10 / 16
9.的屋のジュージ
しおりを挟む
9.的屋のジュージ
「おいおい、どういう事なんだよ、マッモール君!」
朝から砂原がうるさく声をかけてきた。
「なんだよ、いったい」
自分の机にカバンを置きながら答えた。すると砂原は俺の肩をガクガクと揺さぶりながら言う。
「なんだはないだろ、昨日俺が帰った後でここに七瀬ちゃんが来たっていうじゃないか」
「あ……」
黙り込んだ俺に、砂原は更にまくしたてる。
「だいたい何で七瀬ちゃんがお前なんかに会いにくんだよ! おかしいよ、ズリーよ!」
「騒ぐなよ。だいたい俺は彼女の騎士なんだぜ。たまには労いに来るさ」
「労いか、なるほどな。だがしかし、七瀬ちゃんを近くで見れるチャンスを俺はみすみす逃してしまった。こんな大失敗があるだろうか!?」
砂原は派手に頭を抱えて、地球があと三日で隕石の衝突で滅びるような顔をした。
このまま放っておこうかと思ったら、砂原が俺に向き直る。
「七瀬ちゃんに俺も謁見を申し込みたい!」
「……申し込んでみれば? もれなくドエス王子の兄貴がついてくると思うけどな」
「ああ、そうだよ! リキさんがいるんだ!」
砂原は隕石衝突まであと二日という顔になった。
「つーか昨日、七瀬ちゃんと会って、お前何話したの? もしかして俺より彼女と親しくなったりしてないよな?」
「別に親しくはなってないよ。でもそうだな、手作りのお菓子をもらった」
「うわー!」
隕石が砂原に当ったようだ。
砂原はうるさく泣き叫んでいたが、もう相手にしない事にする。
昨日、俺は七瀬嬢と親しくなったわけではないと思う。だけど俺の中で彼女に対する思いは確かに変わった。
彼女の痛みも悲しみも知った。だけどそれは砂原には言う必要のない事だ。
昨日の事は俺の胸のうちにだけ秘めておこうとそう決めていた。
「朝からここは楽しそうな場所だね」
ふいに聞こえた声に振り返って驚いた。
「藤波さん!?」
そこには笑顔がキラキラと眩しいホワイト王子が立っていた。
さっきまでうるさくしゃべっていた砂原も、ホワイト王子の登場に口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「遊びに来たんだ」
「遊びに?」
意外な発言に俺も驚く。
「なんで藤波さんが遊びになんてくるんですか?」
「あれ、だって君と僕は友人じゃないか?」
「友人?」
知らなかった。いつの間にか俺はこの御方と友人になっていたのか。
感慨に浸っていると藤波さんは俺の肩に手を置いた。
「君は僕を打ち破った素晴らしき勇者だ。しかも気立ても良い、真面目な人だ。僕は君に出会えて嬉しく思っているんだよ」
照れる発言だ。つーか褒め殺しというヤツだろうか。
勇者とか気立てが良いとかかなり恥ずかしい発言だ。だがこの人の場合普通に言ってるぽいからすごい。
なんかイマドキ聞かない「失敬」とかいう言葉も普段から使ってそうだ。
「あの藤波さん、もしも校門をよじ登って落ちた時に、誰かにぶつかりそうになったら何て言います?」
「え?」
「いいから、何て言います?」
「失敬かな」
拳を握った。勝った。なんだか分からないが勝った気分だ。
「えっと今の質問なんだったんだ?」
「そんな些細な事は気にしないで下さい。それより先輩なんか用があったんじゃないんですか?」
俺は話を元に戻した。すると藤波さんは優雅に腕を組みながら自分の顎をつまむ。
「いや、本当に特に用はないよ。ただ君はなかなか気持ちの良い人間だし、親交を深めようと思っただけだよ。及ばずながら君の力になれたら良いなとも思っているし」
「え、力って?」
訊ねると藤波さんはフワリと笑う。
「君は七瀬君の騎士だからね、きっとすごい修行をしているんだろう? 僕でよければロードワークに付き合ったり、スパーリングに付き合ったりするよ」
「えっと俺何も修行なんかしてませんよ? つーかその内容なんですか? 俺ボクサー目指してませんよ?」
「え、そうなのかい? いや意外というか流石というべきかな? 君ほどの勇者ともなると生まれながらの才能だけで戦っていけるんだね。いや、本当にすごいよ」
「いや、だから俺才能とかもないですよ」
慌てて手を振った。するとその手を藤波さんは掴んだ。
「そうだ、僕の折り紙を君に伝授しようか? 君の手はなかなか器用そうだし、すぐに簡単に折れるようになるよ」
「手って見ただけで器用そうとかわかりますか!?」
「ここに折り紙線というのがあるんだよ。この手相は間違いないよ」
「そんな線は手にないと思います!」
この人天然なのか良くわからなくなった。
藤波さんが手を離した隙に、俺は自分の手を背中に隠す。
「俺、不器用だから折り紙もペーパークラフトも無理ですよ。つーか藤波さんのサグラダファミリアとか本当にありえませんから!」
「ああ、あれは結構自分でも気に入ってたんだ。でも昨日はフランスの教会、モン・サンミッシェル作ったんだ、どうかな?」
藤波さんはいきなり目の前に教会のペーパークラフトを取り出した。
「どっから出て来たんですか、そのデカイの!」
俺は突っ込んだが、砂原がそれに反応した。
「すっげー! マジでサンミッシェルだ!」
砂原は藤波さんの作品に食いついた。
「うわ、マジですげー! 俺、いつかここに行ってみたいんですよね! なんか江ノ島みたいじゃないですか? 親近感湧くんですよね!」
世界遺産を江ノ島と一緒にしやがった。
「君は久世君の友達かい? なかなか純粋で美しい目をしているね」
この人、人間の良いとこ探しが上手い人だな。
「どうかな、うちのペーパークラフト部に入らないかい? ペーパークラフト部と言っても折り紙もあるし、なかなか楽しいよ。ほら、こんな事も出来るようになるよ」
目の前で折鶴が空中をヒラヒラと飛んだ。
「いやいや、あれってペーパークラフトとか折り紙より、手品の修行時間のが長くなるぞ」
俺の呟きを無視して二人は熱く語りだした。
しかもモン・サンミッシェルと江ノ島の共通点についてという、どうでも良さそうな内容だった。
結局チャイムが鳴るまで二人は熱く語り、俺はそれを黙って眺めていた。
「本当にこの人何しに来たんだろう」
俺は頬杖をつきながら呟いた。
放課後。
今日はバトルがあるんだろかと考えながらカバンに荷物を詰め込んでいると、俺の前に一人の美少女が立った。
「え?」
驚いている俺に少女はキリリとした表情で言った。
「リキ様がお呼びです」
その言葉に気づいた。
「あ、一宮さんですか?」
「……」
答えない。でもこのクールビューティー具合は一宮さんだと思うんだよな。
ていうかもしかして一宮が本名じゃないのか?
俺が困惑していると一宮さんが言う。
「本日の対戦相手が決まりました。一緒に来て下さい」
一宮さんに促され廊下に出た。キビキビと歩いていく一宮さんに追いつきながら訊ねる。
「今日の対戦相手が決まったって、毎回リキさんがその相手を組んでるんですか?」
「七瀬様に近付きたいと思う人間が日々リキ様に交渉してきます。それを上手く捌いて貴方と対戦させるのがリキ様のお役目です」
お役目ですか? なんか仰々しい言葉だよな。
「そんな面倒な事する位なら自分で戦えば良いのに。一宮さんもそう思いません?」
「リキ様は観察者ですから。それにご自分で戦われるより、守様の戦いを見る方が楽しいとおっしゃっていました」
「楽しいって何かな?」
「それは守様が無様に逃げ惑い、勢いよく転び、必死の醜い形相で走り回るのを優雅に眺めるのが、それはそれは良い退屈しのぎになるという意味です」
「今、激しく俺を貶めましたよね! それって一宮さんの心の声? それともリキさんがそう言ってたのかな!?」
「……」
「黙ってるって何? 両方って意味!?」
「両方です」
リキもドエスだけど一宮さんもドエスだと思った。うーん、二宮さんの方が癒しキャラだ。
「あの、一宮さんのその名前って本名ですか?」
「……」
一宮さんはその言葉を無視した。長い髪をなびかせ颯爽と歩いていく。
「えっとじゃあ、なんで貴方のような人がリキさんのメイドしてるんですか? 本当にリキさんのファンクラブの人なんですか? もしかして一族代々の掟とかそういう裏設定があったり?」
「……」
またも完全無視された。でも俺はへこたれない。
「一宮さんて、やっぱこの学校だったんですね。先輩なんですよね?」
「……」
またも無視だ。同じ学校にいるかどうかも教えてくれないのか?
でも制服着てるし、うちの学校だよな? あ、でも制服は着れば良いだけか。以前にメイド服を着てる位だし。
俺はまた違う質問をする。
「一宮さんて兄弟とかいるんですか?」
「……」
「うーんと、じゃあスリーサイズ教えて下さい」
「上から83、58、85」
「え!」
それは教えちゃうんですか? つーか顔が熱くなるから困ります。
そんな会話をしている間に、いつものように俺は3階の空き教室の前に辿り着いた。
するとそこには赤い布の張られたアンティークのアームチェアに座ったリキがいた。
「なんですか、その椅子、また持参ですか!?」
「この俺に相応しい椅子だろう? マホガニー材のこの彫刻は職人の手作業によるものだよ」
「まさか授業もそれで受けてないですよね?」
「……」
返事がない。もしやマジで一人だけ教室であの椅子に座り、授業受けてるのか!? 一度覗きに行ってみたいもんだ。
「リキ様、本日の紅茶はマリアージュ社のロータスロワイアルでございます」
いつの間に着替えたのか一宮さんがメイド服姿で、リキに紅茶を入れてサイドテーブルに置いている。
「さっきまで制服姿だったよね!?」
なんていう早着替え。メイドじゃなくて、くの一か何かじゃないか!?
リキは優雅に紅茶の香りをかいだ後で、いかにも高級そうなカップに口をつける。
そこでぜひ熱いと叫んで無様にふき出すとかしてくれないものかと思ったが、そんな期待を裏切ってリキはカップをソーサーに戻す。
「なんだい、じっとこの俺を見つめて。悪いけど俺は女性以外に見つめられたくはないんだ。しかも君に見つめられるとこの身が穢れて爛れそうだよ」
「その表現はなんですか!?」
「ああ、唾を飛ばさないでくれ。病原菌が移る。不幸体質が移るじゃないか?」
「なんで俺が不幸体質設定になってるんですか!?」
「違うのか?」
「ち、違わないかもですが」
いや、でもここ最近の俺の不幸って全部あんたが持ってきたモノじゃなかったっけ?
「なんだか、別世界に来たみたいだなー」
ふいに聞こえた声に振り向いた。
するとそこにはガタイの良い、陽気な感じの男が立っていた。
「や、はじめまして、君が久世守君だね」
にこやかに挨拶された。
「あ、貴方が今日のバトル相手?」
茶色の豪奢な髪をフワリと揺らして男は斜めに頷く。
「俺は2年の碇譲治、ジュージ君と呼んでくれ」
なんだか気さくな感じの人だった。
制服もシャツのボタンを三つも外して肌を露出させていて、今まで出会った人とはまたちょっと違った傾向だ。
「なんかリキちゃんは美味しそうなモノ食べてんね、なにそれケーキ?」
「ガトーショコラだ」
「ガトー? 簡単に言やーケーキだろう? つーか俺、ケーキだって普段食べないよ。家で出てくるのはせいぜい和菓子か綿あめか林檎あめだね」
「夏祭りみたいだな」
俺はつい呟いた。するとジュージ君はニコリと笑った。
「おう、的屋のジュージと言えば地元じゃ有名よ!」
な、なんか江戸っ子っぽいぞ。リキの西洋風王子姿と和風で現代風の的屋の兄ちゃんって、この組み合わせは何だ?
つーか俺はこの的屋の兄ちゃんと戦わないといけないのか?
的屋系ってなんかちょっと強面系だよな?
俺が内心でビビっているというのに、当のジュージ君はリキのテーブルに手を伸ばすとガトーショコラをつまんで口に入れた。
リキの整った顔に青筋が浮んで見えた。
「ふーん、こんな味なんだ。ま、悪くはないけど、でもかき氷の溶けたシロップの方が断然美味いね」
かなりな貧乏舌だと思った。いや、流石にあの溶けたシロップはどうかと思うよ。
「いや、本当、リキちゃんは格好つけだねー、こーんな椅子に座っちゃってさ」
言いながらジュージ君は乱暴にマホガニーの木材に触れた。
「その指、今ガトーショコラをつまんだ指だよな?」
リキが更にピキってしたのが分かった。
「マモル!」
「へ」
リキはいきなり俺の名前を叫んだ。
「お前はこの無礼な男を木っ端微塵にやっつけろ!」
「は?」
「俺の椅子を汚した罪は重い。お前の刀の錆にしてやれ!」
「いや、刀持ってないし」
ジュージ君は俺の方に向き直った。
「君に恨みはないけど、この俺の七瀬ちゃんへの純情可憐な恋のため、君には見事に命を散らしてもらうよ」
「命散らすってなんですか!?」
「あはは、まあ気にするな、じゃさっさと終らせちまおうぜ。俺も家に帰って金魚すくいの網を作んないといけないからさ」
「金魚の網作ってんですか?!」
俺が律儀に突っ込んでいると、ジュージ君は攻撃のための第一姿勢に入った。
「え?」
懐に手を入れたのを見て、匕首でも出てくるんじゃないかと思った。
なんか一瞬で頭の中に腹巻姿でそこから匕首出す映像が浮んだ。なんの影響だ? チンピラ映画か?
刃物が出ると思って身構えていると、ジュージ君は胸元から手を出した。
「え?」
その手には丸い物が握られていた。それはスーパーボールだった。それをジュージ君はその場で床に何度か弾ませた。
「ああ、これね、スーパーボール。俺の子供時代からの遊び道具さ」
めちゃくちゃ的屋グッズだと思った。
「さてさて、じゃあ、いっちょやりますか?」
ジュージ君は野球の投手のようにボールを構えた。俺は走って逃げだすべきかギリギリで避けるか悩んだ。
その間にジュージ君が振りかぶりボールを投げる。
ビュン!
ボールは勢いよく俺の横を通過していった。激しくノーコン? 俺がそう思った時、背中に衝撃が走った。
「うわ!」
片膝をついて廊下に蹲る。
「かは! め、めちゃくちゃ当った、いてー、外傷性ショックで死ぬ」
胸を押さえながら背中の痛みに耐えようと頑張った。でもなんか視界が黒くフェードアウトしそうだ。
思えば今までのバトルでここまで打撃を受けた事はなかった。なんだかんだで上手くよけていたから。
ジュージ君は俺に当たって転がったスーパーボールを拾い上げる。
「うわー、君もしかしてメッチャ弱いんじゃない?」
ボールをジャグリングのように手の平や腕で弄びながらジュージ君が言った。
俺はようやく痛みから解放されつつあった。でも冷や汗ダラダラな感じだ。
するとガトーショコラを綺麗にフォークで切りながらリキが言った。
「まだまだだよ。マモルを侮ってもらっては困るな」
「ふーん、リキちゃんは随分と自信があるんだな。マモル君には秘密兵器があるのかな? ああ、さっき言ってた刀? その刀でこのスーパーボールを真っ二つ? でも並大抵の動体視力じゃ俺のボールの軌道は読めないよ」
リキは余裕で微笑む。
「マモル」
リキはガトーショコラの刺さったフォークを俺にかざした。
「もしも君がこのバトルに勝ったら、このガトーショコラを食べさせてやろう。ああ、この高級アームチェアに座らせて、マイセンのカップに一宮君に紅茶を注がせても良い」
「え?」
何故か身体に力が漲った。
「うおー! ヤルキが湧いたぞ! 元気玉食ったって気がするぞ! ガトーショコラーー!!」
俺は勢い良く立ち上がった。
ジュージ君はそんな俺を見ながら首を傾けて言う。
「ふーん、なかなか立ち直りが早いみたいだね。でも、ま、俺もまだぜんぜん技を披露できてなかったから嬉しいよ。じゃあいっちょ本気でいきますか?」
ジュージ君はまた構えた。今度は集中して彼を見る。
そうだよ、スーパーボールはすごい弾むんだ。それはもう壁やら天井やらを縦横無尽で飛びまくるんだ。
シュン!
ジュージ君がまたボールを投げた。ボールは右の壁に当って左に飛ぶ。左右に壁を渡りながらスーパーボールが近付いてくる。
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
俺はそのジグザグ攻撃に動けない。こんなのどうやって避ければ良いんだよ!?
ボールが当る! そう思った時、俺はしゃがんだ。
「おや?」
ボールは軽く俺を通過していた。
「上手くいってしまった。いや、意外と攻略は楽だったな」
俺が安堵に呟くと的屋のジュージ君は楽しそうに笑った。
「あはは、スーパーボールを甘くみてもらっては困るよ。何故なら!」
ジュージ君はガバっとシャツを左右に開いた。行動はほぼ道端にいるコートを広げる変質者と同じだ。
けれど俺はそのシャツの中身に驚いた。
「え?」
「あはははは! スーパーボールはその種類の豊富さが自慢なんだよ!」
シャツの内側にビッシリとスーパーボールが連なっていた。ジュージ君はシャツをバサっと振りかざした。
その瞬間、無数のボールが俺に向かって飛んできた。それぞれが違う動きで飛んでくるスーパーボール。これはよけきれない!
俺は後ろ向きに後退しつつ左右を見渡した。
「!」
メイド姿の一宮さんと目があった。俺は一宮さんに向かって叫んだ。
「それ貸して下さい!」
俺の言葉を理解したようで、一宮さんは手に持っていた物を投げた。
ヒュン! パシ!
その銀色の円盤、もといお盆を手に取った。そして次々と飛んでくるスーパーボールをその丸い盆で打ち返した。
バス! バス! バス! バス!
面白い位ボールが当った。
「こんなもんかい、お蝶婦人! これじゃ俺からエースは取れないぜ!」
俺の心は昭和のアニメの世界に入っていた。流石のジュージ君も焦っているように顔が引きつっている。
けれどジュージ君もまだまだ引かない。
「俺、どっちかって言うと、緑川蘭子ちゃんの方が好きなんだよね」
良いノリだ。ジュージ君は言いながらもボールをどんどん投げてくる。これは消耗戦か? そう思った時だった。
スポ!
俺の手が滑ってお盆が飛んでいった。しまった! これじゃもう打ち返せない!
ショックのあまり頭を抱えようと思った時、お盆の陰で
「うがー!!」
という恐竜の声のような微妙な叫び声が聞こえた。
「え?」
中腰に屈んで身構えながら廊下の先を見た。するとそこにはお盆を腹で受け止めてピクピクと痙攣しているジュージ君の姿があった。
「ま、まさか、これを投げるとは、なかなか……やるな……」
ガクリとジュージ君が膝をついた。いや、今の作戦でもなんでもなく手が滑っただけなんですが?
うーん、黙っていた方が良いかな?
気付くとリキが俺の横に立っていた。そして赤い豪奢な毛皮つきマントを翻して言った。
「勝者、マモル!」
「いや、そのマントなんです? いつつけました?」
こうして今日も俺はよく分からないがバトルに勝ってしまった。
「ほぼ偶然の勝利だった気がする」
俺が呟くとマホガニーのアームチェアの上でリキが言った。
「偶然も勝利のうちだ」
「運も実力のうちって事ですか?」
「ああ、運も汚い作戦も卑怯な手段も、なんだろうが勝てば良いんだ」
「悪の発言ですね! 本当に! つーかガトーショコラ、ちゃんと下さいよね!?」
「ああ、すまない」
リキは足の上で優雅に手を組んで微笑んだ。
「つい美味しかったから全部食べてしまったよ。いや、流石一宮君はお菓子作りが上手い」
「あれ一宮さんの手作りだったんですか!? なおさら食いたかった!!」
俺が悔しさに叫んだ時だった。
「かわりにこれをやるよ」
ダメージからヒットポイントを回復したジュージ君がそれを差し出した。
「これって?」
「ああ、林檎あめ、美味いよ」
赤い林檎あめを差し出すジュージ君が菩薩に見えた。
「ジュージ君は良い人ですね!」
ついその手を握って感動していた。なんつーかドエス王子とは大違いだ。
「林檎あめだなんて、庶民の食べ物で大喜びだなんて、これだから貧乏人は嫌だね」
「お前は何様だ!」
つい素で突っ込むとリキはニヤリと笑った。
「俺様は世界のルールだ。王だ。文句があるなら天空の城まで来るが良い」
「それってラピュタ王ですか!? ムスカですか!?」
リキは俺の突っ込みを無視してフフンと笑っていた。そんな俺達を見てジュージ君が言う。
「おまえも、リキちゃんの相手するの、本当に大変そうだな。騎士としてのバトルよりもそっちの立場の方を俺は不憫に思うよ」
「ジュージ君!」
俺はジュージ君の胸でおいおい泣きたい気分だった。
何だか最終的に、ジュージ君と俺と、の昭和の人情モノっぽい友情が成立したのだった。
「おいおい、どういう事なんだよ、マッモール君!」
朝から砂原がうるさく声をかけてきた。
「なんだよ、いったい」
自分の机にカバンを置きながら答えた。すると砂原は俺の肩をガクガクと揺さぶりながら言う。
「なんだはないだろ、昨日俺が帰った後でここに七瀬ちゃんが来たっていうじゃないか」
「あ……」
黙り込んだ俺に、砂原は更にまくしたてる。
「だいたい何で七瀬ちゃんがお前なんかに会いにくんだよ! おかしいよ、ズリーよ!」
「騒ぐなよ。だいたい俺は彼女の騎士なんだぜ。たまには労いに来るさ」
「労いか、なるほどな。だがしかし、七瀬ちゃんを近くで見れるチャンスを俺はみすみす逃してしまった。こんな大失敗があるだろうか!?」
砂原は派手に頭を抱えて、地球があと三日で隕石の衝突で滅びるような顔をした。
このまま放っておこうかと思ったら、砂原が俺に向き直る。
「七瀬ちゃんに俺も謁見を申し込みたい!」
「……申し込んでみれば? もれなくドエス王子の兄貴がついてくると思うけどな」
「ああ、そうだよ! リキさんがいるんだ!」
砂原は隕石衝突まであと二日という顔になった。
「つーか昨日、七瀬ちゃんと会って、お前何話したの? もしかして俺より彼女と親しくなったりしてないよな?」
「別に親しくはなってないよ。でもそうだな、手作りのお菓子をもらった」
「うわー!」
隕石が砂原に当ったようだ。
砂原はうるさく泣き叫んでいたが、もう相手にしない事にする。
昨日、俺は七瀬嬢と親しくなったわけではないと思う。だけど俺の中で彼女に対する思いは確かに変わった。
彼女の痛みも悲しみも知った。だけどそれは砂原には言う必要のない事だ。
昨日の事は俺の胸のうちにだけ秘めておこうとそう決めていた。
「朝からここは楽しそうな場所だね」
ふいに聞こえた声に振り返って驚いた。
「藤波さん!?」
そこには笑顔がキラキラと眩しいホワイト王子が立っていた。
さっきまでうるさくしゃべっていた砂原も、ホワイト王子の登場に口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「遊びに来たんだ」
「遊びに?」
意外な発言に俺も驚く。
「なんで藤波さんが遊びになんてくるんですか?」
「あれ、だって君と僕は友人じゃないか?」
「友人?」
知らなかった。いつの間にか俺はこの御方と友人になっていたのか。
感慨に浸っていると藤波さんは俺の肩に手を置いた。
「君は僕を打ち破った素晴らしき勇者だ。しかも気立ても良い、真面目な人だ。僕は君に出会えて嬉しく思っているんだよ」
照れる発言だ。つーか褒め殺しというヤツだろうか。
勇者とか気立てが良いとかかなり恥ずかしい発言だ。だがこの人の場合普通に言ってるぽいからすごい。
なんかイマドキ聞かない「失敬」とかいう言葉も普段から使ってそうだ。
「あの藤波さん、もしも校門をよじ登って落ちた時に、誰かにぶつかりそうになったら何て言います?」
「え?」
「いいから、何て言います?」
「失敬かな」
拳を握った。勝った。なんだか分からないが勝った気分だ。
「えっと今の質問なんだったんだ?」
「そんな些細な事は気にしないで下さい。それより先輩なんか用があったんじゃないんですか?」
俺は話を元に戻した。すると藤波さんは優雅に腕を組みながら自分の顎をつまむ。
「いや、本当に特に用はないよ。ただ君はなかなか気持ちの良い人間だし、親交を深めようと思っただけだよ。及ばずながら君の力になれたら良いなとも思っているし」
「え、力って?」
訊ねると藤波さんはフワリと笑う。
「君は七瀬君の騎士だからね、きっとすごい修行をしているんだろう? 僕でよければロードワークに付き合ったり、スパーリングに付き合ったりするよ」
「えっと俺何も修行なんかしてませんよ? つーかその内容なんですか? 俺ボクサー目指してませんよ?」
「え、そうなのかい? いや意外というか流石というべきかな? 君ほどの勇者ともなると生まれながらの才能だけで戦っていけるんだね。いや、本当にすごいよ」
「いや、だから俺才能とかもないですよ」
慌てて手を振った。するとその手を藤波さんは掴んだ。
「そうだ、僕の折り紙を君に伝授しようか? 君の手はなかなか器用そうだし、すぐに簡単に折れるようになるよ」
「手って見ただけで器用そうとかわかりますか!?」
「ここに折り紙線というのがあるんだよ。この手相は間違いないよ」
「そんな線は手にないと思います!」
この人天然なのか良くわからなくなった。
藤波さんが手を離した隙に、俺は自分の手を背中に隠す。
「俺、不器用だから折り紙もペーパークラフトも無理ですよ。つーか藤波さんのサグラダファミリアとか本当にありえませんから!」
「ああ、あれは結構自分でも気に入ってたんだ。でも昨日はフランスの教会、モン・サンミッシェル作ったんだ、どうかな?」
藤波さんはいきなり目の前に教会のペーパークラフトを取り出した。
「どっから出て来たんですか、そのデカイの!」
俺は突っ込んだが、砂原がそれに反応した。
「すっげー! マジでサンミッシェルだ!」
砂原は藤波さんの作品に食いついた。
「うわ、マジですげー! 俺、いつかここに行ってみたいんですよね! なんか江ノ島みたいじゃないですか? 親近感湧くんですよね!」
世界遺産を江ノ島と一緒にしやがった。
「君は久世君の友達かい? なかなか純粋で美しい目をしているね」
この人、人間の良いとこ探しが上手い人だな。
「どうかな、うちのペーパークラフト部に入らないかい? ペーパークラフト部と言っても折り紙もあるし、なかなか楽しいよ。ほら、こんな事も出来るようになるよ」
目の前で折鶴が空中をヒラヒラと飛んだ。
「いやいや、あれってペーパークラフトとか折り紙より、手品の修行時間のが長くなるぞ」
俺の呟きを無視して二人は熱く語りだした。
しかもモン・サンミッシェルと江ノ島の共通点についてという、どうでも良さそうな内容だった。
結局チャイムが鳴るまで二人は熱く語り、俺はそれを黙って眺めていた。
「本当にこの人何しに来たんだろう」
俺は頬杖をつきながら呟いた。
放課後。
今日はバトルがあるんだろかと考えながらカバンに荷物を詰め込んでいると、俺の前に一人の美少女が立った。
「え?」
驚いている俺に少女はキリリとした表情で言った。
「リキ様がお呼びです」
その言葉に気づいた。
「あ、一宮さんですか?」
「……」
答えない。でもこのクールビューティー具合は一宮さんだと思うんだよな。
ていうかもしかして一宮が本名じゃないのか?
俺が困惑していると一宮さんが言う。
「本日の対戦相手が決まりました。一緒に来て下さい」
一宮さんに促され廊下に出た。キビキビと歩いていく一宮さんに追いつきながら訊ねる。
「今日の対戦相手が決まったって、毎回リキさんがその相手を組んでるんですか?」
「七瀬様に近付きたいと思う人間が日々リキ様に交渉してきます。それを上手く捌いて貴方と対戦させるのがリキ様のお役目です」
お役目ですか? なんか仰々しい言葉だよな。
「そんな面倒な事する位なら自分で戦えば良いのに。一宮さんもそう思いません?」
「リキ様は観察者ですから。それにご自分で戦われるより、守様の戦いを見る方が楽しいとおっしゃっていました」
「楽しいって何かな?」
「それは守様が無様に逃げ惑い、勢いよく転び、必死の醜い形相で走り回るのを優雅に眺めるのが、それはそれは良い退屈しのぎになるという意味です」
「今、激しく俺を貶めましたよね! それって一宮さんの心の声? それともリキさんがそう言ってたのかな!?」
「……」
「黙ってるって何? 両方って意味!?」
「両方です」
リキもドエスだけど一宮さんもドエスだと思った。うーん、二宮さんの方が癒しキャラだ。
「あの、一宮さんのその名前って本名ですか?」
「……」
一宮さんはその言葉を無視した。長い髪をなびかせ颯爽と歩いていく。
「えっとじゃあ、なんで貴方のような人がリキさんのメイドしてるんですか? 本当にリキさんのファンクラブの人なんですか? もしかして一族代々の掟とかそういう裏設定があったり?」
「……」
またも完全無視された。でも俺はへこたれない。
「一宮さんて、やっぱこの学校だったんですね。先輩なんですよね?」
「……」
またも無視だ。同じ学校にいるかどうかも教えてくれないのか?
でも制服着てるし、うちの学校だよな? あ、でも制服は着れば良いだけか。以前にメイド服を着てる位だし。
俺はまた違う質問をする。
「一宮さんて兄弟とかいるんですか?」
「……」
「うーんと、じゃあスリーサイズ教えて下さい」
「上から83、58、85」
「え!」
それは教えちゃうんですか? つーか顔が熱くなるから困ります。
そんな会話をしている間に、いつものように俺は3階の空き教室の前に辿り着いた。
するとそこには赤い布の張られたアンティークのアームチェアに座ったリキがいた。
「なんですか、その椅子、また持参ですか!?」
「この俺に相応しい椅子だろう? マホガニー材のこの彫刻は職人の手作業によるものだよ」
「まさか授業もそれで受けてないですよね?」
「……」
返事がない。もしやマジで一人だけ教室であの椅子に座り、授業受けてるのか!? 一度覗きに行ってみたいもんだ。
「リキ様、本日の紅茶はマリアージュ社のロータスロワイアルでございます」
いつの間に着替えたのか一宮さんがメイド服姿で、リキに紅茶を入れてサイドテーブルに置いている。
「さっきまで制服姿だったよね!?」
なんていう早着替え。メイドじゃなくて、くの一か何かじゃないか!?
リキは優雅に紅茶の香りをかいだ後で、いかにも高級そうなカップに口をつける。
そこでぜひ熱いと叫んで無様にふき出すとかしてくれないものかと思ったが、そんな期待を裏切ってリキはカップをソーサーに戻す。
「なんだい、じっとこの俺を見つめて。悪いけど俺は女性以外に見つめられたくはないんだ。しかも君に見つめられるとこの身が穢れて爛れそうだよ」
「その表現はなんですか!?」
「ああ、唾を飛ばさないでくれ。病原菌が移る。不幸体質が移るじゃないか?」
「なんで俺が不幸体質設定になってるんですか!?」
「違うのか?」
「ち、違わないかもですが」
いや、でもここ最近の俺の不幸って全部あんたが持ってきたモノじゃなかったっけ?
「なんだか、別世界に来たみたいだなー」
ふいに聞こえた声に振り向いた。
するとそこにはガタイの良い、陽気な感じの男が立っていた。
「や、はじめまして、君が久世守君だね」
にこやかに挨拶された。
「あ、貴方が今日のバトル相手?」
茶色の豪奢な髪をフワリと揺らして男は斜めに頷く。
「俺は2年の碇譲治、ジュージ君と呼んでくれ」
なんだか気さくな感じの人だった。
制服もシャツのボタンを三つも外して肌を露出させていて、今まで出会った人とはまたちょっと違った傾向だ。
「なんかリキちゃんは美味しそうなモノ食べてんね、なにそれケーキ?」
「ガトーショコラだ」
「ガトー? 簡単に言やーケーキだろう? つーか俺、ケーキだって普段食べないよ。家で出てくるのはせいぜい和菓子か綿あめか林檎あめだね」
「夏祭りみたいだな」
俺はつい呟いた。するとジュージ君はニコリと笑った。
「おう、的屋のジュージと言えば地元じゃ有名よ!」
な、なんか江戸っ子っぽいぞ。リキの西洋風王子姿と和風で現代風の的屋の兄ちゃんって、この組み合わせは何だ?
つーか俺はこの的屋の兄ちゃんと戦わないといけないのか?
的屋系ってなんかちょっと強面系だよな?
俺が内心でビビっているというのに、当のジュージ君はリキのテーブルに手を伸ばすとガトーショコラをつまんで口に入れた。
リキの整った顔に青筋が浮んで見えた。
「ふーん、こんな味なんだ。ま、悪くはないけど、でもかき氷の溶けたシロップの方が断然美味いね」
かなりな貧乏舌だと思った。いや、流石にあの溶けたシロップはどうかと思うよ。
「いや、本当、リキちゃんは格好つけだねー、こーんな椅子に座っちゃってさ」
言いながらジュージ君は乱暴にマホガニーの木材に触れた。
「その指、今ガトーショコラをつまんだ指だよな?」
リキが更にピキってしたのが分かった。
「マモル!」
「へ」
リキはいきなり俺の名前を叫んだ。
「お前はこの無礼な男を木っ端微塵にやっつけろ!」
「は?」
「俺の椅子を汚した罪は重い。お前の刀の錆にしてやれ!」
「いや、刀持ってないし」
ジュージ君は俺の方に向き直った。
「君に恨みはないけど、この俺の七瀬ちゃんへの純情可憐な恋のため、君には見事に命を散らしてもらうよ」
「命散らすってなんですか!?」
「あはは、まあ気にするな、じゃさっさと終らせちまおうぜ。俺も家に帰って金魚すくいの網を作んないといけないからさ」
「金魚の網作ってんですか?!」
俺が律儀に突っ込んでいると、ジュージ君は攻撃のための第一姿勢に入った。
「え?」
懐に手を入れたのを見て、匕首でも出てくるんじゃないかと思った。
なんか一瞬で頭の中に腹巻姿でそこから匕首出す映像が浮んだ。なんの影響だ? チンピラ映画か?
刃物が出ると思って身構えていると、ジュージ君は胸元から手を出した。
「え?」
その手には丸い物が握られていた。それはスーパーボールだった。それをジュージ君はその場で床に何度か弾ませた。
「ああ、これね、スーパーボール。俺の子供時代からの遊び道具さ」
めちゃくちゃ的屋グッズだと思った。
「さてさて、じゃあ、いっちょやりますか?」
ジュージ君は野球の投手のようにボールを構えた。俺は走って逃げだすべきかギリギリで避けるか悩んだ。
その間にジュージ君が振りかぶりボールを投げる。
ビュン!
ボールは勢いよく俺の横を通過していった。激しくノーコン? 俺がそう思った時、背中に衝撃が走った。
「うわ!」
片膝をついて廊下に蹲る。
「かは! め、めちゃくちゃ当った、いてー、外傷性ショックで死ぬ」
胸を押さえながら背中の痛みに耐えようと頑張った。でもなんか視界が黒くフェードアウトしそうだ。
思えば今までのバトルでここまで打撃を受けた事はなかった。なんだかんだで上手くよけていたから。
ジュージ君は俺に当たって転がったスーパーボールを拾い上げる。
「うわー、君もしかしてメッチャ弱いんじゃない?」
ボールをジャグリングのように手の平や腕で弄びながらジュージ君が言った。
俺はようやく痛みから解放されつつあった。でも冷や汗ダラダラな感じだ。
するとガトーショコラを綺麗にフォークで切りながらリキが言った。
「まだまだだよ。マモルを侮ってもらっては困るな」
「ふーん、リキちゃんは随分と自信があるんだな。マモル君には秘密兵器があるのかな? ああ、さっき言ってた刀? その刀でこのスーパーボールを真っ二つ? でも並大抵の動体視力じゃ俺のボールの軌道は読めないよ」
リキは余裕で微笑む。
「マモル」
リキはガトーショコラの刺さったフォークを俺にかざした。
「もしも君がこのバトルに勝ったら、このガトーショコラを食べさせてやろう。ああ、この高級アームチェアに座らせて、マイセンのカップに一宮君に紅茶を注がせても良い」
「え?」
何故か身体に力が漲った。
「うおー! ヤルキが湧いたぞ! 元気玉食ったって気がするぞ! ガトーショコラーー!!」
俺は勢い良く立ち上がった。
ジュージ君はそんな俺を見ながら首を傾けて言う。
「ふーん、なかなか立ち直りが早いみたいだね。でも、ま、俺もまだぜんぜん技を披露できてなかったから嬉しいよ。じゃあいっちょ本気でいきますか?」
ジュージ君はまた構えた。今度は集中して彼を見る。
そうだよ、スーパーボールはすごい弾むんだ。それはもう壁やら天井やらを縦横無尽で飛びまくるんだ。
シュン!
ジュージ君がまたボールを投げた。ボールは右の壁に当って左に飛ぶ。左右に壁を渡りながらスーパーボールが近付いてくる。
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
俺はそのジグザグ攻撃に動けない。こんなのどうやって避ければ良いんだよ!?
ボールが当る! そう思った時、俺はしゃがんだ。
「おや?」
ボールは軽く俺を通過していた。
「上手くいってしまった。いや、意外と攻略は楽だったな」
俺が安堵に呟くと的屋のジュージ君は楽しそうに笑った。
「あはは、スーパーボールを甘くみてもらっては困るよ。何故なら!」
ジュージ君はガバっとシャツを左右に開いた。行動はほぼ道端にいるコートを広げる変質者と同じだ。
けれど俺はそのシャツの中身に驚いた。
「え?」
「あはははは! スーパーボールはその種類の豊富さが自慢なんだよ!」
シャツの内側にビッシリとスーパーボールが連なっていた。ジュージ君はシャツをバサっと振りかざした。
その瞬間、無数のボールが俺に向かって飛んできた。それぞれが違う動きで飛んでくるスーパーボール。これはよけきれない!
俺は後ろ向きに後退しつつ左右を見渡した。
「!」
メイド姿の一宮さんと目があった。俺は一宮さんに向かって叫んだ。
「それ貸して下さい!」
俺の言葉を理解したようで、一宮さんは手に持っていた物を投げた。
ヒュン! パシ!
その銀色の円盤、もといお盆を手に取った。そして次々と飛んでくるスーパーボールをその丸い盆で打ち返した。
バス! バス! バス! バス!
面白い位ボールが当った。
「こんなもんかい、お蝶婦人! これじゃ俺からエースは取れないぜ!」
俺の心は昭和のアニメの世界に入っていた。流石のジュージ君も焦っているように顔が引きつっている。
けれどジュージ君もまだまだ引かない。
「俺、どっちかって言うと、緑川蘭子ちゃんの方が好きなんだよね」
良いノリだ。ジュージ君は言いながらもボールをどんどん投げてくる。これは消耗戦か? そう思った時だった。
スポ!
俺の手が滑ってお盆が飛んでいった。しまった! これじゃもう打ち返せない!
ショックのあまり頭を抱えようと思った時、お盆の陰で
「うがー!!」
という恐竜の声のような微妙な叫び声が聞こえた。
「え?」
中腰に屈んで身構えながら廊下の先を見た。するとそこにはお盆を腹で受け止めてピクピクと痙攣しているジュージ君の姿があった。
「ま、まさか、これを投げるとは、なかなか……やるな……」
ガクリとジュージ君が膝をついた。いや、今の作戦でもなんでもなく手が滑っただけなんですが?
うーん、黙っていた方が良いかな?
気付くとリキが俺の横に立っていた。そして赤い豪奢な毛皮つきマントを翻して言った。
「勝者、マモル!」
「いや、そのマントなんです? いつつけました?」
こうして今日も俺はよく分からないがバトルに勝ってしまった。
「ほぼ偶然の勝利だった気がする」
俺が呟くとマホガニーのアームチェアの上でリキが言った。
「偶然も勝利のうちだ」
「運も実力のうちって事ですか?」
「ああ、運も汚い作戦も卑怯な手段も、なんだろうが勝てば良いんだ」
「悪の発言ですね! 本当に! つーかガトーショコラ、ちゃんと下さいよね!?」
「ああ、すまない」
リキは足の上で優雅に手を組んで微笑んだ。
「つい美味しかったから全部食べてしまったよ。いや、流石一宮君はお菓子作りが上手い」
「あれ一宮さんの手作りだったんですか!? なおさら食いたかった!!」
俺が悔しさに叫んだ時だった。
「かわりにこれをやるよ」
ダメージからヒットポイントを回復したジュージ君がそれを差し出した。
「これって?」
「ああ、林檎あめ、美味いよ」
赤い林檎あめを差し出すジュージ君が菩薩に見えた。
「ジュージ君は良い人ですね!」
ついその手を握って感動していた。なんつーかドエス王子とは大違いだ。
「林檎あめだなんて、庶民の食べ物で大喜びだなんて、これだから貧乏人は嫌だね」
「お前は何様だ!」
つい素で突っ込むとリキはニヤリと笑った。
「俺様は世界のルールだ。王だ。文句があるなら天空の城まで来るが良い」
「それってラピュタ王ですか!? ムスカですか!?」
リキは俺の突っ込みを無視してフフンと笑っていた。そんな俺達を見てジュージ君が言う。
「おまえも、リキちゃんの相手するの、本当に大変そうだな。騎士としてのバトルよりもそっちの立場の方を俺は不憫に思うよ」
「ジュージ君!」
俺はジュージ君の胸でおいおい泣きたい気分だった。
何だか最終的に、ジュージ君と俺と、の昭和の人情モノっぽい友情が成立したのだった。
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる