後、アリアはゆっくりとリリーに視線を向ける。それから隠すようにヴィルヘルムはリリーを庇うが、それすら無視して、アリアは前にこの世の何よりも憎んだ少女に話しかけた。
「リリー様、事実を教えてくださいませ。」
「……朝、早めに来て予習をしていたら、彼女たちが来てノートを取り上げ、落とした挙句に水に濡らし、踏みつけにしました。」
「クラレンス様!まさか、庶民の言葉を真に受けるおつもりですか!?」
アリアの行動に納得のいかない令嬢が、今度は正気を疑う勢いで令嬢たちが詰め寄る。しかし、それを冷たい視線で一蹴する。すると、それに怯んだ令嬢たちがまるで肉食動物を前にした草食動物のように黙り込んだことをいいことに、アリアは床に打ち捨てられたノートに視線を向けた。そのノートには、しっかりとリリーの名前が書いてあった。
「勘違いであろうとなかろうと、このノートの持ち主は間違いなくリリー様で、ノートの状態がこうなった時点でリリー様は被害者ですわ。本人の過失である場合を除けば、あなた方がするべきなのはいいわけではなく謝罪ではなくて?」
「なっ!?」
「それができなくとも、自分たちの過失で何か相手に損害を出してしまったのであれば、それ相応の対応が必要だわ。それぐらいの対応、貴族であるならば習っていると思っていたけれど、公爵家と他とでは、教育がそこまで違うのかしら?」
頬に手を添え、首を傾げれば、一気に令嬢たちの表情が青ざめていく。リリーの顔色を窺えば、先ほどまでの青さはなくなり、どちらかというと戸惑いが勝っているようだった。ゆっくりとまた、リリーと目が合う。その瞳には、まだ疑うような視線ではあれど、先ほどの視線ほど警戒心はなかった。
「そろそろ授業が始まりますわ。お話合いも冷静でなければ成り立たないもの。皆様席についてはどうかしら。」
アリアは安心して、全員にそう促した。しかし、それに合わせて自分も席に着けば、自分の目の前をヴィルヘルムが通る。その視線は、まるで余計なことをしやがって、と言っているような気がした。その視線は断罪時というよりは、それよりも前、まだ必死にアリアがヴィルヘルムに付きまとっていた時の視線に似ていた。アリアはなぜ助けたのにそんな視線を向けられなければならないのかと、そのまま視線を返す。
「助けたつもりか。」
「…え?」
「お前の助けなど不要だった。いまさらそのようなことをされたって、私がお前に対する考えを変えることはない。」
それだけ言ってヴィルヘルムは自分の席に着いた。アリアは理解ができないとばかりに目をむく。確かに助けたと思っていた。けれど、それが調子に乗った考えだとしても、どうしてそこまで言われなければならないのか、アリアには理解ができなかった。これがまだヴィルヘルムに想いを向けていた時のアリアならば悲しんだり、憎んだりしたであろう。しかし、気持ちが冷めた今の彼女からしてみれば、随分と不躾で、そしてあきれた行動のように思えた。
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