風紀委員はスカウト制

リョウ

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5・キノコ事件解決と後日談

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翌日、教室に行くと松方の姿を探した。

まだ生徒の少ない中、彼はキノコの脇で一人で本を読んでいた。

なんだか邪魔をしたらいけないような雰囲気だった。

勉強とか読書をしている人には話しかけにくい。

でもここで行かないと、授業の合間の休み時間じゃ、更に行きにくいし、結局話しかけられませんでしたなんてなったら、ドエスな先輩に何を言われるか分からない。拷問が待っているかもしれない。僕は勇気を出して、松方の方に歩み寄った。



「ま、松方」

緊張しつつ呼ぶと、彼は眉を寄せて不愉快そうに見上げた。

「なに?」

何と言われると厳しい。

「えっと、松方の名前のキイチってどう書くんだっけ?」

「……」

黙られてしまった。何かいけない事を聞いただろうか。

「俺の名前、知ってたのか……」

「え? あ、だって出席取る時とか名前呼ばれるでしょう? それにテストの点が良いと先生がその生徒の点と名前を言うから、だから松方の名前はちゃんと覚えているよ。でも耳で聞くから、漢字でどう書くのかなって」

「貴一」

言うと松方はノートを掲げて見せた。

そこには松方貴一と、真面目そうなしっかりした字で筆圧高く書かれていた。



「ふうん、やっぱこう書くんだね。あ、僕は立川アスカ、簡単な名前だし知ってたかな?」

「いや初めて知った」

「初めてですか・・・…」

クラスメイトに覚えられていなかった事に、悲しい気持ちになった。



「アスカ、でも呼びやすそうな名前だ」

目を背けるようにしながら、松方は呟いた。

「え、うん、アスカって呼んでくれて良いよ」

「そ、そうか?」

なんだか少し、松方の顔に動揺が走ったように見えた。



「じゃ、じゃあ、俺の事も貴一と呼んでくれて構わないぞ」

「え、良いの? でも僕みたいなバカが優等生を呼び捨てするって嫌じゃない?」

「いや、別に構わない、いや、むしろそう呼んでくれ」

松方の顔が少し赤くなっているように見える。なんだかこの人、ちょっと面白い。



「えっと、じゃあ貴一君て呼ぶよ」

「ああ、それでも構わない。それでアスカ、俺に何の用だ?」

「え、あの……」



非常に言いにくい。

キノコは好きですか? キノコに心当たりは? もしくはキノコの研究でもしていますか?

貴一君が白衣姿でキノコの研究をしている姿を想像したら、ハマりすぎていてリアルだと思った。

そんなこんなで僕が心の葛藤を繰り広げていると、貴一君はハっと顔を上げた。



「もしかして、君は俺の事が好きなのか? 思い余って告白に・・・…」

「違うから!  どこのBL漫画だよ!?」

全力否定をしてしまった。

「なんだ、そうなのか。そんな思い余った顔をするから、てっきりそうだと思ってしまった。俺もとんだ罪作りな男になってしまったなと、それは太宰治のように懊悩して玉川上水にでも飛びこまなければいけない気分になっていた」

真面目な人はいきすぎると面白い人になってしまうんだと、今初めて知った。



「うん、違うから安心して」

「そうか、分かった。でももしも万が一にも、君が俺を好きになるような事があったら、その時は俺も真剣に受け止めるから、君は勇気を出す事を恐れなくても良い。人の趣味嗜好の多様化は受け入れなければならない。俺は先駆者たりたい。例え異端者となっても、君の心を受け入れるのは吝かではないんだ」

「いや、だから告白とかじゃないから」

僕はもう一度強く念を押ししておいた。



「じゃあ、何でこの俺に声をかけた?」

貴一君は真剣な顔になった。それは何か用心したような、そんな顔にも見える。



「え、えっと、キノ」

「キノ?」

軽く首を傾げられてしまった。



「キノ、きのうの夜は何食べた?」

「焼き肉だが……」

「そう! 焼き肉か、焼き肉のタレ、美味しいよね」

「美味いのはタレか?」

「え、うん、そうじゃない?」

貴一君は顔を隠すようにして呟いた。

「面白い意見だな」

僕は気を取り直して、もう一度訊ねる事にする。

「それで、キノコなんだけど」

「何がそれでなんだ?」

僕は動揺しておかしな発言をしてしまった。

「え、えっと、キノコって自分の部屋に生えたりしない?」

貴一君の眉が顰められる。



「俺の部屋はカビ臭くジメっとしていて、キノコが生えていそうだと言いたいのか?」

「ご、ごめん、そういう意味じゃなくて」

「そしてこう言いたいんだな。こんなに俺の背が高いのはキノコを食ったせいだろうと? 俺はコインやキノコを集めてはいないし、土管をジャンプして飛び越えたりもしない!」

「いや、だからそんな事言ってないよ! というか貴一君もゲームはするんだね、ゲームとかしなそうなのに」



「俺だって普通の人間だ。それ位の知識はある。それとも俺は本ばかりでゲームもしないように見えるか? 俺からすればゲームも太宰治も渋沢龍彦も森茉莉も、なんでも同じだ。すべて知識として押さえている」

「すみません、後半の人物まるで分かりません」

僕がそう言うと貴一君は鼻で笑った。あきれられてしまっただろうか。

その時、予鈴のチャイムが鳴った。



「あ、席に戻らないと」

呟いた僕を貴一君はチラリと見た。



「・・・…また話に来ても構わないぞ」

「え?」

「そうしたら、森茉莉が誰だか教えてやる」

「え、あ、うん、ありがとう」

とりあえずお礼を言って自分の席に向かった。するとそこに百合彦が立っていた。



「松方と話してたの?」

「え、うん、ちょっとね」

「ちょっとってなんだよ? 松方と仲良くなかったよね? まあ、良いけど。でもなんか松方って武士っぽいよね」

「え、武士?」

言われてみるとそんな感じがしなくもない。武骨で真っ直ぐで、でもちょっと憎めない。



「うん。確かにね。でも僕は文豪っぽいなって思うな。大正とか昭和初期みたいなの」

「ああ、それも納得だな。なんか難しい事いっぱい知ってそう」

「否定しないよ」

僕は自分の席につくと、教室に生えたキノコに視線を向けた。



キノコは今日も教室に生えている。変わらずシュールな絵だ。

そう言えば貴一君の席のすぐ前にもキノコが生えていた。

もしも貴一君にキノコが見えたら、真剣な顔で突っ込みそうだなって思った。

『なんだ君は? 何故、キノコが教室にいる?』 位の事を言いそうだ。

そう考えたらおかしくなって、一人で笑ってしまった。

貴一君といると面白いかもしれないと思った。







昼休み、いつものように百合彦とお弁当を食べようとして気付いた。

貴一君が一人で自分の席でお弁当を広げている。

貴一君はいつも一人だっただろうか? それとも今日はたまたま?

僕は気になってしまい、彼の席に向かった。



「貴一君、お弁当にキノコ入ってる?」

「は?」

彼は箸を持つ手を止めて、僕を見た。



「なんでまたキノコ? 君はそんなにキノコが好きなのか?」

「いや、うん、なんていうか、会話の枕詞だと思って」

「キノコが枕詞? 本当に君は面白いね」

いや、貴一君ほどじゃないよ、と思ったが言えない。



「キノコは残念ながら入っていないよ」

「そう、そっか。それよりさ」

僕は自分と百合彦の弁当を広げた机を指さした。

「あっちで一緒に食べない?」



貴一君はマジマジと僕の事を見ていた。そしてふいに視線をそらすと、横を見ながら早口で言った。

「君がどうしても一緒に食べたいと言うのなら、別に食べてやらなくもない」

貴一君の顔が少し赤くなっている事に気付いた。

これが世に言うツンデレって人なのだろうかと思った。

素直じゃない天邪鬼な人。でも悪くない。僕はこういう不器用な人は好きだ。







僕は貴一君をつれて百合彦の所に戻った。百合彦も気さくに貴一君に話しかけてくれる。

「アスカが名前で呼んでるなら、俺も貴一って呼んで良いかな?」

少女のようなかわいらしい笑顔で百合彦が聞くと、貴一君は真っ赤になった。

それなのに口からは素直じゃない言葉が出る。



「呼び捨てか、だがまぁ構わない。俺は偉人でも超人でもない、君のただの同級生だからな」

なかなかに面白い発言だ。

百合彦もそう思ったようで僕を見て笑った。

こうして僕達はお昼休みを楽しくにぎやかにすごした。







次の午後の休み時間だった。

僕の席の前に貴一君がやってきた。そして飴を差し出してきた。

「え?」

見上げると、貴一君は顔を横に向けて呟くように言った。

「あげるよ、余ってるから」

そんな貴一君に笑みをこぼした。

わざわざやってきてくれたのに、余ってたからなんて言いわけをするのが彼らしい。

「百合彦にも」

貴一君はちゃんとユリ百合彦の分もくれた。ああ、良い人だなって思う。

僕はお礼を言ってそれを受け取った。



「そうだ、この前の連休で貴一君の事、見たんだよ」

「え?」

例の江南ホールでの事をふってみた。

「あそこで狂言とか、歌舞伎とかの公演やってたでしょ?」

「え、ああ・・・…」

貴一君はどこか淋しそうに視線を横に逸らした。

僕はそれがいつもの照れ隠しとはちょっと違う気がして気になった。



「貴一君、それ見たの?」

貴一君は不愉快そうに眉を寄せて僕を見た。

「見たら悪いか? 君もそんなの見るなんて、若者らしくないとか言うのか?」

「え?」

「高校生が狂言や歌舞伎を見たいと言って何が悪い? 太宰や芥川や三島由紀夫が好きで何が悪い? それで俺が誰かに迷惑をかけるって言うのか?」

「ちょ、ちょっと待って!」

僕は貴一君を止めた。



「あのさ、もしかして貴一君は狂言を見たいと言ったら、誰かにそう言われたの? 純文学好きだって言ったら、若者っぽくないとか。でもさ、僕はその人とは違うよ」

「え?」

「僕はさ、連休で映画見に行ったんだけど、その途中で江南ホールで狂言やってるの知って、ちょっと見たいなって思ったんだ」

貴一君は呆けたように僕の顔を見る。



「本当に?」

「うん、だからその場に貴一君がいるの見て、良いなって思ったんだ。感想とかきかせてもらいたいなとか、出来たら今度、僕も誘ってもらいたいなって思って」

「本当か!?」

貴一君は僕に顔を寄せた。



「うん、もちろんだよ。百合彦は興味ないみたいで、でも一人で行くのは嫌だなって思ったから、貴一君が誘ってくれたら嬉しいなって思って……」

「心の友よ!」

叫ぶと貴一君は、急に抱きついてきた。



「俺はそんな心の友を待っていた!」

「え、え? ちょ?」



僕はクラス中の注目を浴びていた。

男子はともかく女子の目が痛い。僕はとりあえず貴一君を引き剥がした。



「うん、まあ、とにかく趣味が合って良かったよ。これからもよろしくね、心の友」

「ああ!」

貴一君は初めて見せるまっすぐな笑顔で、そう答えてくれた。僕も微笑んだ。



チャイムが鳴り、貴一君が自分の席に戻ったのを確認した後で、大きな事実に気付いた。

「キノコが消えてる?」



教室に生えていたキノコが消えている事に気付いた。

一体どうしてなのか分からない。でもとにかくキノコはなくなっていた。









放課後、僕達風紀委員のメンバーは昨日と同じく、我が1年1組に集合した。



「本当に、消えているな」

教室を見渡し、水橋さんが言った。



「でしょう? でもなんか殺風景になった気がしますよね」

「俺はお前のその順応性の高さをすごいと思うよ」

呆れたように研坂さんに言われてしまった。

予め、研坂さんにキノコが消えた事を報告していた。

その確認をしに、彼らは再びこの教室に来ていた。

まあ、キノコが見えるのは水橋さんだけだったけど。



「なんだよ、今日はせっかく茄子を用意してきたのに、残念だったよ」

水橋さんは茄子を取りだした。しかもそれを持て余して頭の上に乗せたりして遊んでいる。

子供のような人と捉えるか、痛い人と捉えるか、微妙な所だ。



研坂さんは昨日と同じように教壇に乗って、黒板に文字を書いた。



『松方貴一』

いきなり貴一君の名前を書かれ、ドキっとする。



「昨日、仕入れた情報を元に仮説を立てたんだが、それより先に、今日何があったかアスカ、報告をしろ」

「え?」

いきなり振られて動揺する。

「報告って、そんな特にないですよ?」

「何もなくてキノコが消えるのか?」

「多分」

「多分じゃない。お前は今日、松方貴一に接触を試みなかったのか?」

「えっと、接触というか、話しかけたけど」

「じゃあそのすべてを報告しろ」

僕は何もしていないのだけれど、一応今日あった事を研坂さんに報告をした。



「そういう事か・・・…」

研坂さんは呟くと、フミヤさんと水橋さんの顔を見た。

「コウの想像通りだね」

どうやら、何もわかってないのは僕だけのようだった。



「説明するよ」

研坂さんは僕に向かって話しだした。



「俺は昨日、あの後、松方について調べた」

「え?」

意外な言葉に驚いた。



「調べるって、なんですか? そんな警察とか探偵みたいな事が出来るんですか?」

「風紀委員長をなめるなよ。全生徒の委員会への協力は義務つけられているし、生徒会とも友好関係にある。生徒の事を調べるのはわけない。そして手にした情報から、俺は一つの仮定を立てた」

「仮定・・・…」

「そうだ、調べた所、松方貴一には友達がいなかった」

「え?」

驚いている僕に研坂さんは続ける。



「入学して一ヶ月たつが、彼には親しい友人がいない。成績は良いようだが、まぁ、不器用なんだろうな、だから友人ができない。あっと言う間に日々はすぎ、友人もいないうちに連休となった、もちろん連休に一緒に遊ぶ友人もいない。流石に地元には友人が居たようだが、その友人には狂言を見に行くのは嫌だと断られた。その淋しさや悔しさが、あのキノコとなって現れたんだ」

「ちょっと待って下さい。だからなんでキノコなんですか?」

研坂さんは真面目な瞳で僕を見た。ヘタに顔が良いから、黙って見つめられると緊張してしまう。



「キノコに意味はないよ」

「え?」

「多分、狂言を見た時にかなり印象に残ったんだろう。俺だって『茸』を見たら、強烈な衝撃を受けただろうからな。だからたまたま彼の気持ちがキノコの形で現れた。誰かに自分に気付いて欲しい。構って欲しい。友人が欲しい。そういう口にできない本音が、人ではないモノとして現れたんだ」



その説明に納得した。素直じゃない貴一君は、誰かに友達になって欲しいと声をかけられなかったんだろう。

彼は悪い人ではないけど、不器用だから。

周りも彼の優等生のイメージで近づきがたく感じてしまっていた。

だからタイミング悪く友達が出来なかったんだろう。



「でも、じゃあなんでキノコは消えたんですか?」

僕が聞くと研坂さんが呟いた。



「本当にニブイな」

「え?」

「君が彼に声をかけたからだよ」

そう言ったのはフミヤさんだった。



「アスカが松方君に声をかけた。そしていろいろ話したんだろう? お弁当を食べたり、狂言を見に行く約束をしたり」

頷く。

「だから彼は満足したんだよ。友達ができたから」

「友達・・・…」



そうだ、気付けば僕達は友達になっていた。



「君は本当にすごい子だね。計算したわけでもなく、彼の望んでいる物を彼に与えてしまった」

褒められて、ちょっとドキドキした。



「そんな、僕はただ普通に話しただけだし、そんなすごいとかないですよ」

「君は優しいんだよ。だから彼は救われた。そういう優しさは誰もが持っているワケではないからね、君は自分の良さをもっと知ると良いよ。ね、コウ」

フミヤさんが研坂さんに振った。すると研坂さんはそっぽを向きながらポツリと言った。

「まぁ、天然でバカではあるがな」

あれ、否定はされなかった?

僕ってもしかしてちょっとこの人達に認められているのかな?



「あ!」

急に水橋さんが叫んだので、僕達はそっちをむいた。

すると水橋さんは床にしゃがみこんでいた。



「キノコのちっこいのがいる」

「え?」

今度は僕達が声をあげた。



「ど、どこに?」

指をさされて僕は床の隅を見た。

すると小さなキノコが透き通るように薄く見えた。



「でもなんか消えそうに薄い」

「そうだな、こいつはお前に用があったみたいだぞ」

「え?」

水橋さんに言われ、僕はかがんでキノコを見た。



「お前にありがとうってさ」

「え?」

意味が分からず水橋さんを見た。

「松方に声かけてくれてって意味だろう」

納得した。



僕の耳にはキノコの声は聞こえなかったが、水橋さんには聞こえたんだろうか。

彼はいつもの調子だったが、嘘ではなさそうだ。



「お、消えた」

水橋さんが呟いた。確かにキノコの姿は消えてしまっていた。

僕は立ちあがって研坂さんを見た。

「一件落着だな」

僕は頷いた。









そして後日談。



貴一君と僕達は友達になったのだが、教室で交わした会話「趣味が合う」がひとり歩きして、僕達がおホモダチではないかと噂になってしまった。

もちろん僕は全力否定したんだけど、貴一君がまたわけのわからない、ややこしい言い方をしたので、まったく誤解が解けなかった。



でも、まあイイヤ。

本当に噂が消えなかったら、違う噂でこの噂を消せばいい。



きっと研坂さんと水橋さんがおホモダチだという噂の方が、みんな喜んでくれるだろう。

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