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第四章

第117話 不死身の番犬VS狂学者(開戦)

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 まるで西部劇の早撃ち勝負が如く鍔ぜり合う視線。
 先に抜いた方が負けと言わんばかりに、両者ピクリとも動かない時間が続く。

「どうした? 早くとっ捕まえねえと逃げちまうぜ?」
「そう思うなら逃げればいいじゃないかな? そしたら僕も考えるよ。今は無駄に動きたくないんでね……」

 マッドナーは拭った血が滲む口元を上げ、余裕綽々と挑発してくる。

 可笑しい……奴は見るからに病人だ。おまけに転生者ですらない。普通に考えれば能力を持っているオレの方が有利。負けるわけない。……はずなんだが……何故だろう? 先ほどから勝てるイメージが全く湧かない。たかが死にかけの奴にオレの本能は、『全力で逃げろ』と警鐘を鳴らしている。

 このまま見つめ合ってても仕方ない。そう思ったオレはその本能に従い、稲妻を纏った足で床を叩く。
 地を伝い、電流が向かう先は当然マッドナー。足元から生成されていく鉄格子が奴を囲い、身動きが取れぬよう簡易的な牢屋を複製した。

 しかし、マッドナーは依然、顔色の悪さを一切変えない。

「悪いけど、アンタと殺り合うつもりで来てないんだわ。一応、世話にもなった身だし、ここは大人しく撤退させてもらうよ。じゃあな」

 オレは閉じ込めた相手に対し、足早にこの場を立ち去ろうと踵を返す。

 ――バギィィイイイィンッ‼

 ……が、そうは問屋が卸さない。振り返ればそこには破られた鉄格子。
 しかし何故か可笑しなことに……マッドナーの姿が見当たらなかった。

「――逃げたね?」

 そして、これまた可笑しなことに、その声は後方から耳に届き――後頭部を掴まれるなり、オレの顔面は床へと叩きつけられた。

 病人だよな、こいつ……? なんで牢屋ぶち破ってんの? なんで音もなく後ろに回ってんの? なんでこんなに……えげつない力なの?

 あまりの威力に顔からは生暖かい血が噴き出す。
 恐らく今、顔面がぐちゃぐちゃになっていることだろう。上手く喋れないからな。

「さあ、見せてくれ……! もう一度、君の力を……!」

 オレはマッドナーに襟元を掴まれ、強引に持ち上げられては後方へと投げ飛ばされる。
 危うく転びそうになったのは、足に車椅子が当たったからだろう。何かが動き、壁にぶつかる音が聞こえたからだ。

 わざわざ再生を促してくるあたり、負けるつもりはさらさらない無いらしい。かといって、このままでは何も見えないので、稲妻を迸らせながら大人しく複製して見せる。

「素晴らしいねェッ……! その力があれば、僕はまた己に刻まれし運命を変えることができるッ……!」

 涎を垂らし、恍惚な表情を浮かべるマッドナーに、オレは治った顔をさすりながら「運命……?」と問う。

「そうさ……! 天は僕に二物を与えたが命までは与えなかった……! こんな素晴らしい才能を持ってるのに病に侵されてるなんて、そんなありきたりな運命認められるわけがないだろう……? だから変えるのさ……君を実験体にしてね?」

 運命を変えるか……。確かにマッドナーは、その宣言通り運命を変えた。今や九十越えのジジイなのは保証済みだからな。となるとオレは……ここで死ぬのか? いや、ありえない。まだ魔帝にすら会ってないんだぞ? 約束を守らなきゃ世界は終わる。つまり、この局面……絶対に逃げ切らなければならないということだ!

「へっ、実験体か……。そんなもん絶対――断るッ!」

 強気な台詞とは一転、オレは全速力で出入り口へと逃走を始める。

「逃がすかァッ……!」

 ――と見せかけて急停止。オレはオーバーヘッドの要領で、追いかけてきたマッドナーの脳天目掛けて爪先落としを繰り出す。

 確実な衝撃が足に伝わる。……が、どうやらそれは思い違いだったようだ。
 マッドナーは腕をクロスし、振り下ろされた一撃を頭上で受け止め、その足を掴んではオレを背負い投げ、床へと叩きつけた。

「――ぐはッ⁉」

 お得意の卑怯戦法も形無し。マッドナーは間髪入れずオレに乗っかり、顔面に何度も拳を打ち込んでくる。

 バギィッ‼

 ――何度も。

 ドゴォッ‼

 ――何度も。

 ボゴォッ‼

 ――何度も。

 一切容赦のない連撃。その姿はまるで玩具を無邪気に壊す子供のようで、それもいつしか見えなくなるほどにオレの顔面は潰されていった。

 重く圧し掛かる一撃に、堪らず飛び散っていく鮮血。それでもまだ手を緩めないマッドナー。恐らく今も笑っているだろうことが、拳から嫌と言うほど伝わってくる。

 だが、こちらもやられっぱなしじゃおれんと右手を握り締め、感覚を頼りにその拳を放つ。しかし、当てずっぽうの攻撃ではマッドナーを捉えることはできない。当然の如くガードされ、何かメスのようなもので右手は床に打ち付けられてしまう。

「君って……ひょっとして不死身かい……? もう死んだかと思ったけど……まだ動けそうだねェッ……!」

 マッドナーは息を絶え絶えにしながら左手もメスで打ち付け、動けないオレに対し飽きもせず殴打を再開する。

 ったく、本当にヤベェ奴だなコイツ。どんだけ殴んだよ……。なんか、だんだんムカッ腹が立ってきたな。何でオレが……こんな奴にッ……!

 バギィッ‼

 あんま……

 ドゴォッ‼

 調子にッ――‼

 マッドナーの拳が放たれるよりも先に――オレの膝蹴りが、その背を捉える。
 今度は間違いなく入ったであろう一撃はマッドナーを最奥の棚まで飛ばし、ジャラジャラと音を立てながら実験道具か何かを床にばら撒かせた。

 オレは打ち付けられた両手を無理やり外し、立ち上がりながら己が身体を複製、手の平を貫通したメスを取り除く。

「おやおや……これはまた随分と魂消たオーラだね……」

 痛みに顔を歪め、倒れたまま此方を見据えるマッドナー。
 そう。この好き勝手振る舞うジジイの所為でオレのフラストレーションは――爆発した。

『あんま調子に乗んなよ……クソジジイッ……!』

 黒紫色のオーラが身体を包み、髪の毛が逆立っては血管が浮き出る。
 こんなにブチ切れたのは久方ぶりのことだったが、それでもマッドナーは――

「何が悪い……?」

 態度を改めない。更に弱弱しく立ち上がりながら、言葉を続ける。

「『生命エネルギー』の確立により、この世界の平均寿命は飛躍的に伸び、『転生者システム』は魔帝に対抗する人材の確保に貢献している……。つまり、僕は使えないゴミ共に命を与え、リサイクルしてあげてる身なんだよ? この世界――いや、全次元は僕によって生かされてるんだ……! そんな僕が調子に乗ることの何が悪い?」

 瞳孔を開き、狂気じみた笑みで愚直な想いを告げるマッドナー。

『良いか悪いかなんて聞いてねえよボケ。オレはただ目の前の気に入らない奴を殴るだけだ。テメエがオレの行く道を邪魔するってんなら……少し痛い思いをしてもらうぜ?』

 こちらも負けじと修羅のオーラで真っ直ぐな殺意を形にし、戦闘態勢に入る。

「ハッハハハ……上等上等……。この世界で僕が唯一勝てなかったのはそう……魔帝だからねぇ? 奴と同じオーラを持つ君を実験体にできれば、僕はまた運命を変えることができるッッ‼」

 それに応じるようにマッドナーは血に塗れた拳を構え、病人とは思えぬほどの速さで急接近――こちらも床を抉る踏み込みと共にオーラを凝縮した拳で迎え撃った。
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