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第四章

第130話 首無し

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 皇に助けられ後、ダンはすぐにリリーの下へ跳んだ。
 全てはリリーとの約束を果たすため……。こんな自分にだって、それぐらいのことはできるはずだと意気込んでいた。

 しかし、時空の渦を超え、戦場に駆け付けた瞬間――ダンの首は刈り取られてしまった。

 着くや否やバトレーが腕を水平に振る姿が目に入り、ダンは無我夢中で跪いていたリリーの頭を押さえた。

 結果、頭部は後方に飛ばされ、残された身体と真っ赤な血だけが宙を舞い、地へ堕ちていく。

「何者……?」

 バトレーは己が眼前に横たわる介入者に思わず後退り、

「アレがイレギュラーか……」
「ええ。恐らく……」

 ジー・ゴッグとアルベルトは同時に眉根を寄せ、並び立つ部下たちにも動揺が走る。

「ダン……?」

 リリーは痛む左腕を押し、ダンの下へ這いずる。

「おい、ダン! お前……不死身の番犬なんだろう……? なのに……なのにこんなところで死ぬのか⁉ おい‼ ダンッ‼」

 真っ赤に染まる肩をゆすりながら、涙を流すリリー。
 その美しき光景を前に、当然この男は反応せずにはいられなかった。

「その方が貴女の想い人ですか? ハッハハ……いい死に様でしたねぇ~。颯爽と現れ、大切な方を守る。これほど美しいものはありません。今や誰かも分かりませんが、敬意を表しますよ」

 バトレー自身は本意で言ったようだが、リリーにとってそれは大いなる侮辱。
 悲痛な叫び声を上げながら身体を起こし、残された右腕を振りかぶろうとする――

「――ッ⁉」

 が、それを止めた者がいた。

「そんな……馬鹿な……⁉」

 この世の理を外れる光景を前に顔が強張るバトレー。
 その異変はすぐに帝国一派に波及していく。

「ゴッグ大将……これは……」
「おいおい、本気かよ……」

 アルベルト、ジー・ゴッグ……

「ダン……?」

 そしてリリーでさえ、その異様な姿に自然と息を呑む。

 この戦場に立つ誰もが注目する中、ダンは流れ出る血で身体を押し上げ、一人帝国の前に立ち塞がる――『首無し』として。

《第六十一代転生者 兼 賞金首俗称 首無し ダン・カーディナレ》

「なんだよ、アレ……」
「死んでないのか……?」
「人間じゃねえだろ、あんなの……」

 狼狽え始める帝国兵たち。
 士気が下がる部下たちを目にしても、ジー・ゴッグは特に咎めることはしなかった。それが意味することとは……

「ダン……お前、大丈夫なのか……?」

 ダン――もとい首無しは、リリーの問いかけに当然受け答えなどできず、どうしたもんかと困惑しながら、取りあえずサムズアップで己が意思を示した。

「本当に不死身だったんだな……お前……」

 首無しはリリーを指差し、『あっち行ってな』と手で払うジェスチャーをする。
 リリーはその想いをすぐに察し、頷くと、一時後退する。

「美しい絆ですね。見た目は醜いですが」

 額に汗伝うバトレーは、恐る恐る眼前の存在へと語りかける。

「………………」
「聞こえてます? というか、生きてるんだか死んでるんだか……」

 苦笑いを浮かべるバトレーに対し、首無しは『かかってこいよ』と手招きをする。

「チッ……化物めッ……!」

 おいそれと引くのはバトレーの美学に反する。
 ゆえに怪光する右腕を払っては『切断タリアーレ』プロトコルを展開、容赦なくダンの胴体を真っ二つに切断してみせた。

 繰り広げられる凄惨な光景……しかし、それを目にしてもリリーの想いは決して揺らぐことなかった。それだけの絶対的安心感が、その背にはあったのだ。

 その眼差しを受けた宙を舞う胴体は、すぐさまその鮮血を媒体にし、触手を複製、バトレーの腕もろともぐるぐる巻きにし、拘束した。

「――なッ⁉ なんだこれは⁉ 気持ち悪いっ‼」

 触手の力で引き寄せられていく胴体は、身動きの取れぬバトレーに吸着。

「――ぐぶッ――がふッ――うゔッ――⁉」

 そののち、その綺麗な顔立ちを容赦なく殴打していく。

「第五陣、第六陣、出撃‼ バトレーを援護しろ‼」

 ジー・ゴッグの号令により、立ち尽くしていた部下たちは漸く己が役目を思い出す。
 隷属剣を握る手もいつの間にか汗で滲んでおり、それを離さんと強く両手で握りしめ――

「「「「「ウオオオオオオオオオオオッッ‼」」」」」

 雄叫びと共に化物へ走り出す。

 すると、残された首無しの下半身が切り口から溢れ出る血を媒体にし、十数にも及ぶ砲身を複製。街に撃ち込まれたミサイルの意趣返しと、光線をとめどなく撃ち出していく。

 先頭部隊は呆気なく討ち取られ、中央部隊も気付く間もなく討ち死に。
 後続部隊は背負向け、逃げ惑うが、時すでに遅し……こうして千なる軍隊は一瞬にして土へと還っていった。

 同時に殴打し続けられていたバトレーも沈黙。
 再起不能となったところで、下半身の砲身が触手へと変換、胴体を引き寄せては切り口を縫い合わせるよう、元の状態へ複製させた。

「なんて力だ……」

 その清々しいほどのやられっぷりは、ジー・ゴッグさえも見惚れるほどで、緩やかに蟀谷に触れては、放心しながらシグナルを飛ばす。

「第七陣、第八陣……出撃……」

 ジー・ゴッグの命を受けた部下たちは、リベルタの城壁の上から姿を現し、怪光する五指を構える。

「くそッ……! まだ、いたのか⁉」

 振り返ったリリーは並び立つ射撃部隊を見上げ、その面持ちに露骨な不快感を露にする。

 対して首無しは見上げる顔もないので振り返るつもりはなかった。
 ということは、実際には振り返ったということ。何故なら……

「――ぐあぁぁあぁッ⁉」
「なっ⁉ なんでが此処に……⁉」
「聞いてないぞ、こんなのっ⁉」

 戦慄の走る射撃部隊を狩る――を感じたからだ。

 ジー・ゴッグも城壁上の異変を察知し、堪らずシグナルを飛ばす。

「おい、何があった? おい……おいッ‼」
『ゴッグ大将ぉっ⁉ 話が違うじゃないですかっ⁉ 『狂学者』陣営は今回の件に関わらないって……!』
(『狂学者』……マッドナーか⁉)

 部下から告げられたその異名に、漸くジーゴックにも焦りの色が見えてくる。

「バカなっ⁉ 話じゃ奴は虫の息なはず……来れるはずは……」
『マッドナーじゃありませんっ‼ あれは嘗て、帝国の上層部をたった一人で血祭りにあげた奴の影――『黒騎士』ですッ‼』

 次々とその黒刀で帝国を屠るは黒き鎧を身に纏う狂気の影――『黒騎士』だった。
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