風紀委員はスカウト制

リョウ

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9・美少女と薔薇

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子供の頃に見た、鳥の記憶がもう一つある。



それはやはり田舎での記憶だった。

無数の鳥が空にいた。赤い空。あれは多分夕焼けの赤さだったのだろう。



鳥の鳴き声に僕は顔を上げた。赤い空を背景に、飛びまわる黒い鳥達。

けれどその鳥はやがて一羽また一羽と矢に射られて落ちていった。

あの矢がどこから現れたのかはわからない。

無数の鳥が無数の矢に射られ落ちる記憶。



今思えば、あれも現実の光景ではなかったのかもしれない。

誰かの思い、あるいは人ではないモノの思い。

あるいはそれは過去の映像だったのかもしれない。かつての歴史のヒトコマ。

僕の目は何を映し出しているのか分からないから、だから。



水の中に沈む人の記憶も、もしかしたら現実のモノではなかったのかもしれない。

いつか、どこかの、僕の知らない歴史・・・…。









梅雨になった。

それはもうすっかりどっぷり梅雨だった。

風紀委員室の窓の外も暗く、雨の滴が窓ガラスを流れていた。



「なんだか、僕の涙雨みたいだな」

溜め息のように呟いたフミヤさんにドキリとする。



「本当にすみません! とっても失礼な事を僕の友人が言ってしまいました! いくら気持ち悪い絵でも、オカルト研究会とか、呪われそうとか、呪術とかは言いすぎです! だいたい元は、爆風……いや爆裂タヌキだったんですから、せめて妖怪珍獣画図とか言うべきだったと思います!」

ティーカップを持つフミヤさんの手が何故だか震えている。



「あーあ、アスカちん、それは言いすぎじゃないの? 爆裂タヌキってなんだよ? 爆風より酷くない? なんかライトノベルにでも出てきそうな名前だし」

「え、そうですか? それって褒めてます?」

「いや、褒めてない。だがしかし、面白い。この完全無欠の飄々温厚人間を落ち込ませる事が出来るんだもんな」

「え、僕、フミヤさんを傷つけていますか?」

僕はフミヤさんの横に立った。



「そんな気はなかったんですが、傷つけてたなら、ごめんなさい。お詫びなら何でもします」

「いや、良いんだよ。アスカは悪くない」

フミヤさんは相変わらずの、普段と同じ笑みを浮かべた。



「ただ君がどうしても謝りたいと言うのなら、このお湯の中に手をつっこんでもらおうかな?」

「え、それって熱いんじゃないですか? 火傷なんじゃ?」

「ああ、そんな無理に入れなくても良いんだよ。僕は許しているからね」

「ぜんぜん許してないみたいだよ」

楽しそうに水橋さんが笑顔で言った。

因みに研坂さんはさっきから、こんな僕達のやりとりなどどうでも良さそうに、読書をしている。



そんな日常の中、ドアをノックする音が聞こえた。

僕達の視線の集まる中、そのドアは開かれた。そこには一人の美少女が立っていた。



歓声をあげたくなった。茶色でクリクリの髪の彼女は、お人形のようにかわいらしかった。

その背景にはピンクのミニ薔薇が咲き乱れる。そんな光景だ。

「君は……」

研坂さんが呟くと、彼女はペコリと頭を下げた後で口を開いた。



「1年7組の華原まどかです。こちらには生徒会長の加賀美さんの紹介できました」

「加賀美の?」

研坂さんに聞かれ、彼女は頷いた。



「はい。だからこちらの委員会の本来の活動を聞いています」

僕は初めての展開にドキドキしていた。誰かが能力の事で訪ねてくるなんて初めてだ。



「ささ、かわいいお嬢さん、こちらに座って!」

水橋さんが僕の椅子を彼女に差しだした。仕方ないので僕は黙って立っている。



「ああ、アスカ、席がないのか。仕方ないね、じゃあ僕の膝の上にでも座るかい?」

ニッコリと笑顔でフミヤさんに言われた。どうやらさっきの事をまだ怒っているらしく、羞恥プレイを強要しているようだ。

「本当にすみません、以後気をつけるので許して下さい」

僕は土下座する勢いで謝った。



「向こうの部屋にパイプ椅子が余ってたはずだから、それを持ってくれば良いだろう」

冷ややかに研坂さんが言った。僕は椅子を持ってきて座った。

「それで相談事はその花の事かな?」



研坂さんがまどかちゃんにそう聞いた。

「え、花?」

呟くとみんなが僕を見た。



「お前はこの花が見えないのか!?」

「僕にだって見えるのに!?」

「え?」



改めてまどかちゃんを見る。確かに彼女の周りには綺麗なミニバラが咲いていた。



「あ、ああ、あれは僕がイメージしてたわけじゃなかったんですね。みんなにも見えてるモノなんですね。いや、てっきりかわいい子を見たので、僕がバラのイメージしちゃったのかと思いました」

「コウ、俺はこいつが本物のバカだと今確信したよ」

そう言う水橋さんに研坂さんは短く答える。

「ああ、俺は前から知っていた」

「ちょ、みんなで僕をバカにしないで下さい!」

いつもの感じになりそうだったが、まどかちゃんが話を戻した。



「あの、それで相談なんですが……」

僕はまどかちゃんを見た。改めて見てもかわいい。

「実は私、呪われているみたいなんです」

全員が黙り込んでいた。

僕は反論したかったが、我慢して研坂さんを見た。すると研坂さんが話しだした。



「どうして呪われていると?」

「はい、実はちょっと前からすごく身体が重くなった気がして。私昔から霊感みたいなものがあったんで、今回のもそういう霊的な呪いじゃないかと思ったんです。それでクラスメイトで仲良くしてる子に相談したら、生徒会長の加賀美さんと知り合いだからって紹介されたんです。それでさっき訪ねたら、今度はこの風紀委員の事を教えられたんです。えっと一応、紹介状をもらってきました」

彼女は鞄から紹介状らしきものを取りだした。紹介状ってここは病院ですか?

研坂さんはその紹介状を見ると、まどかちゃんに向き直った。



「とりあえずこれに記入してもらおうか」

そう言って渡した紙を、横からこっそり覗き見る。どう見ても問診票だった。だからここは病院ですか?



まどかちゃんとの話がすんで、どうするのかと思ったら、研ぎ坂さんはさっさと彼女を帰してしまった。

残念に思っていると、研坂さんは立ちあがった。

「さてと」

研坂さんは呟きながら僕を見た。

「あれをどう思う?」

「え、はい、綺麗でした」

即答した僕を研坂さんは睨んだ。



「だから、俺が聞いているのはそんな事ではない」

「だ、だってまどかちゃんはかわいいし、背負っている花も綺麗で可憐で、まるで一枚の絵のように素敵でした」

「その花の事を聞いてるんだよ、アレはなんだ?」

「えっと……」

僕は先程の光景を思い浮かべる。天使のようにかわいいまどかちゃん。そのバックに咲くピンクの薔薇。



「やっぱりこないだの松浦さんと那美さんの時のように、誰かの恋心が絡みついてるんだと思います。嫌な感じはしなかったし、綺麗なミニバラを咲かせていたし」

「綺麗だと、悪意はないってか?」

水橋さんに聞かれ僕は頷く。



「はい、本当に呪いだったら、もっとどんよりしたモノが絡みついていると思うんですよ。でもみんなもそう感じてるんじゃないですか? だからさっき彼女が呪いと言った時、みんな怪訝な顔をしてたんですよね?」

「うん、僕は同意見だよ」

フミヤさんがそう言った後、水橋さんが頬杖をつきつつ言う。



「なんだ、そこまでバカじゃないんだな、ちゃんと俺達の反応見れてるんじゃん」

「もちろんですよ。水橋さんが心の中でまどかちゃんに不埒な考え抱いていたのもバレバレです」

「ほう、言ってくれるじゃないか」

水橋さんは僕の脇腹をグリグリしてきた。

「暴力反対! 助けてガンジー!」

「ドラえもんのようにガンジーを呼ぶな!」

更にグリグリされてしまった。そんな僕達に研坂さんが言う。



「そいつを殴るのも、イタぶるのも、犯すのも自由だし止めないが、依頼についての話を進めるぞ」

「ちょっと待って下さい! 最後の一言は聞き流せません! それ言って良い言葉ではありませんよね!?」

研坂さんは僕の言葉をスルーした。



「誰かが彼女に思いを寄せているだけなら、放っておいても構わない状態だと思うがどうだ?」

聞かれてフミヤさんが答える。

「でもそれにしてはなんかちょっと不安があるんだよね」

「どうしてですか?」

僕はフミヤさんに問いかけた。



「基本的に害がない現象は放っておくんだけどさ、思いが強すぎてストーカーとか犯罪になるような人がいたら、何か起きないか見張ったり対処しないといけないだろう? まあ、それは能力があるからとか、ないからとかの問題じゃなく、ちょっと良くない気配があったら気をつけるって普通の事だと思うけど」

「成程」

僕は感心した。



「さて、彼女の問題はなんだろうな、可能性はありすぎるが」

言いながら研坂さんは問診票、もとい質問票を見つめた。僕はそこに書かれた一言が気になった。



「彼女、絵のモデルしてるんですね」

「え?」

みんなが質問票を見つめる。



「ほら、部活動はしていませんが、放課後は美術部の絵のモデルをしていますって書いてある。いや、彼女ならきっと描きがいがありますよね。あんなに綺麗なんだもん。本当に天使かと思いましたよ。あ、でもフミヤさんは描いたらダメですよ。彼女がお化けになっちゃいますからね。あんな綺麗な人の顔が醜い妖怪のようになるのは例え絵でも耐えられませんからって、あ、熱い、足に紅茶が!」

「ごめん、手がすべってしまって……」

「本当、アスカちんはフミヤを怒らせるのが上手いねー。俺たちじゃそこまでは出来ないよ。いや、本当命知らずなアスカを神風と呼んであげよう」

「やめて下さい! 僕は特攻死したくありません!」



「ま、とりあえず、彼女の日常の観察からだな」

「研坂さん、一連の僕の悲劇は無視ですか?!」

「ん、ああ、お前がもがき苦しむ様は愉快だな」

「フォローにならないセリフはいりません!」




そういうワケで、僕達は早速彼女の観察を始める事となった。
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