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第4部
act.18-晶
しおりを挟むこの日を迎えるにあたって何度も脳内で繰り返したはずのシミュレーションは、いざ本番になると全く役に立たなかった。
話し始めて痛感したのは、ヒトの記憶というものは実に曖昧だという事実で。
きっと無意識のうちにあちこち改変されているのだろうそれは、言語化することでより一層真実を覆い隠してしまう。
特に、一番肝心な部分――高校時代の一連の事件に関しては、全体像はぼんやりと薄れ、ディテールだけが鮮明に残っているような状態だった。
時折フラッシュバックする感情に翻弄され言葉に詰まるおれを、トモアは黙って見守ってくれている。
そのうちにだんだんと冷静さを取り戻し、終盤に差し掛かる頃には、自分でも意外なほどすっきりとした気分になっていた。
「聞いてくれて、ありがとな」
自然とこぼれた感謝に、彼はにっこりと微笑む。だが、その瞳には今にも溢れんばかりの涙が溜まっていて。
「お前が泣くことないだろ」
「ごめんなさい……」
その言葉と共に、耐えきれなかった水分がとうとう決壊した。
「今日は、絶対に泣かないって決めてたのに」
「そんなこと気にすんな、」
ぐしゃぐしゃになっているところをハンカチで拭いてやれば、トモアは照れくさそうに身をよじった。
まるで自分のことのように悲しんでくれる姿に、申し訳ない気持ちと同時に嬉しさも感じて。
素面では絶対に言わないような台詞が漏れてしまったのは、なにもかもを吐き出した後の、奇妙な解放感のせいだったのかもしれない。
「これからは……ひとりで、泣かないでくれ。悲しいときは、おれのところに来ればいいから」
それは口に出すとひどく陳腐に思えてきて、襲ってくる羞恥につい目が泳いでしまう。
そんなおれの態度には頓着せず、トモアは勢いよく身体をぶつけてきた。
「ひかるさん、男前すぎ。また惚れ直しちゃうじゃないですか」
うさぎみたいに真っ赤な目をして泣くくせに、抱きしめてくれる腕はおれなんかよりずっとたくましい。
今度は自分の頬に冷たさを感じて、決め台詞のあとなのに締まらないな、なんて考えていると、トモアが急に頬ずりをしてきた。
「おい、せっかく綺麗にしてやったのに台無しだろ」
「いいんです。あ~、ひかるさんのほっぺ、もちもちで気持ちいい」
シリアスだった雰囲気が一気に和んで、ふんわりとあたたかな気持ちになる。
おどけた仕草に垣間見える、照れ隠しと慰めと、せいいっぱいの愛情表現。
普段なら、こんなことされたら無理やり引き剥がすところだが――今日のところは、したいようにさせてやるか。
しばらくされるがままになっていると、やっと気が済んだらしいトモアは顔を離して視線を合わせてくる。
じっと覗き込む瞳はただただ透明で、おれの不安など吹き飛ばすくらいに、とても綺麗だった。
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