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40 黒の龍 

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 灯りを消した高級ホテルの一室で、僕はジャッカルを待つ。
 窓かガラスが外から二回叩かれた。
 僕は彼を部屋へと招き入れ、その窓を閉める。

「行って来たぜ、ほれ」
「ありがとう。
 本当に一人で戻ってきた」

 僕はジャッカルから、包みを一つ貰った。

「あたぼうよ、あんなん朝飯前っ! と言いたい所だが。
 あれだな内部はもう無茶苦茶だな。
 調度品が荒らされた部屋もあったし、特殊な鍵の掛かった部屋もあった。
 小さい部屋には死体だらけの部屋もあったぜ。
 正直まともな警備だったら俺様だって入れないだろうし、だからこそ、忍び込みに来たんだけどな」
「ありがとう、報酬を払うよ」

 ジャッカルは、苦虫を潰した顔になる。
 目線は僕の後ろ、振り返ろうとした時に声が聞こえた。

「ヴェル様、お客様でしたら窓から入られなくても大丈夫です」

 メイドさんから後ろから声をかけられ、心臓が止まるかと思った。
 ジャッカルも唾を飲み、緊張した顔になっている。
 振り向くと、表情の少ないメイドさんが、細身の剣をヒュンヒュンと音を鳴らしていたからだ。
 残像がうっすらと見える。

「ご、ごめん。
 宿の人に迷惑かなって窓から入ってもらったんだ。
 その今の話は……」

 完全に聞かれた。
 が……、表情の少ないメイドさんは、危険がないとわかると、丁寧に頭をさげる。

「そうでしたか。
 お客様のプライバシーは何かあっても守ります。
 お客様を狙う賊と思い、勝手な真似をお許しください。
 では、ごゆるりと」

 メイドさんは、音も無く部屋から出て行った。
 ジャッカルは、ソファーへと座り込むとため息を付いた。

「殺されるかとおもったぜ」
「そう?」
「ああ、殺気がやばかった……。
 所でその篭手よ、ヴェル坊の身の上話を聞いた限り、呪われた篭手にしか聞こえんぞ」
「あはは、そうかもね」

 呪われた篭手、そう聞いて僕は少し笑った。
 たとえそうであっても、今は大事な物だ。

「でも、これでいいんだ。
 ジャッカルはこれから何処に」
「俺様か? ほれこれをみろ」

 ジャッカルは皮袋を二つ口をあけて見せてくれた。
 そこには様々な宝石や指輪、金貨などが納まっている。
 一緒に盗んだのだろう。
 彼の目的は、王都が混乱する。
 混乱しなくても城が手薄になると思い、大胆に忍び込むというのを昨日聞いた。
 その下見最中に、僕に出合ったらしい。

「思ったよりすくねえけどな。
 後は船に乗り、アトラン地方でもいって可愛い女の子でも買って優雅に暮らすわ。
 なに、無一文になったらなったでどうにか成るだろう」
「ああ、そう……」

 白い歯を見せ笑顔を見せ付けるジャッカル。
 なんだかんだで彼ならやり遂げるかも知れない。
 
「となるとだな、もうヴェル坊とは会わないきがする。
 それでな……、その……」

 歯切れが悪い。

「何? また僕からお金を借りようと?」
「ん、貸してくれるならくれ。
 いや、そうじゃねえ。
 それとも俺様と一緒に新天地で暮らすか?」
「なんでさっ」
「おめえはどうも、スケコマシの才能がありそうだし、ヴェル坊と一緒にいたら女には困らなさそうだしなー。
 なに全員とはいわん、一人二人毎夜貸し出してくれればそれでいい」

 思わず苦笑する。
 僕に対する印象が、酷い。

「あのですね、別にスケコマシという認識もだめだし。
 仮にそうでも僕が、他人を物として貸し出すと思いますか」
「…………ねぇだろうな」
「でしょうね」
「しゃねえか、まっ、どこかであったらよろしくな」

 最後に握手をしてジャッカルと別れた。
 ジャッカルは帰りは扉から帰って行った。
 扉を閉めると、部屋には一人になる。
 大きなランプに照らされた黒い篭手。
 そっと表面を触ると、指先に火花が走る。
 思わず手を引っ込め眺めても特に変わった事は起こらず、もう一度触った。
 今度は何も起きなく、何度も深呼吸をする。

 過去に戻れる保障はないし、今度は何時外れるかもわからない。
 僕はその篭手を再び腕へと嵌めた。
 意識が遠くなる。
 もう何度か体験した現象。

 ゆっくりと当りを見回すと、見慣れた小部屋にオオヒナが目を輝かせ僕をみている。

「おうおう、久しいのう、お主。
 すんなり篭手を外したからもう来ないとおもったのじゃ」

 嬉しそうに喋ると、手を二回叩く。
 直ぐにテーブルに珈琲と紅茶が出てきた。

「最近は客が多い。
 たまには違うものも飲まないとなのじゃ。
 どうした変な顔をしとるが」

 言葉を選び慎重に話す。

「えっと、城で見た人とそっくりで。
 オオヒナだよね」
「ふむ、そうとも取れるし違うとも言える。
 そもそもじゃ、前に話さんかったかの? 
 わがはいは篭手の意思じゃ。
 あやつらとは姿形は似てるとはいえ、まったくの別物じゃぞ。
 わかりやすく言えば、双子みたいなものじゃな、いやこの場合四つ子に……」
「っと、今日はそんな話をしたい訳じゃなく、戻りたい。
 過去に戻りたい、オオヒナの手を借りたいんだ」

 僕はオオヒナにに頼み込む。
 テーブルに両手を付き真っ直ぐに見つめると、オオヒナは紅茶を飲んで小さな口を開いた。

「ええぞ」

 両肩を振り回し、次に腰を動かし、最後に左右の足を伸ばしては引っ込め運動の準備体操をするオオヒナ。
 両手をテーブルに付いたままの僕は思わず聞いてしまう。
 あっさりだ、例えばパンが食べたいというと、買って来たぞというぐらいにノリが軽い。

「え、いいの……」
「ん? やっぱ辞めるのか?」
「いや、戻りたいんだけど」
「なら問題もあるまい」
「あっさりし過ぎというか、軽いというか――。
 僕としては、そんなんダメにきまっとるじゃろ! と拒否されそうであったので、拍子抜けというか」
「ふむ、今日は魔力もたっぷりあるし。
 まぁ此処は時間が合ってない無いような場所だから座れ」
 
 僕は言われたとおりに椅子にと座った。
 先ほど運動をしていたオオヒナも席へすわると、いつの間にか芋を油で揚げたお菓子を食べながら喋り始めた。

「とりあえず、我は製作者の記憶であるゆえ自我をもっておるが、基本は道具じゃ。
 今後、使われずに封印され嬉しいはずもくそも無い。
 あ、ちなみにヒバリが我を作ったんじゃないぞ。
 そして、本題じゃの。
 全部を聞いていたわけじゃないが、今の女王がお主に、過去に戻れるかもと教えた。
 お主は、わがはいの真名も聞こえた」
「真名って……黒の竜」

 確かヒバリがそう言っていた記憶がある。

「黒の竜、くろの、クロノ……。
 そうじゃ、別世界で時間と意味するらしくてな、名前をつけた想像主は中二病よねって言っておった。
 そして、その名の通り時間を戻す力じゃ。
 今までも、お主の傷を無かった事にまで戻していたじゃろ?」

 僕が何度も命が助かった理由はこの篭手の力。
 傷を治すのではなく、最初から傷を無かった事、戻した事である。
 視線に気づいたのか口元を少し歪ませた。

「そうじゃ。
 わがはいの力でお主の時間を戻す。
 今度はお主ではなく、お主の周りの時その物をな」

 なるほど……。
 封印されていた理由がわかった気がする。
 ポンポン過去に戻れる事が出来るなら、思い通りになるまでやり直せばいい。
 オオヒナが手を叩くと周りの背景が全て消えた。
 先ほどあったテーブルも椅子も紅茶も珈琲も、いや壁や空、地面さえもなくなった。
 光も無い世界であるのに僕とオオヒナだけが立っている。
 落ちているのか上がっているのか、歩いているのかもわからない世界。

 オオヒナが僕に念を押して聞いてくる。

「本当に良いんじゃな、これから起こる全ての未来を投げ捨ててでも、お主は過去を変えたいと思うんじゃな。
 後でやっぱ無しってクレーム入れてもわがはいは困るからなっ。
 そうそう、一度過去戻ると流石に暫くは戻れんからの、魔力補充のためにわがはいは多めに寝る」

 なるほど、少しは不便な部分もあるのか。

「僕の力や記憶はどうなる?」
「ああ、ヒバリ達が作った篭手、つまりまがい物の力じゃろ?
 わがはいの力と反するが、お主の記憶が消えないようにその力も消えないのじゃ」

 好都合だ。
 今の僕はマリエルの力を継承しているし、ある程度の敵には渡り合える。
 マリエル達が毒におかされ殺される前に戻れば……。

「そう、僕は変えたい。
 静かに泣いていたファー、ジャッカルから聞かされた惨劇、僕の事を想い託してくれたこの力。
 僕自身の未来なんて今は要らない。
 彼女らを……、いやマリエルが生きている世界へ」
「よく言った、さすが我が見込んだ男じゃ。
 我の力全てを使っても戻してやるぞい」

 静かに頷くとオオヒナは両手の平を合わせ静かに瞳を閉じ始めた。
 古びた形の衣服がバラバラになり細かく消えていく。
 裸になり、おもわず顔を背ける。
 体全体がじわじわと闇へ侵食されていった。

「わがはいの名は、クロノリュウ。
 わがはいを作りし者の願いによって、力を使う者の味方なりなのじゃ」
「僕を、僕を半月前のカーヴェの町へっ!」

 僕が最後に叫ぶ。
 突然、オオヒナの目が見開いた。

「なっ! お主っ。
 いくらわがはいだってそんな限定された過去へは戻れんぞっ」 

 叫ぶオオヒナに僕も慌てる。

「ちょっとまって、それじゃ何時に戻るのか僕としても困る。
 いきなり何十年前に戻されても役に立たないし、昨日や一昨日に戻っても間に合わない」

 オオヒナの輪郭がぼやけ始めた。

「だから、ノークレームっていったじゃろ、ボケがっ!。
 もう止まらんわっ!」
「戻れる時間を言わなかったじゃないかっ!」
「聞かんからじゃろっ! 数日前に来た奴はちゃんと聞いて――」
「説明義務があるべ――――」
「んなもん、あるわけ――――」

 僕の体も体の先から闇に飲まれてきた、痛くも無く凄い勢いで消えていく。
 僕とオオヒナの罵りあいの最中で意識が消えた。 
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