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第二章・魔境の聖地

第46話 人と神との天誅 -3

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「な……何だ貴様は!?」

 戦いに割って入るかのように倉庫の中に姿を現わしたサラマンドラゼノクに、驚いたフサインが口から唾を飛ばして叫ぶ。レオゼノクやレオパルドスゼノクらが戦闘の構えを取りつつ見つめる中、フサインをぎろりと睨みつけたサラマンドラゼノクは彼の元へ迫っていった。

「う、動くな! この娘がどうなってもいいのか!」

 縄で縛られたミリアムに短刀を向けて必死に脅すフサインだったが、サラマンドラゼノクは構うことなく近づいてゆきながら牙を剥く。

「憎きダーウードの血筋を滅ぼし絶やす。我が目的は今やそれだけだ」

「やはりそうか。連続放火事件の犯人はこいつだったんだ」

 サラマンドラゼノクの科白から、街で起こった放火殺人がこの魔人の仕業だったとレオゼノクは確信する。疼く怨念を鎮めようとするかのように、右肩の古傷を片手で撫でたサラマンドラゼノクはそれを肯定するかの如く彼の方を一瞥して嗤った。

「まさか、あれが伝説に出てくる勇者ダーウードに倒されたサラマンドラ……?」

「アドラメレクが化けた魔獣の肩を、ダーウードが剣で斬りつけて退治したっていうあれね」

 ハミーダとダーリヤが互いに顔を見合わせながら息を呑む。およそ三百年前、勇者ダーウードは地上に下りてきて人々を襲っていた堕天使アドラメレクと戦い、サラマンドラの姿となって暴れるアドラメレクの肩に聖剣の一撃を浴びせて天に追い払ったという。今、彼女たちの目の前に立っている禍々しい赤色の怪人は、まさにその伝承とぴったり一致する姿と言動を見せているのだ。

「叔父上! 早くお逃げ下され!」

 サラマンドラゼノクに視線を奪われたまま立ち尽くしている一同の傍で、負傷して地面に膝を突いていたケンティペダゼノクがフサインを守ろうと飛びかかる。胴体から生えたムカデのような無数の脚でサラマンドラゼノクに組みつき押さえ込んだケンティペダゼノクだったが、次の瞬間、サラマンドラゼノクは全身から赤い炎を立ち昇らせて密着状態の相手を攻撃した。

「ぐぁぁっ!」

「汝もこの者と同じダーウードの子孫……奴の血筋は全て消す!」

 炎に包まれ、たまらず相手を放して後退したケンティペダゼノクに、サラマンドラゼノクは指先から放った火炎で更に追い討ちをかける。超高熱の炎に焼かれて倒れたケンティペダゼノクは絶命し、大爆発して砕け散った。

「カシム……!」

「神罰の炎で滅びるがよい。汝の遠き親類である、その娘と共にな」

「や、やめろ。助けてくれ。うわぁぁっ!!」

 甥を殺されて愕然とするフサインの方に向き直ったサラマンドラゼノクは再び指先から紅蓮の炎を噴射し、彼の体に浴びせかけた。着ていた白いターバンが燃え、フサインはたちまち火達磨となる。

(フサインおじさん……!)

 口に猿轡を噛まされているため声を出せないミリアムの目の前で、炎に包まれながら床を転げ回ったフサインは倉庫内に積まれていた麦俵の山にぶつかり、そのまま動かなくなった。真っ黒な炭の塊と化してなおも燃え続ける彼の屍から倉庫に貯蔵されていた小麦に引火し、見る見る内に炎は辺り一面に広がってゆく。

「ミリアム!」

 柱に縛りつけられて身動きできないミリアムの足元にも火は迫ってくる。すぐに妹を助け出そうとするレオゼノクだったが、サラマンドラゼノクは彼を睨むとその進路を遮るように立ちはだかり、先ほどまでフサインに向けていたのと同じ強い殺意を両眼から放ちつつ言った。

「汝もダーウードの血を引く呪いの仔……死ぬがいい!」

「レオ様が……? どうして」

 予期せぬサラマンドラゼノクの言葉にレオパルドスゼノクが驚く。リオルディア王国の国王ジャンマリオ三世の落胤であるはずのレオナルド=ラシードが、三百年前のアラジニア人の英雄の末裔でもあるというのはどういうことだろうか? それは以前にバジリスクゼノクが口にしていた、ラシードの正体にまつわる残酷な真実なるものと何か関連のあることなのであろうか。

「出でよ。魔槍シャデラク!」

 サラマンドラゼノクが武器を呼び出すようにそう叫ぶと、彼の左の拳を覆っていた外骨格の鎧が光の粒に分解され、眩しく輝きながら形を変えて再構成されてゆく。赤い光はやがて長い一本の槍と化して固まり、サラマンドラゼノクの右手に収まった。

「魔王の仔、反逆者レオニダスの子孫、そして我が怨敵ダーウードの末裔……三重に呪われた因果を持つ汝は、生まれて来ない方がさぞ幸福だったであろう」

「魔王の仔だと……?」

 炎のような赤い槍・シャデラクを構えて迫ってくるサラマンドラゼノクの言葉を、レオゼノクはその意味を推し測ろうとするように反芻する。その隙を逃さず、サラマンドラゼノクはシャデラクを振るって勢いよく彼に突きかかった。

「くっ……!」

「レオ様!」

 槍の一撃を右腕で防ごうとしたレオゼノクは衝撃で後ろへ弾き飛ばされて倒れる。彼の危機を見たレオパルドスゼノクが手にした長剣アウレリウスで横から斬りかかるが、サラマンドラゼノクはシャデラクをかざしてこれを受け止め、すかさず彼女の胸にも強烈な槍の一突きを浴びせて転倒させた。

「ううっ……!」

「まずいぞ。ミリアムちゃんが……!」

 レオゼノクらが戦っている間にも火災はどんどん広がり、柱に縛りつけられて逃げられないミリアムのすぐ傍まで炎が迫ってくる。気づいたカリームたちが声を上げた時には、ミリアムはもはや普通の人間には突破不可能なほどの激しい猛火に囲まれてしまっていた。危機を察したレオパルドスゼノクが助けに向かおうとするが、今の攻撃を受けて怒ったサラマンドラゼノクはシャデラクを振り回して彼女に猛攻を加え、魔力を灯らせて赤く発光する槍の穂先を叩きつけて強烈な打撃を与える。

「うっ……ミリアム……ちゃん……」

「今だ。俺が行く!」

 痛みを堪えて立ち直ったレオゼノクがミリアムの救助に駆け出すが、レオパルドスゼノクを地面に沈めたサラマンドラゼノクは指先から高熱火炎を放ってレオゼノクを背後から狙い撃ちする。攻撃魔法の炎を浴びたレオゼノクは苦しみながら倒れ込み、焼け焦げた外骨格の装甲から煙を噴き上げて倉庫の床を転がった。

(苦しい……お兄ちゃん、助けて!)

「ぐっ……ミリア……ム……!」

 倉庫内は既に辺り一面が炎に覆われ、全てを焼き尽くさんばかりの大火災となっていた。炎と黒煙に巻かれて苦悶の表情を浮かべながら、ミリアムは涙ぐんだ目で必死に兄に助けを求め続けた。
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