Fragaria

石蜜みかん

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第3部

act.30-燈亜

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 祥太朗から連絡をもらって衝動的にスタジオに来てしまったが、いざ晶に会うとなると、燈亜はどうしていいのかわからなくなっていた。

 帆南と和弥が心配してあれこれ気を遣ってくれるのを申し訳なく思いつつも、どうしても明るく振る舞う気分にはなれない。

 そうこうしているうちに時間だけが過ぎていき、もうすぐ着く、という一報が入った。
 和弥は明日が早いからと既に帰宅しており、帆南はスタジオを閉める準備をしに行っている。

 あー、どんな顔して会ったらいいんだろ。やっぱり帰ろうかなあ……。

 つい弱気な自分が顔を出して、燈亜は気持ちを鼓舞するために頬をぱんぱんと叩いてみた。

「あれ、トモア? そんなとこでなにしてんの」

 その声に慌てて振り向くと、いつの間に入ってきたのか、鞄を下げた晶が不思議そうな顔で立っている。
 その首元にはなぜか包帯が巻きつけられていて、彼の顔色の悪さを際立たせていた。

「え、あ、あの、それ。大丈夫なんですか」

「あー、これはちょっと……怪我したっていうか」

 歯切れの悪い返答にピンとくるものがあって、こんなときだけ勘のいい自分が嫌になってしまう。
 またあのときのあまい声が脳裏に蘇り、じわりと涙が滲んできたのがわかった。

「こんなに遅くなるまで待っててくれたのか。ありがとな」

「ぼくが、勝手に……」

 言いかけて、覚えのあるやりとりに初めて出逢ったときのことを思い出す。

 目の前の晶はいかにも疲れ切った様子で、ほんのすこしのあいだに随分とやつれてしまった気がして、胸が痛くなる。

「顔が見たかっただけなので……ぼく、帰りますね」

 無理やり笑顔を貼り付けた燈亜を、晶はじっと見つめてから言った。

「コーヒーくらい、奢らせろよ」


 ***


 結局こんな時間に開いているのはコンビニくらいしかなく、ふたりは店の前に設置してあるテーブルセットで向かい合うことになった。

 お互いにふぅふぅと息を吹きかけて冷ましながらコーヒーを啜っていると、どこからやって来たのかノラ猫が足元にすり寄ってくる。

 食べ物は持ってないんだ、ごめんね、と話しかけると、ふいっと暗がりに消えていった。
 その様子が、どこか晶に似ている気がして。

「ひかるさんって、なんか猫っぽいですよね」

「それ、良く言われる」

 不服そうに呟く表情に、やっぱり可愛いな、などと思ってしまう自分に苦笑する。

 晶は時々あくびを噛み殺しながら、ちびちびとコーヒーを飲んでいた。
 あまり上手とはいえない状態で巻かれたまっしろな包帯が、コンビニから漏れる明かりに照らされてその存在を主張している。

「なんかそれ、緩すぎませんか?」

「あぁ、適当にやっただけだから。逆に目立つから取った方がいいかもな」

 アクセサリーを外すくらいの気軽さでガーゼまで取り去る様子を眺めていると、なめらかな肌に浮かぶ傷痕が目に飛び込んできた。

 キスマークと呼ぶには痛々しいそれは、まるで晶に近付く者に対する警告を発しているかの如く、鮮やかな色彩を放っている。

 だが、それが逆に燈亜の反抗心に火をつけ、彼のなかにひとつの決意を固めさせたのだった。
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