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14.薔薇園にて
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14.薔薇園にて
開港祭デートをかけたバトル。
略して開港祭バトル(そのまんまだ)は七瀬嬢の言葉で決まったが、それを取り仕切ったのはリキだった。
七瀬嬢の早計な発言を石井嬢が撤回しようとしたが、その時には噂は大きく広がり、今更中止とは出来ない状況だった。
慌てふためいてどうにかしようと石井嬢が奔走していた時、そこにリキが現れものの見事に話を纏め上げた。
バトル決行は開港祭当日の放課後。
つまり6月15日の放課後だ。場所は学校。商品は七瀬嬢とのデート権。
そして肝心のゲームの勝利条件はリキの捕獲だった。
「リキさんを捕獲ですか?」
渡された紙を見ながら呟いた。するとギロリとリキは俺を睨む。
「捕獲なんて書いてないだろう、だいたい捕獲ってなんだよ、捕獲なんていうのは君のような貧相な小動物に対して使う言葉なんだよ。この俺様にはもっと相応しい言葉があるだろう?」
「相応しい言葉?」
俺は紙から顔を上げてリキを見た。廊下で格好つけるように前髪をかきあげながら、リキはフっと微笑んだ。
「そうだ、俺様と一番最初に謁見をし、そして握手を交わした者が勝者だ」
「格好つけてても、背景ただの学校の廊下だし、謁見とか言っても……」
言葉の途中でリキがチリリリンとベルを鳴らした。
「どっから出したそれ!」
突っ込んでいると一宮さん、二宮さん、九十九さんが現れて、テキパキと壁紙を張り出した。
白い壁、金の飾り、重厚な家具に螺鈿細工の装飾。一瞬で背景が変更された。魔法だ。いやドリフか!?
「さあ、この俺に相応しい背景ができたし話の続きをしようか?」
リキは突然置かれた赤い布張りの豪奢なアームチェアーに腰かける。まんまバロックな風景だ。
「えっと、ここ学校でしたよね? いつベルサイユになったんですか!? つーか赤坂迎賓館ですか!?」
「そんなに騒ぐな、楽にくつろいで跪け」
「跪っけて、それくつろぐ事になりませんよ?!」
相変わらずリキはドエス王子だった。
結局のところ、開港祭バトルは放課後の鬼ごっこだった。
学校のどこかにいるリキを探し出して捕まえた人間が勝者になるという簡単なルールだ。
「簡単は簡単だけど……」
俺は今まで戦った勇者達の事を思い出した。怪奇エビセン男に悪魔の大道芸人、GPライダー顔負けの自転車少年に的屋のジュージ君、もはや陰陽師としか思えない藤波さんに、異空間を生み出す書道家、それに着せ替え多重人格者ときた。もはや奇人変人ショーか妖怪百鬼夜行だ。うちの学校は放課後か休日に曲馬団として興行した方が良いんじゃないか。思えば格闘技らしい格闘技を披露してくれたのは石井嬢だけだった。そういえばまっとうな運動部すら対戦相手にはいなかった。まったくどんな学校だよ?
でもうちの学校は元々運動部は日陰の部だったりする。
なにせ新設校だから歴史も実績もないので、部活を目指して入学してくる人間もいない。
それ所か二学年分しか生徒はいないので、レギュラー人数に達していないのが現実だ。野球部やサッカー部とか人数が多く必要な部活は、お気の毒にって感じだ。だから部活に入らずに、個人的におかしな部活動もどきをする人間がたくさんいるのも納得だったりする。
それにしても開港祭バトルは、一体どういう事になるのだろうか。ルールが簡単な分、そんな変人達とどう戦うのか想像もつかない感じだ。
「でも、勝つしかないからな」
俺は呟いて強く拳を握った。
大好きな七瀬嬢のために、自分の為に絶対に負けられないんだ。
それからの日々は比較的平和にすぎた。
日常的にあったバトルは開港まで中止となったからだ。とにかくすべては開港祭のバトルにむかっていた。
そして6月になった。
その日の放課後、帰り支度をしていると教室にリキが現れた。
「マモル」
名前を呼んだリキは普通の格好だった。学校指定の黒いラインの入った白いシャツに、黒いズボン。いや、これが当たり前なんだが、おかしな王子服を見慣れたせいか、すごく新鮮に見える。それにしたって、ただの服でも十分王子に見えそうな美貌だ。流石七瀬嬢のお兄様。そんな風に思っているとリキが筒状の紙を差し出した。
「なんすか、これ?」
「勅命だ」
「は?」
困惑する俺を置いて、リキは教室から出ていった。残された俺は渡された円筒状に巻かれた紙を見つめる。
「なんだよ、王様がおかしな法律でも作ったってか?」
結ばれていた紐を解いて紙を広げた。なんかご丁寧にペン字だし、宝の地図みたいな紙だし。
そう思いながら文章を読んでドキリとした。
リキにもらった紙を読むと、教室を慌てて飛び出した。
「なんだよ、もう帰るのか?」
そう言う砂原に手を上げて挨拶する。
「ああ、またな!」
俺は走るように廊下を進んだ。
ドキドキと緊張しながら裏庭へと向かう。
普段は正門の方から登下校をしているので、裏門がある裏庭の方にはまったく来た事がなかった。
裏庭なんて、せいぜい廊下の窓から眺める位しかした事がない。
裏庭に着いて驚いた。門へと続く小さな道が薔薇のアーチになっていた。
「わ」
アーチには赤いツタの薔薇が咲き、その周りには黄色や白やピンクの大輪の薔薇が咲いていた。辺り一帯にさわやかな香りが漂っている。
それは幻想的な風景だった。そして何よりも幻想的だったのは、その薔薇の中に佇む七瀬嬢の姿だった。
俺は彼女と薔薇という、そのまんま絵みたいに綺麗な光景にドキドキしながら近付いた。
リキにもらった紙には、一言、七瀬嬢が裏庭で待っていると書かれていた。
七瀬嬢は薔薇の花を眺めていたが、俺に気付くとフワリと微笑んだ。
その笑みに古典的だが心臓にドキュンと矢が突き刺さった。矢って表現が古いって言うならズキュンと銃で撃たれたでも良い。いやこれも古いか、じゃあテポドンを撃ち込まれたでも良い。ってそれじゃ木っ端微塵だよ。
「久世君」
呼ばれて現実に引き戻される。動けずにいる俺に向かって七瀬嬢が近付いてくる。
「あの、来てくれてありがとう」
七瀬嬢に向かって首をブンブンと振る。いやいやお礼を言いたいのは俺の方だ。
君に会えただけで嬉しいし、呼び出してもらっただけで天にも昇る気分だ。
「明日はいよいよバトルでしょう?」
「え、うん」
そういえばそうだ。浮かれていてすっかり忘れていた。
「だから私どうしても久世君に会いたくて」
「俺に?」
七瀬嬢は頷くと胸の前で手を組んだ。
「気をつけて下さい。ケガとかしないように」
「え?」
七瀬嬢は真剣な瞳で真っ直ぐに俺を見ている。
鮮やかな大輪の薔薇を背景にする彼女は、そのまんま天使に見えた。
「えっと、その……何が言いたいかって言うとね」
七瀬嬢は一回顔を俯けたあとで再び上げる。
「もしもケガしそうになったら、勝負には負けても良いからね」
その言葉に驚いていた。いやいや負けて良いって、普通ここは頑張ってねとか、信じてるわとかそう言う所だよね?
俺がそう思っていると、七瀬嬢は強い瞳で言った。
「本当言うと勝負の結果はどうでも良いの。誰かが勝ったら、ルールだし私はデートをする覚悟は出来てるの。でも私の為に久世君が傷ついたりするのだけは嫌だから、だからケガしそうになったら負けても良いから、自分を大事にして欲しいの」
ああ、すごく嬉しい。七瀬嬢はこんな風に言ってくれるけど、逆に死んでも良いって思っちゃうよ。
俺はそう思ったが口にはしないで、黙って頷いた。
「ありがとう、ケガはしないようにするよ」
七瀬嬢は安心したように頷いた。俺はそんな彼女に調子に乗って言う。
「リキさんにもケガとかさせないようにするから、安心してね」
「あ、うん、ありがとう。でもお兄ちゃんは何があってもケガとかしないと思うから、大丈夫だと思うよ」
確かに。流石七瀬嬢、お兄さんの事をよく分かってらっしゃる。
俺達は見詰め合って、そして笑った。
元気が100倍いわてくるような、そんな時間を彼女と暫し過ごしたのだった。
石井嬢が待っていると言って、七瀬嬢は先に帰った。俺はその場に残り、幸福な時間に浸っていた。
薔薇の香りに包まれた空間で目についたベンチに座る。
「気持ち悪いヘラヘラ顔だな」
心底バカにしたという声に顔を上げると、リキが立っていた。
「また普通だ」
俺の言葉にリキが怪訝そうに眉を顰めた。
「何が普通だって?」
「え、いや服装がですよ。ただの制服だから」
「ああ、当たり前だろう? 学生なんだから」
「いつもおかしな服着てましたよね!? 制服姿で会った事の方が少ないと思いますけど!?」
言いながら思った。もしかしてあれはバトル観戦用なのか? それようの正装なのか!?
「七瀬とは会えたか?」
話題を変えるように聞かれて、リキを見上げた。
リキは赤い薔薇を背景に立っている。この人はただ立っているだけなのに、やけに優雅に見える。
姿勢が綺麗だからだろうか。俺はリキにちょっと見惚れながら答える。
「リキさんのお陰で会えましたよ。ありがとうございます」
リキは珍しくふっと優し気に微笑んだ。
「そうか、会えたか。良かったな」
その慈愛に満ちたような笑みにドキリとした。
もしかして七瀬嬢との待ち合わせに至るまでに、陰でこの人が何か一肌脱いでくれていたのだろうか?
「本当に良かった。死ぬ前に会うことができて。これで君も思い残す事もないだろう。明日は潔く特攻して死んでくれ」
「俺が死ぬこと前提に話さないでくれますか!? つーか死亡フラグを勝手にガンガン立てないで下さい!」
リキは前髪をサラリとかきあげてポーズを取る。
「ああ、こんな元気なマモルを見るのも今日が最後となるのか」
「いや、ならないから!」
「そうだ、何か約束でもしようか? バトルが終ったら一緒に出かけようとか」
「それも死亡フラグですよね!?」
「あはは、マモルは疑り深いなー。そうだ、こんなのはどうだ? TDLのチケットだ」
リキは制服のポケットからチケットを二枚取り出した。
「君がバトルに勝ったら七瀬と一緒に行くと良い」
「リキさん……」
死亡フラグな気もしなくはないが、でもそのチケットは嬉しい。
TDLと言えばデートの定番じゃないか。もしやリキさんて良い人では? 俺はちょっと感動しかけた。
「俺、行った事なかったんで嬉しいです。東京ディ……」
「ああ、これね、東海デンジャラスランド、略してTDLのチケットだから」
「行かないです! つーかなんすか、デンジャラスランドって!?」
リキを良い人だと思いかけた自分を反省した。リキはそんな俺を見て高笑いをする。
「あはは、流石だよ、マモル君。君はこの俺の期待を裏切らない。この調子で明日も無様な姿を晒して、この俺を楽しませてくれよ。期待しているからな」
言いたいことを言うと、リキは薔薇園の小道を歩き出した。歩き去るリキは、その姿だけはとても美しかった。
薔薇の花弁がリキを飾るように舞い散っている。つーか横から一宮さんが花弁撒いてるのが見えてるけどね。
今日の薔薇園で俺は思いを新たにした。
リキにバカにされないように、無様な姿だけは晒せない。
そして、七瀬嬢を悲しませないように力の限り頑張ろうと。
開港祭デートをかけたバトル。
略して開港祭バトル(そのまんまだ)は七瀬嬢の言葉で決まったが、それを取り仕切ったのはリキだった。
七瀬嬢の早計な発言を石井嬢が撤回しようとしたが、その時には噂は大きく広がり、今更中止とは出来ない状況だった。
慌てふためいてどうにかしようと石井嬢が奔走していた時、そこにリキが現れものの見事に話を纏め上げた。
バトル決行は開港祭当日の放課後。
つまり6月15日の放課後だ。場所は学校。商品は七瀬嬢とのデート権。
そして肝心のゲームの勝利条件はリキの捕獲だった。
「リキさんを捕獲ですか?」
渡された紙を見ながら呟いた。するとギロリとリキは俺を睨む。
「捕獲なんて書いてないだろう、だいたい捕獲ってなんだよ、捕獲なんていうのは君のような貧相な小動物に対して使う言葉なんだよ。この俺様にはもっと相応しい言葉があるだろう?」
「相応しい言葉?」
俺は紙から顔を上げてリキを見た。廊下で格好つけるように前髪をかきあげながら、リキはフっと微笑んだ。
「そうだ、俺様と一番最初に謁見をし、そして握手を交わした者が勝者だ」
「格好つけてても、背景ただの学校の廊下だし、謁見とか言っても……」
言葉の途中でリキがチリリリンとベルを鳴らした。
「どっから出したそれ!」
突っ込んでいると一宮さん、二宮さん、九十九さんが現れて、テキパキと壁紙を張り出した。
白い壁、金の飾り、重厚な家具に螺鈿細工の装飾。一瞬で背景が変更された。魔法だ。いやドリフか!?
「さあ、この俺に相応しい背景ができたし話の続きをしようか?」
リキは突然置かれた赤い布張りの豪奢なアームチェアーに腰かける。まんまバロックな風景だ。
「えっと、ここ学校でしたよね? いつベルサイユになったんですか!? つーか赤坂迎賓館ですか!?」
「そんなに騒ぐな、楽にくつろいで跪け」
「跪っけて、それくつろぐ事になりませんよ?!」
相変わらずリキはドエス王子だった。
結局のところ、開港祭バトルは放課後の鬼ごっこだった。
学校のどこかにいるリキを探し出して捕まえた人間が勝者になるという簡単なルールだ。
「簡単は簡単だけど……」
俺は今まで戦った勇者達の事を思い出した。怪奇エビセン男に悪魔の大道芸人、GPライダー顔負けの自転車少年に的屋のジュージ君、もはや陰陽師としか思えない藤波さんに、異空間を生み出す書道家、それに着せ替え多重人格者ときた。もはや奇人変人ショーか妖怪百鬼夜行だ。うちの学校は放課後か休日に曲馬団として興行した方が良いんじゃないか。思えば格闘技らしい格闘技を披露してくれたのは石井嬢だけだった。そういえばまっとうな運動部すら対戦相手にはいなかった。まったくどんな学校だよ?
でもうちの学校は元々運動部は日陰の部だったりする。
なにせ新設校だから歴史も実績もないので、部活を目指して入学してくる人間もいない。
それ所か二学年分しか生徒はいないので、レギュラー人数に達していないのが現実だ。野球部やサッカー部とか人数が多く必要な部活は、お気の毒にって感じだ。だから部活に入らずに、個人的におかしな部活動もどきをする人間がたくさんいるのも納得だったりする。
それにしても開港祭バトルは、一体どういう事になるのだろうか。ルールが簡単な分、そんな変人達とどう戦うのか想像もつかない感じだ。
「でも、勝つしかないからな」
俺は呟いて強く拳を握った。
大好きな七瀬嬢のために、自分の為に絶対に負けられないんだ。
それからの日々は比較的平和にすぎた。
日常的にあったバトルは開港まで中止となったからだ。とにかくすべては開港祭のバトルにむかっていた。
そして6月になった。
その日の放課後、帰り支度をしていると教室にリキが現れた。
「マモル」
名前を呼んだリキは普通の格好だった。学校指定の黒いラインの入った白いシャツに、黒いズボン。いや、これが当たり前なんだが、おかしな王子服を見慣れたせいか、すごく新鮮に見える。それにしたって、ただの服でも十分王子に見えそうな美貌だ。流石七瀬嬢のお兄様。そんな風に思っているとリキが筒状の紙を差し出した。
「なんすか、これ?」
「勅命だ」
「は?」
困惑する俺を置いて、リキは教室から出ていった。残された俺は渡された円筒状に巻かれた紙を見つめる。
「なんだよ、王様がおかしな法律でも作ったってか?」
結ばれていた紐を解いて紙を広げた。なんかご丁寧にペン字だし、宝の地図みたいな紙だし。
そう思いながら文章を読んでドキリとした。
リキにもらった紙を読むと、教室を慌てて飛び出した。
「なんだよ、もう帰るのか?」
そう言う砂原に手を上げて挨拶する。
「ああ、またな!」
俺は走るように廊下を進んだ。
ドキドキと緊張しながら裏庭へと向かう。
普段は正門の方から登下校をしているので、裏門がある裏庭の方にはまったく来た事がなかった。
裏庭なんて、せいぜい廊下の窓から眺める位しかした事がない。
裏庭に着いて驚いた。門へと続く小さな道が薔薇のアーチになっていた。
「わ」
アーチには赤いツタの薔薇が咲き、その周りには黄色や白やピンクの大輪の薔薇が咲いていた。辺り一帯にさわやかな香りが漂っている。
それは幻想的な風景だった。そして何よりも幻想的だったのは、その薔薇の中に佇む七瀬嬢の姿だった。
俺は彼女と薔薇という、そのまんま絵みたいに綺麗な光景にドキドキしながら近付いた。
リキにもらった紙には、一言、七瀬嬢が裏庭で待っていると書かれていた。
七瀬嬢は薔薇の花を眺めていたが、俺に気付くとフワリと微笑んだ。
その笑みに古典的だが心臓にドキュンと矢が突き刺さった。矢って表現が古いって言うならズキュンと銃で撃たれたでも良い。いやこれも古いか、じゃあテポドンを撃ち込まれたでも良い。ってそれじゃ木っ端微塵だよ。
「久世君」
呼ばれて現実に引き戻される。動けずにいる俺に向かって七瀬嬢が近付いてくる。
「あの、来てくれてありがとう」
七瀬嬢に向かって首をブンブンと振る。いやいやお礼を言いたいのは俺の方だ。
君に会えただけで嬉しいし、呼び出してもらっただけで天にも昇る気分だ。
「明日はいよいよバトルでしょう?」
「え、うん」
そういえばそうだ。浮かれていてすっかり忘れていた。
「だから私どうしても久世君に会いたくて」
「俺に?」
七瀬嬢は頷くと胸の前で手を組んだ。
「気をつけて下さい。ケガとかしないように」
「え?」
七瀬嬢は真剣な瞳で真っ直ぐに俺を見ている。
鮮やかな大輪の薔薇を背景にする彼女は、そのまんま天使に見えた。
「えっと、その……何が言いたいかって言うとね」
七瀬嬢は一回顔を俯けたあとで再び上げる。
「もしもケガしそうになったら、勝負には負けても良いからね」
その言葉に驚いていた。いやいや負けて良いって、普通ここは頑張ってねとか、信じてるわとかそう言う所だよね?
俺がそう思っていると、七瀬嬢は強い瞳で言った。
「本当言うと勝負の結果はどうでも良いの。誰かが勝ったら、ルールだし私はデートをする覚悟は出来てるの。でも私の為に久世君が傷ついたりするのだけは嫌だから、だからケガしそうになったら負けても良いから、自分を大事にして欲しいの」
ああ、すごく嬉しい。七瀬嬢はこんな風に言ってくれるけど、逆に死んでも良いって思っちゃうよ。
俺はそう思ったが口にはしないで、黙って頷いた。
「ありがとう、ケガはしないようにするよ」
七瀬嬢は安心したように頷いた。俺はそんな彼女に調子に乗って言う。
「リキさんにもケガとかさせないようにするから、安心してね」
「あ、うん、ありがとう。でもお兄ちゃんは何があってもケガとかしないと思うから、大丈夫だと思うよ」
確かに。流石七瀬嬢、お兄さんの事をよく分かってらっしゃる。
俺達は見詰め合って、そして笑った。
元気が100倍いわてくるような、そんな時間を彼女と暫し過ごしたのだった。
石井嬢が待っていると言って、七瀬嬢は先に帰った。俺はその場に残り、幸福な時間に浸っていた。
薔薇の香りに包まれた空間で目についたベンチに座る。
「気持ち悪いヘラヘラ顔だな」
心底バカにしたという声に顔を上げると、リキが立っていた。
「また普通だ」
俺の言葉にリキが怪訝そうに眉を顰めた。
「何が普通だって?」
「え、いや服装がですよ。ただの制服だから」
「ああ、当たり前だろう? 学生なんだから」
「いつもおかしな服着てましたよね!? 制服姿で会った事の方が少ないと思いますけど!?」
言いながら思った。もしかしてあれはバトル観戦用なのか? それようの正装なのか!?
「七瀬とは会えたか?」
話題を変えるように聞かれて、リキを見上げた。
リキは赤い薔薇を背景に立っている。この人はただ立っているだけなのに、やけに優雅に見える。
姿勢が綺麗だからだろうか。俺はリキにちょっと見惚れながら答える。
「リキさんのお陰で会えましたよ。ありがとうございます」
リキは珍しくふっと優し気に微笑んだ。
「そうか、会えたか。良かったな」
その慈愛に満ちたような笑みにドキリとした。
もしかして七瀬嬢との待ち合わせに至るまでに、陰でこの人が何か一肌脱いでくれていたのだろうか?
「本当に良かった。死ぬ前に会うことができて。これで君も思い残す事もないだろう。明日は潔く特攻して死んでくれ」
「俺が死ぬこと前提に話さないでくれますか!? つーか死亡フラグを勝手にガンガン立てないで下さい!」
リキは前髪をサラリとかきあげてポーズを取る。
「ああ、こんな元気なマモルを見るのも今日が最後となるのか」
「いや、ならないから!」
「そうだ、何か約束でもしようか? バトルが終ったら一緒に出かけようとか」
「それも死亡フラグですよね!?」
「あはは、マモルは疑り深いなー。そうだ、こんなのはどうだ? TDLのチケットだ」
リキは制服のポケットからチケットを二枚取り出した。
「君がバトルに勝ったら七瀬と一緒に行くと良い」
「リキさん……」
死亡フラグな気もしなくはないが、でもそのチケットは嬉しい。
TDLと言えばデートの定番じゃないか。もしやリキさんて良い人では? 俺はちょっと感動しかけた。
「俺、行った事なかったんで嬉しいです。東京ディ……」
「ああ、これね、東海デンジャラスランド、略してTDLのチケットだから」
「行かないです! つーかなんすか、デンジャラスランドって!?」
リキを良い人だと思いかけた自分を反省した。リキはそんな俺を見て高笑いをする。
「あはは、流石だよ、マモル君。君はこの俺の期待を裏切らない。この調子で明日も無様な姿を晒して、この俺を楽しませてくれよ。期待しているからな」
言いたいことを言うと、リキは薔薇園の小道を歩き出した。歩き去るリキは、その姿だけはとても美しかった。
薔薇の花弁がリキを飾るように舞い散っている。つーか横から一宮さんが花弁撒いてるのが見えてるけどね。
今日の薔薇園で俺は思いを新たにした。
リキにバカにされないように、無様な姿だけは晒せない。
そして、七瀬嬢を悲しませないように力の限り頑張ろうと。
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