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アイドルだった頃

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「今日もいない、か……」


練習室の扉を開けて目にした空っぽの空間に俺の呟きと溜息が吸い込まれていく。
俺は荷物を置き、室内の機器の電源を入れた。
スマホとオーディオを連携させ、ジャージの上着を脱いで準備運動を入念に始めにかかる。


いつも通り1人の練習。
1人で使うには広すぎる部屋のど真ん中で、床に座って足を伸ばしながら何度目かわからない溜息を吐く。ちらりと自分の姿を鏡で見ると浮かない顔をした男がストレッチをしていた。
何て酷い顔だろう。控えめに言っても疲労が濃く滲んでいた。

いかんいかん。
そう気を取り直して柔軟を終わらせる。油断が怪我に繋がってしまうから余計な事を考えてはいけない。
俺は立ち上がって流している音楽に合わせ、部屋をグランドのトラックに見立てて軽く走った。


斎川莉音。26歳。
結成9年目のアイドルグループ『Resonance☆Sevenレゾナンスセブン』のメンバー。名前はリオンで活動している。
10歳の時に親が勝手に芸能事務所のオーディションへ書類を出したことから縁あって事務所の社長に気に入ってもらえて、現在アイドルをやっている。
尚、グループ名はレゾブンと略されている。


小さな子からお年寄りまでの全国民に知って頂けているようなトップアイドルほどの知名度ではないが、動画に使用された曲がバズったり、地道に活動してきた成果もあって10代~30代くらいを中心に9年目ということもあってそれなりに知ってもらえていると思う。
新曲を出す時には全国区の音楽番組にも呼んでもらえるし、上半期や年末年始の祭典にも毎回参加している。
デビュー時から事務所の猛プッシュのおかげもあるが、そもそも見込みがなければ推してもらえないので悪くない結果は残せているのだろう。
今じゃ事務所の代表的な看板グループとして名前も上がる位置だ。


汗を軽く拭きながら、スマホを操作していく。
流すのは今度リリースされる新曲だ。
激しい曲というのもあって結構難しい振りが入っており、きっちり揃えていかないとバラバラに見えてしまう。新曲発表まであと僅か。だから俺はメンバー全員で練習がしたかった。
それぞれ自分の振りや立ち位置は既に覚えて把握しているだろう。だけどまだ一度も全員で合わせられたことがない。下手したら本番当日に初めて全員で合わせることになる。そのことに焦っているのはどうやら俺だけみたいで、それが俺にとっては何とも歯痒かった。


立ち位置で待機して曲を流していく。曲に合わせて踊り出し、鏡を見ながら1つ1つの動作の確認をする。
俺の立ち位置はセンターの隣だ。だから歌番組などではカメラに映る確率が高い方なので、どうやったらよく見えるのか、表情から指先までいつも入念にチェックしている。
もちろんスマホで録画もしており、それを見て微妙なとこがあればそこをもう1度やり直し、良く見えるように修正する。
それを何度も何度も繰り返す。
履きなれた靴がキュッキュッと床を鳴らしていた。


「うわ、お前かよ……」


どれくらい時間が経ったのだろう。練習に集中して夢中になっているとドアが開いた。そして不愉快そうに低く吐き捨てられた。
扉の前には俺より1つ年下でグループのセンターである殿岡蒼真とのおかそうまが立っていた。
俺を視界に入れたぱっちり二重のタレ目が嫌そうに歪む。


「練習か?」
「お前が居るなら違う時にするわ」
「何でだよ。していけばいいだろ。一緒に練習しようぜ」
「お前と練習したくないから帰るって言ってんだよ」


見下されたように冷たい眼で睨まれる。嫌われ具合がありありとわかるその眼に俺は苦笑いするしかなかった。



「あ、じゃあ俺長いこと練習したし、帰るから好きに使えよ」
「いらねぇよ。もう気分じゃない」
「そっか……」

一旦水分補給をしようとバッグの元へ向かう。ゴクゴクと飲んでいると視線を感じた。振り向くとジッとこちらを嫌悪と侮蔑に満ちた眼差しで見つめる殿岡が居た。


「……何?」
「お前はヒマそうでいいよな」
「そんなこともないけど……」
「こっちはドラマやらレギュラー番組に忙しいっていうのにお前は練習に明け暮れて羨ましいよ」
「………」


その嫌味に俺は黙り込むしかなかった。他のメンバーはドラマやレギュラー番組の撮影などで忙しい身。対して俺はそれに比べればスケジュールに比較的に余裕があった。

殿岡は特に今回の新曲が主題歌になっているドラマの主役だった。ドラマの主役ともなれば今後番宣などでもっと忙しくなっていくだろう。


「ほんとお前の呑気そうな顔見てるとイライラする」
「……ごめん」
「なのに何なわけ?練習しよう?こっちはしたくてもできねぇの考えなくてもわかるだろ」
「それはわかってるけど、でも、だからって練習を疎かにする理由にはならないだろ」
「はあ?それぞれ振りは覚えてるんだから問題ないだろ」


この話はきっと平行線に終わる。
俺は別に喧嘩がしたいわけではなかった。だけど殿岡の言い分に納得することは絶対にできない。だからいつも平行線なのだ。
俺も殿岡もそれぞれ言い分はあって、お互いに間違ったことを言っているわけではない。みんながそれぞれの仕事で忙しくて時間が取りにくいのはわかってる。殿岡の言うことだって頭では理解しているつもりだ。だけどきっと、その言い分の全部が全部、絶対に正しいわけでもない。
俺たちは納得できる妥協点を見つけられないでいた。


何も進んで揉めたいわけじゃない。お互い分かり合えなくても啀み合う必要は無いと俺は常々思っている。
今はすれ違うけれど、いつかはみんなも俺の言い分もわかってくれるはず。
そう思いながら毎回めげずに自分の考えを主張するのだが、結局最後には届かない意見の主張を諦めて押し黙るのは俺の方だった。


「また黙るのか。黙るくらいならうぜーから言うな」


そう言って殿岡は練習室の扉を閉めた。


最近いつもこんなのばっかりだ。
みんなをイライラさせてしまう。
だけど俺はパフォーマンスに関してだけは譲れないから、例え意見が一人になろうと、何もせずに折れることだけはできなかった。それが余計にグループの中で軋轢を生むというのは理解していたけれど、それでも俺はそこに妥協をすることだけはできなかった。
ここ数年、主張した意見が通ったことなど皆無だとしても、だ。

だからだろう。俺はどんどんグループ内で浮いていく。



「お前また殿岡と揉めたんだって?」


最後に社長や社員さんに挨拶をしていこうと歩いてる途中、後ろから声を掛けられる。振り返ればグループの最年長でリーダーの伊佐山龍二が居た。
伊佐山は男らしい骨格の顎をクイッと上げる。
その動作は「話がある」という合図で、俺にとっては叱られる合図だった。


「……別に揉めてない」
「お前本当にいい加減にしろ。みんながお前に合わせることなんてできねぇんだよ」
「俺に合わせろなんて言ってない。ただ、みんなで合わせる時間を作ろうって、」
「それがお前のわがままだって何で気付かねぇの?みんな迷惑してんだよ」
「お、俺はそんなつもり、」
「俺たちはお前と違って頑張ってんだよ。頑張ってる奴が何で頑張ってもいないお前主体で動かないといけないわけ?」


責められる口調は慣れていたこともあって、まだ我慢できた。
だけど、最後の言葉には俺のことをどう思っているのか全員の本音が垣間見えた気がして、俺は頭が真っ白になった。


頑張ってもいない奴。
何気なく発せられたその言葉は言った側からしたらどうでもいいくらいに軽い認識でしかないのだろう。
だけど俺にとっては妙に重く、そして胸を深く抉るような言葉だった。


そうか。みんな俺のことそう思ってたんだな…… 。
俺は俯きながら唇を噛み締めて泣きそうになるのを必死に堪え、「ごめん」と言ってその場を去った。






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