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第四章

第133話 A presto

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「うぅ……ここは……って、冷たっ⁉」

 目覚めたローは己が居場所よりも、身体を襲う冷気に気付き、飛び起きる。

「ふふっ……ようやく目が覚めたか、人の子よ」

 そんな姿を嘲笑うは、魔界の姫であるベファーナ。
 再び玉座に座り、頬杖をつきながらローへ語りかけている。

「アンタは……魔人連合の総帥⁉ なんで⁉」
「代行な? まあ、瀕死状態だったゆえ、覚えとらんか」
「瀕死状態……? って、いでででででッ⁉ なんだッ……これ……⁉」

 そこでローは漸く、自分の身体に巻き付く赤文字に気付く。
 血塗れだった身体は、ほぼほぼ全快していたが、締め付ける呪文がそれを感じさせない。寧ろ、先ほどより状態は悪かった。

其方そちの命は妾の所有物となったことにより、この世に留められた。感謝するのだな……妾の愛しき人に」
「愛しき……人……?」
「其方も見たであろう? ダーリンの禍々しい姿を」

 恍惚な面持ちを見せるベファーナに、ローは薄れゆく意識の中で見た『怪物』を思い返す。

「あの首の無い奴ですか……? ってきり、変な幻でも見てるのかと……。というか、なんで奴は俺を……? 誰なんですか、アレは……?」
「さあな? だが、そんなことどうでもよい。あの方に抱きしめられた瞬間、実感したのだ。……妾に並び立てるのは、この方だと」

 頬を両手で包む姿は、まさに恋する乙女。
 キャーキャー言う魔界の姫を前に、これ以上の情報は得られんと、ローの意識は再び闇の中へ……

(首無し……俺の運命を……変えた者……)



 リベルタ共和国、とある研究室――

 こちらも先程まで血塗れだった男、ディエス・マッドナー。
 今は車椅子に座らされ、乾ききった血を拭かれている。

「随分、派手にやられましたね……所長?」
「もう僕は所長じゃないよ……クロエくん」

 横に控えていたのは、現代で武器屋を営むクロエ。
 容姿も現代のままで、この時代から全く変わっていないようだった。

「私にとっては、いつまでも所長です。それで? 『最後のピース』が彼というのは本当なんですか?」
「いや、……。ちょっとややこしっくてね。僕も話には聞いてたけど、まさかあんな風になってたとは……。ハッ……皮肉なもんだ」

 マッドナーが己が運命を嘲笑っていると、時空の渦から黒騎士が帰還を果たす。

『………………』
「黒騎士……! それが成果か……?」

 しかし、マッドナーの歓喜は直ぐに掻き消された。黒騎士の持っていた右腕によって。

『………………』

 黒騎士は変わらず無を貫き、マッドナーへ戦利品を投げる。

「右腕だけ……? そんなに手こずったのか? それとも……変な情でも湧いた?」
『………………』
「まあ、いいや。あるだけマシと捉えよう。これを培養して移植できれば、我々の目的は達成されるんだから……」

 まるで赤子を取り上げたかのように右腕を掲げるマッドナー。
 そして、その恍惚とした視線は徐々に横に居たクロエへと向けられる。

「クロエくん……」
「はい……」
「……手を貸してくれるかい?」

 禍つ男の瞳には、もう嘗ての助手は映っていなかった。
 あるのはそう……己が使命を達成する為の――ただの実験台。

「ええ。喜んで」

 だが、クロエは迷うことなく、神の寵愛を受け入れる。

『………………』

 黒騎士は、ただただ二人の歪な関係を見守るだけ。
 しかし、その握り締めた拳には、計り知れない『想い』と『使命』が宿されていた。



 一か月後――

 『解放戦争』から一ヶ月が経過し、リベルタの国は徐々にだが復興の道を歩んでいた。
 潜伏していた帝国兵も一斉排除され、早いところではもう開店しだしている店もあるそうな。

 このような賑わいが取り戻せたのも、全てはあの小さな皇帝のお陰……ってなわけで、西門の天辺では既に奴の為と、ご立派な居城が建設され始めていた。

 さて、そんな活気ある街並みを練り歩くは、この街の救世主はずのオレこと、ダン・カーディナレ。ご覧の通り、ちゃーんと首も取り戻してあるのでご安心を。

 魔帝も大人しくしているようで、来た時の寒空が嘘のように、世界は暖かな陽気に包まれていた。
 お陰でコート要らずと、チンピラからカツアゲしたアレはもう捨てた。どうせボロボロだったしな。

 しかし、その所為か歩けども歩けども、オレに気付く奴が一人もいない。恐らく皇が全て持っていったせいで、オレの存在がすっぽり抜け落ちてるんだろう。なんて薄情な奴らだ。

 と、思う一方で未来人なんだから、あんまり存在を大っぴらにするのも、それはそれで問題だ。だからきっと、これが一番いい落としどころなんだろう。

「なーんか腑に落ちねえなぁ……」

 期待も空振りに終わり、自然と向かう先は我が家でもある、あの宿屋へ。

「お? 帰ってきたね、ダン。どうだった?」

 帰ってきて早々、宿屋前で汗を拭うリリーと鉢会う。

「だーめだ。誰もオレのことなんて覚えてねえよ。ったく、面白くねえ……」
「仕方ないさ。みんな自分のことで手一杯なんだよ。それよりもどうだい? 『右腕』の調子は?」

 そう問われたオレはを見せびらかす。

「ああ。漸く元の状態まで戻ったって感じかな」
「そうかい。一ヶ月か……結構時間かかったねぇ?」
「まあな。多分、そのまんま奪われた所為だろう。消し飛んでたり、別の物に変えた時は、すぐに元の状態に戻せてたからな。また一つ、能力の謎が解けたぜ」

 オレがそう言うと、リリーはフッと笑ってみせる。……幾分かぎこちなく。

「………………」
「………………」

 お互いの間に気まずい空気が流れるも、雑踏の音が何とか掻き消してくれている。
 だが、ずっとこれに頼る訳にもいかない。そろそろ答えを出す時かもな。

 今までは腕が治っていなかったから先延ばしにしていたこと……二人のこれからについてだ。

「あぁ……そういえば、看板出したんだな」

 オレは掲げられていた看板を見上げつつ、一歩踏み出す。

「え? あ、ああ……今、取り付けたとこさ」
「でもお前、名前入ってねえじゃねえか? まだ、決めてないのか?」
「うん……。今、二つ候補があってね。これから決めようと思ってるんだ」

 リリーの目つきが変わった。

「これから……?」

 それは決して悲しいものではなく、覚悟を決めた女の目だった。

「ああ……。ねえ、ダン? もしアンタに今やることがなかったり、行く場所がないっていうなら……その……アタシと宿屋やらないか? これから、ずっと一緒に……」

 酔っていたあの時とは違う、リリーからの真正面の告白――『……』。

「………………」

 オレは……未来から来た。未来にはもうオレの居場所がある。普通に考えれば帰る一択だし、それがセオリーってもんだ。

 だが、もしここで帰ったら……こいつは四十年もオレを待つことになる。四十年だぞ? ほぼ人生の半分、こいつは一人で……。

 いやいや、ずっと一人ってことはないだろ。四十年だ……その間にきっと、オレ以外のでも見つけて……

 ――で、アンタ……覚えてんのかい?――

 いや……オレが初めてリリーに会った時、あいつはそう言った。当然、その時のオレが覚えてるわけないんだが、その後のあいつの顔は今でも覚えてる。……妙に寂しげだったと。

 じゃあ、何か? あいつは、本当にオレのことを……?

「ダン……?」

 さすがに待たせ過ぎたのか、目の前のリリーが催促を入れてくる。

 どうする? ここで一緒に過ごして、四十年の穴を埋めるのか? それとも帰って詫び入れるのか? 答えは二つに一つだ。

「オレは……」

 恐らくこれが最後の選択になるだろう。慎重に選ばなくてはいけない。これによって未来が――

「オレは……!」

 大きく変わるのだから。

 第四章 完
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