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17 白昼夢その2

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 視界が変わる。
 石壁と本棚。
 木製のテーブルに、木製の椅子。
 見覚えがある、夢の世界に似た場所、黒篭手の中の世界だ。
 相変わらず、両足をテーブルに載せて本を読んでいる赤い髪の女性。
 背中へとなびかせた髪は無造作にたれており、本のページをゆっくりとめくっていた。
 テーブルの上には、黒い水、こーひーが置いてある。


「ええっと……。
 お久しぶりです」
「うむ」

 読んでいた本にしおりを挟むと、テーブルから足を退けた。

「で、今日はどうしたのじゃ?」
「どうしたって……、気付いたらここにいるわけで」
「ふむ、冗談じゃ。
 て、いうかお主」

 女性の顔が険しくなっていく。

「無茶しすぎだろう。
 胸に穴を開けられる、吹き飛ばされる、全身骨折する」
「知っているんですか……」
「仮にも、わがはいは篭手じゃからのう。
 お主の目を通して外の世界を見る事が出来る。
 でも、あんしんせい。
 プライバシーまでは覗かん」

 覗かれても困る。
 そんな事をいわれると、どうしてもトイレやお風呂で意識してしまうじゃないか。

「しかし、わがはいを使った割りに弱いな」

 別に負けたくて負けたわけじゃない。
 ここは、すこし反論させて貰おう。

「アレも秘密、これも秘密。
 そんな状態で戦って勝つほうが難しいと思います」
「ほう、ではわがはいが悪いというのか?」 
「別にそこまでは言うつもりはありません」
「かー、ヴェルお主。
 性格が悪いって言われなかったか?」
「どうでしょう、よくフローレンスお嬢様からは、いい性格よねと、褒められましたけど」

 嫌味で言っていたのは、もちろん知っている。
 女性はため息を吐くと、手を複数回叩いた。
 僕の横に丸椅子と、テーブルにはこーひーが出てくる。

「ま、わがはいは偉大だから無駄な争いはしない、飲め」

 あまり飲みたくはないんだけど、断るのも悪い。
 ありがとうございますと、言ってこーひーを飲む。
 ミルクと砂糖が入っており飲みやすい。
 でもこれ、ここで飲み物など飲んでも、現実に戻るんだし意味無いんじゃ……。

「そういえば、名前のほうを伺ってなかったです」
「ふむ、名前か……」

 僕の質問に、いやな顔をする女性。

「いえ、嫌でしたら篭手の女性と言う形で呼びますけど」
「いやべつにかまわん。
 オオヒナ、大きいヒナと書いてオオヒナじゃ」

 女性は名前を教えてくれた。
 今度からはきちんと名前で呼ぶべきだろう。

「オオヒナさん、この篭手って、結局は再生能力を高めるって事でいいのかな」
「ぶっぶー、それと呼び捨てで結構じゃ。
 しょせん、わがはいは道具じゃからの」

 オオヒナは両手でバツ印を作った。

「お主、王宮へついたら、わがはいを外すんじゃろ?」
「え、まぁそうなりますけど……」

 王宮へ行くのは、この篭手を外すためだ。
 オオヒナは腕を組んで考えている、おそらく秘密を言うか言わないかの奴だろう。

「よし、お主は稀に見る記憶の間の客人。
 特別に、特別じゃぞ?。
 ちょっとだけ教えて進ぜよう。
 まず、聖騎士の篭手を能力はわかるか?」

 これは試されているのだろうか。
 僕の知っている知識、それとマリエル達の説明、それを合わせての結論。

「篭手を装着する事により、肉体強化を限界まであげ常人的力を得る。
 なお、誰でもいきなり強くなる事は無く、段階があり、さらには適正も必要で。
 適正のない人間は、いくら篭手をつけても能力は増えない。
 ですかね」
「ほう、この数日間でよくそこまで、殆ど正解じゃな。
 では、お主がつけた黒篭手は、聖騎士の篭手と能力が同じと思うか?」

 これも質問か。
 わざわざ聞いて来るという事は違うのだろうか。

「能力は似ているけど……、違う?」
「中々頭が切れるのう。
 わがはいを作った人間は、別に篭手を作りたかったわけじゃない。
 持ち運びがしやすく、体に身につけ無くさないから篭手になっただけ。
 わがはいの劣化版が聖騎士の篭手みたいな物じゃの」

 まだ、世界は維持できるようじゃなと、いうとオオヒナは手を叩く。
 壁に扉が出てきた。
 密室じゃなかったのか……。

「密室じゃなかったんですね」
「そう見せてるだけじゃの、ちなみに、そこの端には地下に通じており川もあるぞ」

 オオヒナは、何も言わずに扉から出て行く。
 僕も慌てて後を着いて行った。
 赤いじゅうたんが綺麗な廊下、甲冑もあるが人はゼロである。
 人もいないが、生物という存在がみあたらない。

「オオヒナは、ここに一人なのか……」
「なかなか鋭い所をつくのう。
 この世界は、わがはいを作った者の記憶。
 その中でイレギュラーであるわがはいだけが篭手として自我を持った。
 他の者はNPCキャラみたいなものじゃの」

 また、僕の知らない言葉が出てくる。

「のんぴいしい?」
「簡単に言えば、同じ事しか喋らない人形のようなものじゃ。
 今日はいい天気ですね、と喋る人形がおったら、雨でも雪でも同じ言葉しかいわん。
 出す事は出来るが、出しても邪魔なだけじゃ。
 とはいえ、わがはいも普段は寝てるし、お主みたいのがおれば、外の世界を見たりもする」

 僕を中庭へと案内する。

「たまには擬似といえと日の光に当らんとな。
 本来のわがはいの力、それはプロテクトがかかっており、わがはいからは、説明出来ない。
 ヴェルお主が気付くまでは無理じゃ。
 ちなみに、その力を使う事は別に禁止されてないからの、使うなら××××××と呼ぶのじゃ」
「ごめん、最後が聞き取れなかった」
「それがプロテクトじゃ。
 どうせ王宮行くだけだし覚える事もあるまい」


 本当の力、おそらく封印されていた理由だろう。
 
「でじゃ、その副産物である力。
 簡単に言うとゼロにする力。
 聖騎士、あやつらは再生する。
 しかしヴェルお主の傷は無かった事にする。
 じゃから、胸に穴が開いた時も、全身骨折した時も、最初から怪我を無かった事にした」

 ま、そんな所じゃのと、言うと、オオヒナは欠伸をし始める。

「では、僕が大男と戦えたわけは……?」
「それは、わがはいの口からは言えん。
 どっちにしろ、王宮で篭手を外すなら必要の無い説明だしの」

 さすがに全部は説明してくれないか。
 なるほど、それなら僕の再生速度も納得する。
 
「それにしても、今回は色々とありがとうございます」

 礼を言っておく。
 少しであるけど疑問が少し解けた。
 
「なに、お主の体が治るまで暇だったからの」
「治るまでって、もう治ってるんですよね」
「いいや」
「いやいや、だって前回にこの世界と外の時間は違うって」
「ヴェルお主、この二日間でお主は何回死んだと思っているんじゃ?。
 いくらなんでも、戻すのにも魔力は使うんじゃぞ?」

 それを言われると辛い。
 大男戦で数回、フラン、ミントに二回。
 
「ま、丸一日ぐらい寝込んでるだけじゃな。
 死なない程度であれば魔力は補充しとくからの」

 オオヒナの姿が二重、三重になっていく。
 周りの景色も、割れた鏡のようになっていった。
 僕の意識が戻り始めているのだろう。
 オオヒナが何かを言っているが、言葉が聞こえない。
 僕も大声でありがとうと! と伝えた。
 聞こえたのか聞こえないのかわからないが、満足そうに頷いていた。
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