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第四章

第115話 青天の霹靂

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 世界の最果て『G・U』――

 視線の先に広がるは一面の黝ずんだ海。
 誘うかの如き静かな漣の音の中、変わることのない景色を、ただ一身に見つめていたのは……砂浜に一人佇む魔帝。

 着古したクロークで禍々しい装甲を隠し、深々とフードを被る魔帝は最後の審判……来るべきその時を待っていた。

 そんな魔帝の下に、一人の男が臨場する。

「そうやって見てても何も変わらんぞ。……ラスト・ボスよ?」
『カタリベか……』

 その背に語りかけてきたのは、一応の宿敵でもあるカタリベ。
 しかし、魔帝は振り返ることなく、依然として大海を見つめていた。

「ダン・カーディナレという男が訪ねてきた。お前との約束とやらを果たすために」
『そうか……。本当に来たんだな、アイツ。ただ口八丁なだけかと思ってたが……』

 何処か嬉しさを滲ませる魔帝は漸く振り返ると、緩やかに歩み出してはカタリベの横通り過ぎていく。

 まるで自分のことなど眼中にないといった魔帝に対し、カタリベは目尻をピクつかせる。

「奴と会うだけで、お前の気が変わるとは思えん。やはり、私が此処でッ……!」

 カタリベは生命の光を拳に宿しながら再度その背を視界に捉える。
 最早その行動に信念などなく、ただ己が幕引きを望む男の虚しさしかなかった。

『変わるさ……』

 そう語り始めた魔帝は、相変わらず顔を見せることはなかった。
 死を望む哀れな男に興味などはなく、背に受けた殺気を払い除けるように立ち止まる。

『少なくともアイツと出逢ったことで、俺はもう一度やり直すと決めたんだ。まあ、来るかどうかは半信半疑だったが、アイツはちゃんと約束を守った。だから、今度もきっと……変われる』

 魔帝がそう言うと、曇天の隙間から太陽の光が差し込む。
 それはまだ微弱なものだが、実は太陽が観測されたのは、ここ五年で初めてのことだった。

「そんな……馬鹿な……」

 カタリベは知っていた。魔帝の心情と天候が比例するということを。
 ゆえにそのありえない光景は、カタリベの戦意を否応なく挫き、拳に溜めた光を霧散させる。

『お前も変われ、カタリベ。自分の人生を生きろ。……もう俺に突っかかってくんな』

 その言葉を最後に、魔帝は姿を消した。
 未だ変わることのできない、煩悶たる想いを宿すカタリベを、最果てに残して……



「よう! アンタ中々、やるじゃないか。あの皇を更生させるなんてさ?」

 後方から駆け寄ってきたのは、満足気に顔を綻ばせるリリー。
 賞賛の意を示すよう、ダンの背を勢いよく叩き、合流を果たす。

「当然だろ? オレの手にかかれば、クソガキのケツの穴広げざるなんざ、朝飯前ってなもんよ!」
「まさか、強制的にケツの穴広げにかかるとは思わなかったけどねぇ。ま、それにしたって大したもんだよ! 見直した!」

 そう言うとリリーはダンの肩に手を回し、抱き寄せるように密着していく。

(その……アレだな。おっぱいが凄い当たってるな。そしてデカいな。うん。素晴らしいものをお持ちのようだが、悲しいかな全然興奮しない。どうしてもババアの顔がチラついちまうな……)

 ダンは悪くない感触に浸りつつも、複雑な心境をその面持ちに浮かべていた。

「取りあえず、アレだ……。あんま、くっつくなよ……」
「な、なんだいアンタ……。ア、アタシと……けけ、結婚したいんだろっ⁉ これぐらい別にふちゅ、ふちゅう……」

 リリーは顔を真っ赤にしながら、密着していたことに漸く気付き、そそくさと離れる。

(そういえばそんな設定あったな。しかしコイツも初めて会ったわりに、意外と乗り気なのは何でなんだ? ただ単にチョロいだけなのか、それとも……)

「キャアアアアアアアアア‼」

 すると突然、ダンの思考を遮るかのように、何処からともなく女性の悲鳴が耳に届く。

「ちっ……また帝国の連中かい⁉ しつこい奴らだねえッ!」

 リリーは悲鳴を聞くや否や、もはや条件反射の如き速さで現場に急行。

「おいおい、またこのパターンか? 話題に事欠かねえな、この国は。ま、ババアが行ったから問題ないだろうけど……一応、オレも行っとくか」

 ダンも大して急ぐことなく、仕方なしにとリリーの後を追った。



「ハァァァアアアッ――ウオラァッッ‼」

 ダンが到着するや否や、怒号と共に放たれるはリリーの真っ赤に輝く鉄拳。
 魔法陣を潜り抜けたその一撃は地面は穿ち、青い塊どもを見るも無残に吹き飛ばしていく。

「「「「うがぁぁああああああっっ⁉」」」」

 今度の悲鳴は帝国のもの。襲われていた街の住人たちは、リリーが割って入ったことで後方に避難。
 ダンはというと、その数えるほどの住人たちの背から傍観しているという形だった。

「おうおう、相変わらず手が早いねぇ~。こりゃ、オレが出る幕はなしかな」

 そんな地獄絵図をダンが呑気に眺めていると、リリーの猛攻をすり抜けた一人が五指を構え、その先に光の飛礫を生成しだす。

「――ッ⁉ しまっ……!」

 リリーはすんでのところで気付くが、どうも間に合いそうもない。そう思ったダンは己が右腕を媒体にガントレットを複製。

 もはや十八番と言って相違ないロケットパンチを、しゃがみ込む住人たちの上空を通過するように射出。見事顔面を捉えられた帝国兵は、ガントレットの爆散と共に後方の家屋へと吹き飛ばされていった。

 騒然とする住人と帝国の残党たち。
 そんな彼らから注目を浴びる中、ダンはリリーへと視線を移す。

「前に出過ぎだぜ、リリー? お前の目的は帝国の奴らをぶっ潰すだけじゃねえだろうが?」
「わ、悪い……アンタが後ろにいると思って油断してた。っていうか、腕取れてるけど大丈夫なのか……?」

 心配気なリリーに対し、ダンは変わらぬ様子で稲妻を迸らせ、失った右腕を複製してみせた。

「心配すんな。それより、お前は目の前の奴らに集中しろ。後ろはオレが何とかしてやる」

 ダンが元に戻った右腕を見せびらかすと、さらに周囲の者たちは騒然。
 リリーも一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに笑みを取り戻す。

「フッ……アンタ、やっぱ最高だよ! それでこそアタシに相応しい男だッ!」

 リリーは闘志を滾らせ、眼前の敵を再び捉える。
 対する帝国兵は三人が一斉に薄緑色に発光した刃を生成、リリーへと飛び掛かる。

 しかし、想いの力に満ちたリリーは左手で真っ赤な魔方陣を展開。飛び込んできた帝国兵を陣内へ潜らせると、刃を無力化しつつその身を弱体化。力の抜けた人形のように地に墜としていく。

 だが帝国兵も間髪入れず、リリーの両斜め前から二人で光の飛礫を連射する。

 まるで散弾と機関銃が融合したかの如き波状攻撃にも、リリーは顔色一つ変えず、両手で二つの魔方陣を展開。帝国側からの攻撃を全て弱体化させ、無力化してみせる。

「くッ……馬鹿な……!」
「まるで通じてない……?」

 あまりの戦力差に帝国兵の想いは砕かれ、怒涛の攻撃を浴びせていた光の飛礫は輝きを失ってしまう。

 リリーは戦意の挫けた隙を突き、目の前に倒れていた二人を魔方陣を通した足で蹴り飛ばす。
 骨の髄まで砕く痛ましい蹴撃は、先程射撃してきた帝国兵へと誘われ、強烈な接触と共に後方の家屋を突き破っていく。

「くそっ……撤退だ! 撤退ッ!」

 勝てぬと悟った残存兵は一時撤退と背を向けて逃げ惑う。

「逃がすかアアアアアッッ‼」

 しかし、残念ながら帝国相手に慈悲なんてものはなく、リリーは鬼の形相で目の前に倒れていた最後の一人を掴み、魔方陣内へと全力で投げ込む。

 投げ飛ばされたことによって何倍にも強化され風圧は、一本道を覆い尽くす程の暴風へと生まれ変わり、逃げていた残党を一人残らず空の彼方へ吹き飛ばしていった。
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