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7.ホワイト王子

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7.ホワイト王子



銀鉄高校というおかしな名前をつけられたこの学校だが、何度も説明した通り丘の上のキャベツ畑を抜けた先にある。

松や梅という和風の植物に平凡な住宅が並ぶ通学路。でも丘の上まで上ってしまうと、そこからの眺めはなかなかに素晴らしい。

なんと町のシンボルタワーまで見下ろせてしまうスポットまであるんだ。

あまり夜遅くまで学校に残っている事がないので見た事はないが、もしかするとそこから夜景などが綺麗に見えるのかもしれない。

ヘタをすると港の開港祭の花火すらも見えそうだ。そう考えるとこのキャベツ畑に囲まれた学校もロマンチックと言えるかもしれない。

それこそイーハトーブのようだろうか? いや、より現代的に、また地名に合わせた新しい名前をつけた方が良いだろうか? 岩手県の事をイーハトーブと宮沢賢治が名づけたワケだけれど、それに倣うならこの地域は城見里町なのでシロミーとかどうだろう?



「我ながらセンスがないな」

つい口に出して呟いてしまった。今は丁度学校へと向かう坂が一番急な場所だ。

つい現実逃避でもしないとやってられない。

5月ともなれば真夏日なんかもあるワケで、坂道は暑くて仕方ない。

俺はうっすら額に滲んだ汗を手の甲で拭うと息を吐く。



「シロミーじゃなくてキミリーの方が良いか? いやいや、いっそジョービとかどうだ! あるいは戦火で城が燃えた跡地なんだよって事でシロクズレーとか?」

「君は朝から何おかしな事を叫んでいるんだ?」

急に聞こえた声に振り向いた。するとそこにはドエス王子が立っていた。



「ああ、ドエス先輩おはようございます」

リキは美しい眉毛をピクリと動かした。

「ドエス?」

「あ、すみません、心の声が……」

リキはフンと鼻で笑いながら、前髪をサラリとかきあげる。



「君の心がよく分かったよ。君にはより厳しい試練を与えてやる事としよう」

「え?」

ギクリとしていると、リキはスタスタと歩き、俺の前に立った。坂道の上にリキが立ったので身長差が20センチ位出来てしまった。

見上げるとリキはニコリと美しく微笑む。

「この坂は傾斜角度が21度ある。この坂を君は転がり落ちたいようだね」

背中を冷たい汗が流れ落ちる。

「押しちゃおっかなー」

言いながらリキは俺の方へ手を伸ばした。



「わ、やめて下さいよ! こんな坂一日二度も上りたくないです!」

「あはは、誰が2回だと言った? 俺は君が上るたびにここから突き落としてあげるよ。すると君はゴロゴロと坂を転がり落ちる。そしてまた坂を上りきると、俺が突き落とす。ゴロゴロゴロ。あはは、起き上がりこぼしのようじゃないか?」

「どっちかと言えば賽の河原でしょう! 貴方は鬼ですか!?」

「ああ、俺はドエスのようだからな」

根に持ってるし。



「だいたい、ただでさえこの坂道や途中の階段とかってハウルかよって感じなのに」

「ハウル?」

映画の中で老婆が二人階段を上るシーンがあるんだが、リキは知らないかもしれない。

これ以上話をふるのはやめよう。だいたい俺は平成アニメには詳しくないんだ。俺が愛するのは昭和だからな、うん。



「お兄ちゃん?」

聞こえた声にドキリとした。この声は振り向かなくても分かる、七瀬嬢だ。

ゴクリと唾を飲み込みながら振り向くと七瀬嬢と石井嬢が坂の途中で立っていた。

「七瀬さん」

呟くと七瀬嬢は少し頬を染めた。

「あ、おはようございます、久瀬君」

七瀬嬢の挨拶に感動している俺に向かって、石井嬢が元気に言う。



「久世っち、おはよう!」

「クゼッチ?」

つい復唱した。すると石井嬢は腰に手を当てて言う。

「あれ、だって久世という苗字は久世っちってあだ名になるって決まってるでしょ?」

「な、なんだよ、それ」

引いてる俺に、石井嬢は指を顔につきつけてくる。

「小野さんは小野っち、諏訪さんは諏訪っち、二文字の苗字はちってつける文法を知らないっていうの?」

「いや、それって文法じゃないし」

「良いから貴方はくぜっちね、ね、七瀬」

石井嬢はそう言うと七瀬嬢の肩を後ろから掴んだ。七瀬嬢は俺を見つめると、首を傾けながら微かに久世っちと呟いて微笑した。

蕩けそうな笑顔だった。彼女がそれで良いなら、良いやと思ってしまった。



「あんまり、顔を見つめないでくれるかな?」

言いながらリキが俺と七瀬嬢の間に入った。

「君のその貧相な顔で七瀬を見るな。七瀬が汚されるだろう?」

「汚れません!」

「それにこれ以上七瀬の顔を見るなら金を取るからな」

「酷い肉親ですね!」

そんな俺達の会話をよそに、石井嬢と七瀬嬢が隣を通りすぎる。

「じゃまたね、久世っちとリキさん」

七瀬嬢は何も言わずに微かに会釈して歩いていった。ああ、至福の時間が終ってしまった。







朝から賑やかな日だったが、俺の学園生活はそんな平穏無事には進まない。

昼休みに弁当の米を口に運んでいると、ドエス王子が現れた。

リキはご飯を咀嚼する俺を見ながら言う。



「なんだ、まだ食事をしてたのか」

しっかりとご飯を噛み砕いて飲み込んでから返事をした。

「また今日は何ですか? 朝も会ったじゃないですか? 用ならその時に言ってくれたら良かったのに」

「イレギュラーだから仕方ないだろう」

「イレギュラー?」

「ああ、そうだ、だからお前にそのタコさんウンナーを食べる時間はない」

「え」

俺は箸でウインナーをつまんだまま固まった。そして弁当を抱えてガードする。

「ちょっと、食事位させて下さいよ! 弁当は俺の命なんですから!」

「は、貧乏人程食い意地が汚いからな」

「失礼な発言ですね!」

叫ぶとリキはジロリと睨んだ。そして肩をグっと押さえつけると弁当に手を伸ばした。

「そんなに食べたければ一気に食べろ! 今すぐ食べ終えろ!」

リキは俺の口にお弁当の米を押し込んでくる。ちょ、無理、苦しい!

そんな俺達の様子を砂原は呆然と見ていたが、ボソリと呟いた。

「いや、手づかみでご飯をマモルの口に入れられるあたり、リキさんそんな金持ちとかではないのでは?」



弁当のご飯を無理やり飲み込んだ後、リキに引きずられるように廊下を進んだ。

どこに向かうって、そりゃもちろん七瀬嬢のクラスだ。



「イレギュラーって一体なんですか?」

リキはいつもと違い、少し真面目な顔で答える。前を歩く背中がちょっと緊張しているようにも見えた。

「イレギュラーというか、予想外というか予想以上と言うか」

ドエス王子のリキにしては、歯切れが悪いなと思った。

今回はそれ程危機的な状態なんだろうか?

また七瀬嬢に誰かが近付いているんだろうけど、今回はよっぽどの変人なんだろうか?

いや、それとも力自慢で腕が立つとか、ヤンキー系なんだろうか?



「俺、スクールウォーズは何十回も見たけど、不良少年とかとケンカとか無理ですよ」

「何の話だ?」

リキが首だけ振り向いてそう言った。

「不良が絡んでるんじゃないんですか? 短ランにマスクとかの」

「いつの時代の話だ」

「いや、いつと言われれば昭和ですけど」

「昭和ね、そう言えば、その石器時代には番長なる特殊生命が存在していたんだっけ? 今では考古学者が研究しているが半世紀にも満たない短い期間で絶滅してしまった、それは愉快な生き物だったそうじゃないか? 生物学的に実に興味深い、希少な存在だね、まったく」



俺はなんだか、番長が古代生物に思えてきた。いや、まあ確かに存在期間は短かったと思うけどさ、でもそれを言ったら、平成に流行ったヤマンバとかも似たような存在だと思うんだけどな。でもどうせ希少生物なら、やっぱ俺は昭和が良いぜ。

そんなアホな事を考えていたら、七瀬嬢の教室の前まで来てしまった。

「あれだ……」

リキの言葉に俺は教室の中を覗き込む。するとそこには予想外の光景があった。





窓辺に寄りかかるようにして、七瀬嬢の前に一人の男が立っていた。キラキラという擬音が聞こえそうな、そんな美少年だった。色白で長身でアイドルのような顔つき。頭は小さく、サラサラの茶色の髪がその美しい顔を包んでいる。

「王子様だ」

俺は呟いた。どっからどう見ても王子だ。いや、リキも王子には王子だが、こいつは悪の王子で、彼はまさに正義の王子。ホワイト王子って感じだ。

「見るだけでムカつく顔をしてるだろう?」

「確かに」

頷いてから慌てて首を振る。いや、だって美形だってだけでムカつくだなんて失礼だ。

それに平凡な自分と比べてひがんでるだけだから、みっともないのは自分だ。



「つーか、何であんたがムカつく必要があるんですか?」

隣りで教室をじっと眺めるリキを見上げた。美しさで言えばリキのがあのホワイト王子よりも上回っている。

ホワイト王子も確かに美形なんだけど、この菱形兄妹はちょっと尋常じゃない美しさなのだから仕方ない。



「あいつがムカつく上に始末に困るというのは、君も話してみればわかるよ」

そう言われてホワイト王子を見つめた。

彼はにこやかに七瀬嬢に話しかけている。そして話しかけられている七瀬嬢だが、あまり嫌そうには見えない。

美男美女でお似合いすぎる感じで、気分が悪くなる。と、その時。七瀬嬢が微かに眉を顰めて俯いた。

「え?」

ホワイト王子が何か言ったのだろうか?

でも見ている限り、おかしな空気も感じない。じゃあなんで七瀬嬢は視線を逸らしたんだ?



「七瀬は人間と上手く話せないんだよ」

「え?」

横にいるリキを見上げてしまった。リキは俺を見ないで七瀬嬢を見つめながら言う。

「七瀬は気の知れた人間以外とは上手く話せないんだ。だけどあいつはそんな七瀬に話しかける。それがまた話し上手でね、拒否しにくいんだ。でも逆にそれが七瀬の負担になるんだよ。なんて言うか、あいつの出来ているが上にやっかいな性格は、俺にとってはムカつくもんなんだよ」

リキは言いたい事だけ言うと、俺を無視して教室の中に声をかけた。



「藤波」

呼ばれてホワイト王子がこちらを向いた。リキを見て、そして俺に視線を向ける。

どうやら藤波という名前らしいホワイト王子が、七瀬嬢に手をあげて挨拶をするとこちらに歩いてきた。

「やあリキ、久しぶり」

ホワイト王子は教室のドアに片手をつきながら、にこやかにリキに挨拶をした。けれどリキは目を細めてそれに返す。

「俺は七瀬には近付くなと忠告していたはずだが?」

「ああ、そうだね。でもそんな言葉に従う必要はないだろう? 僕は彼女と友人になりたいんだ。それを止める権利は兄である君にもないと思うよ」

リキはチっと小さく舌打ちした。ホワイト王子は俺の方に視線を移す。



「君は久世守君だね」

「え、はい」

ホワイト王子は俺の事を知っているようだ。俺を見下ろした格好で目を細めて微笑む。

「噂は聞いているよ。七瀬君の騎士だそうだね」

「え、はあ……」

微妙に答える俺に、ホワイト王子は微笑んだまま言う。

「僕は2年の藤波俊樹、丁度良かったよ、君には後で正式なバトルの申し込みをしようと思っていたんだ」

やはりバトルなのか。そう思っていたら、隣でリキが不気味に笑い出した。

「ふ……ふはははは……!」

悪の幹部のような笑い方だった。本当にいつか黒いマントをプレゼントしてやりたいよ。

リキは長く美しい指で前髪をハラリとかきあげると、藤波さんに向かって言った。



「君が正式にこいつに戦いを申し込んでくれて助かったよ。今みたいに七瀬に勝手に話しかけるのはルール違反だからな」

藤波さんは溜息をつく。

「僕は妹さんの交友関係に口出しするのはどうかと思ってるんだ。でも他の生徒が君の作ったルールに従っているのに僕だけあんまり自分勝手にするのは良くない気がする。だから君の作ったルールに則って、久世君とバトルをして正式な了解を得ようと思ってるんだ」

藤波さんはすごくまともな事を言った。この人の言う事や考え方は共感が出来る感じだ。



けれどリキはそんな正論にもめげなかった。

「お前の御託はいい。だがな、世の中には話しかけられるのも嫌な人間もいるんだ。嫌な事をハッキリ嫌だとは言えない人間がな。そういう弱者を守る為にこの下僕、もとい騎士である久世マモルがいるんだよ」

「今、下僕って言いましたよね!?」

俺の突っ込みを無視してリキは続ける。



「この久世マモル君はそりゃ強いよ。いくらお前が凄腕でも口が達者でも、マモルには敵わない。お前の命も今日限りだな」

なんか適当な事言ってるよ!? しかも今日限りの命って、俺を殺人者にする気かよ!?

リキのふざけた言葉を、藤波さんは軽く笑顔で聞き流した。



「うん、まあ、久世君と戦うのを楽しみにしているよ、じゃあまた後でね」

藤波さんは廊下を颯爽と歩いていってしまった。

それを見送った後で、リキが俺の肩に手をおいた。



「絶対に負けるなよ、あいつにだけは絶対だ」

なんかすごんで言われてしまった。それにしたって絶対勝てっていうけど、彼がどんな武器を使うのか、どういう勝負なのかも分からないから答えようがないじゃないか。

「負けたら生まれた事を後悔するような拷問にかけるからな」

リキは俺の肩を掴む手に力を込めて言った。やっぱこの人ドエスだよ。









教室に戻り、砂原に声をかける。

「2年の藤波さんて、お前知ってるか?」

その問いにおやつのスナック菓子を食べながら砂原は答える。

「あの男前ね、知ってるよ。俺のライバルになりそうな男前はちゃんとチェックしておかないとな」

お前がライバルになれるような人じゃないだろ。そう思ったが面倒なので黙っておく。



「それでさ、彼ってなんか部活に入ってる?」

砂原は首をかしげる。

「確かなんか入ってたよ、部活紹介のレクレーションで壇上に立ってたの覚えてるもん」





4月の初めに部活紹介が体育館で行われた。

その時の事は記憶にあるが、漫画研究部とか柔道部とか一部の印象的だった部活しか覚えていない。

因みに漫画研究部は、部長が秘密戦隊ミツレンジャーの秘密ミツキチ参上ポーズを披露して、会場をどん引きさせていたし、柔道部は技の披露をして腕を骨折していたので、かなり印象に残っている。まあ、それは置いておいて。



「藤波さんてやっぱ運動部だったか? いや、運動部じゃなくてもディアボロとかカポエイラかえびせんとか、そんな特殊なの扱う部活じゃなかったか?」

「えびせん部って何?」

「あ、いや……」

俺は顎をつまむ。

部活イコール武器って事もないだろうから、部活を聞いても意味がないか。

部活が分かれば対策を考えられるんじゃないかとか思ったが、今までも行き当たりばったりで戦ってるんだから、あまり関係ないのかもしれない。

なるようになる。けせらせらだ。







午後の授業の為に自分の席についた。やがて教師が現れ授業を始めたが、頭は七瀬嬢の事に向かっていた。

リキは彼女が人と話すのが苦手だと言っていた。

確かにおとなしくて無口だが、人見知りというほどではなかったから、そんな風には見えなかった。

いや、違うな。以前に一度、俺は見かけたじゃないか。

彼女が友人らしき集団と会話をしている時に、憂い顔になるのを。

七瀬嬢は人との会話があまり好きではないんだろうか?

だから俺に騎士役をさせて、人との会話をなくそうとしているのだろうか?



考えていたらあっという間に授業は終わり、放課後になった。

廊下に出た俺がさてどこでどうバトルなんだと思っていたら、メイドさんが目の前に現れた。



「えっと、貴方は……」

メイド服姿の彼女を見つめる。やわらかなカールの栗色の髪のメイドさん。なんだかフワフワしたイメージだ。

「二宮さん、ですか?」

「はい」

リキのメイドさんには過去三人会っている。一宮さん、二宮さん、九十九さん。

チラっとしか顔を見てないのであまり自信がなかったが当てる事が出来てほっとした。

因みに一宮さんはクラシカルメイド服のテキパキクールビューティー系。

二宮さんはフリフリスカートのメイド服で、ふわふわカールヘア、たまにやさしい言葉をかけてくれたりもする。

九十九さんはイマイチどういう人か判らないが、外見はごく普通そうな人だった。

当然同じ学校だと思うんだけど、服装が違うせいか校舎内で彼女達を見かけた覚えはない。

いや、もしかして本当は他校なのか? でも服装で女の子は印象が変わるから、やっぱり同じ学校じゃないかと思うんだけど。





「今日の決闘場所へとご案内致します」

二宮さんは恭しく言った。恭しくはあるが決闘だ。

バトルよりも決闘の方が重い言葉のような気がするのは気のせいだろうか?







未使用教室の並ぶ3階までつれていかれた。もう馴染んだバトル場所だ。

廊下にリキがいるが、何故かジャガード織りの背もたれつきのアンティーク調の椅子に座っている。

本当にあの椅子はいったいどこから持参するんだか。



「やあ、マモル、今日もしっかり七瀬のために戦ってくれよ」

優雅に足を組んで、ニコリと笑いながらリキが言った。

「もしも負けたら鉄の処女に入れるからな」

「鉄の処女ってアレですよね!? 棺おけみたいな形で扉にトゲがいっぱいついている奴!」

「ああ、そうだ、蓋を閉じたら、まるで機関銃で撃たれたかのように穴だらけになるアレだ」

「あんたは中世の貴族ですか!?」

「ま、似たようなものだろう、気にするな。君が負けなければ良いことだ」

気がつくと、ワゴンを押して二宮さんがリキの隣に立っている。



「本日のデザートはザッハトルテ。紅茶はアッサムCTCセカンドフラッシュのミルクティーでございます」

「なんかそれ美味しそうですね! 俺も食べたいんですけど!?」

叫んだらリキはチラリと俺を見た。



「ああ、じゃあ君が藤波に勝ったらこれを食べさせてあげるよ」

「え、マジですか?」

俺の問いにリキはニヤリと笑った。

「ああ、負けたら鉄の処女、勝てばアフタヌーンティー。素敵な天国と地獄だね。俺は君が勝ってくれると信じているからね、あとでゆっくりこのお茶を楽しむと良いよ」

リキはすごく意味ありげに微笑んだ。

勝てる保障は何もない、だが目先の欲求、いやいや七瀬嬢のために俺はこの戦いに負けられないと思った。





「おや、なんだか楽しそうなティータイムになっているね」

聞こえた声に振り返ると、藤波俊樹がゆっくりとこちらに近付いてくる。

「藤波さん」

呟きながら彼の事をじっと観察した。武器らしきモノは持っていない。

いや、彼の肉体そのものが鍛え上げられた武器かもしれないけれど。



「あの、藤波さんて部活動って何ですか?」

「え?」

藤波さんは首を傾げたが、すぐに答えてくれた。

「ああ、僕はペーパークラフト部だよ。活動内容としては折り紙も含まれるけど。一応部活紹介のレクレーションにも出て説明したんだけどな」

「そうですか、ペーパークラフト……」

言いながら考えた。ペーパークラフトってどんな部活内容なんだろう。

簡単に言えば折り紙だよな?

そう思うとすごくおとなしそうな部活だ。特に危険な匂いは感じない。



「バトルの前にちょっとだけ話を良いかな?」

藤波さんは俺の前に立った。黙ってその整った顔を見上げる。

見れば見る程温厚そうな顔立ちの、やさしい雰囲気の人だ。



「僕は君と話しあいで勝負が出来たら、それにこした事はないと思ってるんだ」

「は?」

意外な言葉にマジマジと藤波さんを見つめる。ここまで来て戦わずに済ませるつもりか?



「だって僕は君とはほぼ初対面で、そんな君を戦って傷つけたくはないんだ。君とも出来たら仲良くしたいと思ってるんだ」

「え、俺と?」

聞き返すと藤波さんは蕩けそうな笑顔を見せる。

俺が女だったら「抱いて下さい!」とか叫んでしまいそうな、そんな甘い笑顔だ。



「僕は本来、人と争う事が嫌いなんだ。基本的に博愛主義者なんだよね。誰とでも仲良くしたい、友達になりたい、そう思ってるんだ」

聞きながら、もしかしてこの巧みな話術こそがこの人の武器だろうかと思ってしまった。

話していると戦意を失う笑顔と話し方だ。



「僕は七瀬さんにもっと心を開いて欲しいと思っているんだよ。一部の限られた人にしか心を開かないなんて淋しいじゃないか? だから僕は積極的に彼女に話しかけてるんだ。彼女があまり人と話すのが苦手だと言うのも知っているよ。でもそういうのもちゃんと克服していかないといけないだろう? この先社会に出てからも、その方が良いと思うんだよ。多くの人と平等に親しく仲良く、それが理想じゃないかな?」

「俺はそう思いません」

「え?」

流暢だった藤波さんの口が止まった。

リキは俺達のやり取りを黙って見つめていたが、ニヤリと笑っているのが見えた。俺はそのまま話し続ける。



「俺は別にすべての人と仲良くしなくても良いと思いますよ。藤波さんがすべての人と仲良くしたいって言うのを止めるつもりはありません。それは貴方の自由ですから。でもそれを他の人に押し付けるのは間違っていないですか? すべての人と仲良くなんかなれるワケないんですよ。自分と合わない人も居るんです。そんな人と無理して付き合ったら自分が疲れちゃうだけです。だったら一部の限られた人とだけ付き合った方が良いです。別に一部の人だけって言っても制限を設けるわけじゃなくて、気の合いそうな人には徐々に心を開けば良いじゃないですか? 藤波さんの言う事も間違ってはないと思いますよ。でも藤波さんの考えを押し付けないで、本人が気付くのを待っても良いと思うんですよ。いつか自分から心を開きたいと七瀬さんが思えるようになったら、それで良いじゃないですか?」



珍しく長く語ってしまった。藤波さんは何も言わない。

もしかして俺の拙い言葉では上手く伝えられなかっただろうか?

そう思っていたら藤波さんは前髪をかきあげた。



「参ったな、そんな風に言われちゃうとは思わなかったよ」

そうは良いつつも藤波さんはまだ微笑を浮かべていた。



「君の言う事ももっともだね。でも僕は彼女がいつか心を開くまで、悠長に待っていたくはないんだ。そこにいるリキ君とは違って僕は家族ではないからね。今から彼女と親しくしておかないと、それこそ卒業したらそれっきりの仲になってしまう。だからこちらも必死なんだよ」

藤波さんの言いたい事が理解出来た。

七瀬嬢の事を思うなら、彼女が心開くまでただ待っていれば良い。

でも彼女が好きなら、彼女に恋をしていたら、もっと焦るし心を開いてもらいたいし、何より側にいて話しかけたい事だろう。

目の前のこの人は単純に恋する少年なんだ。

俺は息を吸って深呼吸した。



「バトルしましょうか? どっちも間違ってないなら、バトルして決着つけるのが早いですもんね」

藤波さんは頷いた。

「そうだね、そうしよう」

藤波さんは1歩俺から離れ、距離を取った。

「リキ、バトルはこのままスタートしても良いんだろうか?」

藤波さんに聞かれて、リキは足の上で組んでいた手を離して微笑んだ。

「じゃあ、俺が合図をしてあげるよ」

リキはあげた片手の指をパチンと鳴らした。音が鳴った瞬間、目の前の藤波さんが制服の内側に手を入れた。

俺はその動きに身構えて片足を1歩下げた。



藤波さんは胸から何か取り出すと俺の方に手を向けた。

飛び道具?

クナイとか手裏剣でも飛んでくるかと思った。けれどそれは予想外のモノだった。

シュルル……。



「え?」

それは紙で出来た人形だった。

「な、なんだこれ!?」

俺は自分の身体の回りを囲うように動いた人の形をした紙の連なりを見つめた。

「これは捕獲用紙人形だよ」

説明しながら藤波さんが手を動かした。するとシュルシュルと紙の人形が俺の身体に巻きつく。

「な!?」

身動きが取れない。なんで? たかが紙なのに!?



俺の身体には、手の部分が繋がった紙人形が鎖のように巻きついている。

「簡単に捕獲完了だね。ちょっと拍子抜けする位にあっけないな」

言いながら藤波さんはまた懐に手を入れている。

「こ、これって何ですか? ただの紙じゃないんですか? 何で切れないんだ?」

紙を切ろうと力を入れているのに紙は切れない。

「それは特殊な紙人形だからね」

「特殊ってなんですか? つーかこれって陰陽師ですか? 安倍清明ですか!?」

「陰陽師か、格好いい事言われちゃったね。でも残念ながら違うよ」



藤波さんは懐からまた何か取り出した。また人形だった。

今度は一体で、藤波さんの手の平の上でクルクル回ってる。

「あ、ありえない。もしかして超能力ですか? これっていつの間にか超能力バトルになっているんでしょうか?」

俺の問いに藤波さんは笑った。



「あはは、違うよ。ごめんごめん、種明かししてあげるよ」

藤波さんは空き教室のドアを一つ開けた。すると中から虎が現れた。

「ええ!?」

マジでビビッている俺の前に虎が立つ。あれ、でもこれって。



「気付いたかい。この虎は紙で出来てるんだよ」

「紙……なんで?」

「何で?」

それはおかしそうに藤波さんは目を細めて笑う。

「言っただろう、僕はペーパークラフト部なんだよ。これ位簡単に作れるんだよ」

虎が動き出した。

「な、なんで動く!?」

「あはは、知らないかい? 高度な技術で作られた折り紙には命が宿るんだよ。この僕の折った紙はすべて意思がある物のように動くんだよ」

藤波さんが右手を上げた。その瞬間、虎が軽く跳躍して俺の目の前に降り立つ。そして目の前で大きく口を開けて俺を威嚇する。

「う、嘘だろう? こんな事って」

「君がすぐに負けを認めてくれないと、この大きな口で君をかみ殺してしまかもしれないよ。僕の技術で作った牙は人の身体なんか簡単に切り裂く事が出来るよ」

「どうなってんだよ? マジで陰陽師か超能力者じゃないか!?」

「あはは、だから僕はただのペーパークラフト部員でしかないよ。それにこの虎もただの不切正方形一枚折りでしかないよ」

「そのフセツって何ですか? 必殺技の名前ですか!?」

「折り紙の一つだよ。正方形の紙一枚だけで出来てるって意味だよ」

「そのただの折り紙がなんで生きてるように動くんですか?」

「言っただろう、作品に命が宿ったのさ」



藤波さんが両手を指揮者のように動かすと、虎が俺を飛び越えて後方にジャンプした。

「うわ!」

俺はビビって転がる。

「そんなに怯えなくてもただの紙だろ」

転がった先にいたリキに、冷たく言われた。リキは優雅に紅茶を口にし、更にザッハトルテにナイフを入れていた。

「たかが紙じゃないだろ! 紙がこんな動きするかよ!?」

俺の叫びに藤波さんが答える。



「ああ、そうだね、ただの紙ではあるけど僕の意思を汲んでくれるからね、命令には絶対に従うし、陰陽師で言えば式みたいなものだね」

俺はリキの足元に転がったまま、藤波さんと虎を見つめる。

これが本当に超能力でも陰陽師の呪術でもないんだとしたら、どうして虎は動くんだろう。この身体に巻きついた人形もそうだ。

何で自由に動くんだ?



ザッハトルテを口に運んでいるリキを見上げた。

そういえばこのドエス王子と出会った時に、こいつも花を突然取り出したりしていた。

あれが手品だとしたらもしかしてこれも手品か? だったら。

俺は転がってリキの足に体当たりした。



「いて! バカか、お前は! 相手は俺じゃなくて藤波だろう!」

リキは怒鳴っていたが、ぶつかった拍子にナイフが落ちた。俺はそれを縛られた手で上手く拾うと、そのまま人形を切った。

「な!」

藤波さんが動揺して声をあげた。俺の身体を拘束していた人形が外れた。

俺はナイフを構えて藤波さんの前に立つ。



「分かりましたよ、この折り紙たちの秘密が。単純な事だったんですね、出来上がった折り紙にワイヤーかてぐすを通して動かしてたんですね。だから紙を動かす時に貴方は大きく手を振り上げていたんだ」

俺の言葉に藤波さんは笑った。



「ああ、バレちゃったね。でもそんなの分かった所であんまり変わらないよ」

藤波さんが右手を振り上げた。すると虎が俺に向かって走ってくる。

「うわ!」

風のように虎が横を通りぬける。紙だとは分かっているけど、迫力がある。

なんかいっそ呪術だとでも言ってもらった方が納得が出来るよ。

ただの折り紙技術だとしたら逆にすごすぎる。



「僕の作品はまだまだあるよ」

教室からまた何かが現れた。巨大な要塞のようなシルエット。細長い塔、花や蜂や蝶の飾り、あれは!

「ガウディのサグラダファミリア!?」

「おっと間違えた、これは武器にならないからこっちと」

言って再び藤波さんが何かを取り出した。あれは!

「カジランガ国立公園の一角サイだよ」

藤波さんがクールに説明した。巨大なサイが俺に向かって飛び込んでくる。

あの顔についたツノに刺されたら痛そうだ。いやもしかすると当たり所によると死ぬかもしれない。



「サイが嫌なら、こっちのサグラダファミリアにしようか? でもこれはこれで巨大だから圧死しちゃうかもしれないよ?」

「つーかその技術がすごいです!」

攻撃を避けながら叫んだ。

「お褒め頂き光栄だよ。お礼に僕の最高傑作を披露するよ」



藤波さんが手を振り上げた。ヒュンと俺の前に巨大な物体が現れた。

「これは!?」

「火の鳥」

それは確かに鳥だった。オレンジと赤のグラデーションで折られた鳥が俺の真上に浮ぶ。

ヒュンと翼を羽ばたかせると鳥は俺に向かってきた。

「うわ!」

迫力がすごい。

廊下を走り、少し離れて戦いを見ていた二宮さんに向かった。

「え?」

俺が全力で向かっていくので二宮さんが驚いた顔をした。俺はそのまま二宮さんに抱きつくように突進した。

そして彼女の持つポットを奪い取ると、振り向きながら蓋を開けて、向かってくる火の鳥にそれをかけた。

バシャ!

「な!」

藤波さんの悲鳴が聞こえた。火の鳥はポットのお湯を浴びて地面に落ちていた。

いくら迫力があって、精密な出来上がりと言っても紙は紙だ。水には弱い。

ふと見ると、藤波さんが鳥の残骸の後ろで膝をついてうな垂れている。



「僕の最高傑作が……作成に七日かかったのに……」

ゆっくりとリキが廊下を歩いて俺と藤波さんの間に立った。

「勝負ありだな。マモルの勝ちだ」

その言葉に藤波さんは顔を上げた。さっきまでの凛々しい顔が、今はやつれているように見える。

俺は慌てて藤波さんに駆け寄る。



「あの、すみません。バトルだからってせっかく作った作品を台無しにしちゃって。その本当にすみません」

俺が頭を下げると、リキが冷たく言う。

「勝負なんだから、マモルが謝る必要はないだろう」

「それはそうですけど、でもあんなすごい作品を水びたしにしちゃって、藤波さん一生懸命作ったんだろうし」

藤波さんはゆっくりと顔を上げると立ち上がった。



「ありがとう、気遣ってくれて。でも大丈夫だよ。確かにちょっとショックだったけど、また作れば良いだけだからね」

「また作れるんですか?」

俺の問いに少し元気を取り戻したように藤波さんは頷く。

「ああ、また七日かかるだろうけど、ちゃんと作れるよ。いや、今度は三日でいけるかもしれないな」

藤波さんは微笑んだ。だからおれも笑顔になった。

「そっか、良かったです。それにこんなバトルじゃなくて、今度はちゃんと作品見せてもらえたら嬉しいです。この技術本当にすごいですよ、感動しました」

「ありがとう」

俺と藤波さんが良い感じに交友を深めかけたその時、リキが呟いた。



「マモル、君は謝る相手を間違えているよ」

「え?」

顔を向けるとリキは言う。

「謝るなら君が怖がらせた二宮君にしてくれ」

「あ」

俺は二宮さんから無理やりポットを奪った。全力で人が自分に向かってきたらそれは怖いだろう。



「二宮さん、すみません! 俺、戦いに夢中で貴方を怖がらせてしまって」

必死に謝ったのだが、二宮さんはサラリと言った。

「強姦されるのかと思いました」

その言葉に何も言えずに固まってしまった。

いや、俺が悪いんですけどね、そんなセリフを女の子が言っちゃいけないと思うんだよ?



こうして、今日のバトルも終ったのだった。





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