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第1部
act.2-晶
しおりを挟む不躾な振動を感じて、助手席でうとうとしていた晶は薄目をあけ窓の外を確認した。
トラックの停車した場所は定位置を大幅に過ぎていたが、運転手は意に介さぬ様子で何も言わず降りてゆく。
晶はどっと疲労が押し寄せてくるのを感じながら、緩慢な動作でドアを開けた。
普段は収穫の手伝いをしているのだが、今日は出荷担当の人手が足りず遅くまで駆り出されていたのだ。
「ありがとう、ひかる~」
外に出た途端、待ち構えていたように晴斗が駆け寄ってくる。
彼は、晶が手伝いをしているいちご農園のひとり息子だ。
「間に合って良かったです」
あくびを噛み殺しながら言うと、晴斗は苦笑いしながら晶の肩を抱いた。
「食事は用意してあるけど。先にシャワー浴びる?」
顔を覗き込むようにして問いかける声に、晶はちいさく首を横に振った。
「んー……ねむい」
目をこすり、晶はまたちいさくあくびをする。昨夜は遅くまで起きていたので、疲れがピークに達しているのだ。
その様子を、晴斗はにこにこしながら眺めていた。
「まずは休憩かな。でも、寝ちゃったらダメだよ。ちゃんとご飯食べてからね」
促されてリビングに入った晶は、よろよろとした足取りでどうにか前に進んでいるような状態だった。
「三十分だけ、横になります」
ぼそっとつぶやくと、目の前のソファーに倒れこむ。そのまま身体を丸めて目を閉じた。
「まったく、しょうがないなぁ……」
言葉とは裏腹な、笑みを含んだ声音。
隣に座る気配と共に、頭をそっと持ち上げられる。
優しく髪を撫でる手を感じながら、晶はそのまま眠りに落ちていった。
***
きっかり三十分後に起こされて、晶はぼんやりしたまま用意された食事に口をつけた。
「そういえば今日、通りすがりの少年に積み込みを手伝ってもらいました」
ふと先程のことを思い出して、ひとりごとのようにつぶやく。
その言葉に、お茶を淹れようとしていた晴斗の手が止まった。
「少年? 手伝ってもらった?」
オウム返しをしたまま固まっているので、晶はぽつぽつとその時の状況を説明する。
「それってナンパされたんじゃないの」
「どうしたらそうなるんですか……」
割と長い付き合いのはずなのだが、このひとの思考はいまだに理解できないことが多い。
「だって、晶は可愛いし美人だし肌はしろくてつるつるでお人形みたいだし。その子、惚れちゃったんだよきっと」
冗談かとも思ったが、晴斗はいたって真面目な顔だ。
どう返していいものかわからず、晶は黙ってお茶をすする。
「大体さ、フツー赤の他人を手伝おうとか思うかなぁ」
「……あまりにも重そうにしてたからですかね」
慣れない出荷作業をする姿は、さぞ危なっかしく映ったにちがいない。
「とにかく、気をつけないとダメだよ」
一体なにをどう気をつければいいのか晶にはわからなかったが、ともかく頷いておく。
晴斗は昔から、なにかにつけてこうして過剰に心配してくるのだ。
食事を済ませた晶は、シャワーを浴びて晴斗の部屋に向かった。
農園の手伝いに来ている間、晶は彼の家で世話になっている。無駄に部屋数が多い豪邸なのでいくらでも場所は空いているのだが、晴斗たっての希望で一緒に寝ているのだった。
「明日は休みだったよね」
部屋に入ると、晴斗が弾んだ声で訊いてきた。そのまま返事を待たずに抱きついてくる。
「そうですけど……おれ、今日はもう寝ますよ。つかれたし」
「つれないなぁ~」
ふざけた口調に反して片手を晶の身体にすべらせながら、晴斗は頬に軽くキスをしてきた。
拒めないことを、わかってやっているのだ。いつもそうだった。
大きないちご農家の跡取り息子として大事に育てられ、受け入れられることを当たり前として生きてきた彼。
心も身体もぼろぼろになっていた自分を、救ってくれたひと。
だんだんと深くなっていくくちづけに溺れながら、晶はなぜか昼間会った少年の顔をふたたび思い出す。
世の中の汚い部分と隔絶された世界で生きてきたような、無垢な瞳。
望んでも叶わないことがあるだなんて、まだ夢にも思っていないような。
「……っ、……ベッド、に」
立っていられなくなるほど溶かされて、乱れた息の隙間で懇願する。
ぼんやりとした意識のなかで、あのおおきな瞳がじっと自分を見ていた。
そんな、純粋な瞳でみつめないで。
おれは、もう……戻れないところまで、堕ちてしまっているのだから。
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