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12.複雑怪奇猟奇骨折

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12.複雑怪奇猟奇骨折



地下鉄は黒い銀河を進む。明るい車内に無数の窓。車内を飾るイベントの広告。開港祭。開港祭。開港祭。



開港祭は初夏に湾岸地区で行われる。それは俺達高校生にとっては憧れのイベントだ。

花火に出店。幻想的な光景が広がる祭。そこに恋人と一緒にいけるのならどんなに素敵な事だろう。



七瀬嬢と祭をまわる妄想をする。

立ち並び輝く高層ビル、打ちあがる花火、海面に映るその明かり、そして打ち上げの振動。浴衣姿の人たちの間を、俺と七瀬嬢は手を繋いで歩く。

そして帰りはまた銀河鉄道のような地下鉄に乗って家へと帰る。



『シロミサトマチ、シロミサトマチ』

車内アナウンスに閉じていた瞼を開く。夢の時間の終了だった。

俺は座席から立ち上がり、痛みに眉を顰めた。





「ケガした?」

教室で話を聞いた砂原は驚いたように俺を見た。そして椅子に座る俺を上から下まで眺める。



「どこにケガが? それらしいトコないじゃん? 切り傷も擦り傷も湿布も包帯も何も見当たらないけど?」

「足を捻挫したんだよ」

「捻挫? なんだ」

がっかりって感じで砂原は目の前の椅子に座る。

「つーかなんで残念がる?」

「え、そりゃだって大怪我を期待するじゃんか。連日のバトルでケガって言ったらすげー格好良くないか? 少年漫画で言えば最終回前のヤマ場だよヤマ場。県大会決勝のさなかに主人公がケガをする、これぞ正しい少年漫画!」

「俺、漫画の主人公じゃないし」

「ああ、そうだな、お前はどう見ても主役じゃなくて脇だよな」

「そっちの意味で言ったんじゃないんだけど!?」

突っ込みを入れていたら、廊下から大声が聞こえた。



「マモルちゃん!」

「え?」

振り返るとザンちゃんがピンクのシャツ姿でかけよってきた。そしていきなり俺の肩をガシっと掴む。

「マモルちゃんが俺のせいで怪我したって聞いてさ、俺、すっげー心配で心配でやってきちゃったんだよ」

ザンちゃんはまた昨日のキャラとは微妙に違う感じだった。

髪の毛の一部をピンクのゴムで縛っている。うーん、思うにこれはヘタレで乙女キャラとかだろうか?



「誰、この人? なんか頭悪そう」

何も知らない砂原が言うから、小声で教えておく。

「この人、服装で性格変わる多重人格だから、ヘタな事は言わない方が良いぞ。いきなりムチ持ったドエスキャラに変わったりするからな」

「え、まっさかー?」

「疑うなら昭和の名作ドラマ、ヤヌス○鏡でも見て勉強して置きたまえ。俺の言葉の意味が分かるだろうからさ」

「ヤヌス?」

首を傾げる砂原を無視して、俺はザンちゃんに話を戻す。



「あの、なんか話がねじれておかしな感じに伝わっているようですが、俺はただの捻挫ですし、しかもこれはザンちゃんのせいじゃないですよ」

「え?」

ザンちゃんはきょとんとした顔で首を傾げる。

「これはドエスな菱形リキさんに階段から突き落とされて出来たケガなんで」

「そうなの?」

「はい」

「そっかー良かったー。あ、俺のせいでって事がじゃなくて、マモルちゃんのケガが軽症でね」

ニカリと笑うザンちゃんに笑みが零れた。

服装多重人格で面倒な人ではあるが、優しい所のある良い人なんだなって思う。

「ありがと、ザンちゃん。俺の事は安心して下さい」

「うん! 今度バトルは抜きで遊ぼうね、じゃ、また」

立ち去るザンちゃんに軽く微笑みながら手を振った。

ザンちゃんの姿が見えなくなると砂原が呟いた。



「なんか最近、お前の周りに面白い人間が増えたな」

「え、ああ、うん、そうかもな」

確かに以前に比べて俺に会いにくる人間が増えた。

しかもかなりおかしな人種が。でもなんかそれって嬉しい事、楽しい事じゃないか?

その時だった。シュンと音がして、身体がまた長い紙に拘束された。

「こ、これは!?」

叫ぶ俺に砂原が冷静に言う。



「それ、藤原さんの人形の折り紙だな。俺もちょっと教わったけど、とてもとてもそこまでの技は出来ないよ」

「つーか、また捕獲か!?」

紙がグイと引かれ、俺の身体は教室から廊下にすっとんでいった。それをクラスメイトが奇異な目で見ている。

そのうちイジメとかにあったら絶対あの先輩達のせいだ。







俺は廊下の奥に連れ込まれていた。

「またなんなんですか!?」

ちょっと怒り気味に藤波さんに言うと、彼はものすごく素直に謝る。

「ごめんね、また君を呼び出したいと言われてしまったから、こんな手荒なマネをしてしまって。でもこれでも君のケガを考えてした事なんだよ。歩いて来るより引っ張られて空中飛んだ方が楽でしょう?」

「歩いた方が良いですよ!」

この人は天然で邪気がない分怖い気がする。



「それで今日の呼び出しは誰なんですか? また新しいバトル相手ですか?」

聞いた時、階段から一人の男が現れた。

「そう騒ぐなよマモル、緊急事態なんだよ」



現れたのはやけに神妙な顔をしたリキだった。

いつもふてぶてしいリキが、今日はやけにおとなしく元気がない。その様子にドキリとした。

「なんか、あったんですか?」

「大有りだよ」

リキは大きく息を吐いた。



「どういうワケか分からないが、七瀬がお前の騎士を解任すると言い出した」

「え?」

あまりに意外な言葉に息が詰まった。解任? 



「なんでですか? 俺、何か彼女の気にいらない事をしましたか!?」

「だから理由は分からないって言っただろう」

リキに睨まれてしまった。その威圧感に押し黙る。



「七瀬から、マモルのバトルの禁止を懇願された。それは強い意志で、さすがの俺も折れるしかなかった」

「そう……・ですか」

七瀬嬢の意図を必死で考える。そんな俺にリキは続ける。

「マズイ事に今は開港祭前。七瀬にアプローチしてくる人間が前以上に増えている」

思考を中断し顔を上げた。そうだ。もうすぐ開港祭。俺も夢見たように好きな人を誘いたいという人間はいっぱいいるはずだ。

「マモル亡き今」

「いや、死んでないですけど!?」

俺の突っ込みを無視してリキは続ける。



「マモル亡き今、そいつらをどうする気だと七瀬に聞いたら、あいつはとんでもない事を言い出したんだ」

「とんでもない事? 何を?」

緊張しながらリキを見つめた。

「開港祭デートをかけての一括バトルの案を出してきた」

「え?」

驚きに開いた口が閉じられなかった。一括バトル? それって。

「も、もしかしてそのバトルに勝った人間と七瀬さんは付き合うとか?」

リキは俺を睨み付けた。

「そんな事はこの俺が許さない! これは単にデートをかけた戦いだ。でもきっと勘違いするバカも出てくると思う。だから俺はこのバトルには反対なんだよ」

「じゃあ何とかやめさせられないんですか?」

聞くとリキは渋い顔で額を押さえる。



「清香君がすでに発令してしまった。全校生徒にすでに知れ渡っているよ」

発令って何だよ? 全校生徒って言っても二学年しかないよ、いつもならそう突っ込むんだけど、今はそんな余裕がない。



「七瀬さん、一体どうしちゃったんだよ……」

俯いて呟いた。するとリキが近付いてきた。

「だから俺はお前を呼び出したんだよ」

「?」

顔を上げてリキを見つめる。



「七瀬が何でこんな事を言い出したのか、俺には分からない。七瀬は俺には何も言うつもりもないようだからな。でもお前なら七瀬の気持ちが聞き出せるんじゃないか?」

ドキリとした。七瀬嬢の気持ち。それを俺が聞きだす事が出来るだろうか?

それ位に俺と彼女は心を通わせているだろうか?



「マモル君!」

藤波さんが顔を覗きこみながら肩をポンと叩いた。



「僕は七瀬さんが好きだが、彼女が自棄になっているとしたら、今回のバトルを僕は望まない。君が彼女の心を開いて、考えを改めさせてくれると信じているよ」

「藤波さん」

整った藤波さんの顔を真っ直ぐに見つめた。

この人は本当に、顔だけじゃなく性格も素直で一直線で良い人なんだなと思った。

俺は二人を交互に見つめると頷いた。

「七瀬さんに何があったのか聞いてみます」

ブラックとホワイトの二人の王子は微笑んでくれた。







昼休み、俺は七瀬嬢に会うために彼女の教室に向かった。

ドアから中を覗いてみると、机で弁当箱をしまっている七瀬嬢と石井嬢の姿が見えた。

俺は痛めている足を気にしながら彼女達に向かって歩いた。



「ちょっと良いかな?」

声をかけると七瀬嬢は驚いた顔で立ち上がった。

「久世君! 学校に来て大丈夫なの?」

「え?」

俺の方が彼女の言葉に驚いてしまった。

「な、何?」

「だ、だって……久世君が大怪我したって聞いて、だから、それで……」

七瀬嬢は目の前で涙をにじませた。

「え、ええ?」

俺は慌ててしまった。クラス中からの視線も痛い。

「ちょっと外で話そうか?」

そう言うと、七瀬嬢と石井嬢を連れて廊下に出た。





「あの、俺が大怪我って何?」

廊下の隅で七瀬嬢にそう訊ねた。七瀬嬢は震えるような目で答える。



「お兄ちゃんに久世君が昨日ケガをしたって聞いたの。それはすごく熾烈な戦いで、もがき苦しみ生爪が剥がれながらも最後まで戦い、ついには巨人のような男を倒したって。でもその戦いのせいで久世君は足を複雑怪奇猟奇骨折したって聞いて、それで」

「ちょ、ちょっと待って!」

俺はストップをかけた。えっと突っ込みたい所が山ほどあったぞ。

戦いもそうだが、足を複雑怪奇猟奇骨折って何だよって感じだ。

それもう骨折じゃなくてホラーだし、いやいや、第一そんな問題じゃなくて、俺のケガは実際ただの捻挫で、しかも一番の問題点はこれはバトルでしたケガではなくて、あのドエス王子、貴方のお兄さんに階段から落とされて出来たものなんですよ。



そう言いたかったが、心配そうに俺の顔を見ている七瀬嬢を見たら、まあいいやって気になった。

「えっと、俺のケガはただの捻挫なんで、安心してくれて良いよ」

「捻挫? 複雑怪奇猟奇骨折ではなく?」

聞き返す七瀬嬢がかわいいので、笑顔で答える。



「うん、俺は怪奇でも猟奇でもないよ。それにこのケガはバトルに関係なく、単に階段から落ちただけだから」

驚きの表情を見せた後で、七瀬嬢はふわりと安堵の笑みを浮かべてくれた。

その顔に胸が温まる。ああ、やっぱり七瀬嬢は良い子だなー。



「ちょっと待って! それって納得できないわ!」

そう言ったのは側にいた石井嬢だった。石井嬢はきつく俺を睨んで言う。



「貴方が大怪我だって聞いて、七瀬がどんだけ心配したと思ってるのよ、今日だって帰りにはお見舞いに行きたいって、昨夜遅くまでお見舞いのお菓子作ってたりしたのよ! それがただの捻挫って何よ!」

俺は七瀬嬢を見た。彼女は少し困ったように眉を寄せている。

彼女はまた俺の為にお菓子を作ってくれたのか? 俺を心配して見舞いに来てくれようとしたのか?

ああ、本当にどうしてこう彼女は真面目で良い子なんだろう。

感動しながら顔がにやけかけた時、目の前の石井嬢に胸倉を捕まれた。



「何ヘラヘラ笑ってんのよ! 笑い事じゃないのよ! そのお陰でね、七瀬は七瀬は……」

石井さんの顔があまりに真剣で切羽つまった感じで、俺の顔から笑みが消えた。なんだか嫌な予感がする。

「七瀬さんが……なに?」

石井嬢は掴み上げていたシャツを離すと言った。



「貴方に二度とケガなんかさせたくない。だったら騎士を辞めてもらいたい、そう言ったの」

何故自分が騎士の役目を解任されたのか理解した。

でも、じゃあ問題の一括バトルって言うのは……。

石井嬢は俯きながら拳を握り締めた。



「貴方の事を守るため、当分のいざこざの回避の為に一括バトルを提案したのよ」

石井嬢は顔を上げると俺を睨みながら言った。

「良い? 七瀬は貴方を守ろうとしたの、分かる?」

言葉が胸に刺さった。



ああ、七瀬嬢は本当になんてすごい人だろう。真面目で真面目で、かわいくてちょっと不器用なだけじゃない。

俺なんかを守る為に自分の不利になる事まで実行してくれたなんて。



俺は七瀬嬢の心に、行動に感動していた。

でも。

七瀬嬢に向き直ると、彼女の肩にポンと手を置いた。そして今までにない程に顔を近づける。

柔らかい七瀬嬢の前髪が俺のそれに触れる。甘い良い匂いがした。

それに近くで見ても、本当にぜんぜん隙がない程に整った顔だ。



「七瀬さん、気持ちは嬉しいけど、でもそれはダメだよ」

「え?」

七瀬嬢は大きな瞳で俺を見上げる。



「俺の為に君が犠牲になるなんてダメだよ。そんな事は決してしないで欲しい」

「で、でも、私、自分のせいで久世君がバトルして怪我とかするのはもう嫌なの。そもそも貴方を騎士にだなんて、こんな事頼んだ私がいけないの。いくらお兄ちゃんに言われたからって、人を戦わせるなんてしちゃいけなかった。私が間違ってたの」

きつくならないように気遣いながら声をかける。

「七瀬さん、そんな事気にしなくて良いよ」

俺は心からの気持ちを彼女に向かって言う。



「最初は成り行きでバトルを始めたけど、でも今は結構バトルを良いものだなって思い出してるんだよ」

「え?」

驚く彼女に俺は微笑む。

「バトル自体は、うん、ちょっと微妙だな、面倒臭いなって思うけど、でもそのバトルのお陰で結構友達が増えたりしたんだよ。藤波さんとか郁瑠とかザンちゃんとか。それにリキさんにくっついているメイドの三人も、ちょっと意地悪されるけど、なんか面白い人たちだし、あれもこれも全部七瀬さんを守るバトルがきっかけで出会ったんだなって思うと、バトルも悪くないなって、そう思うんだ」

「久世君……」

ちょっと照れくさい気持ちになって頭をかいた。

「えっと、ほら、テストとか試験とか勉強とかは嫌だけど、でも結局は自分の為に役に立つ事でしょう? それに近いかなって」



微妙な例えだったかなって思ったが、七瀬嬢はフっと表情を緩め、微笑んでくれた。

「久世君てやっぱりすごいね、そういう風にプラスに考えられるなんて、本当にすごく素敵だと思う」

「七瀬さん」

俺達は見つめあった。ああ、なんか心が癒される。幸せだ。

このままこのピンク色に輝くようなこの場所にずっといたい、そう思った時。



「あのー二人の世界を作らないでくれる? 私もいるのよね」

「あ」

石井嬢がいる事を失念していた。七瀬嬢は顔を赤くしながら石井嬢に近付き腕を掴みながら謝っている。



「まあ、良いわ。とりあえず勘違いがあったみたいだから、例の一括バトルは中止って通達を出すわ」

「うん、よろしく」

石井嬢は長い髪をかきあげる。

「七瀬、教室に戻るわよ」

「うん」

言うと二人は教室に戻りかけた。でも俺はそれを呼び止めた。振り向く七瀬嬢に言う。



「あの、七瀬さん、お見舞い用に作ったっていうお菓子、もらっても良いですか?」

七瀬嬢は嬉しそうに笑ってくれた。





教室のカバンの中から七瀬嬢が取り出してくれたお菓子を受け取ると、俺はニヤニヤしながら廊下を歩いた。

なんだかとても幸せな気持ちだった。

俺は本当に彼女のためならどんな事だってするだろう。捻挫も骨折も構わない。

怪奇だろうが猟奇だろうが気にしない。七瀬嬢のためならどんな目に遭ったっていい。

ああ、やっぱりこれは恋だよな。



ちょっと不恰好なマフィンを見つめて、幸せな気持ちで目を細めていた。

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