93 / 142
第三章
第86話 隷属の首輪
しおりを挟む
一年の時を経て再び処刑場へと舞い戻ったダン。
例に漏れず後ろ手は分厚い手錠により拘束され、首には断続的に怪光する銀色の首輪がつけられていた。
エリザベートと共に入場するその姿に、看守たちは期待の眼差しを寄せ、マキナとオリヴィアも――
「フッ、相変わらずいいタイミングで来る……」
「待ってたよ~、ダン・カーディナレくん! 助けて~!」
――何処か安堵したかのように険しかった表情を解く。
「あれ? お前らまで捕まってたのか。ちゃんと仕事しろよなー。オレが来る羽目になっちまっただろうが」
ダンは軽口を叩くと共に、わざとらしく二人に視線を向ける。
するとカン・ゴックも、わざとらしく悲し気な面持ちでダンの前へと立ち塞がる。
「おいおい、無視すんなよ。傷つくじゃねえか……ダン・カーディナレ」
「あ? 誰だ、お前」
「誰って……まあ、わかんねえか。テメエの所為で、こんな顔になっちまったんだからな。改めて自己紹介しよう。元監獄署長だったカン・ゴックだ。別に覚えなくていいぜ? どうせ死ぬんだからな」
「そりゃあ、助かるね。危うく包帯ぐるぐる巻き男の名で登録するところだったわ」
度重なるダンの挑発的な態度にも全く怯まないカン・ゴック。
寧ろ鼻で笑い飛ばす程、その表情は喜色を染まっていた。
「エリザベート様も大変でしたでしょう? こんな生意気なゴミ連れてくるの。わざわざ、すみませんね~」
「構いませんわ。引き継ぎも完了したことですし、あとのことはお任せいたします。では、私はこれで」
同情の視線を向けるカン・ゴックに、エリザベートは目を合わすことなく事務的に済ませ、直ぐさま踵を返す。
「あれ、見ていかれないんですか? 伝説の男の情けなーい死に様を」
「分かり切った結末に興味はありませんの。失礼いたします」
一切振り返ることなく処刑場を後にするエリザベート。
その後ろ姿をダンは扉が閉まるまで、じっと見つめていた。
「あの人から聞いてると思うが、妙な真似はするなよ? 俺の意思一つでテメエの大事な相棒が――死んじまうんだからな?」
「ああ……わかってるさ」
カン・ゴックから圧力をかけられたダンは、再び正面へと視線を戻す。
視線の先には朦朧とするレイ……そして、首につけられている『隷属輪』。
それを見つめながらダンは、昨晩エリザベートと交わしていた会話を思い返す。
◆
執行日前日、深夜――
「いや~、乗り心地凄いなコレ。全然、走ってる感じしないわ」
後部座席でふかふかのシートを堪能しつつ、オレは隣り合うエリザベートにそう語りかける。
「当然です。帝国でも随一を誇る可変式移動車両、名を『LSA』。これがあれば処刑時刻にも余裕を持って間に合うはずですわ」
『LSA』。見た目はまるで全翼機型のステルス機のよう……と言っても、あくまでその本質は浮くだけであり、空が飛べるわけではないらしい。なので翼すらもほぼ無いデザインなのだが……その分、速さは火を見るより明らか。おまけに自動運転ときてる。まさに未来を走ってるといった感じだ。
「まあ、間に合うのは結構なことだが……この首輪は何なんだ? これをつけることが条件って言ってたが……」
そう……あれからオレは時間が差し迫っていることもあってか、エリザベートの提案を呑むことを条件に専用車両へと同乗させてもらっていた。その条件とは……この銀色の首輪をつけること。
「それは今年開発されたばかりの、対異能力干渉型隷属輪。つまり……」
エリザベートは徐に胸の谷間から指輪を出し、己が指にはめては怪しく輝かせると――
「――ッ⁉ 何だ? 急に気分が悪く……」
――連動するように首輪が起動し、断続的に光を発し始める。
「能力を封じる首輪……ということですわ」
「能力封じ? そんなモンができてたのか……」
「ええ。この隷属輪さえあれば、いくら不死身の貴方様でも、死を受け入れざるを得ませんでしょう?」
もはや似合ってるとさえ言える不敵な笑みを浮かべつつ、エリザベートは細い指で首輪から顎にかけてさらりと撫でてくる。
「なるほどね……これなら転生者であるオレを処刑台に送れるって訳か。お前は一年前から変わってないなぁ」
「当然です。転生者を処刑台に送ることこそ、私の『使命』……ちなみにレイ・アトラスにも同様の隷属輪がつけられていますわ」
「え? 何でレイにまで……アイツは転生者じゃねえし、つける必要なんてないだろ?」
至極当然な疑問に、エリザベートは嘲笑交じりに鼻を鳴らし、肘掛けに頬杖をつく。
「やはり、ご存知でないのですね。レイ・アトラスの体内に科学宝具が仕込まれていることを」
「体内に……?」
「ええ。隷属輪とは異能力を弱体化し、強度を上げれば無力化さえも可能になる。要は科学宝具を停止させることができる訳です。そして、科学宝具の力は人知を超えし物……人体に与える影響は凄まじく、体内に宿していようものなら、否応なく呼応してしまうのです」
エリザベートに対し言葉を返すことなく、オレは唸り声と共に背もたれに身体を預ける。ここまで説明されれば、嫌でも理解できるからだ。
「もう、お判りでしょう? 科学宝具を完全に無力化されれば、レイ・アトラスの生命活動も停止する。我々が装飾品や武器に仕込むのは、それを危惧してのこと……体内に宿すのは前時代的と言えるでしょうね」
「ハァ……つまり、レイの首には常にギロチンが突き付けられてるってことか。完璧な人質を前にオレは動くことができない。全部、お前の狙い通りって訳か?」
理解を得られて嬉しかったのか、エリザベートは笑みを浮かべる――
「悪く思わないでください。私たちが再び出会ったのは、もはや運命と言って差し支えないのですから。これはきっと処刑台に送れとの死神の思し召し……ですから、今度こそ安らかに――死んでくださいませ」
――しかし、その緩やかに上がる表情には、真っ直ぐな殺意が乗せられていた。
◆
ダンは己の中で回想を済ませると、肩を落としつつ溜息を漏らす。
(さて、取りあえず執行時刻には間に合ったが……こっからが正念場だな。不死身の力は使えねえし、妙な真似すればレイの首が飛ぶ。かと言って、黙って死のうものなら、また『外の世界』行きだ。そうなれば今度こそ、世界の終わりだろう)
「そう固くなるなよ~、何も直ぐ殺そうってんじゃない。この日の為に打って付けの相手を用意したんだ。ほら、行けよ」
カン・ゴックは嫌味ったらしく顎で指し、ダンを中央へ行かせるように誘導する。
「打って付けの相手ねぇ……可愛い子だといいなぁ……」
ぶつくさと文句を垂れつつ、促されるまま足を運ぶと――
「よかったね、先輩。可愛い子が相手で」
――中央に向かい合うは、無邪気に微笑むアレンだった。
「お前か……最近来た新参者ってのは。まあ、確かに見てくれは悪くねえ」
「かもじゃなくて可愛いんだよ。なんせ僕は前世でもモテモテだったんだからね」
(前世ね……どうやら、もう『氏名・使命』は取り戻しているらしい。なら、この辺りから話を広げていくか……)
ダンは瞬時に質問内容を作成し、脳内に羅列していく。
「ほ~ん……ってことは、随分いい思いしてきたんんだろ? なら、逆転生で帰ればいいじゃねえか。わざわざ、こっちに居座らなくてもよぉ?」
「あの世界は僕にとって小さすぎる。たかが、十三人のお姉さん方と関係を持っただけで、バレた瞬間、刺し殺されちゃうような世界だからね。そんな不釣り合いなところにいるより、このファンタジックな世界の方が、僕に合ってると思ったわけさ」
アレンは特に悪びれる様子もなく、肩を竦めながらニヒルな笑みを浮かべる。
(いや、何処の世界行ってもダメだろ! ――とツッコミたいところだが、今はよそう。状況が状況だ。何とか時間稼ぎをしなければ……)
アレンの言動に過剰な自信を感じ取り、ダンは話を引き延ばそうと画策する。
そう……ダンの策はもう既に進行中だった。
例に漏れず後ろ手は分厚い手錠により拘束され、首には断続的に怪光する銀色の首輪がつけられていた。
エリザベートと共に入場するその姿に、看守たちは期待の眼差しを寄せ、マキナとオリヴィアも――
「フッ、相変わらずいいタイミングで来る……」
「待ってたよ~、ダン・カーディナレくん! 助けて~!」
――何処か安堵したかのように険しかった表情を解く。
「あれ? お前らまで捕まってたのか。ちゃんと仕事しろよなー。オレが来る羽目になっちまっただろうが」
ダンは軽口を叩くと共に、わざとらしく二人に視線を向ける。
するとカン・ゴックも、わざとらしく悲し気な面持ちでダンの前へと立ち塞がる。
「おいおい、無視すんなよ。傷つくじゃねえか……ダン・カーディナレ」
「あ? 誰だ、お前」
「誰って……まあ、わかんねえか。テメエの所為で、こんな顔になっちまったんだからな。改めて自己紹介しよう。元監獄署長だったカン・ゴックだ。別に覚えなくていいぜ? どうせ死ぬんだからな」
「そりゃあ、助かるね。危うく包帯ぐるぐる巻き男の名で登録するところだったわ」
度重なるダンの挑発的な態度にも全く怯まないカン・ゴック。
寧ろ鼻で笑い飛ばす程、その表情は喜色を染まっていた。
「エリザベート様も大変でしたでしょう? こんな生意気なゴミ連れてくるの。わざわざ、すみませんね~」
「構いませんわ。引き継ぎも完了したことですし、あとのことはお任せいたします。では、私はこれで」
同情の視線を向けるカン・ゴックに、エリザベートは目を合わすことなく事務的に済ませ、直ぐさま踵を返す。
「あれ、見ていかれないんですか? 伝説の男の情けなーい死に様を」
「分かり切った結末に興味はありませんの。失礼いたします」
一切振り返ることなく処刑場を後にするエリザベート。
その後ろ姿をダンは扉が閉まるまで、じっと見つめていた。
「あの人から聞いてると思うが、妙な真似はするなよ? 俺の意思一つでテメエの大事な相棒が――死んじまうんだからな?」
「ああ……わかってるさ」
カン・ゴックから圧力をかけられたダンは、再び正面へと視線を戻す。
視線の先には朦朧とするレイ……そして、首につけられている『隷属輪』。
それを見つめながらダンは、昨晩エリザベートと交わしていた会話を思い返す。
◆
執行日前日、深夜――
「いや~、乗り心地凄いなコレ。全然、走ってる感じしないわ」
後部座席でふかふかのシートを堪能しつつ、オレは隣り合うエリザベートにそう語りかける。
「当然です。帝国でも随一を誇る可変式移動車両、名を『LSA』。これがあれば処刑時刻にも余裕を持って間に合うはずですわ」
『LSA』。見た目はまるで全翼機型のステルス機のよう……と言っても、あくまでその本質は浮くだけであり、空が飛べるわけではないらしい。なので翼すらもほぼ無いデザインなのだが……その分、速さは火を見るより明らか。おまけに自動運転ときてる。まさに未来を走ってるといった感じだ。
「まあ、間に合うのは結構なことだが……この首輪は何なんだ? これをつけることが条件って言ってたが……」
そう……あれからオレは時間が差し迫っていることもあってか、エリザベートの提案を呑むことを条件に専用車両へと同乗させてもらっていた。その条件とは……この銀色の首輪をつけること。
「それは今年開発されたばかりの、対異能力干渉型隷属輪。つまり……」
エリザベートは徐に胸の谷間から指輪を出し、己が指にはめては怪しく輝かせると――
「――ッ⁉ 何だ? 急に気分が悪く……」
――連動するように首輪が起動し、断続的に光を発し始める。
「能力を封じる首輪……ということですわ」
「能力封じ? そんなモンができてたのか……」
「ええ。この隷属輪さえあれば、いくら不死身の貴方様でも、死を受け入れざるを得ませんでしょう?」
もはや似合ってるとさえ言える不敵な笑みを浮かべつつ、エリザベートは細い指で首輪から顎にかけてさらりと撫でてくる。
「なるほどね……これなら転生者であるオレを処刑台に送れるって訳か。お前は一年前から変わってないなぁ」
「当然です。転生者を処刑台に送ることこそ、私の『使命』……ちなみにレイ・アトラスにも同様の隷属輪がつけられていますわ」
「え? 何でレイにまで……アイツは転生者じゃねえし、つける必要なんてないだろ?」
至極当然な疑問に、エリザベートは嘲笑交じりに鼻を鳴らし、肘掛けに頬杖をつく。
「やはり、ご存知でないのですね。レイ・アトラスの体内に科学宝具が仕込まれていることを」
「体内に……?」
「ええ。隷属輪とは異能力を弱体化し、強度を上げれば無力化さえも可能になる。要は科学宝具を停止させることができる訳です。そして、科学宝具の力は人知を超えし物……人体に与える影響は凄まじく、体内に宿していようものなら、否応なく呼応してしまうのです」
エリザベートに対し言葉を返すことなく、オレは唸り声と共に背もたれに身体を預ける。ここまで説明されれば、嫌でも理解できるからだ。
「もう、お判りでしょう? 科学宝具を完全に無力化されれば、レイ・アトラスの生命活動も停止する。我々が装飾品や武器に仕込むのは、それを危惧してのこと……体内に宿すのは前時代的と言えるでしょうね」
「ハァ……つまり、レイの首には常にギロチンが突き付けられてるってことか。完璧な人質を前にオレは動くことができない。全部、お前の狙い通りって訳か?」
理解を得られて嬉しかったのか、エリザベートは笑みを浮かべる――
「悪く思わないでください。私たちが再び出会ったのは、もはや運命と言って差し支えないのですから。これはきっと処刑台に送れとの死神の思し召し……ですから、今度こそ安らかに――死んでくださいませ」
――しかし、その緩やかに上がる表情には、真っ直ぐな殺意が乗せられていた。
◆
ダンは己の中で回想を済ませると、肩を落としつつ溜息を漏らす。
(さて、取りあえず執行時刻には間に合ったが……こっからが正念場だな。不死身の力は使えねえし、妙な真似すればレイの首が飛ぶ。かと言って、黙って死のうものなら、また『外の世界』行きだ。そうなれば今度こそ、世界の終わりだろう)
「そう固くなるなよ~、何も直ぐ殺そうってんじゃない。この日の為に打って付けの相手を用意したんだ。ほら、行けよ」
カン・ゴックは嫌味ったらしく顎で指し、ダンを中央へ行かせるように誘導する。
「打って付けの相手ねぇ……可愛い子だといいなぁ……」
ぶつくさと文句を垂れつつ、促されるまま足を運ぶと――
「よかったね、先輩。可愛い子が相手で」
――中央に向かい合うは、無邪気に微笑むアレンだった。
「お前か……最近来た新参者ってのは。まあ、確かに見てくれは悪くねえ」
「かもじゃなくて可愛いんだよ。なんせ僕は前世でもモテモテだったんだからね」
(前世ね……どうやら、もう『氏名・使命』は取り戻しているらしい。なら、この辺りから話を広げていくか……)
ダンは瞬時に質問内容を作成し、脳内に羅列していく。
「ほ~ん……ってことは、随分いい思いしてきたんんだろ? なら、逆転生で帰ればいいじゃねえか。わざわざ、こっちに居座らなくてもよぉ?」
「あの世界は僕にとって小さすぎる。たかが、十三人のお姉さん方と関係を持っただけで、バレた瞬間、刺し殺されちゃうような世界だからね。そんな不釣り合いなところにいるより、このファンタジックな世界の方が、僕に合ってると思ったわけさ」
アレンは特に悪びれる様子もなく、肩を竦めながらニヒルな笑みを浮かべる。
(いや、何処の世界行ってもダメだろ! ――とツッコミたいところだが、今はよそう。状況が状況だ。何とか時間稼ぎをしなければ……)
アレンの言動に過剰な自信を感じ取り、ダンは話を引き延ばそうと画策する。
そう……ダンの策はもう既に進行中だった。
0
お気に入りに追加
7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる