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二章

49 どこかで会った人

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 部屋の中にランプの光がともなっている。
 カーヴェの町の宿の一室。
 マリエルと僕は一つのベッドを使っていた。
 彼女の口からはアルコールの匂いがし、おそらく僕もそうだろう。

「何か、幸せそうな顔じゃないんですけどー」
「僕ですか?」
「そうよ」
「幸せですよ」

 僕の言葉に満足したのか、髪をたくし上げたマリエルが微笑む。

「そのマリエル……」
「なーに?」
「全部終わったら、どこかで会えないかな」
「難しいと思うわよ、私達は基本地方周り。
 それに、私は一箇所にとどまる様な事はなしないし」

 今夜だけの関係。
 そう言っているのだ。

「それに、初恋は実らないってよく言うじゃない」
「僕が知っている話では、実るらしいですよ」
「ずいぶんと私に意地悪じゃないの」
「そうでもないと思いますけど……」

 マリエルは僕の腕をつねってくる。
 痛い。
 いや、本当に痛いっ!。

「意地悪するヴェルは、死んで」
「なっ!」

 彼女の姿が聖騎士の格好になっている。
 手には長剣を構え僕はその攻撃をぎりぎりでかわした。

 っ!。

 夢か……。


 僕は上半身を起こす。
 見た夢に苦笑した。

「所で……」

 周りを見ると木造の壁に吹き抜けの天井が目に入る。
 作りからして何処かの物置小屋の中だ。
 誇りっぽさの匂いは無く四方の窓が開け放たれていて心地よい風が小屋の中を通り過ぎている。
 床を見ると編みこまれたゴザが引かれており僕はその上で寝かされていたいたらしいのが解った。
 
 左腕は篭手が嵌められており、右腕は何とか繋がっているが動かすと痛みが走る。床には茶色く濡れた布が落ちていた。

 玄関の扉が勢い良く開く、小さな女の子と男の子が僕を見て固まっている。
 どちらも茶色の髪をしており片方は短く、もう片方は女の子なのか三つ網のおさげであった。
 肌は日に焼けており、簡素で動きやすい服装をしている。

「や、やあ……僕は――」

 動かせる左腕を上げて挨拶をすると、口を開いて逃げていく。
 はぁ、昔から小さな子供には苦手な意識はある。
 村にいたクルースは随分と他の子供にも慕われていたっけ。

 建物の外で大きな声が聞こえた。
 逃げていった子供の声だろう、小さな男女の声が建物の中へ聞こえてきた。

「ママーーーっ。
 死体が……」
「動いたーーーっ」
「だから、死んでいないっていうたんす」
「息してなかったもんー」

 子供と大人の女性の声が徐々に近くなる。
 小屋の扉が開き、先ほどの子供が二人。
 さらに背後から紫の髪を頭の後ろでまとめた、大人びた女性が入ってきた。
 
「あら、まぁ。
 ほんにい生きてますねえ」
「っ」

 思わず言葉に詰まる。
 知っている女性と同じ顔をしているからだ。

「ど、どうも初めまして……ヴェルと言います」
「ええ、お初え。
 フランといいますえ」 

 やっぱり……フランだ。
 王国指名手配中のハグレのフラン。
 フランは僕の横に座ると、体を触ってくる、背中、左腕、傷後がある右肩など。
 
「ほんに、右腕は動きます?。
 あんさんあれあえ、心臓が止まっていたさかいに死体と思って」

 動かそうとしても、中々動かない。
 黙って首を振ると、手早く切れた布を取り出すと右腕を首から吊るしてくれた。

「まっこれで暫くは平気ですえ。
 無理はしない事ですえ」
「あの、此処はどこです」
「にいちゃんはね。
 川からながれてきたの」
「どんぶらこーどんぶらこーなの」

 僕の周りを走る子供達の話を聞いた後、傷の手当をしてくれた紫の髪をまとめた女性へと向き直る。
 大きなため息を付いたあとに僕を見て話す。

「ここはミッケルから放れた場所にある山小屋どすえ」

 僕の記憶ではミッケルという町は王国には存在しない。
 王国の町すらも全部知っているわけでないけど、少なくとも聞いたことは無かった。
 となると……。
 
「帝国のどの編なんですかね……」
「んー首都から二ヶ月って所ですえ」
「ていとーていとー」
「くるくるぱーのこうていーさーん」

 フランは僕の周りを走り回る子供達の頭に拳骨を食らわせる。
 僕を誘惑していた頃と違って印象が全然違う。

「滅多な事をいうもんじゃありまへん」
「いたーい」
「いたーい」
「ミヤ、トモ。
 食事の用意をしてきいさい」

 女性が命令すると子供達が小屋から出て行く。

「ほな、傷が治るまでゆっくりしときいな」

 とりあえず今は、お礼を言うのが筋だろう。

「すみません、僕には返す物が何もありませんが、せめて金貨でもあれば良かったんですけど、川で一緒に流されてしまって」
「別に、金に困ってたすけたんちゃいますえ」

 子供達の声が聞こえた。
 小屋へ顔をだしてきた、その手には見た事のある袋が握られている。

「ママー奪ったきんか返すのー?」
「ばかミヤ、ぎんかだけ返し、てきんか流した事にするんだよ」
「ミヤばかじゃないもーん、トモのほうがバカだもーん」
「あっ生きている人には、ないしょって」
「ないしょだったよねー」

 直ぐに小屋から出て行った。

「ほんま口が軽いガキはこまりわすわえ」

 口では悪態をついても口元を緩ませその声は弾んでいる、とても困っているように見えなくて思わず釣られて笑ってしまった。

「命の値段と思えば安いぐらいです。
 使ってください」
「あんさんの物って証拠もないんやし、当たり前だえ」
「それもそうですね……」

 僕の答えにフランは、不思議そうな顔をした。

「あんさん、かわった人やねえ」
「よく言われます」
「……まぁ、傷が治るまで大人しくすることさえ。
 傷を付けた人間までは聞かへんえ、ここは安全やし」
「どうも……」

 フランが僕の隣に座り込む。
 自然にその大きな胸元へと目が行くが、直ぐに顔を背けた。

「あんさん、能力者やろ? 王国側で言うとハグレって所やな。
 右肩から腕を千切って付けた傷痕があるさかえ。
 中々の根性もち、ウチは惚れそうになるさかい。
 よかったなぁ、正直あの子らが見つけなかったらそのまま下流までどんぶらこ」
「感謝してます」

 本当だ。
 マリエルに逃げなさい! まで言われて命を落とすのもかっこ悪い。

「ま、王国じゃありえへんけど、ここは能力者なんて沢山おるさかい。
 第二の人生を満喫するんやえ。
 なんだったら、ウチとええ事して旦那になってもええんやえ」
「それはないです」

 即答する。
 ありえないし、綺麗な女性と思うが――。
 みぞおちに衝撃が来た。
 っ!

 痛みのあまり前かがみになる。
 頭の上からフランの優しい声が聞こえてきた。

「あら、あんさん。
 うずくまって傷でもひらいたかえ?」

 違う、フランが死角から殴って来たのだ。
 だからといって、殴ってきたんでしょうと、言える空気でもない。

「……そんなような物です」

 何とかその言葉だけは、しぼり出した。 
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