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第四章

第108話 美女と卑怯

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「ちょっとアンタ! これはアタシの喧嘩だ! 余計なことするんじゃないよ!」

 美女は気に障ったのかオレの肩を掴み、強引に振り返らせてくる。

「まあまあ、遠慮なさらずに。あの手の連中の対処法は心得ています。ここは、この僕ちんに殺戮の許可を……」
「誰も殺戮しようなんて言ってないだろ! 助けるんだよ! あの子を!」

 ビシバシと少女に向けて指を差す美女。
 その怒った表情も素敵で、思わず顔が綻んでしまう。

「おいおい、帝国に逆らう気か? 見ねえ顔だが、余程の馬鹿らしい」

 やはり、あの青い軍服は帝国の物だったようで、プライドの欠片もなく少女を盾にしてくる。

 そんな奴ら相手に正道は無用。
 オレは美女の手を優しく払い、数歩前に出ていつもの策を実行する。

「ほう、オレを知らないのか? なら、好都合だな」
「あ? どういう意味だ?」
「オレは盗賊ギルド、シーフズの頭目……。そんな奴が帝国相手に喧嘩売るわけないだろって言ってんだよ?」

 帝国連中の後方へ、これ見よがしに視線を移す。すると、当然――

「何っ⁈ まさかッ⁈」

 仲良く五人揃って一斉に振り向く。その瞬間、足に力を一点集中し、加速――

「嘘じゃボケエエエエエエエエッッ‼‼‼」

 ジャンピングニーアタックを少女を捕らえていた男の顔面にお見舞いしてやった。

「――ぶへあぁッ⁉」

 重く突き刺さるような音と共に倒れ去るリーダー格の男。
 オレは間髪入れず解放された少女の襟を右手で掴み、後方へ振り返りながら、待機中の美女へと放物線を描くように優しく投げる。

「ちょっ⁉ ガキを投げんじゃないよッ!」

 美女は怒りを露わにしつつも、その豊満な胸で少女をキャッチ。

「へっ……ナイスキャッチ!」

 安全を確保したことを見届けたオレは、他の帝国兵を排除すべく、稲妻を迸らせた左腕を長めの鉄骨として複製する。

(この力……まさか、……⁈)

 目を見開く美女を横目に捉えつつ、オレは少女を投げた時の遠心力のまま――その鉄の塊を水平に振りぬく!

「「「「いっだああああああッッ⁉」」」」

 鉄骨は残った四人の蟀谷へ連続ヒットし、まるでドミノ倒しの如く地へと倒れた。

「フゥ……いっちょ上がり!」

 沈黙した帝国兵を尻目に左腕を元の状態へと複製、完全に惚れたこと間違いなしの美女の下へ帰還する。

「あの……おじさん! 助けてくれてありがと! ちょっと卑怯だったけど……格好良かったよ!」

 だが、先に出迎えたのは捕らわれていた少女の方。美女は美女でもガキんちょの方じゃねえ。

「おじさんじゃなくて、お兄さんな? あと、助けたわけじゃねえ。オレは目の前の気に入らない奴を殴っただけ。そして卑怯ではなく、あれは立派な戦略だ。覚えとけ」
「うん! と~っても卑怯だったね!」
「よし。お前はもう帰れ。オレの崇高な理念を理解できないクソガキは、さっさと帰れ」

 しっしと手を振り、心底嫌そうにガキをあしらうオレ。
 クソガキはというと満面の笑みで、「ありがと~! 卑怯なおじさ~ん!」と手を振り、去っていく。やっぱりガキは好かん。

「何が崇高な理念だい。ガキに変なこと吹き込んでんじゃないよ」

 どうやら件の美女にも伝わっていたご様子。眉間にしわを寄せていた。

「勝利は全てにおいて優先されると説いただけですよ、お嬢さん」
「ハァ……ま、手を貸してくれたことには素直に礼を言うよ。ガキはこの世の宝……アタシ一人じゃ助け出すのも難しかっただろうからねぇ」
「つまり、結婚してもいいと?」
「なっ……! そ、そんなこと一言も言ってないだろうがっ! 何なんだいアンタは……変な男だねぇ……」

 やはり、この手のことに慣れてないのか、眼前の美女は見るからに顔を紅潮させていく。このチャンスを逃す訳にはいかない! 推して参る!

「宜しければ、お名前を窺っても? 婚姻届けとか諸々の手続きをしなければいけませんので」
「勝手に決めんじゃないよ⁉ アタシはまだ、結婚するとは……」

 こちらが熱烈な視線を送る度に、美女はひたすら目を逸らしていく。もう一押しだ!

「ではせめて、お名前だけでも。二人の未来については、今後じっくり話していきましょう。それでいいですね?」

 度重なる紳士的な対応に観念したのか、美女はその赤く染まった表情を見せぬよう俯き、ゆっくりと頷いた。

「では、お名前を」
「ア、アタシの名前は――」

 オレは後悔した。その名を聞いたことを。聞かなきゃよかったとさえ思った。聞きさえしなければ、いい夢で終われたものを。

「え……なんて……?」

 決して聞こえなかったわけではない。聞き間違いを願って聞き返しただけ。

「だから、リリー・カーディナレだ……アタシの名前」

 そう。たった今、眼前でしおらしく己が名を告げた美女はなんと――若かりし頃のババアだった。

 まあ、よくよく考えれば、ババアが経営してる宿屋の倉庫にあった写真なんだから、そりゃあババアの若かりし頃に決まってるわな。恋は盲目ってやつかね。美女を目の前にして、これほどテンションが下がったのは生まれて初めてだ。

「あ、人違いでした。今言った話は全部なしで。そんじゃ」

 オレは速攻で踵を返した。一刻も早く無かったことにするために。

「ちょ、ちょっと待ちなよ、アンタっ! 全部なしってどういうことさ⁈」

 だが、美女――いや、ババアは逃がすまいと腕を掴んでくる。なんて乱暴な女なんだ。

「いやぁー、なんか思ってた感じと違ったっていうかぁー……ね? しゃーない、しゃーない。切り替えてこ」
「いやいやいや! アンタ、アタシに一目惚れしたんだろ⁈ 一目惚れで人違いなんてっ……ありえないだろうが⁈」
「それがありえるかも。ま、若気の至りってやつさ。お互い忘れようぜ? そんじゃ、アディオスアミーゴス!」
 
 ババアの手を振り払ったオレは、二指の敬礼を額からピッと飛ばし、そそくさと撤退していく。

「……待ちなよ」

 いやぁー、危なかった危なかった。危うくババアとバージンロード歩くなんつー、気色の悪い展開になるところだったぜ。

「待てってッ――」

 まあ、恋なんてしてる場合じゃないってことかな。ここは大人しく魔帝のケツでも引っ叩きに――

「言ってんだろうがアアアアッッ‼‼‼」

 後方からの怒号、もとい殺気を瞬時に察知したオレは、

「――あっぶねえええええええッッ⁉」

 真っ赤に輝く拳をすんでのところでダイブ。
 ヘッドスライディングの要領でギリギリ回避するに至った。

 深紅の魔方陣に貫通させた拳により、周囲の大地は陥没。
 現代では錆びついたかのような赤黒い魔方陣だったが、今放たれた燃え滾るその一撃は、まさに全盛期を彷彿とさせた。

「初めて……だったんだぞ……」
「……え?」

 鼻を赤くし、瞳いっぱいに涙をためたババアは、悔しいが非の打ち所がないほどに可愛らしく、思わず見惚れ――

「ブッ殺してやるッッ……‼」

 いや……やっぱり気のせいだったわ。
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