上 下
68 / 142
第二章

第67話 おっぱいが生えていた

しおりを挟む
「これなら友達に、なれそう……か?」

 まさに驚天動地の如き展開! 昨日、激戦を繰り広げた憎き相手(男)は、何の因果か目を見張る程の美女に変貌していた。
 
 表情の運び方や一つ一つの仕草……それに加えて声の可愛さが完璧な女性像を演出――いや、もう何処からどう見ても女性であり、そして携える乳房が『巨』ではなく『爆』であった。

 ほんの冗談のつもりで言った言葉が、まさか実現するとは……言霊というやつは本当に実在するらしい。

 そんないやらしい――じゃないや……愛らしい姿にオレは思わず、眼前の美女へと直ぐさま駆け寄り、その柔らかな細い手と強く握手を交わす。

「ああ。オレたちはもう友達――いや……結婚しよう!」
「変わり身、早っ⁈ いいんですか、旦那⁉ 相手は男ですよ⁉」

 レイが後方からオレの肩を掴んでは、何処か狼狽えたように止めに入る。

「いや、だって色々やってきた割に全然女の子にモテないし……もう可愛いからいいかなって」
「何ですか、その雑な理由⁈ それだったら私だって可愛いでしょうが⁉」

 遂に自分で言いやがったコイツ……

「いやいや、だからといって可愛いだけじゃダメなんだよな~。今の世の中、それだけで生き残れるほど甘くはない。それに引き換え氷人ちゃんは、男でも女でもない唯一無二で、ハイブリットな存在なんだぜ? 更にはオレとタメを張る程の強さだし、何より怪しからん程におっぱいがデカい。最早お前では手に負えん……帰りなさい」
「何で帰らなきゃいけないんですか⁉ おっぱいか⁈ おっぱいがデカいからかあああッ⁉」

 荒れ狂うレイはオレの襟を掴むと、その細い腕で宙に持ち上げては、鬼の形相で怒号を飛ばしまくる。

「結婚か……我が主もと相討った時、このような気持ちだったのだろうか……? よし、分かった。契りを結ぶとしよう」
「何で簡単に承諾してんの⁈ ダメに決まってんでしょうがッ⁉」

 荒れ狂うレイはオレの襟を離すと、その細い腕で氷人に詰め寄っては、鬼の形相で掴みかかる……忙しい奴だな。

「どうやら身も心も女性になったことで、我が思考に何らかの影響を及ぼしたようだ。恐らく小生は今、己を降したダンに少なからず好意を抱いている……のかもしれん」
「何、惜しげも無く言ってるんですか⁈ ダメダメっ! 絶対ダメっ! 絶対っ……ダメなんだから……」

 レイは俯きながら徐々に小声になっていき――

「この血の匂い……そうか……貴公もダンを?」
「私はっ……! そんな単純な感じじゃなくて……」

 ――氷人もそれに合わせて小声で対応しているようだ。こちらからは何を話しているか聞こえない。

「本来、月下氷人げっかひょうじんとは仲人の意味合いがある。貴公を手助けしてやりたいところだが……この状態では、そうもいくまい? あまり細かいことは言いたくないが、今の状況に胡坐をかかない方がいい。ダンは卑怯で下品な奴だが、黙ってれば中々の好漢だ。もしあの男が本気の顔を見せた時、そこらの女性は簡単に落ちてしまうやも……精々、近くで見といてやるんだな」
「い、言われなくても分かってますよ……旦那は……世界一カッコいいんですから……」

 何か耳元が真っ赤になってるな……エロい話でもしてんのか? それならオレも混ぜてほしいんだが……

「とにかく旦那はダメですから……私の相棒なんで……絶対ダメですからっ‼」

 レイは急に叫ぶと掴みかかっていた手を離し、俯き加減はそのままに氷人から距離を置く。

「お? よく分かってんじゃねえか、レイ。二人が並んじまうと、胸の格差がより顕著に――」
「やっぱ最低っ‼ 死ねっ‼」

 怒りに身を任せながら平手打ちを繰り出すレイの連撃を、オレは全て軽々と避けて見せた……それはそれは大人気なくな。

「避けんなよっ⁉ この最低クソ野郎がッ‼」
「アッハッハッハ! ほ~ら、捕まえてごら~ん?」

 そんなオレたちのやり取りを見て、氷人はクスリと愛らしい笑みを見せる。

「ここまで人を惑わすとは……小生の容姿は相当なもののようだな。自分では確認できんが……」
「あ! そう言えば気になってたんだけど、何でお前目ぇ閉じたまんまなんだ? 新しいキャラ付けか?」
「あぁ、これか? これは……自分への『戒め』さ」

 そう言いながら氷人は瞳を開いて見せると――

「「――ッ⁈」」

 ――トレードマークだった真っ赤な瞳が、生気を失ったように真っ白に変貌しており、オレとレイは同時に吃驚して言葉を失う。

「驚かせて済まない。これはいわゆる我が弱さの象徴というやつだ。目で見える物に捉われず、己が心で物事を捉える。その為に必要な行為だった」

 それで自分の目を潰したって……マジかよ、こいつ? まさかオレと同じこと考え――いや、オレなんかより全然凄えわ。こいつには一生、勝てそうにないな。

「っていうか、よくそんな状態でキャラメイクできたな……」
「あぁ……何か頼み込んだら、やってもらえたぞ?」

 何食わぬ顔で再び目を閉じる氷人にオレは、「え? やってもらえたって……誰に?」と尋ねる。

「誰って……『死神』しかいないだろう?」
「死神? 死神って……何? 何の?」
「そうか……普通なら意識のないまま邂逅する故、知る由もないか。死神とは冥界に潜みつつ魂の選別を行い、この世に転生者を送り込んでくる張本人だ」

 新たなワードにキョトン顔でレイの方へ向くと、「いや……私もこの情報は初耳です」と首を横に振り、オレは氷人へとゆっくり視線を戻していく。

 死神ねぇ……普通なら信じられんような話だが、こいつは嘘をつくような奴じゃねえ。ってことは本当に居るんだろうな……死神ってやつが。つまり、そいつが氷人のキャラメイクを代行したと? ほうほう……

 オレは値踏みするように氷人の顔を見ると、徐々に視線を下へとずらしていき、先程から存在感を発揮している胸部に目を留める。

「む? 何やら、いやらしい視線を感じる」

 うむ……しかし、立派なものだ。いや、何とは言わんが……死神とやらも存外、好きものらしい。訳の分からん能力を説明書もなしに植え付けた、いけ好かない奴だと思っていたが……今は親近感しか湧かない! よし、許す! その補って余りあるセンスに免じて、今までの非礼は無かったことにしてやろう。

「旦那、そろそろ本気で殺しますよ?」

 オレの髪の毛を引っ張り上げては、射るような眼光で殺気を飛ばすレイ。そんなオレらのやり取りに「ん? どうかしたか?」と、氷人ちゃんは小首を傾げて見せる……可愛い。

「いや、何でもないさ。今一度、君を見て確信しただけだよ……自分の気持ちにね? だから改めて言わせてほしい……結婚しよう!」
「嘘つけェッ‼ さっきからテメエ、おっぱいしか見てねえだろうがッ‼ このド変態があああッ‼」

 荒れ狂うレイはオレの襟を掴むと、その細い腕で宙に持ち上げては、鬼の形相で怒号を飛ばしまくる……何回目だよ、これ?

「小生は構わんが……まあ、それは追々話すとしよう」
「そ、そうか……じゃあ取りあえず、おっぱいだけでも前借りで――」
「よーし、殺すッ‼ 今すぐ殺すッ‼ 旦那を殺して私も死ぬうううッ‼」

 その発言に騒々しかった宿屋内が一気に静まり帰る。

 流石に騒ぎ過ぎたかとオレらが辺りを見回すと、周囲の連中はまるで時が止まったかのように、出入り口付近に驚愕の視線を送っていた。

 何事かと釣られるようにオレらも視線を移すと――

「フッ……相変わらず賑やかだな。お前の周りは……」

 ――そこには風俗店に似つかわしくない、清廉潔白を絵に描いたような男……カタリベが本を片手に佇んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...