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第4部
act.24-燈亜
しおりを挟む店を出てタクシーを捕まえたひかるさんは、行き先を告げたかと思うと、素早く真っ黒なシートにそのしろい身体を沈めてしまった。
窓ガラスに頭を預け瞼を閉じた彼を横目で見ながら、ぼくはちいさく息を吐く。
緊張や高揚、期待と不安が入り混じったごちゃごちゃな感情をなんとか整理しようと深呼吸を繰り返していると、不意に指先にぬくもりを感じた。
慌てて視線を向ければ、がっしりした手がふんわりと被さってきていて。でも、ひかるさんの姿勢は先程と変わらないまま。
そっと手を握ると、するりと抜け出した指が絡まって恋人繋ぎになった。
いつもはつめたいはずの彼の肌が、いまはほんのり温かくて。
それがアルコールのせいなのか、照れているからなのかはわからなかったけれど――ぼくのこころを落ち着かせるには、十分に効果的なことは間違いなかった。
外を流れていた騒々しい色彩はいつしかモノトーンに変わり、タクシーの車内にはロードノイズとぼくの鼓動だけが響いている。
どきどきと跳ねていた心臓がだんだんと正常なリズムを取り戻していく頃、速度を落としていた車両がとうとうその動きを止めた。
離れていく体温を惜しみつつ外に出れば、目の前には簡素な建物がひっそりと佇んでいる。
既に予約をしてあったのだろう、フロントで鍵を受け取ったひかるさんは、そのまますたすたとエレベーターホールまで歩いていった。
横に並んで階数表示を眺めていると、ひかるさんがぽつりと呟く。
「せっかくの合格祝いだし、ほんとはもっといいところにしたかったんだけどな」
予算オーバーで、と茶化す彼がいじらしくて、ぼくは今すぐにでも抱き寄せてしまいたくなる。
さすがに人目を気にして、なんとか思いとどまったけれど。
「そんなの関係ないですよ。ぼくは、ひかるさんと一緒ならどこだっていいから」
「……そっか」
素っ気ないなかに確かに嬉しさを滲ませたあまい声が、耳元をくすぐっていく。
その時タイミング良く扉が開いて、ぼくはすかさずひかるさんの腰を引き寄せながら箱の中に飛び込んだ。
後ろ手でボタンを押しながら細い身体を壁に押し付け、衝動のままに口付ける。
「んっ……!」
微かに残るウイスキーの香り、普段よりも熱い、しっとりとした感触。
そんな些細なことすらも興奮の材料になって、ぼくは夢中でひかるさんを味わった。
「……っ、はっ……ん、っ」
不意にぐっと肩を掴まれ、同時に身体に振動が伝わる。
機械音と共に乾いた空気が流れ込んできて、ぼくはしぶしぶ彼から離れた。
ようやく解放されたひかるさんは、濡れた溜め息をひとつ落とすと、潤んだ瞳でじっと見上げてくる。
ほんのりと紅に染まった眦が、あまりにも艶っぽくて――無機質な背景とのギャップに、余計に欲情を駆り立てられてしまう。
それでもなけなしの理性を総動員させて、ぼくはひかるさんの髪をかきわけると額に軽く触れるだけで我慢した。
「こんなはずじゃ、なかったんだけどな……」
廊下に足が着くと同時に漏れたぼくの言葉に、振り向いたひかるさんが僅かに首を傾げる。
あー、もう、ホントに。どうしてこう、いちいちカワイイかな。
受験が終わってからはそれこそ毎日のように会っているはずなのに、彼の魅力は底なし沼のように果てが見えない。
いつも会う直前までは、今日は自制しようとか、オトナっぽくスマートに振る舞わなきゃ、なんて考えているのだけれど――いざ本人を目の前にしてしまうと、そんな気構えは一瞬で吹き飛んでいく。
だから、こんな風にイレギュラーが発生するのは常で、その度に一人反省会を開いているわけなのだが。
「……お前だけじゃないから、」
いつの間にかすぐ隣にいたひかるさんの言葉に、沈んでいたはずの気持ちが一気に浮上する。
このひとは本当にずるくて、でも、限りなく愛おしい。改めてそう思わずにはいられなかった。
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