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11.着せ替え多重人格

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11.着せ替え多重人格



地下鉄に乗ると不思議な気分になる。

短めの車両、少ない人、窓の外の黒い世界。閉じられた狭い空間。まるで銀河鉄道のようじゃないか?





俺は座席に座って車両連結ドアの方に目を向ける。カーブで電車が揺れるとずっと奥の車両までが見渡せる。

まるで合わせ鏡のように同じような景色が続く。その光景をしばし眺めた後で視線を上げた。

車両に貼られた広告。そのほとんどがもうすぐやってくる開港祭のものだった。



目に飛び込む文字だけを拾い読みする。大道芸、花火大会、近未来エレクトロニクス。

なにやら楽しげなイベントがいっぱいあるようだ。だけど、そんなイベントもあまり俺には関係がない。

素敵な恋人でもいれば良いが、そんなモノは存在しない。

気の合う友人と遊びに行くのも良いが、砂原があんなおしゃれなイベントに興味があるとも思えない。



「開港祭か」



七瀬嬢と行けたら、なんて思ったが口にするのさえおこがましい気がして我慢した。

やがて電車はホームに滑りこむ。

『シロミサトマチ、シロミサトマチ』

駅の名前を繰り返す放送を聞きながら、電車から降りた。







「地下鉄から出ると、世界は明るいっていうか、眩しいよな」

呟きながらいつもの坂道を上がっていると、またも目の前に九十九さんがいる事に気付いた。

先日の事もあるから、九十九さんに声をかけるのはどうかと思った。

いやでも待てよ。今度は何を言い出すか逆に気になるぞ。またスッタラメッタラ教か? 

そう思うと確認しないではいられなかった。

「九十九さん! おはようございます!」



笑顔で手を振ると、九十九さんは振り返って俺を見た。

そしてその瞬間、猛ダッシュで俺に向かって走ってきた。

「ひっ」

避ける間もなかった。俺は口をふさがれキャベツ畑の上に倒される。

「ふが!?」

衝撃に動けないでいる間に九十九さんは立ち上がると、軽く髪をかきあげて言った。



「危ない所でした。あのままあの場所にマモル様が立っていたら、核弾道ミサイルが当る所でした」

「ミサイル!?」

驚く俺に、青い空を背景に九十九さんは言う。

「そうです、リキ様に仇なす輩がマモル様に攻撃をしかけてくる可能性があります。でもご安心下さい。テポドン位私が吹き矢で打ち落として差し上げますから」

「ミサイル相手に吹き矢ですか!?」

「当たり所が良ければ吹き矢でも十分ですのよ」

九十九さんはニコリと笑った。俺は制服についた畑の土を落としながら立ち上がる。



「あの、真面目にリキさんはどんな組織に狙われてるんですか?」

その問いに九十九さんは目を細めた。

「リキ様はそれは大きな組織と戦っているのです。世界を変えるような、世界を滅亡させるような、そんなクラスの話になってしまうのです」

「それってもしかして戦隊モノかなんか? でもどっちかと言うと悪の組織はリキさんて気がするんだけど、もしかして国防省とかと戦ってんじゃないよね?」

九十九さんはフっと息を吐いて笑った。

「え、もしかしてマジですか!?」

「国家権力に跪くなどリキ様には似合わない事……」

九十九さんは俺を置いて歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って九十九さん! リキさんは国と戦ってるんですか? もしかして全身スーツの正義のヒーローと戦ってるとか?」

「正義のヒーロー? そんな国家権力の犬などリキ様の敵ではありませんよ」

九十九さんは更に混乱させる事を言って、坂道を歩いていった。

俺は追いかける事も出来ず、ただ立ち尽くしていた。





「おっはよー、久世っち!」

その声と共に背中を叩かれた。

「い、いて」

振り向くと石井嬢と七瀬嬢の姿があった。

「お、おはよう」

痛みを堪えながら答えると、七瀬嬢が俺の顔を覗きこんだ。

「大丈夫、久世君」

「うん、一応」

俺の言葉に七瀬嬢は微笑む。



「そう、良かった。昔、清香に殴られて背骨を折った人や、鎖骨にボルトを入れるはめになった人がいたから、久世君が無事で良かった」

「その話聞いたら、大丈夫じゃなくなったような気がします!」

石井嬢がニコっと笑って手をあげた。

「私はお邪魔なようだから先に行ってるね。二人はごゆっくり」

石井嬢は坂道をたったか上がっていく。残された俺は、ちょっとどぎまぎしながら七瀬嬢を見た。

微かに頬を染めた七瀬嬢の反応がすごくかわいく見えた。



「ご、ごめんなさい、清香がヘンな事言って」

「い、いやぜんぜん、俺は七瀬さんと歩けて嬉しいし」

どぎまぎしながら言うと七瀬嬢はフワリと微笑んだ。その笑みに胸がぽっと温かくなった。

いつもは長く辛い坂道が、今日はとても素敵な道に見える。

まるで雲の上にある、天国に向かう道のように俺には感じられた。



「そのままお前は死んでしまえば良かったんだー!」



俺が七瀬譲と登校した事を知ると、砂原が泣きながらそう叫んだ。

「はいはい、今日はその言葉も許してやるよ。今の俺は満たされて幸せいっぱいだからな、寛大なんだよ」

「その反応がまたムカつくぜ!」

砂原はマジ泣きしているようだった。まったく面白いヤツだ。



「だいたいお前と七瀬ちゃんが一緒に登校だなんて、まさに美女と貧乏神じゃないか!」

「そこ野獣だろ! よりにもよって貧乏神とはなんだよ!」

砂原は目を細めて言う。

「だって貧乏神に似てるじゃん、黒いボサボサ髪に不幸そうな顔つき」

「勝手に不幸顔扱いするな!」

「えーだってマモルちんは震度2の地震で崩れたブロック塀で、一人だけ死亡しそうな顔してるんだもん」

「嫌な例えだな! しかももんとかかわいこぶって……え?」



いきなり身体に何かが巻きつくのを感じた。

「な、なんだこれ!?」

しゅるしゅると紙は何重にも俺の身体に巻きつき、ヒュンっと音を立てて移動した。

「マモル?」

「わ、なんだなんだ!?」

紙に拘束されて空中を飛ぶように、教室から廊下に出る。つーか本当に何だこれ? もしかしてスッタラメッタラ教とか、政府の罠か!?

俺は廊下を後ろ向きに引っ張られ、突き当たりの階段前で急に開放された。



「うえ!?」

急に身体が自由になったが、勢いで無様に廊下に転がった。

「いってー」

呟きながら見上げると、そこには藤波さんがいた。

「あんたか!」

俺を拘束したあの紙は折り紙、いや、ペーパークラフトか、だったわけだ。



藤波さんはいつものようにさわやかにニコリと笑うと言った。

「乱暴にして悪かったね。でも直接会いに行って呼び出すより早いと思ったから」

この人は悪気がないのが、ある意味恐ろしい気がする。いっそ悪意がある方が清清しいのでは?



「所で、俺に何の用なんですか?」

床から立ち上がりながら聞いた。すると藤波さんは肩をすくめて後ろの階段を見た。

「ん?」

階段から黒い軍服のような服を着た男が下りてきた。

何故か手にはムチを持ち、威圧的に俺に見せ付ける。それはまるで映画で見るような、どこかの国の軍服みたいに見えた。

硬そうな軍帽みたいな帽子を被り、顔を隠すようにしている。足はカツカツと音を鳴らすブーツ。

一体ここはいつから監獄になった? 俺はこの人に拷問されるのか? あのムチで打たれて?



「うわー、藤波さん、俺を見捨てないで下さい!」

藤波さんに助けを求めて抱きついた。すると藤波さんはそんな俺を見て微笑する。

「大丈夫だよ、彼は怖い人じゃないよ。僕のクラスメイトなんだけどね、君に話があるって言うから呼んでおいたんだ」

「俺に話って……」

「君は!」

大声で呼ばれてビクリとした。俺は藤波さんの背中に隠れながら男を覗い見る。



「君は七瀬さんと付き合ってるのか!?」

その激しい勢いに気おされながら答える。

「ち、違います。俺はただの彼女の騎士です」

その答えに彼は安堵したように息を吐いた。

「そうか、それを聞いて安心した。君が今日、彼女と登校するのを見てもしやと思ったんだが、違うのなら、まあ良い」

彼の態度がちょっと軟化してほっとした。もう大丈夫だろうかと、藤波さんの背中から出ようかと思った時だった。



「ああ、そうだ、自己紹介がまだだったね。俺は2年の鬼塚斬首だ」

「すっげー怖い名前なんですけど!」

俺は更に藤波さんの背中に隠れた。そんな様子に藤波さんは苦笑する。

すると鬼塚さんはムチを持った手を肩に担ぎ上げるようにしながら首を傾けた。

「君は凄腕の騎士だって聞いてたのに、随分と臆病者みたいだね。正式にバトルするまでもなく、ホームルームが始まるまでのあと1分位で、ここでやっつけちゃおうかな?」

恐怖にひっと喉を鳴らした時だった。



「ルール違反は困るな」



聞こえた声に視線を向けると、リキが歩いてきた。今日は珍しく普通の制服姿だった。

「鬼塚君、相変わらずおかしな格好をしているね」

「いや、あんたには言われたくないと思うよ」

突っ込んだらギロリと睨まれてしまった。俺はあわてて藤波さんの背中にまた顔を隠す。

なんか弱いぞ俺。



リキは鬼塚さんの前まで来ると、彼の手からさりげなくムチを奪い取る。

「マモルとのバトルは審判であるこの俺の前で行ってもらわないと困るよ。それが七瀬への告白のルールだからな」

リキはムチを手の平の上でピシピシとさせながら言った。

「ああ、そうだったね。つい彼があまりに弱そうだったからここで決着をと思ったけど、でもまぁ良いよ。放課後まで待つとするよ」

言うと鬼塚さんは階段を下って行った。残されたリキは俺の方を向く。



「そういうわけだから、今日の放課後いつもの場所に来るように」

「いつものって三階?」

「ああ、その通り」

リキはムチを振り上げて微笑んだ。

「このムチ、せっかくだから試してみたいんだけど、マモル君、そこに四つん這いになってくれるかな?」

「嫌ですよ! 何笑顔で恐ろしい事言っちゃってんですか!?」

相変わらずのドエスっぷりだった。







放課後、俺は3階の廊下に向かった。

するとそこにはいつものように、中世の貴族みたいな格好をしてアームチェアーに座るリキが居た。



「もう見慣れたので驚きませんよ」

「そうかい、別に君を驚かせたいわけじゃないからね」

言いながらリキがグラスワインを口に運んだ。

「ちょーっと待って下さいよ! そのワインは突っ込まずにはいられないんですけど!? 」

リキはグラスを側机に置きながら足を組みなおす。

「バカな事を言わないでくれ。これがお酒のわけがないだろう?もちろんファン○グレープだ。高校生は必ずファン○グレープを飲まないといけないという法則を君は知らないのかい?」

「知りませんよ!」

気付くと側にメイドが控えていた。どうやら今日のメイドは一宮さんのようだ。

つーかつまみのチーズにしか見えないモノを一宮さんが差し出してるんですけど?

俺はあのグラスの中身を疑いながらも、今日の対戦相手の事をリキに訊ねる事にする。



「あの、鬼塚さんて何バトルになるんですか?」

「今朝会っただろう? 見たまんまだよ」

「それってつまりムチでビシバシってヤツですか!? 激しく怖いんですけど!!」

俺はあのムチで叩かれて嬲られる自分を想像した。最高に恐ろしい。今までの戦いの中でも恐怖心は一番だ。このまま帰りたい。そう思った時だった。



「お待たせ!」

廊下の奥に鬼塚さんが現れた。

「え?」

鬼塚さんは朝とはまったく違う服装だった。うちの学校の制服を着てはいるが、インナーのTシャツは赤だった。

一言で言えばカジュアル。いやいや戦隊モノレッドさんぽい服装でもある。

「どこのどちらさん!?」



俺の突っ込みに鬼塚さんは微笑み、指を立てて自分の頬に当てる。

「酷いなー俺をもう忘れちゃったの? 斬首ちゃんだよ、マモル君は特別にザンちゃんて呼んでくれても良いよ」

リキを振り返って言った。

「あの人、二重人格ですか!?」

リキはグラスのファンタをゆらゆら揺らしながら微笑む。



「服装で気分が変わるキャラクターのようだよ」

「面倒臭い人ですね! つーか変な服を着せないようにして下さい!」

叫ぶ俺にリキはクールに説明を始める。



「今日の君達のバトルだけど、単純にかけっこになったよ」

「かけっこ?」

つい聞き返した後で、拳を握って感動した。なんというか楽そうなバトルだ。

これなら命を落とす事もないだろう。ああ、今日はついているぞ!



「君達にはここから屋上前まで走ってもらって、入り口の扉にタッチしたら戻ってきてもらう。先に戻って俺の前を通過したした方が勝ちだ」

「簡単ですね」

ついニコニコと笑って言ってしまった。

「ああ、そうだな、でも単純な分どっちが勝つか分からない。しかも、相手への妨害行為はアリだからな」

「え?」

ドキリとして鬼塚さん、いや、ザンちゃんを見た。すると彼はニコリと真っ直ぐな笑顔を向けてくる。

「そんな酷い事、俺がするわけないじゃん!」

「そ、そうですよね」

なんかおバカキャラみたいに彼が見えてきた。

走りにはちょっと自信があるし、これは楽勝かなって思った。





「じゃあ、はじめるよ、用意」

言われて俺達は廊下に並んで立った。すると一宮さんがお辞儀して言った。

「スタートでございます」

ものすごい「よーいどん」だなって思ったが、俺はスタートと共に全力で走り出した。

ザンちゃんはちんたら走っている。これは良い感じじゃないか?

勢いのまま階段をどんどん上がって、もうすぐ屋上だと思った時だった。後ろから声が聞こえた。

「へーんしん!」



仮面ライ○ーですか? そう思ってちらっと振り向いたら、ザンちゃんが早着替えをしていた。

「は?」

俺が見ている目の前で、彼の姿が朝の軍服に変わった。な、何ですか?

驚きつつも足を動かした。あとちょっとでドア、そう思った時、シュルルという音と共にムチが飛んできた。

「へ?」

ザンちゃんは俺の身体をムチで巻くと引っ張る。

「うわー!」

俺は階段をズリ落ちた。そしてその横をザンちゃんがさっさと走っていく。

「ザ、ザンちゃん、卑怯な事はしないって……」



「貴様ごときが俺様をザンちゃんなどと呼ぶな! 汚らわしい!」

キャラクターが変わっていた。つーか自分でザンちゃんて呼べって言ったのに。



ムチを身体から外している間に彼は扉にタッチした。そして階段を下りながらまた着替えた。

すでにマジックショーの勢いだった。リキもそうだが、絶対に一期生の入試は一芸で手品に違いない。

きっとこの学校はマジシャン育成学校なんだ。



俺はザンちゃんに大分遅れて屋上の扉にタッチし、階段を下り出した。

その時、ザンちゃんはすでに着替えてマラソン選手の格好になっていた。

さっきまでと走りが違う。キビキビとしている。彼は階段を下り終わり、廊下の直線に入っている。

俺は必死に走る。ザンちゃんの背中が見える位置まで行くと、俺は先ほど拾っておいたそれを振りかぶった。

シュ!

さっき自分がされたのと同じように、ザンちゃんの身体をムチで拘束して引っ張る。

「うわ?」

ザンちゃんの身体が床に転がる。その隙にムチの持ち手を空き教室の机に縛る。そして悠々と走ると、リキの前にゴールした。





「勝者、マモル」

リキが俺の勝ちを宣言した。見るとランニングで短パン姿のザンちゃんが廊下に座り込んでいる。

「参ったな、僕の負けだよ。どうせ変身するなら、卑怯な事も出来る番町とかにすれば良かったよ。タイムを優先してランナーに着替えた僕の作戦ミスだね」

俺はザンちゃんのムチを外しながら聞いた。

「あの、ザンちゃんの地はどういうキャラなんですか?」

ザンちゃんは拘束を解かれるとクルリと回って着替えた。またも手品並みの早業だ。

ザンちゃんはさっきの赤いTシャツ姿になった。



「ん? 俺のキャラ? よくわかんないな。俺はいつだってどんな服着てても俺だよ?」

彼の顔を見ながら考える。

「確かに、どんな服を着てたとしても、人間自体が変わるわけではないけど……」

リキがどんな格好をしてもドエスであるように、俺がどんな格好しても素朴で普通であるように、服装じゃ性格は変わらない。

でもこの人の場合変わるよな。

「ま、あまり気にするなよ、仲良くしようぜ!」

ザンちゃんは俺の肩に手を回した。

今のザンちゃんなら仲良くしたいけど、怖いザンちゃんは仲良くしたくないなと、笑顔を返しながら思った。





ザンちゃんが一足先に帰り、廊下には俺とリキと一宮さんが残された。

「今日のバトルはあっさりしすぎたな。俺としてはもっとマモルが無様に転んだり、泣き叫ぶ姿がみたかったのに」

「バトルの趣旨が変わってませんか!? 俺が七瀬さんを守るのが目的でしょう! 俺が苦しむ姿を見るためのモノじゃないですよね!?」

リキは美しい顎をつまみながら言う。

「だいたい長く続くと目的と趣旨は変わっていくモノなんだよ。それにただ勝つだけではなく、このバトルは無様なマモルを見るという楽しみも付加されているのだよ」

「付加するな!」

叫んだ時、リキは笑顔で俺の肩を叩いた。

「次こそ無様に大活躍してくれよ」

「しないよ! って……え!?」

肩を叩かれバランスを崩した。なんという事だ、俺は丁度階段の上にいた。身体が下に落ちていく。

どんどん景色が変わる。俺は手を伸ばす、だがリキには届かない。一宮さんに手を伸ばす。

いや、ダメだ、このまま伸ばすと胸をつかんでしまう。一瞬のうちにそんな事を考えた。

そして……。



ドガガガガーン!



俺は階段落ちをしてしまった。



こうして、バトルをスタートしてから初めての負傷となったのだった。



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