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第8ワン 勇者と魔術
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高鳴る心拍音が自らの体中に響くのを感じながら、しのぶは眼前のナイーダが目を閉じるのをただただ見つめるしかなかった。畏怖にも似た未経験の感情が、しのぶの体を縛っている様な心地である。しかし、ナイーダもしのぶの手を握り目を閉じたまま微動だにしない。何かされるのでは?という恐れと期待も無くなり、しのぶの感情は訝しみへと変化していた。
「あの、ナイーダさん……?」
「あ、ありますね!」
突如大きな声でそう言われたしのぶは、思わず聞き返す。
「あるって何が?」
「“導脈どうみゃく”です。 微弱ですが、シノブ様の体にも巡らされていますね」
「どうみゃく?」
導脈─アラパイムにおいて、術法を扱う者の体内に備わる血管に似た回路であり、術師と呼ばれる術法の使い手は、この導脈を流れる魔力まぢからなるエネルギーを用いて術法を発動させ、行使するのだ。
「私の様なエルフ等、膂力や体力に優れない種族はほぼ生まれながらにして導脈を有しておりますが、シノブ様はこちらの世界でいう只人サピエントに近い種族です。只人は導脈を持たず生まれてくる者も多いですから」
導脈を有せずに生まれた者はその分、身体能力に優れる傾向にあり戦士としての才を持つ事が殆どである。
「魔力ってのはMPみたいなもんで、ボクにはMPがる……という事はつまり」
「シノブ様は術法が使えます」
「やったぁ!」
にこりと笑うナイーダの手を握り返し、それを振りながら喜ぶしのぶ。勇者としての能力が殆ど備わらないしのぶでも、術法を使う事でジローのオマケというイメージを払拭できると思ったのだ。
「術法にも魔術、癒術、元術、霊術、錬術、舞術の6系統が存在し、私は魔術と癒術を扱えますので、よろしければその二つをお教えします」
ナイーダが言った手伝える事とは、術法の手ほどきである。しのぶは『ちょっとえっちな別の手ほどき』を期待していた為、少し恥ずかしくなった。
「は、はい……よろしくお願いします」
「では、魔術の方からいきましょうか。実演しますので、よく見ていてくださいね?」
ナイーダは右掌を10メートルほど先にある、火の着いていない暖炉に向けてかざす。
「獄炎より飛び立ちし紅禽(ケツァール)、その赤き舌にて触れし全てを舐めとうなれ……フラーメ!」
呪文を唱えたナイーダの掌から、ハンドボール大の火球が飛び出し、暖炉の中へ吸い込まれる様に入ってゆくと、火が点ともった。その様子に眠りかけていたジローすら目を覚まし吠え出す。
「今のが火属性の魔術・フラーメです」
「すっげえ!メラとかファイアボールとかのよくある魔法だけど、実際に見るとすげえ!」
興奮するしのぶ。ファンタジーゲームでは火の玉を飛ばす魔法は最初に覚える様な基本である事が殆どだが、それが現実に出来るともなれば嬉しくもなろうもの。
「術法は詠唱となる口上と、発動の引き金となる術名の二段階を唱えます。掌や、種族によっては角や尾など、体の末端部分に魔力を集中させるイメージで詠唱しながら発動の準備を行い、続いて魔法の名を唱えて放ちます」
しのぶは先ほどのナイーダを真似て、暖炉に右掌をかざす。
「ごくえんより……何だっけ?」
「飛び立ちし紅禽です……紙に書きましょうか」
ナイーダはエプロンのポケットからメモ用紙を取り出し、テーブルの上に備えてあった羽ペンを握る。
「待って、この世界の文字はまだ読めないからボクが書くよ」
ナイーダからペンを受け取ったしのぶはメモ用紙に日本語で呪文を書いてゆく。小学生が獄だの蝕だのは漢字で書けるはずもない為、全て平仮名だ。
「よし!気を取り直して……ごくえんよりとびたちしけつぁーる、そのあかきしたにてふれしすべてをなめとうなれ…フラーメ!!」
平仮名の詠唱部分は辿々しかったが、最後のフラーメにあっては力強く心を込めて言い放つ。すると、しのぶの右掌に体の中を巡る魔力が集結し、放出される感覚、そして炎の熱さが感じられる。
「うわ!熱っちぃ!?」
ボッ
と音を立てて燃え盛る炎。それは一瞬で燃焼し尽くし、灰色の煙を少しだけ残して消えた。
「え?飛ばないしすぐ消えた……?」
しのぶはナイーダの顔を見る。
「えっと……シノブ様は初めて術法を使ったのですし、魔術は対応する属性の精霊への信仰心が威力に比例しますから、発動出来ただけでも上出来かと……」
必死にフォローするナイーダ。魔術は攻撃に特化した術法であり、火の紅禽(ケツァール)、水の黒鼈(タルタルーガ)、地の白獣(ライゲル)、風の輝臨(ジラフ)、雷の蒼竜(ドラガォン)、金の橙龍(タンジェロン)というそれぞれの属性に対応した精霊から力を借りて放つのだ。
「じゃあ、これから上手くなるって事?」
「そ、そうですよ!一朝一夕で術法が使いこなせるなんて、よほどの天才でもない限りあり得ませんから」
「ほんとぉ?」
ナイーダの言葉に再び無くしかけた自信を留めるしのぶ。そして飼い主の心境も知らずジローは先ほどナイーダとしのぶが繰り出した術の様子を頭の中で思い出していた。
「あの、ナイーダさん……?」
「あ、ありますね!」
突如大きな声でそう言われたしのぶは、思わず聞き返す。
「あるって何が?」
「“導脈どうみゃく”です。 微弱ですが、シノブ様の体にも巡らされていますね」
「どうみゃく?」
導脈─アラパイムにおいて、術法を扱う者の体内に備わる血管に似た回路であり、術師と呼ばれる術法の使い手は、この導脈を流れる魔力まぢからなるエネルギーを用いて術法を発動させ、行使するのだ。
「私の様なエルフ等、膂力や体力に優れない種族はほぼ生まれながらにして導脈を有しておりますが、シノブ様はこちらの世界でいう只人サピエントに近い種族です。只人は導脈を持たず生まれてくる者も多いですから」
導脈を有せずに生まれた者はその分、身体能力に優れる傾向にあり戦士としての才を持つ事が殆どである。
「魔力ってのはMPみたいなもんで、ボクにはMPがる……という事はつまり」
「シノブ様は術法が使えます」
「やったぁ!」
にこりと笑うナイーダの手を握り返し、それを振りながら喜ぶしのぶ。勇者としての能力が殆ど備わらないしのぶでも、術法を使う事でジローのオマケというイメージを払拭できると思ったのだ。
「術法にも魔術、癒術、元術、霊術、錬術、舞術の6系統が存在し、私は魔術と癒術を扱えますので、よろしければその二つをお教えします」
ナイーダが言った手伝える事とは、術法の手ほどきである。しのぶは『ちょっとえっちな別の手ほどき』を期待していた為、少し恥ずかしくなった。
「は、はい……よろしくお願いします」
「では、魔術の方からいきましょうか。実演しますので、よく見ていてくださいね?」
ナイーダは右掌を10メートルほど先にある、火の着いていない暖炉に向けてかざす。
「獄炎より飛び立ちし紅禽(ケツァール)、その赤き舌にて触れし全てを舐めとうなれ……フラーメ!」
呪文を唱えたナイーダの掌から、ハンドボール大の火球が飛び出し、暖炉の中へ吸い込まれる様に入ってゆくと、火が点ともった。その様子に眠りかけていたジローすら目を覚まし吠え出す。
「今のが火属性の魔術・フラーメです」
「すっげえ!メラとかファイアボールとかのよくある魔法だけど、実際に見るとすげえ!」
興奮するしのぶ。ファンタジーゲームでは火の玉を飛ばす魔法は最初に覚える様な基本である事が殆どだが、それが現実に出来るともなれば嬉しくもなろうもの。
「術法は詠唱となる口上と、発動の引き金となる術名の二段階を唱えます。掌や、種族によっては角や尾など、体の末端部分に魔力を集中させるイメージで詠唱しながら発動の準備を行い、続いて魔法の名を唱えて放ちます」
しのぶは先ほどのナイーダを真似て、暖炉に右掌をかざす。
「ごくえんより……何だっけ?」
「飛び立ちし紅禽です……紙に書きましょうか」
ナイーダはエプロンのポケットからメモ用紙を取り出し、テーブルの上に備えてあった羽ペンを握る。
「待って、この世界の文字はまだ読めないからボクが書くよ」
ナイーダからペンを受け取ったしのぶはメモ用紙に日本語で呪文を書いてゆく。小学生が獄だの蝕だのは漢字で書けるはずもない為、全て平仮名だ。
「よし!気を取り直して……ごくえんよりとびたちしけつぁーる、そのあかきしたにてふれしすべてをなめとうなれ…フラーメ!!」
平仮名の詠唱部分は辿々しかったが、最後のフラーメにあっては力強く心を込めて言い放つ。すると、しのぶの右掌に体の中を巡る魔力が集結し、放出される感覚、そして炎の熱さが感じられる。
「うわ!熱っちぃ!?」
ボッ
と音を立てて燃え盛る炎。それは一瞬で燃焼し尽くし、灰色の煙を少しだけ残して消えた。
「え?飛ばないしすぐ消えた……?」
しのぶはナイーダの顔を見る。
「えっと……シノブ様は初めて術法を使ったのですし、魔術は対応する属性の精霊への信仰心が威力に比例しますから、発動出来ただけでも上出来かと……」
必死にフォローするナイーダ。魔術は攻撃に特化した術法であり、火の紅禽(ケツァール)、水の黒鼈(タルタルーガ)、地の白獣(ライゲル)、風の輝臨(ジラフ)、雷の蒼竜(ドラガォン)、金の橙龍(タンジェロン)というそれぞれの属性に対応した精霊から力を借りて放つのだ。
「じゃあ、これから上手くなるって事?」
「そ、そうですよ!一朝一夕で術法が使いこなせるなんて、よほどの天才でもない限りあり得ませんから」
「ほんとぉ?」
ナイーダの言葉に再び無くしかけた自信を留めるしのぶ。そして飼い主の心境も知らずジローは先ほどナイーダとしのぶが繰り出した術の様子を頭の中で思い出していた。
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